2-23 座敷童(ざしきわらし)
東北にて、伍頭目のオロチの行方が、漸く分かったセルジュの元に、主である晴明から電話が入る。
『セルジュ? 久しくお前の姿を見て居らぬが、元気でやっているか?』
「はっ! この身のお気遣いの方、勿体のうございます……しかし、晴明様の方から連絡とは……何かございましたか?」
『うむ、実は京のアジトが八荒防にバレてな……放棄することになった』
「なんと!! して、晴明様のお怪我は?」
『大丈夫だ。だが、逃げるまで時間稼ぎをしてくれた加具土命が、だいぶ疲弊していてな……暫らくは戦闘に出せぬ』
ほう、元々完全体では無いとはいえ、神話の火之加具土命神である
人間の耐火服でも数千度しか耐えられないのに、火之加具土命が本調子ならば、数千……いや数万度にも達しよう。
そうなれば、人間など耐火服事灰にされてしまうだろう
今回は、本調子では無いとはいえ、そこまで火之加具土命を疲弊させるとは……
「八荒防の新型兵器ですか?」
『いや、お前が要注意神物として、データを送ってくれた瑞樹千尋の仕業だ』
「今度若くして世代交代した、瑞樹の龍神ですか!? しかし、そこまで強いとは……」
同じ神族でも、成り立てと古神とでは、実力に天と地ほどの差があるのだ
瑞樹の龍神は、就任してまだ半年にも満たないと言うのに、一体どんな修業をしたのやら
『形代を通して戦闘を見ていたが、あれはどうも希少種かも知れぬな』
「希少種? ですか?」
『ああ、進化の過程で、普通では考えられない進化を遂げるモノの事だ。例えば、大昔にサルから人間に変わる瞬間も、希少種として進化したからであろう。極論ではあるがな……』
「その理論で行くならば、瑞樹千尋は神族以外の進化を遂げていると言う事でしょうか?」
『詳しくは、捕獲でもして身体を調べてみないと分からんな。まあ、下手に手を出して逆鱗にでも触れたら厄介だ。当分は泳がせて置くさ』
「…………晴明様、そうも言って居られないかも知れません。実は、瑞樹千尋を、今朝方仙台の漁港で発見したのです」
『なんだと!? 昼には京のアジトが襲わ……そうか……龍脈か』
「龍脈……でございますか?」
『ああ、言い伝えで、龍は大地の底を走る、龍脈の中を自在に移動できると言うのがあってな。それを実際にやっているのであろう』
「そんな瞬間移動みたいなことが……」
『信じられぬだろうが、そうでも無ければ辻褄が合わぬ』
「では、また東北に現れるやも知れないと?」
『うむ、瑞樹の龍神も、オロチの封印を護ろうと、封印元を探しておるやも知れん』
「それならば、ある文献にて『もう一つの松島の海中』にあると……」
『もう一つの松島か……それは幽世の松島だな。しかし海中とは……潜水服がいるな』
「いえ、その対策はすでに『海神の槍』を手に入れてあります故」
『ほう、それなら海を割る事も出来よう』
「はい……しかし、瑞樹の龍神対策はまだ……晴明様、現在、私めは関東のI城県まで南下しております」
『I城県……そうか、読めたぞ! 大太坊であるな? 許す、手駒にして使うが良い』
「御意!! 必ず良い御報告に上がります」
そう言って、主人への電話を切り
大太坊を呼ぶために、海へ海神の槍を突き立てる。
さあ瑞樹の龍神よ、古の巨人を止められるモノなら止めて見せるがいい
I城県の海から上がる巨大な影を見て、セルジュはそう呟くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、日が落ちたばかりの東北、I手県遠野市では
シスコンである斎藤 正哉が、妹の泊まるホテルを暗視双眼鏡で覗き……ゲフン、見守っていた。
腰に、和服の着物を着た女の子を、抱き着かせながら……
「これは……アレかな? 香住さん」
「そうね千尋、ポリスマン案件だわ」
「な! 言っただろ。取り巻きが増えたって」
セイが嫌そうな顔で、僕と香住にそう言ってくる。
「おい! さっきから聞いてりゃなんだよ……俺はまだ何もしてねーぞ」
双眼鏡を降ろした正哉が抗議の声を上げるが
「まだ? これから何かするの? まだ少女じゃないか! 人でなし~悪魔!」
「もう警察呼ばないと、少女の身が危ないわね」
「待て待て待て! 千尋も高月も、少女とか何の話してるんだよ!?」
……なんか、正哉と微妙に話が噛み合っていない
そこに、淵名の龍神さんが――――――――――
「どうやら、あの少女は妖の部類のようじゃな」
「妖……ですか?」
「うむ、それであの人間には見えぬのだろう」
それで納得した。香住も本来は霊感とか無いのだけど、今はセイの創った『見える眼鏡』のお陰で、どうにか見えているって事らしい。
当事者の正哉以外が全員見えているため、見えない正哉と微妙に話が噛み合わなかったのだろう。
「あの妖から、悪い氣はしませんね」
「うむ、放って置けば、自分を見てくれぬ相手に飽きて、直ぐどっかに行ってしまうだろう」
僕と淵名さんの会話に香住が
「でも、あれだけ斎藤君にくっ付いてるのに、見えてないなんて……あの子が可哀想」
確かに香住の言う様に、その妖の少女は正哉の気を引きたくて、シャツの裾を引っ張る動作をしているが、正哉本人は不思議な顔をするだけで、少女の事に気が付いてやれなかった。
確かに可哀想だ……
「元々、妖と人間は相容れぬ存在。仕方が無かろう」
と淵名さんの言葉に、香住は居ても立っても居られなかったのか? 自分の眼鏡を外して、正哉に掛けてやった。
「なんだよ高月……ん? うわぁ!! この子、いつから居たんだ? 一体、どこの子だよ」
漸く、香住に掛けて貰った『見える眼鏡』のお陰で、自分の腰にしがみつく少女に気が付く正哉
「僕らが知るわけ無いだろ! だいたい僕らが来た時には、既にくっ付いていたんだもの。正哉、どこか山とか森とかに入ったりしなかった?」
「え? 山ねぇ……あっ! トイレ行きたくて、公衆トイレ探して歩き回ったわ」
「……それだよ、きっと」
「いやいやいや、変な集落に迷い込んでよ、そこでトイレ借りたんだ。そう言えば……やけに古い造りの家だったな……トイレも水洗じゃ無かったし」
思いっきり、心当たりあるじゃねーかよ!
『おそらく、幽世じゃな』
僕の中に居る淤加美様が、念話で補足してくる
『幽世?』
『うむ、硬貨の表と裏の様に、存在する世界の事じゃ。お主の居るのは遠野であろう? ならば幽世に迷い込んでも不思議はあるまい』
『なるほど……って! 説明が二度手間になるから、出てきて説明してくっださいよ!!』
『妾は、お主の旦那の若龍の様に、美味い飯とやらには興味は無いわ! 揚芋菓子があれば別じゃがの』
淤加美様……本当に揚芋菓子以外は食べないのね
というか、淤加美様の話で思い出したが、セイの奴……何処へ行った?
あたりをキョロキョロ探すが、既に姿は無かった
「千尋殿、何かお探しか?」
「いや、ウチのセイが居ないなって」
「ああ、セイ龍なら、地元の美味い飯を食ってくると言って、先ほど繁華街へ歩いて行きましたよ」
あんにゃろめ、一人で美味いモノ食いに……僕も誘え! ちゅうの!
そこで、丁度お腹の虫が鳴り、胃がご飯を要求してきた。
「もう、千尋ったら、だらしが無いわね。ほら神社を出る時に。御握りを作って来たから、皆で食べよ」
さすがです香住様。僕と淵名さんが制服から着替えてる間に、何かをやっていると思ったら、御握りを作ってたのか
背負ってたリュックからレジャーシート出して広げると、御握りを配る
正哉は相変わらず、暗視双眼鏡でホテルを監視したまま、お握りを頬張って、お茶で胃へ流し込んでいた。行儀の悪い奴め
少女に関しては、悪い妖で無いと聞いて、放置で行くようだ。
どうも、妹の紗香ちゃん以外興味はない模様。正哉……ルックスは良いのに……本当に勿体無い奴。
一方、眼鏡を返してもらった香住は、正哉に寄り添う少女にも、御握りを渡してやると、しばらく眺めてから、御握りに齧り付く
一口食べた後、無表情に近かった少女の顔が、ニパっとはにかむと、あっという間に平らげてしまった。
「おかわり要る?」
香住の問いに、頭が取れるんじゃないかと思うほど、コクコクと頷く少女
その少女に、銀紙を剥いてお握りを渡してやると、凄い勢いで食べていた。
「余程お腹が空いていたのかな?」
「かも知れないわね、あ……お握りが……あとセイさんの分だけだし」
「あげちゃっていいよ、アイツは地元の美味しい三陸の幸を食べ歩いてるんだし」
「そっか、じゃあこれも剥いてあげるね」
銀紙を剥いて少女に渡すと、それもペロリと平らげた。
「すごい、御握り1升あったのに……」
少女はすべて食べ終わると、再度正哉の腰にしがみ付く
余程、正哉の事がお気に入りらしい。そうなると、ブチギレそうな同級生の顔を思い浮かべるが、お出かけ中なのが幸いした。
「正哉、一緒に居た鴻上さんは?」
「鴻上? ああ、アイツなら夕飯買いにコンビニへ行ったぜ」
と言う事は、そろそろ帰って来るかな?
そう思っていると……噂をすれば何とやら
僕達の後ろで、コンビニの袋を地面に落とす鴻上さんが、呆然と立ち尽くしていた。
「な……なんですの!? なんで『座敷童』がここに居るんですの!」
「「「「座敷童!?」」」」
鴻上さん以外の全員がオオム返しをする。
「座敷童って、あの……居ると幸福を呼び寄せると言う?」
「アレが幸福を呼ぶもんですか!! 座敷童は『幸福の前借』をして居るだけですわ」
幸福の前借か……確かに憑かれた人間は、どんどん幸福が舞い込んでくるが、座敷童が離れた途端に、今迄の幸福分のツケを払うべく、不幸が訪れる。
鴻上さんの言う『幸福の前借』とは、言い得て妙だ
座敷童は憑かれるより、傍に居て運気を貰う程度の方が良いのである
何事も、過ぎたるは猶及ばざるが如し。つまりは、何事もやり過ぎは良くないって事だな。
「早いうちに引き剥がさないと! 不幸の借金が、雪だるまの様に膨れ上がりますわ!」
そう言って、座敷童を引き剥がしに掛かろうとする鴻上さんだが、自分の落としたコンビニの袋に足を滑らせて転んでしまう。
「なんか、不幸は正哉にじゃなくて、鴻上さんに向かっているのかも……」
「そこ!! 冷静に分析していないで、手伝ってくださいな!!」
何で僕が……
不幸に巻き込まれるのは御免被りたい
僕は嫌々と頭を振って拒否を示すと、突然! 辺りから虫の声が消えたのだ。
何とも言い難い違和感を感じ、全員が沈黙する
周囲を見渡すと、同じ夜の風景だが、街並みが一気に古い藁葺き屋根に変わっていた。
「これは……我々事、異界へ飛ばされましたな」
冷静に分析をする淵名の龍神さん
「お? さっきトイレ探してる時と、同じ風景だぜ」
正哉が吞気に、さっきトイレ借りた家が在るかなと言っている
「と言う事は、淤加美様の言っていた『幽世』!?」
「ちょっと! 瑞樹千尋。どういう事ですの?」
僕が鴻上さんに詰め寄られた処に
突然! 男性の声があたりに木霊する
「このセルジュが、皆さんを幽世に招いたんですよ。お嬢さん」
「ふざけないで!! 元の世界へ戻しなさい!!」
興奮したためか、鴻上さんのカラーコンタクトの下にある赤い目が、隠し切れず強く光りだした。
「おやおや、人間のお嬢さんと思いきや、八岐大蛇の片割れだったとは……」
「そうよ! あなたの様な人間など一呑みで……」
「駄目だ! 鴻上、俺も人間なんだ。俺と付き合おうと言うのに、人間を食らうのは良くない」
「でも…………分かりましたわ」
正哉の言葉に、鴻上さんの眼のコンタクトから漏れていた赤い光が消える。
「これはこれは、人間と蛇の恋愛とは……とても珍しいモノを拝見いたしました」
正哉達を馬鹿にするような言葉に、イラついた僕は
「あんた、いい加減にしろよ。僕だって元人間で龍の旦那持なんだ。異種恋愛の何が悪いよ」
「瑞樹千尋……要注意神物……」
目を細めながら呟く執事風の男
「先ずは、二人に謝れ!!」
「そうですねぇ……先に謝っておきましょうか、何しろこれから黄泉送りに成るのですから! 出てきなさい! 大太坊!!」
そうセルジュと名乗った男が叫ぶと、後ろの森から巨人が現れる
「マジかよ!」
声を絞り出すように吐き出す正哉の前に、すかさず鴻上さんが庇う体制に入るのだが
その場に居る皆、大太坊の巨体故に全員が呆気にとられ、動けずにいるのだった。
「では、私は幽世側の松島にて、第伍のオロチの封印を解くと言う用事があります故、頑張って生き延びてください」
「オロチの封印だって!? 松島にあったのか!!」
僕が、そう驚きの声を上げると
「おやおや、瑞樹の龍神たる貴女が知らなかったのですか? しかし、それは予想外でしたね……てっきり知っているモノとばかり……」
「あんた……オロチの封印を解いて回って、どうするつもりだ!?」
「それは、いずれ分かりますよ。さて、ここ幽世側なら、暴れても現世に影響ありませんから、全力でお相手して差し上げなさい。大太坊!!」
そうセルジュは言葉を残すと、森の中へ消えていった。
オイオイ、こんなの……どうしろと言うんだ!
しかも、あのセルジュとか言う執事。第伍のオロチの封印を解くって!? 冗談じゃない!!
だが、この巨人を放置して行く事も出来そうにないし……
何故なら、大太坊の一歩は、何十里も進めるのだから洒落にならないのだ。
碓氷峠に座って足を延ばすと、足の先が妙義山まで届いたと言う伝説もあるぐらい長い脚なのに、逃げ切れるわけがない。
「やるしかないか……」
かくして……僕達は遠野の幽世にて、巨大な巨人の『大太坊』と戦いを強いられることになった。




