2-24 大太坊(だいだらぼう)
大太坊、だいだら法師、デイダラボウ、デイダラボッチなど、各地で様々な呼び方がある巨人……
そんな巨人が、眼の前に大きく聳え立ち、こちらを睨む。
本来の大太坊は、好戦的ではなく
どちらかと言うと、悪戯っ子と言う感じの性格であり。大山の陰に隠れていて、田畑を耕すお百姓さんを驚かす、という茶目っ気のある妖なのだ。
日本各地に伝承があり、有名なのは、富士山を盛り上げるなどをした為、土を掘ったら抉れて琵琶湖になった等、有名な妖である
本来は人間の為に、日陰になって困られている山を動かしたりする程、友好的な伝承のある妖であるのだが、今回は正気を失っているようであった。
その大太坊は、足元の樹木を、まるで棘でも抜くように、指で摘まんで引き上げると、こちらに向かって投げてきたのだ。
大太坊にとっては棘程度の樹木でも、此方にとっては大木である事には変わらない――――――
投擲モーションに入った時には、淵名の龍神さんが香住を、オロチの鴻上さんは正哉と座敷童を、それぞれ抱えて跳んでいた。
全員跳んだのを確認しながら、僕も後ろに大きく跳び退く――――
と同時に、先程まで居た地面に投げられた樹木が突き刺さり、轟音と共に土煙が上がる。
危なっ!! 間一髪か……
しかし、ここが幽世で良かった。こんなのに暴れられたら、現世では大惨事だ。
僕は地面に着地すると、透かさずに、もう一度高めに跳んで、周囲に水源が在るかを確認するが、目視できる範囲には水場は存在しないみたい
マズイな……ただでさえ、水が無くて攻撃手段が無いというのに、非戦闘員の香住と正哉が居るのだ。二人を護りながら戦うとか、不利な事この上なかった。
今日は、もう昼に火之加具土命と一戦交えたばかりだったので、連戦は無いだろうと高を括っていたのが災いして、水を用意して来なかったのが失敗だったわ。
元々、正哉のお手伝い序でに、豊玉姫様からご依頼の『海神の槍』を捜索しようと思ってただけだったし
それが、幽世に飛ばされた挙句、大太坊と戦う羽目になるとは……
しかも水の用意を怠っただけじゃなく、どこかお店に入ってもいい様にと、巫女装束まで着ることなく、私服で来てしまったし、本当に油断しすぎた。
だが、水だけでも如何にか手に入れなければ……攻めも守り出来ない。
そんな僕の胸中を察してか、鴻上さんから念話が飛んでくる。
『瑞樹千尋! 私の買って来たコンビニの袋の中に、お茶がありますわよ!』
『お茶!? 無いよりましか……』
『まあっ!! マシとは何ですの!!』
激怒する鴻上さんを他所に、元居た場所を探し回ると、土まみれになったコンビニの袋を発見した。
良かった、中身は無事みたい
僕は、コンビニの袋から、お茶のペットボトルを取り出すと、腰にペットボトルホルダーが無い為、全部を一塊に纏めて持ち運ぶ事にした。
4本分か……
いつもは透明な水を使っているのだが、そのせいか緑色の液体は、何だか違和感があるのだけれど、贅沢は言っていられない。
纏めたお茶を持って、視線を上げると――――――
大太坊が1本ではなく、大きな拳で根こそぎ引き抜いた樹木を持ち、投擲モーションに入っていた
今から跳んでも、あの数は避け切れない!
すかさず、お茶を闇淤加美神の力で闇化して漆黒の衣を創り身に纏うと、全力で防御態勢を取る。
その瞬間! 大太坊の拳から投擲される樹木と土砂……樹木の数は17本
くっ、加減しろ馬鹿!!
僕は、なるべく前面に集中し、厚めに漆黒を張り、飛んでくる樹木を融かし闇の中に消していく
何本かの樹木は、漆黒の範囲から外れた為、地面に刺さり、木々の中央がへし折れるが、まるでマッチ棒の様に投げる処が、スケールが違いすぎる。
にゃろめ……幽世だからって自然を破壊するな!
だが、暢気に構えていられない。次の投擲の用意に、地面の木々を根こそぎ引き抜く大太坊
防戦一方か……
こちらの水量は限られている為、これ以上漆黒を広げることは出来ない
無理やり漆黒を広げたとしても、薄く伸ばす事に成り、質量の大きい大木などは、融かし切る前に貫通されてしまうだろう
かといって昼に使った揺炎は、太陽光を集め圧縮する術ゆえ、太陽が出ていると言うのが最低条件となるの為、日の沈んだ今では、使う事が出来ないのだ。
どこかに川か池でもあれば……
『淤加美様、何かいい案ありませんか?』
僕の身体の同居神である、淤加美様に意見を求めると
『案ならあるぞよ、大太坊には弱点があるからのう』
『弱点があるなら、早く教えてくださいよ!』
『言うても良いが、ここ幽世では無駄じゃ、何せ弱点は夜明けじゃからの』
『夜明け!? 大太坊は吸血鬼か何かなのですか?』
『吸血鬼とは関係なかろう。伝承には、山を造ろうとして土を運んでいたら、途中で朝が来てしまい、朝日で身体が消えて運んでいた土だけが、中途半端に残った……と言うのがあるのじゃ』
『伝承通りなら、朝日に弱いと?』
『伝承通りならばじゃ……しかしな千尋。あのセルジュとか名乗った人間の雄、幽世に飛ばしおったじゃろ? 幽世の殆どは、時が動かないか……現世よりゆっくり進むかのどちらかじゃ』
『ちょっ!? 止まっていた場合、永遠に朝が来ないじゃないですか!』
『あの雄、その辺も確信犯じゃろうな……オロチの封印を解くと言っておったし、ゆっくり時間が流れても、時間稼ぎになると踏んでおるのじゃろう』
ならば、尚更急がねば……
この幽世に、昇るか分からぬ朝日を待つより、どうにかして大太坊を倒してしまわなければ成らなくなった。
大太坊は、投げても投げても融かされる樹木たちにイラついたのか、今度は山を持ち上げ始めたのだ
「嘘だろ……おい……」
あれは質量的に、融かすのは無理だぞ
透かさず、漆黒の一部をお茶に戻すと、霧状にして分身を創り、その幻影を囮にして、自分は逆方向へ走る
振り返らず、大急ぎで逃げる背中越しに轟音と空気を震わせる振動が伝わってくるので、囮に引っ掛かってくれたらしい
だが、少しずつ貰ったお茶が減って行くので、ジリ貧である
どうしたら……
僕が逃げながら頭を抱えていると――――――
『千尋殿! 小川を見付けたぞ』
そう淵名さんから念話が入る
『本当ですか!? どちらです?』
『東に少し行った場所に、カッパ淵と言う小川が在るのだが……その……何というか、小川に河童が居て、水を触らせてもくれぬのだよ』
『河童!? なんで河童が……』
そう言えば、ここは遠野の幽世だったな。となれば、河童が居てもおかしくは無いのか……
全速力でカッパ淵へ向かうと、淵名の龍神さんが言っていた小川が見えてくる
だが、川の中で看板を掲げている河童が
「ここはオイラ達の縄張りだ! 水龍は出ていけ!」
そう言いながら、『龍反対!』と書かれた立て札を掲げていた
「ちょっと! 河童さん達、状況分かってます?」
僕は後ろから迫る、大太坊に焦りながらも、出来るだけ優しく問い掛けたつもりだが
「龍は、いつもそうやって、淵でも川でも洞窟でも『龍』って名前にしちまうんだ」
「いや……僕、そんなつもりは……」
「ここは『カッパ淵』だぞ! 龍淵にしてなるもんか!」
オイオイ、地名で揉めてる場合じゃないってば!!
そんな時に、背後に巨大な大太坊の影が……
ついに追い付いてしまい、地面を抉る様に拳を突き立てて、土と木々を掬い上げた。
そんな大太坊の姿に驚愕した河童達は、開いた口が塞がらず
「だ、大太坊!?」
と一言だけ答えると、蛇に睨まれた蛙の様に固まってしまった。
「ねえ、呆けている場合じゃないと思うよ。あれを投げ様としているけど、良いの?」
僕はそう言って指をさすと、大太坊が丁度振りかぶって、投げ様としているところだった
「ぎゃああああ! 土砂反対!!」
河童は叫びながら小川に潜ると、どこかに消えてしまったのだ。
こんな浅瀬なのに、どうやった……
いや、今はそれより、あの土砂を何とかせねば
カッパ淵の水を貰って、漆黒の広さと厚みを拡張していく
念話で淵名さんと鴻上さんに、広い漆黒を創るので巻き込まれないようにと、忠告をすると更に厚くし広げて
丁度投げられた土砂をキャッチし、すべて融かし切る事に成功した
だが、そこで終わらない、投げられた土砂が融かされ消えた後も、さらに漆黒を大きく広げていくと
今度は漆黒の術に、大太坊自身が触れて融け始める
上手く行くか? そう思えた瞬間――――――
なんと、オロチを超える超高速再生で、融けた部分が治っていくではないか!
嘘……だろ?
最初の内は押していた漆黒が、大太坊の超再生に押されてきていた
残念だが、これ以上の漆黒の加速は、水量の少ない小川では、望むことが出来なかったのだ
『やはりか……闇では闇の妖は討てぬな……』
『やはりって、淤加美様。知ってたら教えてくださいよ!』
『確証がなかった故……それより千尋よ、闇の衣を解くのじゃ』
『今漆黒を解いたら、護りを失いますが?』
『護ってばかりでは倒せぬであろう? 一度漆黒を解いて高淤加美の光術に切り替えるのじゃ』
光術って……傷回復や呪い解除などの支援系しかないんだけどな
淤加美様が解けって言うなら、何か策があるのかもしれないし、乗ってみるか!
僕は漆黒を解くと、水に戻して
『淤加美様、水に戻しましたよ、お陰で丸裸ですけどね』
漆黒は服も融けてしまうのが、玉に瑕だ。
『よし、では光の術で太陽を創るぞ』
『…………はい? 太陽って……あの日中、ポカポカして洗濯物を乾かしてくれる、お日様ですか?』
『そうじゃ! まあ、本物を創る訳にいかんから、疑似太陽じゃがの』
疑似太陽って、そんなの簡単に創れるのか?
『まずは、水を光に変えるのじゃ』
水を光に……漆黒の光版って事だな
光をイメージし、水を光の粒子に変換していく
『淤加美様、こんな感じで良いですかね?』
僕が天に向かって伸ばした右手の上に、直径30メートルほどの光の珠を創り出す。
しかし、創り出した光の珠は淡い光であり、とても太陽程の光量は生み出せていない。
『取り合えずは上出来じゃ、あとは火を入れるのじゃが……問題は水が元なので火が着くかどうか……』
『ならば問題はありません、水の元は水素と酸素ですからね、こうして分解してやれば……』
僕は、光の珠の中で水の分解を行う。流石は水神の力だけあって、水の操作はお手の物であり、後は着火を残すのみとなったが……
火なんて使えないし
『仕方ない、圧縮着火を行います』
『圧縮着火? なんじゃそれは』
『車のディーゼルエンジンと同じ要領ですよ、気体って圧縮すると熱を持つんです。それで着火させれば良いだけの話』
ディーゼルは軽油などの着火点の225度に、圧縮着火を行いエンジン内で火をつけるのだが、今回着火すべき水素の着火点は525度である
僕は、とりあえず光の珠を天に浮かべて、圧縮着火を行う
くっ、予想以上に着火が難しい
そうしている間にも、漆黒のダメージから大太坊が完全復活し、山を拾い上げようとしていた。
出鱈目な奴め!
そうしている間にも、どんどん圧縮を掛けるが、着火温度に至れていないようだ
間に合うか……
だが無情にも、大太坊が山を拾い上げる方が早く終わってしまい、投擲準備に入る
駄目か! そう思ったとき――――――
淵名さんの水圧縮ブレスが、大太坊の腕を切り飛ばそうとするが、切れた途端に超高速の再生でくっついてしまった。
再生が早すぎる!
大太坊は、切れた腕など最初から何事もなかったかの様に、山を持って更に振りかぶるのだが――――――
今度は地面が盛り上がり、バランスを崩したらしく、振り上げた山を大太坊自身の上に落として悶えていた
水と土を操るオロチの鴻上さんが『地形変動』を使ったのだろう、他に土属性持ってる知り合いは、同じオロチの壱郎君ぐらいしか居ないしね。
『何かしようと、しているみたいですけど、まだなのかしら!? あまり時間稼ぎは出来なくてよ』
鴻上さんから、念話でお叱りがくる
そんなこと言われても、あと少しで着火するはずなのに……
マッチかライターがあれば楽なのにと思うのだが、無いもの強請りしても始まらない
更に圧縮を進めていくと、ようやく着火点に到達したのか、火が着いて疑似太陽が輝きだしたのだ。
もちろん、最初から全部水素に分解してしまうと、一気に爆発して終わってしまうので、混合気の比率を調整もしながら、徐々に内部へと分解が進むようにした
お陰で、少しづつ表面から内部へと燃えて行っている。
燃えて小さくなり、最後は消えてなくなる、疑似太陽の完成だ
まあ厳密に言えば、核融合じゃないので、太陽とは別物だけどね。
核融合なんて、設備の整った大型施設でも無く、龍神が単独で再現出来たら、どっかの研究所へ拉致されてしまうだろう。まあ今回のは、水素型照明弾って処だから大丈夫。
しかし、光量は大したもので、まるで昼間になったようであった。
さて偽物だけど、大太坊に効くのだろうか?
その場に居る全員の視線が倒れた大太坊に集まる――――――
『見るが良い、千尋よ。大太坊が消えていくぞ』
淤加美様の言葉通り、少しずつ光の粒になって消えていく
『ふう、何とかなりましたね』
大きくため息をつき、一気に力が抜ける
まったく何という日だ、今日は一日戦ってばかりじゃないか
僕はカッパ淵の小川の中に寝転んでみるが……何か忘れている気が……
「はっ!? まだ終わりじゃないじゃん!!」
ガバッと上半身を起こし、声を上げる。
そう、セルジュと言ったあの執事が、オロチの封印を解こうとしているのだ。
『まだ休む訳には行かぬようじゃの』
「ですね……もう帰って寝てしまいたいけど、もう一踏ん張りです」
僕は、疲れ切った身体に鞭を打ち、セルジュの後を追う準備をするのだった。




