3-02 月光の影響
僕が水の長刀を構えると、ユラユラ揺れてる異形は、急にユラユラを止めて突進してきた。
淤加美様の話だと、中級程度の妖だと言うので、簡単に終わるだろうが、新術の試しも兼ねているので、容赦はしない。
間合いを見計らいながら、水の刀に術をかけると、刃の部分がそっくり視界から消えた。
そう、姿を消す術を刃に掛けたのだ。
異形は急に消えた刃に戸惑い、立ち止まってしまうが、本当に刃が消えたわけではない。
本来『視覚』と言うモノは、物体に当たった光が反射されて来て、その光が網膜に照射されることで、見えているのだ。
その光を、空気中に含まれる水を使って、屈折させているだけなので、見えていなくても水の刃はちゃんと存在する。
異形め、戸惑っているな
まぁ異形の目が、何処についているかは分からないけど、相手の目に直接術を掛けている訳じゃないので、術に引っ掛かっているのだろう。
コウモリのように、音波を出して目の代わりにしているモノだと、効果はないけどね。
さて、異形が警戒して、近寄ってこないなら……
僕は消えている水の刃を、一気に伸ばして異形を串刺しにした。
金属製の武器なら、長くすれば金属が増える分、重くなってしまうが、僕の武器は水である以上、重心が変わるだけで、重さは変わらずに1リットル1キログラムである。
その分、太さは細くなるけどね。
だからこそ障害物が周囲にない、広い境内のここでは、槍の長さにしても刀と変わらずに振り回せるのだ。
普通では考えられない、8メートルを超える水の長刀を使い、異形を細切れにすると
異形は、その場で霧散して消えていった。
「他にも試したい術があったのに……ダメだったかぁ」
僕は、異形の居た空間を見ながらボヤく
やっぱり中級程度の妖では、耐えてくれないみたいだ。
それにしても……昔話に出てくる、巌流島の戦いの小次郎の武器ような長さだな……
流石の名刀物干し竿でも、8メートルは無いか……刀としては、既に人間の振り回せる限界を超えている。槍なら在りそうだけど……
まあ僕には昔話の様に、ツバメなんちゃらとか言う技は、使えないけどね。
修行相手が消えた事に、溜息をついていると、淤加美様が出てきて――――――
「妾からしたら、刃が見えぬだけでも十分脅威的じゃぞ。それに千尋よ、気が付いておらぬであろう? お主の使う武器の水は、微妙に浄化が付いておるぞ」
「そうなんですか?」
「きっと高淤加美の光の浄化雨を、無意識に組み込んで居るのじゃろう。闇に生きる妖には、効果抜群じゃな」
そう言えば、一昨日使った浄化雨も、回復効果が付いてたっけ?
なんか、少しずつだけど、色んな術が強化されてるなぁ
僕たちが異形を倒して少し経つと、満月だった月の形が、新月に近い、細い月に戻った。
「月が元の形に戻りましたね」
「うむ、じゃが問題は多いぞ。妖光に誘われて妖が出たことじゃ」
「確かに出ましたが、中級程度ですよ」
半年前の、龍に成り立ての頃なら危ないけれど、今は淤加美様のスパルタ修行のおかげで、水以外にも光術と闇術が使えるし、中級程度の妖なら問題はない。
「その中級程度が問題なのじゃ。よいか千尋、ここは神聖な神社の神域なのじゃぞ。その神域に中級程度の妖ごときが入り込んだ事自体が問題なのじゃ」
あっ、そうか!! ここは神域だったんだね、普通に生活しているから、すっかり忘れてたよ
過去にセイが、張っていた結界は無くなっているが、それでも神聖な場所である事には変わりがなく、中級はおろか、上級の妖でも入れないであろう境内に現れたのだ。
淤加美様も危惧するわな。
そんな神域でも、神話クラスの八岐大蛇とかなら、入ってきてるけどね。
壱郎君とか、鴻上さんとか……壱郎君は探し物しているだけで、破壊や呪うなどの邪気がないから大丈夫なのだろう……今のところね。
鴻上さんに至っては、心臓探しを諦めたって言ってたし、本気で正哉を愛しているんだろうな。だから邪気が無くなったのかも
そこで、重要なことを思い出した。
オロチの心臓の入った勾玉を、返してもらってない
まあ良い方に考えれば、ここに北関東に伍頭目のオロチが居るのだから、勾玉は東北にあった方が安全かも知れないね。
まだ妖の気配が無いか、当たりの氣を探っていると――――――
「何かいる!」
僕は消える水の長刀を短くすると、気配のする方へ構え直す。
『待ってくれ千尋殿、我だ我!』
「ウチに我なんて人居ませんよ」
『荒神の灰色狼、ハロだ! 意地悪せんでくれ……』
「なんだハロちゃんか……まだ妖が残って居るのかと思った」
『いや、残って居ったのだぞ。社の裏に3匹ほどの低級がな。吠えただけで1匹は消えたし、残り2匹は金縛りに成りおった、その程度の低級だから火を吹くまでもなく、体当たりで消し飛んだわ』
「低級じゃと!? 中級が入り込んでるのも問題なのに、低級まで……」
『淤加美殿も変だと思うか? 我も吃驚したぞ。この社の裏側は、セイ殿が棲んでいた龍穴がある。この神域で一番水氣が強く神聖な場所なのに、低級が湧き出たのだからな』
「うむ、裏の滝付近が一番神氣が高いのにのう……」
元御神体のセイは、ウチで一緒に住んでるので、今は龍穴の中は空だけどね。
淤加美様の言う通り、代々の龍神が棲んでいただけあって、一番神氣が高いのは確かだ。
『どうやら、あの月の光が当たったモノの影から、湧いて出ているようでしたぞ』
「……まさか……千尋! 居間へ戻るぞ」
「どうしたんです? て、飛んで行っちゃったし……仕方がない、ハロちゃんも行こう」
玄関でハロちゃんの足を拭いてあげてから、居間へ向かうと、淤加美様と建御雷様がニュースを観ていた。
ニュースを観るために戻ったんかい!
『次のニュースです。今、街で不思議な現象が起きています。歩道を歩いていた人が急に暴れだし、暴力をふるうなど、日本各地で起きていると言う事です。これについて、専門家の…………』
「やはりな……」
淤加美様がテレビを消して、残念そうに首を振る。
「どういう事です?」
「カメラを通した映像では、分かりにくかったが、あの暴れていた人間達は、月明かりで湧いて出た妖に取りつかれて居る」
マジか……
「じゃあ、この町の人達も危ないんじゃ?」
「……かもしれぬ。千尋よ、少し身体を貸さぬか?」
「別に構いませんけど、どうするんです?」
「超広域の浄化雨で、日本全体の妖を浄化する。建も力を貸してくれ」
「儂は構わんぞ」
こうして、広域浄化作戦が決行される。
建御雷様に、ウチの物干しに成っている、柊の八尋鉾へ御霊として入ってもらい『雷鳴の八尋鉾』へと変化させ
それを持った淤加美様が僕の身体を舞い上がらせ、日本全域に雷鳴を轟かせながら浄化雨を降らせたのだ。
さすが神話の古神、2柱がかりとはいえ、やる事のスケールが違う。
晴れの天気が外れて、天気予報士さんには悪い事をしたが、妖にとり憑かれた人を救うために、我慢してください。
一通り雨を降らせた後、僕らは瑞樹神社へ戻って行き、居間へ集まると、テレビをつけてニュース報道に観入っていた。
ニュースを観ると、暴れる人たちは、みんな毒気を抜かれたように大人しくなり、暴動はすっかり収まっているようだった。
さらに逮捕された者は、警察で取調べを受けるも、全然覚えてなく。本人もなぜ暴れたのか分からないと……
「うむ……憑いた妖が操ったのじゃからな、当人は覚えて居らぬじゃろう」
と、ニュースキャスターの言葉に、頷いている淤加美様。
「全く無関係でも無いがのう、妖は心に隙間がある者に、取り憑いて入り込む」
そう建御雷様が言って、お茶を啜りながら淤加美様とテレビを語っている
こうして居るのを見ると、2柱とも茶飲み友達の様だ。
香住と正哉の家には、電話をして無事を確認したが、香住の見える眼鏡によると、妖は家の外に現れたらしい。
そのまま壁を抜けて、家の中へ入ってこないと言うので、やっぱり低級の妖なんだろうな。
元々家の中には入れないのか? もしくは、あの月の妖光が当たった場所だけに存在できるとか?
まあ何方にせよ、まだ判断材料が少なすぎる。
仮説をいくつか立ててみても想像の域を出ないので、今日の処は寝ることにした。
さすがに、2日も寝ずに強者と連戦したのは、いくら龍神の身体であっても限界である。
みんな無事だったし、街の方は怪我人は出たらしいが、死者が出ていないので良しとしよう。
僕は疲れた体を、布団の上に沈めると、そのまま眠りに落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、瑞樹千尋が寝てしまう、少し前の事。
N良県の山中で、仮の祭壇を造り、要石の3つを使い儀式を行った晴明の姿があった。
「やはり、要石が3つでは、上手く行かぬらしいな」
元に戻った月を、恨めしそうに睨みながら吐き捨てる
まあ仮の儀式だし、失敗するのは分かっていたが、どう失敗するかを見たくて、敢えて仮組みで行なってみたのだ。まさか、妖光に照らされて、低級な妖が出て来てしまっているのは、計算外であった。
「晴明様! なんか寄ってきますよ、真っ黒いのがあああ」
狐巫女のお玉が、慌てながら晴明の服を引っ張る。
「お玉よ、慌てるな。この祭壇の中に居れば、あんな雑魚は入ってこれぬ」
「でもこれ、仮の祭壇ですよね? 大丈夫なんですか?」
「…………」
「何でそこで黙るんですか! 大丈夫だと言ってくださいよ!」
「ええい! うるさいわ!! お前も由緒ある狐巫女の端くれであろう。あのような雑魚に狼狽えるな馬鹿者め」
「だって、数が多すぎますよ。40……いえ50は居るんじゃないでしょうか? それに祭壇の中に居ると、私の狐火も出せないんですよ。私、心細くて……ひっ! 今、ミシっといった!!」
「落ち着けと言うに! これは……そう、家鳴りだ」
「ここ家じゃないですよ! 祭壇が軋んでますってば」
お玉の言う通り、祭壇を四角く囲った注連縄があるのだが
その注連縄を結んだ四隅の竹が、ミシミシと音を立てていた。
これはヤバイかも……
そう思っていたら、空から雨が降り出したのだ。
今夜の降水確率はゼロだと言っていたのに……びしょ濡れだぞコンチクショウ!
「ああ、見てください晴明様、妖が消えていきますよ」
お玉に言われて、祭壇の外を見てみると、力のない妖から順に、雨に打たれて消えていくではないか
「これはタダの雨じゃない! 龍神の浄化雨か!?」
どうやら敵に助けられたようだな
いくら妖が低級の雑魚とはいえ、あの数が相手では、無傷とは行かなかったかも知れないからだ
しかし、これだけ広域に浄化雨を降らせるとは思いも寄らなかった。
瑞樹千尋……凄い勢いで成長しているのは間違いないだろう
「今日は色々な収穫があった。西園寺に見つかる前に撤収するぞ」
「え~雨が止んでからにしませんか?」
「止んでからだと、雲が晴れて衛星のカメラが使えてしまうからな。それに視界が悪い方が、見付かり難い」
晴明は嫌がる狐巫女のお玉を急かしながら、雨の降る中をO阪府のアジトへ戻って行くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、北関東の瑞樹神社では――――――
登校前の千尋の頭の上に、小さくなった元龍神のセイと、久し振りに顔を見せた赤城の龍神さんが乗っていた。
「赤城の龍神さんは、久しぶりですね」
「本当に久しぶりですね千尋さん。志穂の奴が五月蠅くて、中々遊びに来れなかったんです」
あぁ、なるほど。赤城で龍の巫女をしている、神木志穂先輩かぁ。
神木先輩は堅い真面目な人だからな、赤城の神佑地を放り出して遊びに行くなんて、許さないのだろう。
「あれ? 神木先輩は来月、関西へ修学旅行ですよね」
「その用意に忙しいお陰で、監視が緩くなったから出てこれたんですよ」
「ふん。人間一人に手間取っているようでは、赤城の龍神の名が泣くのではないか?」
セイが意地悪そうに言うと
「ば、馬鹿。お前は志穂の馬鹿力を知らんから、そんな事が言えるんだ!」
確かに、人間にしては凄い力だったな。まさか鴻上さんみたいに、中身が人間じゃ無かったりして?
まさかね……
「そう言えば、セイも朝から起きてきて、学園へ一緒に来るなんて珍しいね。普段は昼前まで寝てるのに……」
「ウチに、伍頭目のオロチが寝てるんだぞ、気になって寝て居られんわ!」
「でも、ほとんど寝てるよね、伍頭目のオロチ……昨日の騒動の後も、様子を見に行ったら既に寝てたし。今朝もまだ起きないから、そっとして置いたけど……やっぱり無理な封印が祟ってるんじゃないかな?」
「弱ってたってあのオロチだぞ。早めに何とかしてくれよな」
セイの言葉に、一緒に頷く赤城の龍神さん。
そう言えば赤城さんも、セイと一緒にオロチからボコられてたっけ……
「はいはい、分かりました。学園祭が終わったら、ちゃんと連絡するから」
僕の言葉に、絶対だぞ! と釘を刺すセイ。
忙しくて、忘れなかったらな……と、僕は心の中で付け加えた。
「まあ、一緒に着いて行くのは、オロチの事だけじゃないんだ。正哉の奴にこの片眼鏡も渡したいからな」
「おっ! ついに出来たんだ!? なんか……アニメに出てくる、相手のパワーを測る機械みたい」
「残念ながらその機能はない。見た目はカッコイイだろ?」
「見てくれだけか! だったら重そうだし、普通の片眼鏡にしてあげてよ」
「そうなのか? 耳の部分はラジオになってるのに」
今どきラジオでも大きすぎるわ!
「普通ので良いから、普通ので」
「仕方ないな……よっと……」
セイは簡単に耳の部分の大きいラジオを取り外した。
「簡単に取れるなら、くっ付けないであげてよ」
あったほうがカッコいいと思うのだが……と、いまだにブツブツ言っているセイを他所に、神社の彼方此方を見て回り異常が無いのを確認すると、丁度迎えに来た香住と合流した。
「千尋、おはよう。今日は早いじゃない」
「おはよ。昨日の晩に色々あったんで、異常が無いか確認してたんだよ」
「ああっ、昨日電話で言ってたアレ? ニュースにも成ってたよね。この町だけかと思ったら、日本中で起こってたって……」
「浄化雨が効いたんで、もう大丈夫だと思うよ」
「昨日の雨はやっぱり千尋か。いやね、眼鏡越しで見ると雨が微かに光ってるから、千尋の術なのかなって……あと、眼鏡をずらして肉眼で見ると、普通の雨にしか見えないから、そう思ったんだけどね」
やっぱ浄化雨は光ってるんだ
昨日は、淤加美様が僕の身体を操って雲の上に居たから、気が付かなかったわ。
「あれ? 香住の頭の上に淵名の龍神さん?」
「見つかってしまったか、一度は千尋殿の姿で手伝ったのでな、リハーサルでなく本番の学園祭とやらが、見たくなってしまったのだ」
なるほど、これで北関東の3龍神が揃っちゃったわけだ。
学園祭初日……何も無ければ良いな。
僕は番犬ならぬ、番狼のハロちゃんに留守の護りをお願いすると、香住達と一緒に学園へ向かうのだった。




