2-30 水素脆化の術
龍脈移動で、東北から瑞樹神社へ着くなり、ダッシュで家へ駆けていく正哉だが、荷物をそのまま放り出して行った処を見ると、相当慌てている様だった。
正哉ん処のお母さん。普段温厚な分、怒らせると怖いんだよね。
腰に座敷童ちゃんが、しがみ付いて居るし、幸運で上手く行けば良いんだけど……
その正哉の後を、離れなさい! この泥棒猫! と喚きながら追い掛ける鴻上さんだが
石段を下っている途中で、怒声が悲鳴に変わる。
座敷ちゃんの仕業だか分からないけど、石段の途中で足を踏み外したようだ。
「あれは落ちたな……」
「鴻上さんはオロチだし、大丈夫でしょ。それよりセイ、荷物運んじゃおうよ」
「え? 龍神のご夫婦。今のを放って置いて、大丈夫なんですか!?」
セイと僕にとっては、日常茶飯事なので、『またか』ぐらいにしか思わないが
穂高見様には、あまりにもショッキングで、唖然としていた。
取り合えず、大技で体力を使いきった小鳥遊 尊さんと伍頭目のオロチは、別室に寝かせて置いて、残りの正哉の大荷物を玄関へ運んでいると、神使の桔梗さんが鳥居をくぐって外からやって来たのだ。
「お帰りなさいませ、千尋様」
「桔梗さん、ただいま。桔梗さんは買い物帰りかな?」
「いえ、お役人さんの番所へ、事情聴取とやらに行ってきました」
……え? ちょ、番所って……警察!?
「警察って何かあったの!?」
「実は先日、振込詐欺やオレオレ詐欺など、千尋様に気を付ける様にと、お教えいただいたのが、功を奏しまして……アポ電強盗って言うのを捕まえて、番所へ突き出したのです」
おお! さすが桔梗さん。どこかの2龍とは大違いだ。
でも無事で良かった。強盗って言うだけあって、ナイフとか包丁とかの武器を携帯していたでしょうから
蟹の神使である桔梗さんに、タダのナイフが刺さるとは思えないけど……人間に化けた今の見た目と違って、本体は蟹の甲羅であるから硬そうだし。
変化中は、20代半ばぐらいの、か弱そうな女性なんだけどね。時々、セイの態度にキレて、手だけ大鋏に成ってる……
「まさか!? 強盗を鋏で真っ二つなんて事は?」
「いえ、この神聖な神域の地で、不浄な血を撒き散らす訳にも行きません。なので、強盗の持っていた短刀を切り飛ばしたのです。そうしたら、大人しくなりましたので、お役人さんに引き取って貰いました」
強盗さん、命まで取られず良かったな……これに懲りたら強盗なんて止めなよ。
「みんな無事なら良かった」
「はい、留守中の報告は以上です。それでは私は子狐達を膝に乗せ……ではなかった。社務所で仕事がありますから」
話し終えると桔梗さんは、いそいそと社務所へ行ってしまった。
子狐ちゃんズは大人気だなぁ。あのモフモフの尻尾が触り心地が良いので、分かる気がする。
荒神狼のハロちゃんも、もっとモフモフしていれば人気が出るのに……すぐ砂の上でゴロゴロしちゃってジャリジャリするんだもの
「瑞樹神社で、一番モフモフしていないのは、セイだろうけどね」
僕がそう言いながら後ろを振り返ると、セイのお腹からダンプトラックのエンジン音のような、凄い音が聞こえ始めた。
「ぬおおお……」
「ほら、妖魚なんて生で食べるから……言わんこっちゃない」
「す、すまん千尋……外の厠を……使わせて貰うぞ……」
ウチの中まで持たないらしく、参拝者用の外トイレへ、内股で向かって行くセイ
こういう時、龍の身体は困るんだよね。人間の胃腸薬が効かないし……自力で治るのを待つしかないのだ。
後で浄化雨の水を、温めて持ってってやるか……
残った荷物を片付け終わると、僕のスマホは漆黒で融けてしまったので、ウチの固定電話を使い、真っ先に西園寺さんに電話をするが、何度掛けても留守番電話になってしまう
神剣砥師の事を聞いてみようと思ったのに……
「穂高見様、どうも電話が通じないようなので、少し待って貰えますか?」
「え? あぁ、はい……」
穂高見様は、居間でテレビのリモコンを不思議そうに弄っていた。
ウチに来る初めての神様は、大体が電化製品に弱い。
本来なら人間と同棲していないで、本殿に祀られているから、電化製品に疎くて当たり前なのだけど、偉い神様なのに、そのギャップが微笑ましい。
それでも、直ぐに順応してしまうのは凄いけどね。セイとかアニメ関連に偏った順応だけど……
淤加美様もウチに来て最初の頃は、身体が小さいので冷蔵庫に入って涼んで居る内に、出れなくなってしまい。念話で助けを求められた事もあった。
『千尋、それは秘密じゃからな』
僕の中の淤加美様が、思考を読んで念話で釘を刺してくる。
『分かってますよ。でも、電化製品の使用にも慣れましたよね』
『うむ、ゲームに夢中で冷たくなってしまったお茶も、レンジで温め直す事も出来るぞ』
お茶を放置するほど、ゲームに熱中しないでください。
『どうせ温めたお茶を、また冷たくなるまで放置するんでしょう?』
『う……ま、まぁそんな事も、無きにしも非ず……そ、それより、火之加具土命を倒すのであろう?』
『……出来れば、倒したくないと思っています。これでも、家族を失う痛みは分かっていますから……』
そう、火之加具土命は、淤加美神の父親にあたる神様なのだ。その唯一の家族を倒すなんて僕には……
『妾に気を使っておるのかや? 数千年早いわ戯け者め! 良いか千尋よ、伊邪那岐命によって命を絶たれた父が、本来なら顕現出来るわけないのじゃ』
『でも、現に京の都で……』
『おそらく、あの晴明とかいう陰陽師の仕業じゃろう。何やら絡繰りがありそうじゃ』
安倍晴明の子孫とかいう人間であり、西園寺さんや藤堂さんの同級生だが、その姿は僕と変わらないぐらい若いという
今の所、紙の形代を通して話をしただけで、実際に逢った事は無いが、クローンの権威である沼田教授を抱き込んで、一体何を企んで要るのか……
『取り合えず、天之尾羽張を手に入れる事じゃな』
『天之尾羽張……ですか? それって伊邪那岐様が火之加具土命を倒すときに使った剣ですよね』
『うむ、天之尾羽張のオリジナルは高天原にあるからのぅ、天照大御神の持ち出し許可が必要じゃ』
『え~天照様かぁ……苦手なんだよな。すぐに抱き着かれて、眷属に成れーって言うし』
『仕方あるまい。天照大御神は、龍を大変重宝しておるからのう。だからこそ龍の神使が多い事……特に千尋は希少種じゃから、天照大御神が欲しがるのも頷ける』
レア物は欲しいって処か……
『まぁ、天之尾羽張を持ったところで、僕には剣術の心得なんてありませんがね』
『その辺も如何にかせねばな、新術が編み出せぬようなら、剣術を鍛えるしかあるまいて、それにちょうど良く剣神の建が居るではないか』
そうでした。すっかり忘れていたが、建御雷神は剣神でしたね。
でも、元々運動苦手なんだよなぁ、人間の男の子だった時から、背は低くて細身だったせいで、体育の授業とか嫌な思い出しかない。
東北で戦ったセルジュ戦だって、龍神の力がありながら、近接戦闘では、あの体たらく……
『やはり、得手不得手もあるし、僕は術を強化した方が、良いと思うんですよね』
『そんなに剣術を習うのは嫌か?』
『嫌です』
『はっきりと言い切りおって……まあ、相手に海神の槍が無ければ、水属性で片が付くしのう、水の強化と言うのも有りじゃろうて。でも、剣術が必要になったら何時でも言って参れ』
淤加美様は、これ以上は言うことないと、僕の中から外に出て、建御雷様とゲームをしに居間へ行ってしまった。
僕と香住は、急いでシャワーを浴びると、遅い登校をする事に成る。
学園祭本番前日と言う事で授業は無いから、1日フルに準備として費やせるのだが、昼過ぎなので完全に遅刻である。
取り合えず香住が、もう一人の料理担当の富岡さんに連絡を取り、僕達は材料の買い出しに行く事に成ったのだが、荷物が大量過ぎて運べない。
ん~オムライスに使う卵なんか、乱暴に扱えないし……どうしたものかと思案していると――――――
「これはもう龍脈でピストン輸送しかありませぬな」
小さくなって着いて来た淵名の龍神さんが言ってくる
「確かにいい案ですが、学園側は人も多いので、人の目を気にせねばなりません」
かといって、2階とか3階のように地面から離れた場所へは、龍脈が開けれないし
1階部分で人目につかない場所……倉庫と化している北校舎ならいくつかあったな……
「僕が先に行って、北校舎の空き教室を見てきますね」
そう言って龍脈を開き、北校舎の人の居なそうな教室に出口を開けるが
やはり、コンクリートのような人工物を抜けるのは、多少手間がかかった。
ん~、一部分だけ地面を剥き出しに、出来ればいいんだけど……
仕方がない、アレをやってみるか!
僕は、購買部へ行ってペットボトルの水を買ってくると、床の一部分に水をこぼし始める
床にこぼれた水に手を当てると、水素を操作して……浸透させる
床の上の水が綺麗に無くなると、次も同じように水をこぼしては、水素の浸透を繰り返す。
ペットボトルが空になるころ――――――
「そろそろ良いかな」
そう呟きながら、水龍の力で水素を浸透させた床を叩くと、ボコ!と音を立てて浸透させた床に、亀裂が走った。
そう、『水素脆化』を起こして、コンクリートの中の鉄筋を脆くしたのだ。
ほぼ全ての金属は、水素で劣化させることが出来る。
この水素脆化の怖い処は、錆と違って見た目で劣化が分からない
内部から脆化させるので、知らない内に強度が落ちているって事が、この水素脆化なのだ。
一部では、『遅れ破壊』とも呼ばれ、水素燃料のロケットや車のタンクや配管で問題になっている現象である。
元々、相手の武器破壊や鎧破壊をする為に、使えそうだなと考えて居たのだが、中世ヨーロッパでも無いし、フルプレートアーマーを着込んだ敵なんて、現代では出てきませんからね。
ま、こうして役に立ったし、良いとしましょう。
「あとは、脆くなったこの1部分だけ、コンクリートを抜き取って、地面を剥き出しにしちゃえば良いっと……」
『千尋よ、後で科学の教科書を、妾にも貸してくれ』
もう片方の淤加美様が、僕の内側より念話でそう言ってくる。
「どうしたんです? 淤加美様も科学の凄さに気が付きましたか?」
いつも、大量の水で豪快に倒せと言っている淤加美様が、珍しい事を言ったので吃驚した。
『本来、小細工は好きでないのじゃがの、お主の応用を見ていると、なかなか面白そうじゃ』
「僕の場合、自分で大量の水が出せませんから、どうしても小細工に頼るしかないんですよ」
空き教室の隅っこに、1メートル程度の真四角の穴を開け、地面を剥き出しにすると、座標を記録して龍脈で香住の元へ飛ぶ。
「千尋、遅かったわね。誰かに見つかっちゃったの?」
「いや、コンクリートを抜いてきた」
「コンクリート?」
「なるほど、邪魔な人工物をどけて来たのですな?」
さすが淵名の龍神さんは、自分でも龍脈を使うだけあって、分かっているようだ
「人が通るだけなら、コンクリートがあっても、ちょっとした違和感があるだけで問題ないんだけど、今回はオムライス用の卵とか、衝撃で割れそうなモノがあるからね。なので床に穴を開けて来た」
1回限りならまだしも、連続でピストン運送するのにも、コンクリートは邪魔だしね。
「ちょっと! 空き教室とはいえ、床に穴なんて空けて平気なの?」
「そんなに大穴じゃないから、使われてない机を逆さにして載せて置けば、たぶん見た目は分からないよ」
買った食材を持って、どんどんピストン輸送していくと、何とか学園までは運ぶことが出来たが、ここ1階の空き教室から3階の家庭科室までは、人力で上げるしかないのだ。
「階段がしんどいっす」
「ほら頑張んなさい! 男の子でしょ」
「今は女の子で~す」
「ええい! 調子の良い時だけ女に成るな!!」
香住の回し蹴りが、階段の踊り場で炸裂する。
「ちょっ! 落ちる!!」
透かさず、淵名の龍神さんが水を出し、クッションを創ってくれたので、なんとか無傷で居る事が出来た。
「「「ふ~」」」
3人揃って安堵の溜息を漏らし
「まったくもぅ、千尋は危ないな~、卵割れなかった?」
「開口一番、卵の心配かよ!! 危険な階段で回し蹴りする、香住の方が問題だよ!!」
「だって、千尋は再生するけど、卵は再生しないじゃない」
そういう問題じゃねぇ……
再生はするかもだけど、受ける痛みは同じなんだぞ
取り合えず、全部の食材を運び終え、家庭科室の大型冷蔵庫へしまうと、リハーサルは無しで、今日の処はお開きになった。
正直疲れているので、帰るのは喜ばしい事ではあるが、一度もリハーサルに参加していない身としては、大丈夫なのか? と心配事も多い。
「明日は早くから用意があるから、みなさん。今日は帰って、明日に備えましょう」
担任の先生の言葉で、翌日の文化祭本番に備えて、全員が帰るのだった。
因みに、正哉は姿を現さなかったので、東北行きの件を母親に絞られているのだと思う。
そして、瑞樹神社に帰ると、西園寺さんから電話があったと、神使の桔梗さんに告げられたので、折り返しの電話をする。
『千尋君かい? スマホが繋がらないので、どうしたのかと思ったけど……』
「すみません。例の如くスマホは融けてしまって……」
『あぁ例の漆黒……難儀な術だね。それで、留守番電話に入っていた言伝は聞いたけど、神剣砥師に逢いたいんだって?』
「そうなんです、海神の槍が折れてしまって……」
『えええ!? それって神器じゃ? 神器が折れるなんて、また凄い術だね……』
「いえ……術で折ったんじゃなく、剣技なんですよ」
僕は、東北であった一連の出来事を説明した。
『…………直るかどうかは分からないけど、砥師の方へは連絡して置くよ。あと住所は、尊君本人のスマホに送って置くから』
「お手数掛けて済みません」
『いやいや、尊君の技が原因なら無関係じゃないからね。それに、神議りにかけられたら、折角の人間側の戦力が無くなってしまう』
一応僕も人間側なんですけど……
「そう言えば、晴明さんの方はどうなったんです?」
『あの後、追跡隊を組織して、火之加具土命の火珠を追ったのですが、O阪府へ入った処を最後に、見失いまして……』
「じゃあ、O阪府に潜伏していると?」
『そう思って、監視カメラを屈指して探しているんですが……尻尾を出さないんですよ。人の数も西日本で一番の人口密集都市ですから、探すだけで……もう大変で』
木の葉を隠すなら森の中……人を隠すなら人混みの中って事か……考えたな
「じゃあ、もし見つけたら、連絡貰えれば駆け付けますから」
『そう言って貰えると助かるよ。じゃあ、そちらも神器の修復を頑張って』
そう言って、電話を切る西園寺さん。
さて、まだ夕方で日も沈んでいないので、神剣砥師へ逢いに行って見ますか?
僕は、穂高見様と尊さんに、今行くか明日行くかの意見を求める為に、居間へ向かうのだった。
出来れば今日が良いな、明日は学園祭があるし……
あけましておめでとうございます。
私が遅筆のポンコツで、2019年の内で終わりませんでした。
引き続き、頑張って完結を目指しますので、今年もよろしくお願いいたします。




