3-07 お家騒動
僕と漢字表記が瑞樹千尋君で、ボクと片仮名表記なのが有村浩人君です。
「まさか、犬神ワグナリオスが倒されるなんて……」
犬神の主人である有村浩人に、何とも言えない喪失感が広がった。
それは契約していた犬神が倒されたことを示し、もはや自分の実力で、龍神に対抗できるものは何もない事を、表していたのだ。
『浩人様、早く逃げないと』
『花子と自分だけでは、龍神に敵いません』
花子と呼ばれた、おかっぱ頭の少女の妖と、赤と青の紙を持つオッサンの妖が、呆けて廊下に座り込んだ、有村浩人の肩を揺すっている。
「やっぱり、グルだったか……僕を挑発して、廊下の奥へ引っ張り出そうって魂胆だったんでしょ?」
僕が屋上から戻ると、逃げ遅れた妖達と遭遇すると――――――
『『ひぃ』』
僕の姿を見た2匹の妖は、お互い手を取り合って怯えていた。
「おい雌龍、そんな小者は放って置いて、ピザの代金を払え」
後ろで壱郎君が代金を催促してくる。
「分かってるよ。そこの妖達! もう悪さしないって誓うなら見逃してあげる。後、次の使用する人の為に、紙は補充しておくこと!」
『悪さは、しません』
『紙の事ならお任せを』
そう答えると、闇の中へと消えていった。
この後日、北校舎西側のトイレには、赤と青のトイレットペーパーが、補充され続ける事になるので、学園七不思議として語り継がれる事になる。
さて、有村君の処遇だが……
「取り合えず、家庭科室に移動しよっか?」
「あぁ、夕飯も食いたいしな」
セイはそう言って、有村君の襟元を掴むと、背中に荷物でも背負う様に担ぎ上げた。
「ひぃ、食われたくない! 堪忍して」
どうも有村君は、セイの言った夕飯って言葉を誤解し、自分が夕飯にされると思っているようだ。
食われたくない一心で、必死に抵抗する有村君だが、そんな心配は無用である。
なぜなら、何百年と和食だけだった龍達は、味に飽きてしまい。最近はピザやハンバーガーみたいな食べ物に嵌まっているからだ
他にも美味しいモノが溢れる現代では、神話で人を食べていたオロチの壱郎君でさえ、人の肉は雄だと筋ばっかだと、見向きもしないんだもの。
そんな事情を知らない有村君の脳裏には、俎板の上に置かれた自分という、恐ろしい光景が広がっているのだろう
セイはわざとらしく、有村君を調理台の上へ座らせると――――――
「やっぱ塩胡椒が良いかな? それとも香ばしいソースか……」
「ぼ、ぼぼ、ボクは美味しくありませんよ」
震えながら答える有村君
「ほらセイ、いい加減にしなよ。後、有村君。キミも調理台から降りなさい」
僕の言葉に助かったと椅子に座りなおす有村君。
ミシンを使っていた香住も、手を止めピザを囲んでの夕ご飯になったのだが、相変わらず特大サイズを一人一箱づつ食べる光景は圧巻である。
特に香住さん……貴女人間ですよね? 龍達と一緒に、一人一箱食べきるとか……胃袋どうなってるんですか? 幾らプロレス好きの筋肉質だからって、エンゲル係数が半端じゃないですよ。
なんか龍のグループを見ているだけで、お腹が一杯になりそうだ。
僕は自分の分のピザを小皿に取り分けると、有村君に渡してあげた。
「僕は二切れもあれば十分だから、有村君も食べてってよ。あと壱郎君もね」
「オレはまだ、配達中なんだが……」
そう言いながらも、ご相伴にあずかる壱郎君に、お茶を出してやる
全員にお茶がいきわたった処で、さっそく有村君に質問をしてみることにした――――――
「有村君さ……認められたい叔父さんて……晴明さんだったり?」
まったくの当てずっぽうでも無く、西園寺さんと同級生であれば良い年齢だし、丁度僕らぐらいの甥っ子が居ても、おかしくないんだよね。
それと、普通の人間ではあり得ない『魅了の眼』を使ったり『犬神の呪法』を用いるなんて事……その道に精通している、祓い屋の小鳥遊先輩みたいな人でないと無理だし
まあ、小鳥遊先輩の場合は、仏道の密教専門だけどね。
聞くところでは、晴明さんは陰陽師だと言うから、呪術なんかも解くのも掛けるのも出来るだろうしね。
そこまでの情報により、鎌をかけてみたのだが――――――
「なななな、何のこと?」
有村君のお茶を持つ手が震え、中身が零れている。
「明らかに、動揺しているな」
「小僧……正直に話した方が良いぞ」
セイと赤城の龍神さんにそう言われ、さらに動揺する有村君
これはチャンスかも、その動揺に付け込んで、脅しをかける僕
「ん~、出来れば話してくれると手間が省けるんだけど……無理に記憶を引き出すとパーになるし……」
勿論、そんなことは出来ない。
「え? パーって?」
「まだ開発中の術でね……記憶を取り出して覗けるんだけど……取り出した記憶が戻せないので、脳みそが空っぽに……」
そう脅しの嘘を言ってみる。
当然、有村君以外は知っているので、無言でピザを食べ続けている
空気を読まないセイあたりが、そんな術あるの? とか言って来て、芝居を台無しにすると思ったけど、ピザに夢中でそれ処では無いようだ。
「ひっ!」
パーにされると思い、顔が引き攣る有村君
「僕としては、有村君が自ら喋るも、無理やり記憶を取り出すも、どちらも情報が得られるのには、変わりないから」
そう言って、有村君をジーと見つめると
「分かった、喋る! 喋るから記憶は取り出さないで! 瑞樹君の言う通り、ボクは晴明叔父さんの甥っ子なんだ」
やっぱりそうか……僕の様に、国津神に就任しているとかならまだしも、タダの人間でこの若さ……それで犬神まで使役してオカシイと思った。
「一応、僕ら瑞樹の龍達で分かっている情報だと、西園寺さんに聞いた事だけで、晴明さんが変わったのは、儀式事故の後って事なんだけど……」
「そうか……じゃあ瑞樹君たちは、『弥生』さんの事は知らないんだな?」
「弥生さん?」
「霧積 弥生……当時、晴明叔父さんの婚約者だった人さ」
婚約者がいたのか……
ん? だった人? 過去形って事は……
「もしかして、その人亡くなって?」
「いや……ん~、難しいな……厳密には亡くなってはいないけど……生きている……とも言えない……かな?」
意味が分からん。
それに婚約者の事なんか、西園寺さん……一言も話してくれなかったし。
「その弥生さん? て人と、晴明さんが各地で起こしている奇怪と、何か関係が?」
「それには、叔父さんが18歳の時に起こした、儀式事故の前まで話が遡るんだけど……」
「構わないよ。順を追ってくれた方が、分かりやすいし」
「じゃあ、そこから……あと、これから話す事は、母親から聞いた話になるよ。だって、ボクはまだ生まれてなかったし」
有村君は、そう言って話し始めた
正確に何年前と言うのは分からないが、大体25年以上前の事らしい。
当時、安倍晴明の生まれ変わりか!? と騒がれる程の霊力を持った者が現れる。
その者は、本家に連なる者ではなく、分家の分家……血も残っているのか、分からない程遠い遠い分家に現れ、本家に近い血筋からは疎まれていた。
「先祖返りじゃな……」
サイドメニューの揚芋を食べていた淤加美様が口を挟んだ。
「まさしくその先祖返りです。隔世遺伝とも言われているモノです」
先祖返りとは、何世代も後の子孫に、生まれ変わりと言われる程、遺伝子の色が濃く現れる者の事を言うのだ。
それから言えば、僕も淤加美神の先祖返りとも言える。
まあ、僕の場合。生れ出た後の進化は、希少種へと進んで居るらしいが……
有村君は、さらに話を続ける
「その先祖返りが災いして、濃い血筋の方々と衝突しましてね……」
早い話、人間の才能への嫉妬と言う部分が剥き出しになり、晴明さんが居なくなれば、次の晴明の名を継ぐのは、ウチの子になると言った、お家騒動があったらしい。
衰弱する、呪いの術を掛けて来たのだと言うが……何しろ霊力の強い晴明さんに効く訳もなく……
そこで呪いの対象を、婚約者である霧積弥生さんに変更されたのだと言う
日に日に痩せ細っていく弥生さんを前に、晴明さんは自分の無力さを呪い。
ついには、当時の医者が匙を投げたと言うのだ。
まあ、病気ではなく、呪術によるものだから、医学では治し様が無いわな
霊力があるのに、なぜ治せないの? て思うかも知れないが、力はあっても解呪の方法が掛かれた書物を、本家の人間が見せてくれず。どうする事も出来なかったらしい。
遠い分家の晴明さんの家では、書物なんて残って居るわけもなく、ただ衰弱する婚約者の姿を見ているしか出来なかったのだと言う。
だが、ある日……
年末の大掃除の時、屋根裏のネズミを駆除しようと、上った処……
屋根裏から、一冊の本が見付かったのだ。
そこには、常夜への扉の開け方が載っていて、時の止まった常夜なら、弥生さんの病状は治せなくも、進行を止めることは出来る。
そう考えた、晴明さんは。その儀式を弥生さんに行う事にしたのだが
せっかく、晴明さんを苦しめようと、呪いを掛けていた者たちには、面白くない事態になり
その儀式を邪魔したのだと言う
「それが……儀式事故……」
「はい。母からは、そう聞いています」
それで、西園寺さんの言っていた。儀式事故の後遺症で、歳を取らなくなっている……に繋がる訳か……
「じゃあ、最初から晴明さんは、弥生さんを助けるために、色々動いているんだね」
「だと思います。最後に逢ったのは……ボクが中学卒業の日で……有村家へ嫁いだ、ウチの母に逢いに来た時でした。叔父さんは去り際に、弥生を助ける方法が見付かった……と言っていました」
助ける方法……
「淤加美様。もしかして、この間の月の騒ぎの……」
「うむ、確証ではないが、高確率でそうかも知れぬの……常夜は、夜を司る月と、関係があるものじゃしな」
そう揚芋を頬張りながら言う淤加美様
「だがよぉ、その人間の雌を常夜から引っ張り出せたとしても、衰弱の呪いはどうするんだよ」
話を聞いていた、ピザ屋のアルバイト店員さんである、壱郎君が口を挟む
「それは大丈夫だと思います。何せ呪術を行っていた者は、対象が常夜へ消えた為に、呪いが全部纏めて本人へと降り掛かり、もうこの世に居ませんから」
「まさに、人を呪わば穴二つとは、よく言ったモノじゃな」
本当に、淤加美様のその言葉の通りだ。
「じゃあ、その婚約者さんを現世に戻せさえすれば、晴れてハッピーエンドじゃない」
と香住の言葉に、セイが
「通常ならばな……だが、儀式事故と言うのが引っ掛かる」
そうなのだ……弥生さんが、ちゃんと常夜へと行っているのか? それとも狭間の世界に落ちているのか? 誰にも分からないのだ
「それともう一つ、常夜へ人為的に穴を開けるには、60年周期を待たねばならない。偶然開いて迷い込む者も居るらしいが、術で開けるなら60年に一度しか開けられぬ」
そう補足する赤城の龍神さん。
「と言う事は、前回の儀式から60年は、まだ経ってないよね……どうするんだろ?」
「月光騒ぎと言い……なにか突拍子もない事を、考えて居るに違いないのう」
結局、動機しか分からなかったが、晴明さんは人間を滅ぼそうとか、恨みを晴らそうとかではなく、婚約者の為にやっていると言う事がはっきりした。
「何をしようとしているにせよ。叔父さんは、弥生さんの為なら、世界中を敵に回しても、やり遂げる筈です」
天秤にかける相手が全世界とは……物語の恋愛話なら良い話なんだろうが……常夜に穴を開けるために、この間の月光騒ぎを何度も起こされる様なら、さすがに被害が大きすぎる
瑞樹の神佑地を預かる者として、ここでも被害が出ている以上は、放って置く訳には行かない。
まあ、事情が事情だし、元人間としては、助けてはあげたいけどね。瑞樹の神佑地に被害が出るなら、優先順位的に国津神として、敵対する事になる。
ん~、微妙な立場だわ。
儀式事故の後、事故の責任を取らされ、安倍晴明の名は剥奪されたらしいが
自分達で呪いを掛け、更に儀式を邪魔した癖に、責任まで押し付ける奴らへ、当て付ける為に、今も「晴明」の名を訓読みで「はるあき」として使っているのだという。
「しかし、瑞樹の龍神を何とか出来ると思ったのは、ボクの思い上がりでした」
そう言って頭を下げる有村君
「有村君は、これから晴明さんの元へ?」
「いいえ、ボクなんかが叔父さんの処へ行っても、足手まといになってしまいますから……それに、この間のニュースで、K都府の屋敷が隕石で無くなったとか……実は、それから叔父さんと、連絡が取れないんですよ」
「あ~、あれか……」
僕は困ったように、指で頬を掻くと淤加美様が
「千尋が、太陽光を集めて、地上に落とした奴じゃろ?」
「正確には、太陽フレアを集めて圧縮……まあ、宇迦之御霊様の結界のお陰で、他に被害が出なくて良かったですよ。一歩間違えば、千年王都が消えて、大きいクレーターに成るところですしね」
「ちょ、ちょっと……太陽フレア? クレーター? なんか……とんでもない単語が聞こえたんですが?」
「だ、大丈夫だよ。そんな大術は、太陽の出ている昼間しか使えないし……」
「……ボクは、とんでもない龍神に、挑んでいたのか……晴明叔父さんが、手を出すな! て、言った意味が分かりましたよ」
「じゃあ、この後は?」
「せっかくだし、この学園で学生を続けようと思います。明日の演劇部から頼まれた代役も、頑張らなきゃならないですしね」
「はい!? 演劇部の代役って……有村君なの!?」
「あら、知らなかったの千尋? 有村君は、中学の時でも同じ劇をしていて、頭にセリフが入っているとかで、代役に抜擢されたそうよ」
なるほど、セリフや動きが出来るから、3年や2年の先輩方を飛び越えて、1年の有村君に声が掛かった訳か
「中学でも、イケてるボクが主役でしたからね。同じ役なのでバッチリです」
このイケメンめ……
他の龍達もかなりの美形だが、特に婚約者のセイ龍は性格がアホな分、話していて楽しいし、嫌な気はしないんだよね。
その点、有村君は自分からイケてるとか言っちゃう所が、鼻に付いてしまう。
「まあ、明日の学園祭が成功させたなら、今回の騒ぎの事は、水に流しましょう」
前回の売り上げを超えるには、演劇部の出し物に掛かっているからね。
「わかったよ! 瑞樹君。この有村浩人、全力で演じさせてもらう!」
そう言ってウインクした。
背筋がゾゾっとしたし……次やったら、まつ毛を全部抜く。
翌日の学園祭最終日。
有村君はその言葉の通り、全力で公演を成功させ、チケット売り上げも上々であった。
前日の暴力沙汰で、観客が減るかと思いきや。イケメン有村君が、代役をやると宣伝したら、あれよあれよと女性客が集まって、どうにか助かったのだ。
観客の殆どが女性客だったので、もしかしたら魅了の眼を使かったのかも知れないが、それはこの際、目をつぶった。
ウチのクラスも、前日の口コミの評判により、さらにお客さんが増え。
15時を待たずして、軽食がすべて売り切れ状態に……
最後は、飲み物だけに成ったが、それでも注文は途切れず
前日、土曜日の売り上げを遥かに上回ったのだ。
まぁ、水神の力でドリップしている時点で、ズルしているんだけどね。
そして閉会式の売り上げ発表。
前回の学園祭の売り上げを上回り。見事、水曜日までの3連休を勝ち取ったのだ。
歓声に沸く生徒たちだが……
僕達料理担当は、家庭科室を片付けなきゃならず
片付けが終わるころには、すっかり日も落ちて暗くなっていた。
衣装直しで寝て居ない、香住を送ってから、ウチへ帰宅すると――――――
瑞樹神社の境内に、リュックを背負った小鳥遊尊さんが居たのだ。
何か、すごい不機嫌そうな顔だし……また厄介事かな?
どうしてこう、厄介事ばかり舞い込むのだろうか……
僕は溜め息をつきながら、境内へ向かって、鳥居をくぐるのだった。




