2-20 揺炎(フレア)と漆黒揺炎(シャドウフレア)
K都府、某所
すっかり包囲された、晴明の屋敷の中で、晴明と狐巫女のお玉が逃げ支度に追われていた
急に屋敷の中の霊狐が居なくなったので、もう突入までの時間は、あまり残されて無いのであろう。
「晴明様。枕は持っていきます?」
「要らんわ!! 持ち出すものは、最低限のモノだけにせよ」
「そうですか……枕変わると眠れないのは、私だけでしょうか……」
まったく、この狐巫女は……新しいアジトまで逃げ切れなかったら、どうするつもりだ
『晴明よ。大丈夫なのか?』
姿は見えないけど、屋敷の天井から声だけが発せられてくる。
「加具土命……悪いが、少しだけ時間を稼いでくれぬか? 我々が地下道を抜けるまでで良いんだが」
『……よかろう。召喚主を失っては、我も顕現して居れぬからな。熱のある昼間である今ならば、少しぐらいの力は使う事も出来よう』
「まだ身体を用意してやる前なのに、無茶をさせてすまんな」
『気にするでない。我とお主は一蓮托生、どちらも死ぬ訳にはいかぬ。必ず逃げ切るのだぞ』
「そちらも、力を使い果たして消えぬようにな」
そう加具土命へ言ってから、床の畳を1枚動かすと、地下通路への階段が現れる
「わ、わ。待ってください。セルジュさんから届いた、三陸沖の秋刀魚はどうしましょう?」
「この……馬鹿狐!! さっさと降りんか!!」
地下階段に向かって、お玉を蹴り落とすと、その後を追って脱出を試みるのだった
……頼んだぞ、加具土命。
◇◇◇◇◇◇
一方、突入を前にした千尋達は――――――
敷地に入るなり、歩みを止めてペットボトルの蓋を開ける。
「千尋よ、立ち止まってどうしたのじゃ? 敵かえ?」
「いえ、今回神器無で挑むわけですから、布石を打って置こうかと……」
そう言って、自分の指の先に龍の爪を食い込ませて血を滲ませ、ペットボトル7本のうち1本に自分の血を垂らす。
「指にササクレでもあったのかや? あれは何気に痛いからのう」
「違いますよ!! こうして自分の血を1滴水に混ぜておくと、長距離に及ぶ遠隔操作が可能なのに、気が付いたんです」
まあ、気が付いたのは、本当に最近ですがね
夏休みのクローンオロチ戦の後、自分の不甲斐無さを思い知った僕は、朝の御供の時間が無くなった分の余裕な時間で。裏手の滝壺にて、術や技の自主練をしてきているのだが
水圧ブレスの威力を上げようとしていて。ドジな事に、自分の口の中を切ってしまったのだ
傷は直ぐに再生されたんだが……その時、1滴の血が水に落ちたのだけど、血が混ざった水の操作がしやすくなってる事に、気が付いたのである。
それ以外にも、いろいろ新しい術を試してみて。自分で一番怖いと思ったのが、今回の布石として使う術である……
まだ未完成であるが、威力は京の都の4~5ブロックがクレーターと化すだろうと、推測される。
なぜなら、練習時に漆黒を混ぜず、未完成の状態で使って、龍神湖の水が蒸発したからだ。
あれは、流石に慌ててしまい。蒸発した水蒸気を雨に変換して降らせ、龍神湖を元に戻したのは苦い思い出である。
今回、最悪の事態に備えて置くだけで、使う気は無いのだが……もし使用する場合は、宇迦之御霊様に屋敷外の一般家屋へ漏れないよう、厳重に結界を張って貰わなければならないだろう。
血を垂らした、ペットボトルの水を天高く噴射させて、空の上に昇らせておく。多めに持ってきたペットボトルも残り6本、あまり多く持つと、今度は動くのに邪魔になるので、この本数が限界である。
僕が保険の為、水を天へ打ち上げたのを見ていた淤加美様が
「ふむ、妾は知って居るぞ。TVでやってた伏せカードと言うやつじゃな!?」
「やって要る事のニュアンスはそうですが……例え方が、セイみたいに成ってきましたよね」
「なんじゃと!? 妾は、あんな食っちゃ寝とは……」
僕には違いが分かりませんがね。セイのアニメ好きが、淤加美様ではゲームに変わっただけだと思うし
まあ、言うと怒られるから言わないけど。
布石が済んだので、耐火服に身を包んだ西園寺さん達の後を追うと、先行する藤堂さんと手信号で合図を出し合っていた。
一般人として学生をしている僕にも、分かるようにして欲しいモノだが、人間同士だと念話が出来ないので、仕方が無いのかな?
声を立てぬ様にと言う事なので、人外組は念話で行く事にする。
一番前の藤堂さんが、指を折っていくジェスチャーなので、おそらくカウントダウンなのだろう
全部指を折り終わった処で、走って玄関へ向かい蹴りを入れるが――――――
ゴッ!! と凄い音がしただけで、引き戸はビクともしていなかった。
『のう、千尋。凄い音がしたのじゃが……あの人間大丈夫かえ?』
『いえ……駄目だと思いますよ……藤堂さん、骨折治ったばかりなのに……』
『前もって潜入した霊狐の話だと、屋敷の内側全体が、厚い氷に覆われているようで、正面から入るには、爆破系の大霊術が必要だと……」
おい~ハッコさん。そう言う事はもっと早く……仮設司令部で言ってあげなよ
耐火服で覆われているので、藤堂さんの表情はよく分からないけど、蟹股で歩いて戻るところを見ると、かなり痛そうである。
まあ、骨折でも病院を抜け出す藤堂さんの事だ。痛くても痛くないと、やせ我慢してそうだけどね。
しかし厚い氷かぁ……氷と言う事は、火山と竃の神である、火之加具土命ではないのかな?
僕はスマホのメッセージ書き込みアプリを使って、西園寺さんにメッセージを送る
[ハッコさんが、裏手に大穴が開いているので、そこから入れるそうです]っと……
メッセージを受け取った西園寺さんが、[了解]と打ち返してきて……[藤堂の怪我の様子を見てから後を追う]と、追加のメッセージが来たので、それを念話で人外組に話す。
『僕らが先行して良いそうです』
『うむ、では行こうかの』
『あい分かった』
僕を先頭に、塀づたいに裏手に回ると、大型の重機が屋敷の壁を破って、大穴が開いていたのだ。
ここまでは、ハッコさんの言う通りだが、コンタとコンペイの話だと、中は異界化しているとのこと……
更に、黒いワシャワシャしたのが居たらしいので、ペットボトル6本で足りるかどうか……
最悪足りなければ、近くに鴨川があるのだけど、僕では水を呼ぶには遠すぎる
ペットボトル1本分を、戸隠山の地下水を呼んだ時みたいに、『呼び水』に使えば何とかなるかも
となれば、実質使えるのは5本分
上手く配分を考えて使わねば……
僕達は、重機で開けられた大穴から、屋敷の中へ侵入を試みる
中は真っ暗であり、灯は点いていないが、そこは『龍眼』を使用すれば、暗視も容易なので問題は無い
龍眼で周りを見渡すと、氷の通路になっているではないか
『寒いわけですね……』
『人間ならば、凍死……助かっても低体温症じゃな。我らは水龍故、水と火には強いからのう、この程度の温度差なら影響なく動けよう』
淤加美様の言う通り、ちょっと肌寒いかな? 程度の感覚である
『ハッコさんは?』
『こちらも問題は無い、龍族と違い自前の毛があるからな』
なるほど、あっちは自前の毛皮で温かそうだ。
僕らは屋敷の探索に移るが、確実にオカシイと思うのが、内部の広さだった。
外から見た屋敷の外観からだと、その大きさが入らないだろうと言うほどの、氷の大迷路になって居り、出来損ないのスライム擬きが、わんさかと出てくる。
どうやら、苗場山で戦った真似っ子の黒スライムとは、少し違うらしく。黒色と言うより、紺色といった感じかな?
暗かったから、暗視も未熟な子狐ちゃんズも、勘違いしたのだろう。
この紺色スライムは、相手を溶かして吸収しようと、するだけみたいなので。あの厄介な真似スライムより火に弱い分。こちらには好都合である。
何匹か倒して気が付いたのだが、スライムに核が存在するらしく。それを壊せば、ダメージを蓄積させるより、簡単に倒すことができた。
それにしても、氷の迷宮が広すぎる。おそらく、一時的に異界化させて、空間内部を広げているのだろう
そんな迷宮も、氷で覆われているとは言え、ベースは和風の屋敷である。場所により、広さもまちまちである。
こんな時、水の武器は便利だ、狭い通路に合わせて短刀に変えたり、少し広い十字路なら、もう少し長い小太刀。広い部屋の中ならば太刀とか薙刀なんて言うのにも変形させられる
だが、この紺色スライムは、触れたものを取り込もうとするらしく、切るたびに少しずつ水の武器が減って行くのが実に厄介なのだ。
『千尋よ、どうせ水を減らされるなら、成分を毒にしておけば良かろう。その方が、奴らに毒を与えられるし、再生も止められて一石二鳥じゃ』
そう、淤加美様から良いアドバイスを貰った。
なるほど、再生を止められるのは良いかも……
僕は、水を補充しようとペットボトルに手を伸ばすと――――――――
『あれ……重みはあるのに、水が出て来ない…………もしかして、凍っちゃってる!?』
『何をやっておるのじゃ! 戯け者め!』
『くっ、体感的に、零下まで落ち込んでいるとは、思いませんでしたよ』
『人間だった時と、同じに考えるでないわ!』
むう。使ってる水の武器が、凍ってないので、大丈夫だと思ったらコノ様だ。
操ってる水は、『物質の三態』の『状態変化』の法則から外れるのか……
そんな時、背後から迫る敵に、ハッコさんが狐火を出して応戦していたので
僕は燃える紺色スライムの炎に、ペットボトルを近づけるが、一向に解ける気配は感じられない
『千尋殿……流石に気温が低すぎて、氷が解けるまでに至らないかと……』
確かにこれで解けるようなら、氷の回廊も解けているわな
仕方がない、ペットボトルは諦めて、現状の武器だけで何とかしよう。
僕らは、淤加美様の案内で迷路を進んでいく
さすが古神だけあって、神氣の追跡はお手の物らしいのだが……僕の方は、水の武器がナイフ程度にまで減って居た。
『千尋よ。そろそろ水は諦めて、龍の爪で戦った方が効率良さそうじゃぞ』
『分かってますが……これが最後の水かと思うと、踏ん切りが……あっ』
水のナイフを持った、手の甲を淤加美様に叩かれて、操水を解いてしまうと、忽ちの内に氷になって砕けてしまった。
『あぁ……最後の水が……』
『戯け! そんな薄っぺらいナイフでは、林檎も剥けぬわ!』
『もう、淤加美様! 僕は香住みたいに接近戦は得意じゃないんですよ』
『お主……人間に負けてどうする……そもそも、あんな短い武器では、接近戦も同じではないか』
ごもっとも。
でも嫌なんだよなぁ。あのネバネバのスライムに触れるのが……
できるだけ尻尾で吹っ飛ばし、ハッコさんの狐火で燃やしてもらいながら、氷の回廊を進んでいくと――――――
『この部屋の向こうから、強い神氣が漏れて居る』
そう淤加美様の言葉に、僕達は気を引き締め、襖に手を掛けると、一気に開け放った
『『『え!?』』』
部屋の中の異様さに、僕達3人が同時に声を上げる
そこには、部屋いっぱいに鮨詰めにされた、紺スライムが犇めき合っていたのだ
『モンスターハウス!?』
『うおおお、これほどの数を、狐火で焼くのは無理だぞ』
たくさんのスライムに集られ、僕とハッコさんが身動きが取れない中、一人だけ空中へ飛んで、逃げる淤加美様。ずっこい!
『千尋や、今こそ入り口で使った見せた伏せカードを、開く時ではないのかえ?』
『あれは威力がありすぎて、回りに被害が行かないよう結界を張って貰わないと、それに西園寺さんの同級生、晴明さんも生かして捕らえたいし』
『それなら問題あるまい。この先に人間の生命反応は無いみたいじゃぞ、何処かに逃げ道を用意してあったのかも知れぬの』
『ならば、千尋殿の心配は、街への被害だけであるな。我が御狐ネットワークで、外の宇迦之御霊様に連絡を取ってみよう』
スライムに集られながら、外と連絡を取り合うハッコさん。ちょっと辛そうだ
ん? 何だか僕も、心なしか寒さレベルが上がったような……
あれ? ちょっと!! 巫女装束が溶けてる!?
『なんで、服だけ溶かすんだよ!! このエロスライム!!』
『いや、服だけ溶かしているだけでは、無いみたいじゃぞ』
『でも、身体は何ともありませんよ?』
『それは龍神の防御力の高さと耐性で、溶かすに至れないのじゃろう。服の方は、別に神器と言うわけでないので、溶けていくって寸法じゃな』
『自分だけ安全な空中から、冷静に分析しないでください!!』
『どうでも良いが、鼻の穴から肺に入られると厄介じゃぞ、我ら水神は水で息は出来ても、そのブヨブヨの中でも息が出来るとは限らんしのう』
淤加美様の言葉を聞いて青ざめる僕。
食物連鎖の頂点である龍が、スライムで窒息とか嫌すぎる!!
こうなったら……スライムの身体を構成する水を操り、四散させて倒してみるが、操るまでの時間がかかりすぎるし、何より数が多すぎだ!
ああ、巫女装束がどんどん溶けていくよ……どうせ同じに溶けるなら、まだ水が凍らないうちに漆黒を纏っておくのだった。
僕が、纏わりつかれたスライムを引きはがそうと、藻掻いていると――――――
『外の宇迦之御霊様と連絡は取れました。霊狐も手伝って結界を張って居るとの事、人間の二人も司令部に引き上げていると……』
同じくスライムに集られたハッコさんが、白い毛を散り散りにさせながら、念話を飛ばして来る。
『了解! ならば、遠慮なしに落としますよ』
新しい術の目標は、僕にセットする。
なぜなら、まだ微妙なコントロールは出来ないので、僕に誘導するのが一番楽なのだ。
ただ、仲間をどうするか……
僕は術反射があるから良いし、淤加美様は僕の身体の中に避難して貰えば問題ない。問題なのは、ハッコさんをどうするか……
『ハッコさん! 出来るだけ小さくなれますか?』
『それぐらいなら、なんとか……』
小さく手のひらサイズになった狐のハッコさんを、胸の間に押し込み挟むと、打ち上げた水とコンタクトを取り、天の上でレンズのように変形させた。
そう、水をレンズ代わりにして太陽光を収束し、大気に小さい穴をあけ、収束した太陽光を更に圧縮しフレアとして誘導し落下させる。
本来は、ここに漆黒の術を混ぜるのだが、それをやると防御無視になって、宇迦之御霊様の結界をぶち抜く事になってしまうため。今回は『漆黒揺炎』は使わず、漆黒無の『揺炎』のみで行く。
着弾まで、3……2……1……
ゼロ!! 僕がカウントを終えると同時に、耳と目を塞ぎ衝撃に備えると、眩い光に包まれる。
まるで、ミサイルでも落とされたかのように、轟音と爆風と共に劫火に包まれ、紺スライムどもは忽ちに蒸発した。
本物の太陽フレアなら、威力は水素爆弾1億個分。温度は100万度~数千万度になるのだが、そこまではさすがに地球が持たないし、僕の未熟な腕前では再現できないけど、劣化版中の更に劣化版である疑似太陽フレアなら
……威力は見ての通り。結界内を完全に焼き尽くしたのである。
自分で使って置いて何だけど……おっかねえなオイ
やがて、舞い上がった砂埃が収まっていくが、屋敷を囲む壁を残して内部はすべて消し飛んだようだ
上手い処に結界を張る。
そう感心していると、土煙の中から炎の人型が現れたのだ。
あれは……まさか……
「父上!!」
いつの間にか、僕の中から出てきた淤加美様が声を上げたが、そのまま炎の人型は右手を上げて、水平に薙ぐように動かすと、僕たちの目の前に火柱が上がった。
「失せろ! 薄汚いトカゲどもめ」
そう言って、睨みを利かせてくる。
恐らく初弾は、わざと警告で外したのだろう
警告で外したとはいえ、いまだ火柱が消えず上がり続けている事から、火の神である事にはかわりはない。
マジで火之加具土命なのか!?
クレーターと化した、屋敷跡が戦場になり、対峙した僕達に緊張が走るのだった。




