2-26 海神の槍vsダークブレス
草木が鬱蒼と茂った山の中から、執事風の男が現れる。
「やっと着いたか……」
枝に燕尾服を引っ掛けたのか、彼方此方破けており。遠野に居た頃より、少しみすぼらしい姿になっていた
「まさか幽世側の道が、殆ど整備されて無いとは、思いもしなかった」
そう呟く執事セルジュの前に、僕らは姿を現す。
「こんばんは執事さん。山越え、お疲れ様ですね」
「瑞樹千尋!? まさか……そんな……大太坊はどうした」
「あぁ、あの巨人さんには、消えてもらいましたよ。手子摺りましたけど」
「なんだと!? 夜なら無敵の存在である、大太坊まで葬れるのか……しかも、そんな光る雪ダルマみたいな馬鹿っぽい姿で、わざとらしく弱そうに見せるとは……危険な奴め」
光る雪ダルマ!? 馬鹿っぽい!? もう本当に、泣いて良いですか?
誰も格好いいって言ってくれないし……
「おい千尋、精神的にダメージ受けてないで、何か言い返せよ」
そう言う正哉達も、酷いこと言ってたよね。
「うぅ…………気を取り直して。降伏しませんか? 今なら背後関係とか目的なんかを話してくれれば、西園寺さんも悪い様にはしないでしょうし」
あれだけ日本各地で封印を解いて回っているんだし、背後に資金提供者が居るはずなんだよね
「ふっ……背後関係? それを大人しく話すとでも?」
「あのぉ~状況分かってます? こちらには龍族が、いっぱい居るんですが?」
約一匹、繁華街で呑み食いして来て、酔いどれてるけどね。
「龍と言っても、水龍ではないか? こちらには水龍対策の切り札がある」
セルジュはそう言うと、背中に背負った長物を取り出し、不敵な笑みを浮かべる
それは布に巻かれていて、はっきりと中身は分からないが、どうやら槍のような形状であった
嫌な予感がする。
『気を付けるのじゃ千尋。あれは神器かもしれぬぞ、尋常でない水氣が込められている』
そう淤加美様から念話が飛んでくる
『水氣の神器ですか? と言う事は……豊玉姫が紛失したという例の?』
『うむ、海神の槍……』
僕は真相を確かめるべく、試しに光の衣の一部を水に戻し、簡単な水弾にしてセルジュへ撃ち込んでみた。
すると、水弾はセルジュの構えた長物の数センチ手前で止まり、向きを変えると、こちらに向かって飛んで来るではないか!
しかも、速度も威力も数段上に成って
すぐさま僕が前に出て、自分の支配下に水を戻そうとするが――――――
「え? 僕の水に、置き替えられない!」
いつもなら、思い通りに動く筈の水が、全然別の物体になったように、支配下権をキャンセルされ、こちらを目掛けて飛んでくるのだ
くっ、仕方がない。水弾を支配下に戻すのは諦めて、僕の固有パッシブスキルである『反射』を使って、他所へ飛ばす
「ほう、術反射ですか。だいたいの調べは付いていましたが、この目で見るのは、初めてですね」
セルジュはそう言って顎に手を充て、何やら考えに耽っているようだ
『淤加美様、今の見ました?』
『もう間違いあるまい、あれは海神の槍じゃな。豊玉姫め……厄介なモノを紛失しおって……』
海神の槍か……僕も、龍神就任時の挨拶に行った時に、豊玉姫が持っているのを見てから……見るのは今回で2度目になるけど、人間が使っても水神の操水を超えるなんてヤバイ代物とは……
この戦い、ちょっと簡単には、行かなく成ってしまった。
だって、水が使えない時点で、セイと淵名さんは無力化されたも同然。
オロチの鴻上さんは水の他に土属性もあるので、辛うじて戦力になるが……果たして神器相手にどこまで通用するか……
そういう僕だって、水の使用が駄目だとすると、高淤加美神の光術か、闇淤加美神の闇術しかないのだ
あんな槍一本で、急に苦しい戦いになったぞ。
「みんな、光の衣を闇の衣に変換するので、離れて下さい!」
闇の衣である漆黒に触れると、敵味方関係なく融けてしまうので注意を促すと、光を闇に変換し纏い直す
「ほう、肆頭目のオロチや、クローンオロチを葬った漆黒の衣ですか?」
クローンオロチは沼田教授がやっていたように、衛星を利用して戦闘を観られるとしても、自衛隊まで協力して貰って、道路封鎖と報道規制して貰った、肆頭目まで知っているとは……
内部に内通者でも居るんじゃないのかな?
「なるほど、こちらの手の内は、全部分かっているって事ですか?」
「さて? どうでしょう」
食えない奴……
『淤加美様、このまま漆黒を纏った状態で、突っ込んでも大丈夫だと思います?』
『うむ、闇を水から創り出しているので心配なんじゃろ?』
『えぇ……漆黒まで槍の支配下にされたら、術反射持の僕はまだしも、他の仲間が全員融かされてしまいますからね』
『心配するでない、闇水は闇淤加美神の専売特許じゃ。あんな三又の棒きれ如きに、持っていかれる訳無かろう』
本当かなぁ
淤加美様の根拠の無い自信は、どこから来るのか……
「さて、そちらが来ないようなら、次はこちらが試してあげましょう」
セルジュは槍に巻いてある布を解くと、こちらに切っ先を突き出す。
『何をしてくるやら……気を付けるのじゃぞ』
淤加美様の言葉に、槍の動向から目をはなさず、身を引き締める――――――
「出でよ!! 海入道!!」
なっ!? 召喚術!?
セルジュがそう声を上げると、背後の海面の波がうねりを上げて、大きく波打ったと思うと、海の中から巨大な大男が現れたのだ。
「くっ、大太坊といい、海入道といい……今日は巨人のバーゲンセールかよ!」
「正哉、そんな安売り要らないよ!!」
「斎藤君も千尋も、アホな事言ってないで早く逃げなさいよ!」
そう言う香住は、龍化した淵名さんの背中に、ちゃっかりと乗って、空に浮いていた。
「高月! 一人だけ狡いぞ」
「大丈夫ですわ、斎藤君は私が護りますから」
鴻上さんがそう言って、正哉と座敷ちゃんを抱えて、かなり距離のある他の島へジャンプした。さすが人間離れな膂力だ。
『ちゃんと座敷ちゃんを連れて行くんだ? ありがとう』
鴻上さんに念話を飛ばすと
『ふん! この子がいれば、斎藤君に攻撃が当たらないから、仕方なくてよ』
ハイハイ、そう言う事にして置きましょう。
『千尋殿、海入道はこちらに任せて、千尋殿はその海神の槍を何とかしてくだされ』
上空の淵名さんから念話が来る
『大丈夫なんですか!? 海入道は海の妖ですから、水系の攻撃が効きにくいですよ』
『確かに簡単にはいかないだろうが、水の操作権を奪われるよりはマシじゃから、操作権に左右されない千尋殿の闇術にて、打ち倒す方が良かろう』
『それはそうかも知れないですが……』
『なーに心配せずとも、勝ちは無いが負けも無いから大丈夫。何せこちらも、水神であるからして、水は効かぬ故な』
成る程。淵名さんは引き付け役って事か……その間に僕が海神の槍を取り戻し、海入道を解き放てば良いって寸法ね
というか、皆バラバラに散ったけど、ウチの旦那は何処に行った?
まあ、僕が漆黒を纏っている間は近寄れないから、距離は取っているんだろうけど……
僕がセイの気配を探るべく、一瞬だがセルジュから目を離した隙に――――――
「余所見をして居ると死にますよ?」
海神の槍を構えたセルジュが、いつの間にか距離を詰めていた
瞬歩か何かか!?
ほんの一瞬で、数十メートルの距離が無くなっていて、槍が突きだされる
「こんなもの……漆黒で……」
『いかん!! 避けるのじゃ!!』
淤加美様の言葉に、身体をひねって間一髪で避けると
刹那! 槍の切っ先が、漆黒の中を通り抜け反対側に貫通した
「そんな! 漆黒の中で無傷だなて……」
『千尋、よく思い出すのじゃ。苗場山で神器は融けなかったじゃろ?』
そう言えばそうでした。あの時、漆黒を使いながら神器を持っていたけど、融けるどころか傷一つつかなたっかし
だがそうなると、神器をどうにかするって言うのは無理になるな
後ろに跳んで、セルジュと距離を取ると、漆黒の衣を最低限に解いて、漆黒の薙刀を創り出す。
普通に漆黒の薙刀を創ったのでは、水神の槍が抜けて打ち合えないので、漆黒の衣の殆どを凝縮し密度を増した漆黒の薙刀だ。
本当は、漆黒の衣の密度を上げられれば良いんだけど……そこまでの淡水は用意できそうにない。
海辺なので、海水はあるんだけどね。水として操るなら行けるのだが、海水を闇に変換できるかと聞かれると……何とも言えないのだ。
僕らは元々、淡水の水神の龍神だしね。
実戦で、いきなり出来ませんでした。は無謀すぎるので、今用意できるカッパ淵の淡水だけで、漆黒を創り出すしかない。
僕の漆黒の薙刀を見て、セルジュは――――――
「ほう、そんな使い方も出来るのですか?」
「漆黒の衣を貫通してくるって分かったからね。貫通されたんじゃ、衣の意味が無いので武器にしてみました」
お互いに、間合いをはかる――――――
『千尋……御主、接近戦が出来るとは知らなかった』
淤加美様が感心したように念話を飛ばして来る
『出来る訳ないでしょ、術の訓練と水素の応用の勉強で、いっぱいいっぱいですよ』
『なんじゃと! 向こうは少なくも、武術の心得があるようじゃぞ!? 大丈夫なのか?』
そこは、実際に打ち合ってみない事には分からない
ただ言えることは、こちらは人間の頃より、全部の膂力が跳ね上がっていると言う事だ。
柔よく剛を制すと言うが、その逆に技なしの状態で、龍神の力を持って、力押ししようって言うのが作戦である
つまり……
「出たところ勝負って事!!」
僕は地面を蹴って、一気に間合いを詰める。
創った漆黒の薙刀は、海神の槍とほぼ長さは同じなので、間合いは向こうも同じ
同時に振り下ろされる槍と薙刀――――――
だが、こちらは僕が創った武器である以上、形状を変えるのは容易い。
人間は得てして、武器の形状が変わるはずが無い! という先入観に囚われ過ぎる傾向があるため、急に形状を変えると、攻撃のタイミングがズレ易いのだ。
薙刀を一気に縮めて、漆黒の短刀に変えると、セルジュは打ち合う筈の目測が変わって、バランスを崩しす。
そのバランスを崩した、相手の槍をギリギリでかわし、懐へ滑り込んだのだ。
セルジュはこちらの意図を察したようだが、今から長い槍を引き戻す時間は無い!
懐に入ってしまえば、その長さ故、槍はどうすることも出来ないだろう
後は漆黒の短刀で、セルジュの脇腹に一撃を決めて終わり
そう思っていたら――――――――――――
突然! 僕の脇腹に鈍痛が走る
「かはぁ!」
そう……槍よりも間合いが短い短刀。その短刀より間合いの短い――――――
膝蹴りが僕の脇腹にめり込んでいた。
肺の中の空気が一気に吐き出されて、視界が歪むと同時に蹴り飛ばされ、砂浜を転がる。
「これは失礼、本来なら女性をいたぶるのは本意ではないのですが、貴女は元男でしたよね。それに龍族相手に手加減は死を意味します故。遠慮なしで行きます」
ゴホッゴホッと咳込むと、セルジュを睨む
「……接近戦も得意とは……知らなかった……」
僕は、吐き出した息を戻す様に、深呼吸をして乱れた息を整えて立ち上がる。
「言い忘れましたが、世界各地で格闘技を習得しています。武器を使った戦闘より拳の方が性に合ってますよ」
早く言えっての!
海神の槍が漆黒を貫通するので、防御は無意味と思い。防御に回していた漆黒の衣を武器に回したのが仇になった訳か
現在漆黒は胸回りと、腰回りだけに限定している為、空いた脇腹に一撃を貰ってしまったのだ
『一筋縄じゃ行かないみたいじゃの』
『ええ、まさか膝蹴りが来るとは……完全に油断してました』
『して……どうするつもりじゃ?』
そう淤加美様に問われるも、どうしたものか……
何か手は無いかと見回すと、砂浜の木の影にセイの姿を発見する
「セイ! 何やってるんだよ」
僕の問いかけにこちらを振り向くと、その顔は真っ青であった。
「……呑み過ぎて……気持ちわ……」
急に胃から上がって来たのか、色々見せられない物体を、リバースしていた。
「アホ~、呑み過ぎでリバースしている場合か!! 水龍なら浄化して見せろ!」
「……無理」
駄目だ……戦力にならない。
取り合えずセイは放置で、セルジュに向き直ると漆黒の短刀を、もう一度薙刀に変える
武器を長物にして、出来るだけ間合いを取らないと、格闘技の餌食になるからだ。
僕は薙刀を構えて、隙を窺うと突然――――――
後ろから水のブレス……いや……アルコールとか、色々チャンポンされたブレスが飛んでくる。
「あぶなっ! それと汚なっ!!」
僕が横にずれて避けると、ブレスは漆黒の薙刀に当たり、漆黒を纏ったブレスに変わって、そのままセルジュめがけて飛んでいく
セルジュは思ってもみない処からのブレス攻撃に、急遽海神の槍を構えて防ごうとするが――――――
そのブレスは、タダの水のブレスではなく、漆黒の闇を纏ったダークブレスなのだ
海神の槍で操作権は奪えずに、直撃する!
ダークブレスで海神の槍は壊れなかったが、衝撃で手を放してしまい槍が弾け飛んだ。
『チャンスじゃ千尋!』
淤加美様の言葉を受けて、僕はセルジュに向かって疾走するが、セルジュは破れた燕尾服のポケットから何かを取りだすと、躊躇なくこちらに放った
あれは……龍眼を使って、セルジュの投げた円筒形の筒に書かれた英語を読む
スタ……ングレ……ネ…………
音響閃光弾!?
マズイ!
僕はすぐさま目を閉じて耳を塞ぐと、地面に伏せた。
閃光と轟音で視覚と聴覚を奪う兵器だ。
地面に伏せるとほぼ同時に、閃光が上がるが、耳と目を塞いでいたおかげで、軽い耳鳴り程度で済んだから御の字である。
「ほう、さすが龍神。普通、耳を手で塞いだぐらいでは、防ぎ切れないんですがね」
そう余裕綽々と言い放つセルジュの手には、先ほどダークブレスで吹き飛ばした海神の槍が握られていた。
「仕切り直しって事か……」
『そのようじゃの』
だか、完全に元の木阿弥と言うわけでもなかった。
ダークブレス……セイのお陰で突破口が見えたのだ。
僕は、呑みすぎリバースで、青い顔をしているセイの元へ行くと、今のをもう一度やるぞ! と声を掛けるのだった。




