2-29 折れた神器
「お? これなんて魚? 結構美味いな」
「セイっ! なんで衝撃波で気絶した魚食ってるんだよ」
元龍神のセイが水素爆発の衝撃で、目を回して浮いてきた魚を食べていた。
「いや~、さっき胃の中空っぽにしちゃったからさ、腹減ってたんだよな」
「生で丸呑みか!! ていうか、幽世の魚食べて平気なの!?」
「そんなこと知らん! 味も海水の塩分が効いてるから、良い塩梅で……なかなか美味いぞ」
「幽世の……妖魚? みたいだし、焼いた方が良いと思うけど……」
「大丈夫だって、人間の食べる寿司も刺身も生だろ?」
あれは職人さんが、客に出すまでに吟味してるんだぞ。山葵も殺菌作用があるし、寿司で握る酢飯の御酢だって殺菌作用がある。
そういうの考えると、昔の人の知恵って凄いんだな。
しかし……焼かずに丸呑みって……水族館で餌付けされてる海豚を彷彿させられる。
見た目はあんなに可愛いくないけどね
でも、よく考えてみると、僕ら水龍って爬虫類というより両生類だよな
爬虫類はどちらかと言うと、東洋の龍より西洋の火を吹く竜の方がイメージ的には合う。
僕なんか、淵名の龍神さんみたいに大型の長い龍に成れないし、普通の人間に角と尻尾を付けただけの半端な龍だから、余計に違和感があるわ。
まっ、人間の決めたカテゴリーに当てはめるから、余計おかしいのかな? 龍は龍種だものね。
「ほらセイ、いつまでも食べてないで、そろそろ皆の様子を見に行くよ」
「あいよ、心配しなくも大丈夫だと思うがな。お前の幼馴染の嬢ちゃんは、空の上で淵名に乗っているのが見えてるし、正哉の奴もオロチの雌が着いてるんだろ?」
セイの言う通り、龍眼を使い暗視望遠モードで見る限り、香住は龍の背に乗って居るのが見えるので、無事は確認できる。
本当に『龍眼』は便利だわ。
淤加美様の話だと、上には更に上があり『千里眼』って言うスキルもあるらしいが、龍眼はそこまで遠くは見えないので、陸上の正哉達の姿までは確認できない。
正哉は、鴻上さんの守護が着いているのも在るけど、幸運を持ってくる座敷童ちゃんが居るからね。まず不幸はあり得ない。
しかし、なんか正哉が被る不幸を、鴻上さんに払わせてる感じがするけど……まあ、気のせいだろう
僕とセイが、新技の炸裂地点に向かって泳いで行くと
大渦が完全に消えているので、海神の槍は完全に沈黙した様だった。
そして、静寂を取り戻した海の上を漂う尊さんを回収すると、残った砂浜へ上がったのだが……
他の皆は、どこだろう?
龍眼を使い皆を探していると――――――
「うぅ……、さすがに神剣2刀は、使った後すぐに動けねーわ」
砂浜に寝かせられた尊さんが、そう言ってくる
『仕方あるまい、神剣2刀の奥義の前に、真・雷神剣草薙も使っているのだからな。今回は良くやったと褒めてやろう』
草薙剣の中の建御雷様から、お褒めの言葉が出た
「へへ、建のオッサンに褒められるなんてな……雪でも降るのかな?」
『せっかく褒めてやれば、お主と言うヤツは……』
なんだかんだ言って、この二人……結構いいコンビなのかもね。
僕はそんな尊さん達を砂浜に横たえたまま、周囲を確認する
「なあ千尋、あそこの砂の壁……あんなの在ったっけ?」
セイが指さす方向を見てみると、砂が壁の様に高く盛り上げられていた。
高さにして5メートルは超えているだろうソレは、普通なら崩れてしまう、脆い砂で出来ているとは、到底思えない代物だった。
「術で固めてあるのかな?」
「だろうな……砂だけなら、こんなに高く盛れないだろ」
手触りは、タダの砂であったが、これが土属性もちの鴻上さんの仕業だと言うのなら合点がいく。
よく見ると所々に、爆発で飛んできた木片や石が刺さっているのだが、貫通までしているのは無いようなので、結構頑丈に出来ているようだ。
と言う事は、この砂壁の向こうに居るのかな? そう思って裏側へ回ってみると、3人が座って雑談していた。
「おう、遅かったな千尋。太平洋の真ん中まで飛ばされたかと思ったぜ」
僕の姿を見るなり、そう言ってくる正哉
「太平洋の真ん中なら、簡単に帰ってこれないよ」
「でもこれで、妹の紗香の安全は確保されたな」
「……何を言っている正哉よ。まだ肝心のオロチの伍頭目を倒してないのだぞ」
「へ? セイの旦那、何を言って……だってあの変な執事は逃げてったし、海入道も消えただろ?」
正哉は他の意見を求むべく、他のメンバーを見渡すが
「残念ですけど、斎藤君……オロチの氣は消えてませんわ」
目を伏せながら、そう言う鴻上さん。
「じゃあ、まだ戦闘があるのかよ……」
むしろ、これが本番だったり?
多分そろそろ、出て来ても良いはずなんだけどね。
僕は海の方へ眼を向けると……丁度、海中から何かが浜へ上がって来るではないか!
「来たか!?」
僕の言葉に、全員が身構える――――――
すると突然! 上がって来た人影が、そのまま砂浜へ突っ伏す様に倒れたのだ
「…………え?」
月明かりに照らされる人影は、そのまま動こうとしなかった。
「おい、起き上がらんぞ」
「なんで、セイが僕の後ろに隠れるんだよ! 普通逆だろ!」
「だって千尋の方が強いし、後ろの番だって雌が雄の正哉を護っているじゃないか」
「百歩譲ってそれは仕方ないとして、なんで前へ押していくんだよ、押すなよ!」
「押すな押すなは、押せ! という事だと、テレビでやってたぞ」
お笑い芸人か!!
仕方が無いので、少しずつ警戒しながら倒れた人影に向かっていく
こんな時、『龍眼』は昼間の様に見えて、便利である
砂浜へ、うつ伏せ状態に突っ伏している人型……その姿がはっきりと見えたのだが……何というか……身体が小さすぎて、どうも座敷ちゃんより幼い容姿だった。
「これは……本当にオロチなのか?」
僕は砂浜で拾った小枝で、ツンツンと突いてみたが、全然反応が無い。
「よし! 動かないなら大丈夫そうだな」
急に態度が大きくなり、前へ出てくるセイ
「お前と言うヤツは……」
「し、仕方が無いだろ。オロチにやられて死にかけて以来、トラウシなんだよ」
「それ、トラウマな。しかし……なんでこんなに幼い姿なんだろ?」
「人間に化けてる姿が幼いだけで、中身はあのオロチなんだろ? 必ず筋肉隆々のオッサンで無いとダメって訳でもあるまい」
それもそうか……鴻上さんを見ていれば、性別だって女の子に成ってるしね。
姿も形も自由自在か……
まあ、筋肉隆々のオッサンオロチは、今のところ居ないけど……あっ、健脚のオロチは居たな、碓氷峠を駆け下りたヤツ。
今回で5匹目だけど、大体がイケメン優男か、細身の女子姿の鴻上さんしか見たことないわ。
『たぶんそれは、オロチが活動していた時代の人間が、細身な者ばかりだったから、そのイメージで変化しているのじゃろう』
僕の中の淤加美様が、念話でそう言ってくる。
確かに大昔は栄養のあるものが少なく、贅肉なんてある人間は居なかっただろうし
肉付きが良くないのは分かるが、壱郎君とか背が高いのは違わくない? あの時代なら成人男性でも150センチ前後だったはず……言うと、淤加美様の意見を否定した様で、怒られそうだから言わないけどさ
『淤加美様、今回出番が少ないから、無理やり会話に混ざりましたね?』
『ち、違うわ戯け者め! それよりこのオロチ、だいぶ無理な封印をされていたのか、そうとう疲弊しておるぞ』
『そうなんですか?』
『小さく成ってるのも、そのせいなんじゃなかろうか?』
成る程、疲弊しているなら触っても大丈夫そうだ
僕は、子狐ちゃんズのコンタとコンペイが人に化けた時と同じ年ぐらいに見えるオロチを、背負うことにすると、セイが嫌そうな顔で
「おい、そのオロチの幼体どうするんだよ?」
「どうするって……このまま置いておく訳には行かないでしょ」
体力が回復したら、暴れるかもしれないし
動けない内に連れ帰って、西園寺さんに相談してみようと思う
どのみち要石をセルジュに持って行かれているので、ここに再封印できないしね
「連れ帰るのか? もうこれ以上、地元にオロチが増えるのは反対だ!」
「セイの気持ちも分かるけど、ここに置いていたら体力回復して、いずれウチにやって来るよ。いつ来るか分からず怯えるより、見える処に置いて監視した方が良くない?」
「ぐぬぬ…………仕方がない、ここは我慢しよう。だが早めに、オロチ担当の西園寺とか言う人間に、引き取ってもらうぞ」
はいはい、ウチの旦那様は怖がり何だから……
まあ、もう少しで黄泉行だったし、神格まで失ってるからね。仕方がないか
倒れて動けない小鳥遊尊さんを回収し、セイが背負うと、座敷ちゃんに頼んで現世への穴を開けてもらう
「しかし、何か忘れている気が……」
「思い出せない程度の事ならば、どうせ大した事じゃないんだろ?」
セイの言うのも一理あるな、重要な事ならば、忘れないだろうし。
「千尋、裸で現世に戻るの?」
地上に降りて来た香住にそう言われる
「あ、それを忘れてたよ、今回戦闘すると思ってなかったから、着替えを用意して無いんだよね」
「向こうは、お昼前ぐらいだと思うぞ。俺が幽世に乗り込んで来る時には、日が昇るところだったしな」
尊さんが、セイに背負われたまま、言ってくる。
現世の松島でお昼だと、人がいっぱい居そうだな……
光の衣だと余計に目立つし、だからと言って闇で漆黒の衣だと、周囲の人まで融かしちゃう
「誰か着るモノ余分に持ってない?」
「冬なら厚着するから、上着一枚を貸す事も出来るけど……まだ9月だもの、みんな薄着だから無理よ」
「俺の白衣貸してやろうか?」
「セイは脱ぎたいだけだろ! この裸族め」
僕が全裸なのに困っていると、淵名さんが
「千尋殿、龍の鱗を服に変換する方法もありますぞ」
「鱗を服に? そんな事出来るんですか?」
「ええ。その方が巨大な龍に成る時に、伸縮して破けず便利なので、儂はやって居りますぞ」
おお! そんな方法が……淤加美様もセイも教えてくれないんだものな
そこへ淤加美様が、僕の中から出て来て
「わざと教えない訳ではないわ! 千尋には無理だから教えてないのじゃ」
「何で僕だと無理なんですか?」
「お主は、尻尾を引っ込められぬであろう? そういう身体の部位を変化させる事も出来ずに、鱗だけを服に変えれるわけ無かろう。そもそも、現状で鱗があるのは尻尾だけではないか、尻尾を着飾る気かえ?」
うっ……容赦ない淤加美様の言葉に、ちょっと泣きそうになる僕
確かに、鱗を変換すると言うなら、尻尾だけに成ってしまう
そもそも、尻尾は霊感のある人にしか見えないし、見えないモノを着飾ってもねぇ
「大婆様の言う通り、まず完全龍化できないと、鱗が全身に出ないからな。それでも千尋は、骨や筋肉なんかは龍化しているから、膂力も頑丈さも人間よりは全然あるだろ?」
確かに、セルジュとの戦いでも、龍の頑丈さには助けられた。
普通の人間なら、氣を練った蹴りだから、内臓破裂で死んでてもおかしくないと言われたし。
「そういうセイは、巨龍化出来るの?」
「出来るぞ、今は神格を失ってるから、長時間の龍化は疲れてしまうがな。だから、普段は人型でいるんだ。人型の方が神氣の消費が少なくてエロだから」
「セイ、そこはエコじゃね? まあエロでもあるから、間違っては無いけど……」
「はぁ……出来ないものは仕方ないわ。私と淵名さんで現世に行って服を買ってくるから、千尋は待ってなさい」
「わ、儂もか?」
「空中に居て汚れてないのは、私と淵名さんだけなんですから、荷物持ちに来てください」
香住と淵名さんが、服を買いに現世へ出て行った。
荷物持ちが必要なほど、買い込む気なのか……全員分買ってきたりして……
でも、鱗を服にするのは良いなぁ。
鱗は僕の身体の一部だから、漆黒でも融けないだろうし。着替えを気にせず術が使えるなんて、すばらしい事だ
帰ったら、練習してみよう。
僕らが香住の帰りを待って居ると――――――
「うああああ! 折れてる!」
海の中から浜へ上がって来た、穂高見命が何やら騒いでいた。
そうか! 穂高見様を忘れて行く処だった。思い出してよかったわ。
そんな穂高見様に、淤加美様が
「なんじゃ! うるさい奴じゃのぅ。何が折れ…………」
「見てくださいよ淤加美殿! 姉上の槍が真っ二つに……」
見ると海神の槍が、魔祓雷神逆十字とか言う技の、炸裂した処からポッキリと折れて2つに成っていた。
「じ、神器が折れるなんて……すげえ技の威力だな」
と、セイが呟くと背中に背負った尊さんが
「すげえだろ!! これが修業の成果よ!! な!? オッサン!」
『いやいやいや、マズイぞ尊よ。神器をへし折るとか、下手をしたら神議にかけられるぞ』
「なんだその神議って」
『神議とは、日本の神々が集まり、問題事を話し合う……人間の世で言う、国会と裁判が混ざったようなものじゃ。普段は問題事が無いため、主に夫婦札について話し合う場所なのだが……』
「折った事に咎を受けるのかよ? ざけんなよ! ああしてなきゃ! 現世側だって、どうなっていたか、分からねーじゃんか!」
『……しかし、やってしまった事は、償わねばならぬ』
「あったま来た! その神議って場で、神々相手に大立ち回りして、派手に散ってやらあ!」
オイオイ、確かに魔祓雷神逆十字は神を葬るほどの威力ではあるが、尊さん……あんた1発撃てば、身動きできないじゃんか
日本の神様は、八百万も居るんですよ尊さん。
「ちょっと待ってください。尊さんも落ち着いて、僕に考えがありますから」
「考え? その考えとやらを、聞かせて貰おうじゃないか」
「良いですか? 神議があるのは、神在月の出雲での事です。今は9月末なので神在月にはまだ時間があります」
「はぁ!? 寝ぼけてるのか雨女。神在月って10月じゃねーかよ」
「ええ、でも旧暦の10月です。そうなると、まだ時間があるんですよ。出雲行きまでに、海神の槍を直してしまえばいいんです」
「直すってどうやって? ご飯粒でくっ付けるとか言うなよ」
さすがに、ご飯粒じゃあ、くっ付かねーよ。
「前に、壇ノ浦から一振りの宝剣を、海中より引き上げた事があります。その宝剣は、とある『神剣砥師』により草薙剣として復活を遂げました」
「なるほど、その神剣砥師とやらに修理させるんだな?」
「ええ、あの錆錆の剣をそこまで鍛え直したんですから、もしかしたら折れた槍も直せるかもしれません」
「で? その神剣砥師とやらの居場所は?」
「詳しい場所は西園寺さんに聞かないと分かりませんが、草薙剣の時にG阜県の関市だと、西園寺さんは言っていました」
「じゃあ、姉上の槍は直るんですね?」
穂高見様が話しに割り込んで、急に笑顔になり、希望の光を目にともした。
「えっと……穂高見様? まずは、神剣砥師さんに、聞いてみない事には……」
「良かったぁ、姉上に干物にされずに済みます!」
本当に話を聞かない方だな、まだ絶対直るとは言って無いのに……
それに干物って……海神族のお仕置きは怖いな。さすが鰐神と言われる豊玉姫、怒らせないようにしよっと……
「とりあえず、香住が帰ってきたら、一旦瑞樹神社へ戻りましょう」
「まてーい! 俺の妹の監視……もとい。見守りはどうすんだよ!」
「正哉、みんな泥だらけで疲れてるし、一旦戻ろうよ」
正哉は、鴻上さんに守られてただけだから良いけど、みんな疲労困憊でボロボロだった。
まあ正哉に憑いている座敷童ちゃんのお陰でだいぶ助かったけどね
嫌だ! 残る! と聞かない正哉だが、現世から帰えった香住が、大変な人物を連れて来たので、正哉の顔が一気に真っ青になる。
「お兄ちゃん! なんで学校サボって、東北に居るのよ!!」
「げえ! 紗香!? おい高月、なんで紗香を?」
「実は……ちょうど、修学旅行2日目で松島観光していた紗香ちゃんと、現世でバッタリ逢っちゃって。着いて来ちゃいました」
てへぺろっと舌を出す香住、絶対わざとだ。
どうやら香住の話だと、現世はお昼に成ってるらしく。自由行動で食べ歩きしていた紗香ちゃん達に逢ってしまい、今に至るという。
「高月! 紗香を連れてきたら、こっそり見守り計画が台無しじゃないか!」
「台無しどころか……紗香ちゃん。実家へ電話をしちゃって……」
「そうです! お母さんに報告して置きました! お兄ちゃんは、すぐに帰るようにだって」
「ぎゃあああ、紗香! お前なんてことを……」
あーあ。バレちゃってやんの……
悪いことは出来ないね正哉。
「千尋! すぐに帰る! 即帰るぞ!!」
「あいあい。じゃあ紗香ちゃん、修学旅行楽しんでね」
紗香ちゃんに、別れを告げると、僕は北関東への龍脈を開くのだった。




