3-08 常夜への壁を抜けろ
せっかく学園祭が終わって、ゆっくり休めると思ったのに……
大荷物を持ち、境内の真ん中で不機嫌そうにしている、小鳥遊 尊さんの前を通る僕。
「尊さん、こんばんは。それじゃ」
お辞儀をして、通り過ぎようとしたら――――――
「待てや! なにが『それじゃ』だ! 何事も無いように通り過ぎるな!」
ちっ、引き留められたか……
「仕方ありません。学園祭の片付けで疲れているので手短に」
「雨女……お前な、俺も瑞樹の地に住む人間なんだぞ。少しは願い事聞けや」
こんな乱暴なお願いされた事ないし。
「だいたい、尊さん碌な事しかしないんだもの、絵馬掛けとか灯籠とかぶっ壊すし、罰が当たらないだけでも良かったと思ってください」
「罰ってお前が当てるんだろ? 返り討ちにしてやるぜ」
こんにゃろめ、全然反省してねー
まあ、本気で雷神剣草薙を使われたら、やられるだろうな……神器だし。
「んで? なんですか?」
「本当に、面倒くさそうに聞くな……まあいいや。雨女、この写真どう思う?」
そう言って、スーツや着物で正装された男性の写真を、何枚も渡された。
「大人の男性の写真? 28歳、実業家……こっちは30歳、医師……何ですかコレ?」
「それは見合いの写真よ」
尊さんの大きな荷物の影で見えなかったが、尊さんの後ろから、妹の小鳥遊 緑先輩が顔を出す。
「見合いって、僕にはセイが居ますけど?」
卒業まで祝言を待ってもらってるのに、裏切る事なんて出来ないよ。
「ちげーよ! それは親父が、俺に持ってきた見合い写真だ!」
「はい? なんで男の尊さんに、男性のお見合いが……」
「それは、女性になって帰って来たから、お父さん勘違いしているのね」
あ~、櫛名田比売の女子化する櫛を挿したまま帰ったんで、御住職が卒倒されたんだっけか?
男の見合い写真って事は……本格的に娘になったと勘違いしたわけね……南無南無
「それで、瑞樹神社に恋愛成就のお願いに来たわけですか……どうします? 恋愛のお守りなら、社務所に在りますけど?」
「違げーわ!! お守りも要らねえーし!! だいたい、息子に向かって、男の見合い写真渡すとか、親父もどうかしているぜ!」
「お陰で、私への見合い写真が来なくなって、有難かったわ」
「くっそ! 俺はな、身体が女体化しても、心までは女に成ってねーんだからな! おい、雨女。神剣砥師の処に行くんだろ? 早くいこうぜ!」
「早くいこうぜって……もう日も沈んで遅いし、今日は瑞樹神社に泊まりなよ。部屋もあるしさ」
先方にも迷惑掛かるんで、今夜はうちに泊まるように、勧めたのだが……
その時――――――
山の方から土煙を上げながら、何かが此方へ駆けてくる。
あれは……ハロちゃん?
『千尋殿、今帰られたか!』
荒神で灰色狼のハロちゃんが、息を切らせながらやって来た。
「ハロちゃんは、お散歩?」
『うむ、日が落ちたので、人間との遭遇率も減るであろう? 子狐達と散歩に出ていた』
ハロちゃんの見た目は、術で小さく成ってて、普通の中型犬に見えるし……人と遭遇しても平気じゃないかな?
「あの……ハロちゃん? 子狐ちゃんズが居ないんですけど?」
『なぬ!? おかしいのう……確か、我の背中に掴まって居った筈なのに』
振り落とされたか……
ハロちゃんがやって来た、山の方向を見ると、2匹の小さい影がヨロヨロ歩いてくる。
「ハロ先生~置いて行くなんて酷いよ」
「そこの小川を飛び越えるのは、掴まってられなかった……」
『二人とも修業が足らん! そんな事では人間に化けれぬぞ』
いやいやいや、人間に化けるのに、動物並みの瞬発性とか体力とか関係ないから。
だいたい、ハロちゃんの激しい動きに着いて行くって言うのは、小さい子狐ちゃんズには酷なんじゃないかな……
そう思っていると――――――
「千尋ちゃん! 何このモフモフした生き物!?」
凄い勢いで、2匹を抱き上げる小鳥遊 緑先輩
「あ~、先輩は初めてですっけ? 見れば狐の尻尾が出ているので、察しはつくでしょうけど……宇迦之御霊様の処から、ちゃんとした人間に化けれる様、人間観察に来ている霊狐のコンタとコンペイです。ちなみに、どっちがどっちだかは分かりません」
「龍のねーちゃん、まだ覚えてくれねーのかよ……オレがコンペイ」
「そして、オレがコンタ。よろしくな人間のねーちゃん」
「私は、小鳥遊 緑よ。祓い屋をしているけど、祓うのは悪い妖だけだから安心して。もし変な妖に狙われたら、私が守ってあげるわね」
先輩は目をキラキラさせて、2匹の狐に頬擦りしながら答える。
あんな女の子らしい先輩は、初めて見た……
「緑……お前キモいぞ」
尊さん。言わなきゃ良いのに……余計な一言を口走ったが為に、境内に敷いてある玉砂利が飛んできて、尊さんの頭にヒットする。
兄妹喧嘩は他所でしてください。あんたら小鳥遊兄妹の喧嘩は、周りへの被害が大きいんですから……
ガミガミ文句を言い合い始めた、小鳥遊兄妹を他所に、ハロちゃんの近くに寄って小声で話をする。
「ねぇハロちゃん、伍頭目のオロチの様子はどう?」
『あぁ……千尋殿がこの間、東北から連れて帰ったオロチであろう? やはり封印による衰弱が酷いみたいでな、殆ど一日中寝て居ると言っても、過言ではないぞ』
「そうなんだ……まあ大人しくしてるなら、被害も無いし良いかな」
『今日は、お昼に一度だけ起きてきたが、桔梗殿の作った栗ご飯を食べたら、寝てしまったし』
「栗ご飯!? そうか秋の味覚だものねえ」
『うむ、まこと美味かった』
良いな栗ご飯……残ってないだろうな。みんな食いしん坊だし
でも、ご飯も食べれないて言うなら問題だけど、ちゃんと食べて寝て居るなら、いずれ回復するでしょう。
ところで――――――
「ハロちゃん、夕ご飯は?」
『我は外に居るから、出来たら呼んでくれぬか? 中で龍達が酒盛りしているのでな、我の良すぎる嗅覚では、酒臭くてかなわん』
あいつら、片付けも手伝わずに帰ったと思ったら、呑んでるのかよ……
そんな時、ハロちゃんとの会話を割って、尊さんが声を掛けてくる。
「おい雨女聞いているのか!?」
先ほどまで、境内で兄妹喧嘩していた小鳥遊兄妹が、こちらを見ていた。
「あ、えっと……何の話だっけ?」
「だから、この双子の狐の見分け何かつかねぇって話してるんだ!」
「千尋ちゃんは、見分けがつくよね」
正直どうでも良い事で、喧嘩しないで欲しい……
「すみません先輩。僕にも見分けがつきません」
子狐達ごめんよ……本当にそっくりで、見分けがつかねーし。せめて、毛の色が少しでも違えばまだしも……鏡写しなんだもの
「そらみろ! 見分けつかないのは、俺だけじゃねーだろ!」
「え~、見分けなんて簡単じゃない! ほらこの子がコンタよ」
「ちげーし! オレはコンペイだよ!」
コンペイちゃんにツッコミを貰う先輩
「緑も間違えてるじゃねーか!!」
「さっき紹介されて、まだ慣れていないだけよ」
どうでも良いし……言い合いに疲れた僕は、二人を放って置いて玄関を開けると、尊さんが――――――
「てめぇ! 雨女、置いて行くんじゃねー」
結局着いて来るのね……
僕は、2人を居間へ案内して、そのカオスな状況に固まった。
「何事!?」
「おう千尋、今帰ったのか? 先に一杯やってるぜ」
一升瓶を片手にご機嫌なセイ
「お邪魔してますよ千尋さん」
セイの隣で酔っぱらっている赤城の龍神さんと、お酒に弱く倒れている淵名の龍神さん
「一杯処じゃねーし! いったい、何本開けてるんだよ!」
「別に良いだろう? 千尋の学園祭が成功した打ち上げだし。目出度いんだからよ」
打ち上げって……お前ら学園祭回って、食べ歩きしていただけじゃないのさ。
「すみませんね、桔梗さん。僕も制服を着替えたら、台所へ立ちますから」
料理を運んで来る神使の桔梗さんにそう言うと
「いえ、大丈夫ですよ。香住師匠に教わった、オリジナルレシピがありますから。千尋様は徹夜でお疲れでしょうし、ここはお任せください」
何とも頼もしいお言葉。じゃあ、任せちゃおうかな
居間を振り返ると、建御雷様が尊さんにお酌させていた。あの二人も良い相棒だな。
そう言えば、小鳥遊緑先輩がいない……
辺りを見回すと――――――――――――
「千尋ちゃん、エプロン借りるわね。私も少し手伝うわ」
いつの間にかエプロンをして、台所に向かおうとしている小鳥遊先輩を発見し、居間の神々に緊張が走る。
「おい! 緑!! 神殺しは重罪だぞ」
「あら、お兄様。どういう意味でしょうか?」
「おめーの握り飯で、俺が死に掛けたの、忘れたのかよ!」
あ~、戸隠れの九頭龍様の処で、御握り食べて気絶してたっけ……
「あれは……ほら、真夏の酷暑で、御握りが痛んでたんだと思うわ」
「暑さのせいにすんじゃねえ! だいたい、米で具を包んで握るだけで、食い物を凶悪な兵器に変身させるな!」
こればかりは、尊さんに一票だわ……
「だ、大丈夫よ。今回は汁物にするから」
先輩……その自信は何処から……
皆が止めるのも聞かず、小鳥遊先輩は台所へ入って行く
今夜は何人犠牲者が出るのか……
僕はとりあえず、自室に戻り制服を脱ぐと、巫女装束に着替えて、淤加美様へ念話を飛ばす。
『淤加美様、ちょっと良いですか?』
『どうしたのじゃ?』
『昨日の話なんですが……』
『……あの有村とか言う小僧の話かや?』
『ええ、本当に常夜に穴は開けれないんでしょうか?』
『厳密に言えば、我々神ならば、無理やり開けることも出来よう……ただし代償が大きいがな』
『やっぱり代償があるんですね』
『それはそうじゃ、良いか千尋。世の理を曲げると言う事は、その歪を何処かで埋め合わせせねばならん。大概は歪が数倍になって返って来るので、代償の方が大きくなり、割に合わんがの』
『なるほど……』
『人間の小僧が言っていた娘が、本当に常夜に居るのか……気になって居るのであろう?』
『やっぱ、分かっちゃいます? ……もし……もし、弥生さんを生きて助けることが出来れば……晴明さんとも、戦わずに済むんじゃないかと思いまして』
『本当に甘いな、千尋は……妾たち古の神々なら、この日ノ本の島国を護る為であれば、幾らでも……』
『ええ、甘いですよ。だって僕は古の神でなく、龍神に成り上がった、元人間ですから』
『…………ふっ、仕方ないのぅ……常夜に穴は開けれないが、入る方法はある』
『本当ですか!?』
『精神体だけなら、抜けることも可能じゃ……ただし! 入るだけで何もできんぞ』
『それでも良いです! 無事だけでも確認できれば』
『分かった……もう何も言うまい……用意が出来たら裏の龍洞まで来るが良い』
そこまで言うと念話が切れる。
精神体って言ったっけ? じゃあ水は持って行けないって事か……
どういう所か分からないけど、水が在れば現地調達。
後は、水氣の洞窟の中だから、夏でも寒いぐらいなので、寒くないように巫女装束の下に着込んで、洞窟へ向かう
洞窟は禊をする滝の横にあり、昔はセイが棲んでいた場所である。
龍洞には電源が無いため、タブレット端末の充電が出来ないと、洞窟を出て一緒に住んでいる為に、今は空っぽなのだ。
真暗だが、龍眼の暗視があるからね。水たまりに落ちることは無い。
洞窟を奥に進んでいくと、一番奥にある祭壇の処で、淤加美様が待ち構えていた。
「用意は出来たのかや?」
「はい、用意と言っても、持って行けるモノは無いですしね」
「まあ。妾は覚悟が出来たか? と言う意味で言ったのじゃが……まあ良い。この祭壇に座るのじゃ」
言われたまま、奥にある祭壇に座る。
「座りましたよ、次は?」
「寝ろ! 眠って精神体だけ抜け出ねばならぬ」
いきなり寝ろって言われても、そう簡単に寝れるモノじゃ無いし……
「どうやったら寝れます?」
「そんな事じゃろうと思うてな、あの人間の祓い屋の娘が作った味噌汁を貰って来た」
見ると、味噌汁のお椀が白い煙を上げている……それ、絶対に湯気じゃない! 器が溶けてる?
「先輩の味噌汁って、いきなり力技ですか!! 僕はてっきり、淤加美様の術かなんかで眠らされるのかと……」
「戯け! 御主は術反射持ちで、催眠術も術系全般が効かぬではないか!」
そうでした……
「あの……でも、それ飲むと、二度と目が覚めない様な気がするんですが……」
「人間ならその可能性もあるじゃろうが、お主は龍神であろう? たぶん大丈夫じゃ」
たぶんねぇ……
淤加美様から器を受け取るが、どう見ても中身が緑色だし!
味噌汁の色じゃねえ!!
「ほれ、早く飲まぬと、器に穴が開いてしまうぞ」
「やっぱり溶けてるじゃないですか!!」
「一気にグイっと行かんか!」
他人事だと思って……
仕方がない、腹をくくって一口啜る。
味は、別に悪くは……
そう思っていると、急に眩暈がしてして、目の前が暗転した。
身体に力が入らない……何これ!? 龍に成ってから初めての生命の危機を感じ
そのまま意識が飛んだのだ。
出来ましたら、このままデッドエンドとか、止めてくださいね……
そう願いつつ、奈落の底へと、意識が落ちて行った。




