3-06 犬神
犬神の呪法は、15禁で説明するには残酷すぎるので、本編では省略してあります
「そう言うのいいから。赤い紙とか青い紙じゃない、普通の紙が良いんだけど……」
そんな色のついた紙は、今要らないし。
『赤い紙か良いかい? 青い紙が良いかい?』
「……だから、普通のが欲しいな」
『赤い紙がい……』
「壊れたレコードか!! 何度も言わなくも聞こえているし、もう両方ちょうだい!!」
『両方? じゃあ真っ赤に染めて、真っ青にしてあげましょう』
意味不明だ。
すると、暗闇の中から、僕の首筋に鋭利な刃物が迫る――――――
ぎゃああああああああ
そう悲鳴を上げながら、トイレを転がるオッサンの妖。
僕の首筋に押し当てられた刃物は欠けてしまい、欠けた破片がオッサンの足に刺さったのだ。
名のある武器どころか、術すら掛かってない刃で、龍神の肌を貫こうなんて無理に決まってる。
「ちょっとオッサン……今、何処から出て来た!? ずっとトイレを見ているとか、変態さんか!! だいたいね、紙が終わったら補充して置いてよ!! 次に入る人が困るだろ!?」
『どうなっている……なぜ刃が通らない』
「オッサン……僕の話聞いてないだろ?」
オッサンの妖は、足に刺さったナイフの破片を引き抜くと、それを床へ投げ捨てた。
『赤い紙と青い紙の両方だったね、お嬢さん……』
オッサンはそう呟くと、両手を天井に突き出す。
すると、トイレの壁をすり抜ける様に何十……いや、何百と言うナイフが現れた。
「いい加減にしなよオッサン……こっちは何時までも、パンツを上げれないで、居るんだからな!!」
僕は、水神の力を全開で、便器の水を強制に引っ張り出すと、僕の周りに水の刃を何千と創り出した。
『な、なんだそれは……』
「僕はね……水が尽きない限り、水の刃なんか無限に創れるからね。そんなにトイレが好きなら、トイレに流してあげるよ!!」
『おのれ、小娘にやられてなるモノか!』
オッサンが、天に向かって突き出した手を僕の方に向けると、壁から出て来たナイフが一斉に襲い掛かって来た
そんなオッサンのナイフに、水の刃で迎撃すると、ナイフは簡単に粉々になった。しかも、相打ちでは無く、水の刃が勝ってナイフは一本も残ってない。
とんだ鈍らナイフだ。
「さて……浄化されたくなかったら、紙を寄こしなさい」
『赤いのか、青いのか……』
「それしか言えないのかよ!! もういいや、浄化……」
そこまで言いかけた時、僕の耳元に
『ねえ遊ぼ!』
そう囁く、赤いスカートを穿いた、おかっぱ頭の女の子
また妖か……いい加減、頭にきたわ!
何が一番頭に来るって言うと、いまだにパンツが上げれずに、ノーパン状態で居る事が、とても我慢できなかった。
さっきから、おかっぱの子に首を絞められているが、そんな事はどうでも良い
「お前ら纏めてトイレに流してやる!」
(※専用の紙以外のモノは、流さないように)
僕は、水の刃をロープの様に変化させると、2匹の妖を縛ろうとするが、なぜか逃げ足だけは早くて、水ロープを避けながらトイレから逃げ出してしまった。
「紙置いてけ! コノヤロウ」
僕は怒鳴り声をあげるが、夜の校舎に虚しく響くだけ……
だが冷静に考えると、たまたま紙の無い個室に入っただけで、もしかしたら、他の個室に残っているかも?
淡い期待を胸に抱きながら、他の個室も調べるが、全てに紙は無かった。
おのれ……この怒り何処にぶつけたら……
そう思っていると、淤加美様から念話が飛んでくる――――――
『千尋よ、あまりに遅いので、みな心配しておるぞ』
『紙が無いんです!』
『紙など気にせずに、下着を上げてしまえば良いではないか?』
最悪それでも良いんだけど、なんか濡れてて嫌なんだよね
他に紙が無いか探していると、淵名の龍神さんから念話が来る
『千尋殿、古龍神様からお聞きした処、紙が無いとか? 香住殿が、毎朝スカートのポケットに、入れてあると申してますぞ』
マジで!?
スカートにポケットがあるの、直ぐ忘れちゃうんだよね。4月前半までは男子だったので、スカートなんて穿いた事なかったし
言われた通り、スカートのポケットにティッシュが入っていたので、事なきを得たのだが……
個室を出る時に――――――
『赤い紙と青い紙……』
また色紙の妖か……もう容赦しない!
手洗いの水道を全開にして、水を引き寄せると――――――
「そうか……浄化なんて生温いよね。だったら、細切れにして流してやる!」
水の刃を無数に創り、それを妖に向けた途端に、廊下へ逃げていく
「あんにゃろめ! 逃がさないよ」
『なんだと思えば……あんな小者に、からかわれて居るのか?』
念話で淤加美様に、呆れたように溜息をつかれるが
「淤加美様は黙っていてください!」
僕はそのまま妖の後を追い廊下に出る――――――
何か嫌な感じが……廊下の先に……何かいる!?
『千尋よ……』
『分かっています』
声を立てぬ様、僕も念話で返すと、龍眼の暗視モードを全開にする
あれは――――――
「有村君?」
ついこの間転校してきて、魅了の瞳で騒動を起こした、有村浩人君が、廊下の向こうの暗闇から歩いてくるのだ。
確か……僕に変身したセイが、しつこく付き纏う有村君を脅かして、恐怖で家から出なくなったって聞いたけど……元気そうだし
「こんばんは、瑞樹君。ボクもあれから色々考えてみたよ……」
「考えたって……転校でもするの?」
「いやいや、龍神相手に生身の人間が挑んでも、勝てないって事をさ」
ん……何かまだ居る……
有村君の後ろ……死角になっているけど、何かが控えて居るのが分かる
「有村君さ、何で僕を敵視するの? 挑むとか言ってるけど、戦う理由がないでしょ」
「戦う理由はあるさ、龍神であるキミを倒し、叔父さんに認められる事が、ボクの戦う理由だよ。さあ! 出ておいで!!」
有村君が、そう声を上げると、背後に控えていたモノが飛び出して来る。
……犬?
『気を付けるのじゃ、アレはただの犬では無い! 呪法によって生み出された、犬神じゃ!!』
『犬神!? それって、お腹を減らした犬を、顔だけ出した状態で土に埋めて、お預け状態にする奴ですよね』
『うむ、面倒じゃから呪法の内容は省くが、飢餓状態で怨念を抱く危険な輩じゃ』
危険て言われても……
どこからどう見ても、チワワなんですけど!!
全然怖さが感じられねーし
これは何か? 僕が試されてるの? 笑ったら尻を叩かれるとか?
どうツッコミを入れようか、考えて居ると――――――
見た目の可愛さとは違って、大口を開けると炎のブレスを吐いたのだ。
マズイ!!
このままでは、廊下の熱感知センサーが反応する!!
僕は、炎のブレスを避けながら、空中に控えている水の刃を数本使い、廊下の天井にある熱感知センサーを水で覆う。
こんなの鳴らした日には、消防車が来て大騒ぎになるし。何より、出しっぱなしのスポンジケーキが、スプリンクラーでびしょ濡れだ。
あのチワワ……見た目が可愛いのに、やることが炎のブレスとか凶悪だ。
「ワグナリオスの炎のブレスを避けたからと言って、いい気になるのは早いぞ瑞樹君」
…………は?
「待って! なにそのワグナ……何とかって」
「犬神の名前だが?」
「何でチワワなのに、そんな立派な名前なんだよ!! もっと可愛い名前を付けてあげなよ!!」
「な、何を言っている。人を飢餓で呪う犬神が、可愛い名前でどうする」
どう見ても名前負けしてるし
僕の思考が半分停止していると――――――
「さすがの龍神も、ワグナリオスの前では、成すすべもないか……」
その似合わない名前は止めて
それに見た目がチワワなので、可哀想で攻撃できない
「くっ、これも狙っての事か……やるな有村君」
「まだ恐れるのは早い、ワグナリオスよ、巨大化せよ!!」
そう有村君が叫ぶと、ワグナリオスが大きくなっていく
「でけえチワワ……というか、大きくなりすぎて、廊下に詰まってるし!! 有村君も踏まれてるし!!」
ツッコミどころが満載だ
「ぬおおお、く、苦しい……」
ワグナリオスの方は、困った顔で廊下に詰まっていた。
「もう帰って良いかな……」
付き合いきれないので、踵を返すと
「ま、まて……待ってくれ。乗っかってるワグナリオスを、何とかしてくれないかな瑞樹君」
「何とかって言っても……大きくなっただけのチワワを、倒しちゃうのも可哀想だし、そもそも小さくなるように命じれば良いんじゃ?」
「そ、そうか! その手があったか」
アホすぎる……もうほんと家庭科室に帰りたい、そう思っていると――――――
小さくなり始めたワグナリオスが、突然吹っ飛んだ!!
「おっと! 済まねえな。 廊下が塞がってたんで、どかさせて貰ったぜ」
そう言って現れたのは、ピザ屋の店員の服を着た、壱頭目のオロチ事、壱郎君だった
「ワグナリオス!! 大丈夫か!?」
壱郎君に蹴られて廊下でのびて居る、犬神のチワワを介抱する有村君
「兄ちゃん済まないな、ピザの配達があったんでよ。出来上がって30分以内に届けるのがモットーなんだ、そう言う事で、急いでいるんでまたな!」
そう言って、ピザの箱が入った保温バックを水平に保ったまま、廊下を歩いて行こうとする、壱郎君を呼び止め
「それ頼んだの僕だから」
「やっぱり、この大量の注文は雌龍か。相変わらずよく食うな……」
「別に、僕が一人で食うわけじゃ無いよ!! だいたい、何処から入って来た」
南校舎は既にセキュリティが作動していて、入れない筈なのに……
でも警報が鳴ってないって事は……入ったのは、南校舎以外からって事になる。
「ああ、みんな鍵が掛かってるからよ。屋上から入らせてもらったぜ」
屋上!? まさか、小鳥遊先輩……チカちゃんの妖騒ぎで屋上に出た時、ちゃんと閉めて来なかったな?
まったく不用心なんだから……
でも、壱郎君の様に、屋上から侵入できる奴は、そうは居ないか……
「えっと、お金は家庭科室まで行かないと無いや」
「なんだ雌龍、今日はまた何かやってるのか?」
「学園祭の居残り作業なんだよ」
「へえ、学業もいろいろ大変だねえぇ」
そんな雑談を壱郎君と話していると、後ろで有村君の悲鳴が上がる
何事!?
振り返ると、倒れたチワワのワグナリオスから、紫色の妖氣が上がっているではないか!?
「なんだアレ!? 妖氣からしてタダの犬じゃねえな」
「アレは犬神だよ」
「犬神!? おい、それは呪法じゃねえか!」
さすが古のオロチ、呪法も御存じか
しかし、可愛かったチワワの姿が、どんどん凶悪になっていく……大きさは、牛より2廻り大きいぐらいで止まり、口からは2本の牙がのび、涎を垂らしながら、鋭い眼球で睨みつけてくる。
ん? 確か犬神って……飢餓の呪法だったよな?
そして、犬神の視線の先は……
「狙いはソレだ!! 壱郎君が持っているピザの保温バック!!」
僕が叫ぶと同時に、凶悪な姿になったワグナリオスが、壱郎君めがけて突進した!!
「ざけんなよ!! ワンコウ!! まだ代金貰ってねーうちは、ピザは誰にも渡さねーぜ!!」
そう言いながら、紙一重で避ける壱郎君。
さながら、闘牛でも見て居るかのようだ。
「さすが、壱郎君。商品を命がけで守るなんて、バイトの鏡だね」
「てめーも見てるだけじゃなく、何とかしろよ雌龍!!」
だって、ピザを持ってない僕は、狙われないし
僕が傍観者を決め込んでいると――――――
「おーい、千尋。まだピザが来ねーんだけど、外に迎えに行った方が……ぶるぁぁぁ!!」
丁度、紙一重で避けられたワグナリオスが、勢い余って止まれずに、セイを轢き飛ばしたのだ。
「セイ! 凄くオイシイタイミングで来るなぁ。もしかして狙ってる?」
「……オイシイって……お笑いじゃねーし……」
僕は手を貸して、轢かれたセイを起こすと
「因みに、、夕ご飯のピザはあそこだ」
そう言って、犬神に追い掛け回されている、壱郎君の保温バックを指さす
「つまり、あの変な犬を何とかしないと、夕飯にあり付けないって事か!?」
「そういう事、幸いあのピザバックが狙われている為、僕達は安全だ」
「安全なモノか! ピザを食われたら、夕飯が無くなってしまうではないか!!」
飯が絡むとヤル気が出るのね
「なんでも良いが! この犬何とかしろ! 雌龍ぅ」
壱郎君の方も、保温バックで両手が塞がっている為、術の行使が出来ないらしい
もともと、人工物の建物の中とか苦手だって言ってたしね
「なあセイ、ダークブレスやる?」
「俺は神格失ってるんだぞ、自然の無い場所では、ブレスは無理だっつーの」
そうか、制約があるのか……
仕方がない
「壱郎君! パスしてパス!!」
「バカ野郎! 代金を貰うまでは……へぶふぉ」
僕の方に気を取られている処を、ワグナリオスに吹っ飛ばされる壱郎君。
そのまま放物線を描いて、保温バックが飛んでくる。
ナイスパスだ!
それを天井ギリギリでキャッチすると、そのまま階段の方へ駆け出す。
確か、屋上が開いているって言ってたよね
僕は昼間と同様に、北校舎の廊下を西へ向かって疾走する。
今回は追う方でなく、追われる方だけどね。
当然ワグナリオスが追い掛けてくるが、空中に出しっぱなしの水の刃を数本使って分身を創ってみた――――――
だが、水の分身には目もくれないで、真っ直ぐ僕を追てくる。
正確には、僕の持つ保温バックの中身のピザを追っている様だ。
「分身体は効かないみたいだな、千尋。たぶんあの犬は、ピザの匂いを追ってるんだろうよ」
並んで走るセイが、そう指摘してくるので、保温バックをパスする。
「はい、パス! このまま屋上まで引っ張るよ!」
「なに! 屋上ま……ひぶぅぅ」
セイが、また跳ね飛ばされたし
放物線を描いて落ちてくるバックを、今度は壱郎君がキャッチする
「てめえ! 雌龍!! 代金を受け取るまでは、ウチの商品なんだぞ!」
「ちゃんと代金は払うから! ほら、後ろ!!」
僕が指摘すると、横に跳んで避ける壱郎君。そのままノーマークの僕に、保温バックをパスしてくる
まるで、ラグビーの試合をしているようだ。
北校舎の西の果てまで行くと、階段があるので、屋上を目指し、それを上って行くが
向こうは、さすが4つ足で地面を蹴る、4駆である
階段も5段跳びなど、当たり前にしてくるのだ。
追い付かれる――――――
そう思った時、セイが階段下から飛び出してきた
どうやら、壱郎君が背中を貸して、飛び上がったようだ
「パスだ千尋!!」
「頼んだ!!」
保温バックをセイに向かって投げると同時に、僕が犬神に吹っ飛ばされる。
ぐはぁ! ちょっと前にセルジュと戦った時に、クリティカルで貰った蹴りぐらいの衝撃だ
一瞬で肺の中が空にされ、吹っ飛ばされるほど……
少しだけ咳で咽ると、直ぐに後を追う。こういう時、龍神の再生は便利だ。
痛いけどね
先に行った、セイと壱郎君を追って、屋上へ躍り出ると
直ぐに残った水を、浄化雨に変換して行く。
元々の水量が水量なので、それほど大きくは出来ないけど、屋上一帯ぐらいなら大丈夫だ。
僕は、浄化雨を降らせていくと――――――
今にも屋上の角へ追い詰めたセイに、襲い掛かるところで、光の粒子になって薄くなっていく
僕はセイから保温バックを受け取ると、中からピザを出して、一欠けらを犬神にあげた。
「お腹が空いてただけなんだよね……」
犬神は僕の言葉に、涙を流しながらピザを食べきると、そのまま光になって消えてしまった。
「ちゃんと成仏したな……」
「うん……」
次に生まれてきたら、お腹いっぱい食べれるといいね……
そう感傷に浸っていると、壱郎君が――――――
「というか、あの犬……タマネギが大丈夫だったのか?」
「「 あっ!! 」」
その壱郎君の言葉に、僕とセイが固まるのだった。




