2-18 結局僕も
「絶対に嫌だ!!」
夜の帳が降りた瑞樹神社にて、元龍神セイの拒絶の声が木霊する。
「仕方ないだろ……正哉と一緒に行くって聞かないんだもの」
「だって、ソイツ俺を殺し掛けたんだぞ! 一緒に居たら、いつ背中を刺されるか……」
セイが指をさす、『ソイツ』とやらは、居間で優雅にお茶を啜っている、鴻上さんのことである
いつも以上に拒否反応を示すセイだが、その気持ちも分からんでもない
何しろ大岩で潰され掛けて、龍として昇天寸前まで行ったのだから……
「大丈夫。刺されたら、また僕が龍玉使ってあげるからさ」
「アホか!! まず刺されないように、危険を遠ざけろよ!!」
いつになく正論を吐くので、反論の余地が無い。
その様子を見ていた鴻上さんが、啜っていたお茶をテーブルに置くと――――――
「大丈夫ですわ、重要な龍脈移動アイテムを壊したりしませんから」
「ほら! 聞いたか千尋!? 俺を生き物として見てないぞ! ゲームに出てくる、キメ……何とかの翼とかと、同じだと思ってるぞ」
「良かったじゃん。役に立つ間は、『それを捨てるとは、とんでもない!』カテゴリに入ってるから、大事にされるぞ」
「俺はイベント重要アイテムか!!」
そこに、廊下で電話をしていた正哉が――――――
「うん、うん……今かわる……千尋、ウチのオフクロなんだけど、上手く言ってくれよ」
そう言って僕にスマホを押し付け、正哉は座ってお茶を啜り始めた。
にゃろめ……この貸しはでかいぞ
「すみません。お電話かわりました。千尋です」
『千尋君? ウチの正哉が、ごめんなさいね。文化祭の出し物が間に合わないからって、泊まり込みで作業するって言うのよ、そんなに凄い出し物なの?』
おい! 正哉! どうすんだよ……僕そんな話聞いてないぞ
「えっと……それは当日のお楽しみって事で……」
ただのメイドカフェだけどね
『そうなの? 部外秘なのね……分かったわ、おばさん当日を楽しみにしてるわね』
うおぉ……おばさん良い人だから、罪悪感が半端じゃない
「土日ですので、是非お越し下さい」
『ウチの娘も、明日の木曜日から3日間、中学校の修学旅行でいないのよ』
「知ってます。去年僕らも行きましたから……東北ですよね」
『そうだったわね、それでね……』
話が長げえ!!
そう言えば、正哉の母親は、お話し好きだったな……失念していたわ
それから30分以上話続けて――――――
『あら、なんだか焦げ臭い……あ! 鍋に火を掛けっぱなしだわ!! じゃあ正哉をお願いね』
そう言って、慌てて電話を切る正哉の母親
大丈夫か? 火事にならなきゃ良いけど……
普通なら1分~2分で終わる会話を……よくあそこまで引っ張れるものだ
鍋の事が無ければ、1時間は軽く喋ってたな……
僕は聞き疲れてゲッソリしながら、電話の切れたスマホを正哉の元へ持って行くと――――――
「まったく……あんなに良い人を騙すなんて、心が痛むよ……息子を頼むってさ、安珍」
「おい。なんだよその『安珍』って……不吉な呼び名は止めろよな」
「そうですわ! 斎藤君を、あんな約束を守らない安珍なんかと一緒にしないでくださる?」
「じゃあ、正珍。本当に今夜から泊まる気? ウチは、来客用に部屋も余ってるから、大丈夫だけどさ」
「正珍もヤメロ。妹の紗香が、修学旅行に行く朝に合わせて、大荷物持って家を出ると、紗香を追いかけるんじゃないかと疑われるんだよ」
実の親に疑われるとか……どれだけ信用無いんですか?
いや、逆に親だからこそ、息子の行動を良く分かってるって事か……
案の定、確認の電話までしてきたしね。
まあ、正哉は親に信用されてないから、泊まるのは仕方ないとして……
「鴻上さんは、朝に来ても良いんじゃないの?」
「私も人間の両親に、クラスの女子の御家へお泊りすると言ってきましたの」
はい? 身体は完全に女子でも、一応戸籍上……男の子なんですがねぇ……
まあ、その両親も偽物だろうし、記憶も書き換えられてそうだから、何とでもなるのか?
考え出したら怖くなったので、あえて無視しよう。
仕方ない……着替えもいっぱい持ってきたみたいだし、二人の部屋を用意するとして……
「あっ、私は斎藤君と一緒の部屋が良いですわ。お布団も1つで」
「「却下!!」」
僕と正哉の声が同時にハモる
「何でですの? 夫婦なら一緒に……」
「まだ夫婦じゃねーし! 返事は妹の件が終わったらって言ったろ」
正哉の反論に頬を膨らます鴻上さん
「あのね、鴻上さん。この国の女子は16で結婚できても、男子は18歳を越えないと結婚できないんだよ……正哉はまだ16でしょ? よって法律上認められません」
「そうなんですの? 昔と違って、ややこしいですわね。でも子作りは出来ますでしょ」
さすがオロチ……貞操観念がまるで違うわ
「駄目だってば、ここは神聖な神社なんですからね」
え~っと納得がいかない様子で返事をすると
「じゃあ、お外行きましょう」
「だー、千尋何とかしてくれ」
やっぱり蛇に好かれた安珍は、蒸し焼きにされる運命なんだな……
正哉には悪いが、他人の恋愛にまで口出しして、馬に蹴られたくはないからさ
自分恋愛事ぐらい、自分の口でちゃんと答えを出してあげてね。
僕は一応別々の部屋を用意してやると、不貞腐れているセイの処に向かうが、僕の顔をみるなり開口一番
「嫌だ!! 絶対に嫌だ!!」
取り付く島もない
「はぁ……、じゃあ僕の代わりに学園行って、光屈折の幻影出せる?」
試しにテーブルの上にスマホを置いて画像を出し、セイに僕が昼間やったことが出来るか促す
「う~ん……無理だ!!」
「早いな、おい!! もうちょっと頑張ってよ」
そこにゲームをしていた淤加美様が口をはさんでくる
「無茶を言う出ないぞ。あんな真似が出来るのは希少種である千尋だけじゃ」
「そうなんですか? 普段、他人の眼から見えなくなる術を使っているのに、それをちょっと応用するだけだと思いますけどね」
「あれは、正確には『姿の消える術』ではない。認識を誤魔化している術なのじゃ」
「どういう事です?」
「消えている分けでなく、見えているのに背景の一部として認識させているに過ぎないのじゃ。例えば千尋の旦那の若龍が、千尋の頭に乗って術を使っている場合。頭の飾りぐらいにしか思われてないのじゃ」
なるほど、消えているのではなく、背景に溶け込んでいる分けか
だから、先日の西園寺さんが差し替えられたという、防犯カメラの狐巫女の写真は、機械のカメラを騙す事が出来ずに、写ってしまったと言うのが合点がいった
「まあ、普通の水龍なら小細工などせぬ。大量の水で相手を翻弄し、水を圧縮した水圧レーザーブレスで真っ二つ! 近づかれたら尾撃と言うのが一般的な水龍の戦いじゃ」
「そうか……僕は自分で水を生成できない分、他の戦い方に特化しているのか……」
水を生成できないと言うのは言い過ぎだが、ペットボトル一本の水を貯めるのも、かなりの時間を要するので、正確には戦闘で水を貯めている時間がない、と言うのが現状である。
「そもそも、闇から水が出来るのは、闇淤加美神としての力じゃが、お主は逆に辿って居るじゃろ? 水から闇を創るなんて、まず普通の水龍ではない」
普通の水龍って言うのが、よく分からないけど、僕に出来る事が、他の水龍に出来るとは限らないと言う事は分かった。
「しかし困ったなぁ、どちらか片方が東北に行かねば龍脈は使えないし……」
「じゃあ、条件を出そう。千尋が行くなら俺も行ってやる」
「本末転倒じゃん!! 僕が行ったら、誰が学園で偽装するん……」
いや待てよ。もしかしたら、どうにかなるかも?
僕は思いついた事を、直ぐに行動に移すことにした。
◇◇◇◇◇◇ 翌日 ◇◇◇◇◇◇
早朝の神社の境内で、掃除をしている千尋の眼前に、龍脈の光が上がる
「久しぶりに呼ばれて、参上したぞ千尋殿」
そう言って現れたのは、淵名の龍神さんである。
ここ北関東の3龍神として有名な内の1柱で、ウチと赤城の龍神さんと淵名の龍神さんは、4ヶ月前に共にオロチの壱郎君と戦った仲なのでだ
「おはようございます。すみません、急な呼び出しをしてしまって」
「いやいや、本来なら雨を降らせるのが仕事なのだが、この時期は儂ら龍神が手を下すまでも無いぐらい、大雨が勝手に降るのでな、暇を持て余しておった」
「そうですね、この時期は勝手に降りますものね。でも、雨が続くと洗濯物が乾かなくて大変で……」
「ふははは、確かに。人に扮して生きると、色々と大変ではあるな」
「それで、お呼びしたのは……」
「聞いておる、千尋殿に化けて香住殿と、学園へ行けば良いのであろう?」
「ええ、お願いできますか?」
「千尋殿には、風呂を壊してしまった借りがあるからな」
まだ覚えてたんだ……借りなんて気にして無いのに……律儀な方だ
当時、風呂が壊れたお陰で、スパ銭湯に行き、霊感のあるマイちゃんと知り合えたしね
そのマイちゃんも、2学期が始まって以来、ウチに来ることは無くなってしまった
まぁ、マイちゃんの家は隣町だしね。夏休みと違って、学校終わってからだと、バスを乗り継いでくるのに、日が暮れてしまうので、親も許可出せないのであろう。
「香住にも、話を通しておきますので、分から無いことは香住に聞いてください」
「あい、分かった。しかし……もう一人の……『まさや』とか言う人間はどうするのだ? 赤城の奴に頼むとしても、人間嫌いだぞ」
「ええ、それも筋金入りの人間嫌いですよね」
あの人間嫌いの性格で、よく同人誌即売会でキレなかったものだと、感心するほどだ
それだけ、売り子として着いて行った赤城の龍の巫女である、神木先輩が苦労したんだろうけど……
セイと赤城の龍神さんを宥める龍の巫女…………神木先輩の心労が目に浮かぶようであった。
「その様子だと、赤城の奴には頼まなかったのか?」
「ええ、他のモノに頼みました……そろそろ来るかな……」
神社の鳥居の向こうから、ものすごい排気音が木霊する
オイオイ、まさか……バイクで石段を上って来るのか!?
モトクロスバイクじゃ無いのに無茶をする
排気音が大きくなってくるので、やっぱり上ってくるようだ。
そして――――――――――――
勢い余って鳥居から飛び出す様にジャンプする大型バイクと、それに跨る壱郎君が、着地と共に華麗なターンを決めてヘルメットを脱いだ
その光景に開いた口が塞がらない、淵名の龍神さんと
もう壱郎君の斜め上を行く行動に慣れた僕が溜息をつく
「よう! オレの手を借りたいって?」
「バイクは石段下に停めて来いよな!!」
「ちょっ、千尋殿。こやつはオロチじゃ?」
「八俣 壱郎君です」
「そう言うこった。昔の事は水に流して、仲良くしようぜ」
あ、やっぱり淵名の龍神さんも嫌な顔してる
まあ、淵名さんは、ウチのセイみたいに死に掛けてはいないけど、ボコボコにされてたものね
五行で行くと、水の相克……つまり弱点は土なのだが、オロチは水と土の両方の属性を持っているため、土属性を使われると、どうしても不利になるのだ。
当時、水神の龍神3柱が共闘してもボコられてたし。それだけでも、属性の不利か分かるだろう
僕だって、闇淤加美神の闇属性が無ければ、クローンオロチを倒すことは出来なかったかも知れないしね
あの時は、九頭龍様の御霊入り八尋鉾が在ったのも、大きいメリットだったが……
そこへ、大型バイクの排気音で起こされたのか、正哉達がウチから出てくる
「すんげぇ、カッコいいなそれ!」
「ふふ~ん。このバイクの良さが分かるとは、なかなか気に入ったぞ人間」
良かったな正哉、オロチに気に入られて……この分なら、弐頭目のオロチの鴻上さんとも上手く行きそうじゃないか
「今回呼んだのは、他でもない……この正哉の姿に化けて学園へ行ってもらいたい」
「ほう、バイクの良さが分かる人間なら、喜んで引き受けてやる。ついでに、普通では部外者が入れない学園とやらに、合法的に入れるしな」
一石二鳥よ!! と高笑いをする壱郎君
もっと嫌がられると思ったが、思いの外上手くいった
言うが早しとばかりに、目の前で正哉そっくりに化ける壱郎君だが、本当に鏡写しにしているようである。
たぶん、祓い屋の小鳥遊先輩でもなければ、気が付かないだろう
念のために、先輩にも祓わないよう連絡して置こっと……
「これで良し! じゃあ俺は先に行くぜ!!」
そう言ってバイクに跨るが――――――
「待て!! 学生が大型バイク乗ってってどうする」
「なに!? 学生は乗ってはいかんのか?」
「乗ってはいけないと言うか……県内で『3ない運動』と言うのがあってね。学生のバイク死亡事故防止で、バイクの免許は卒業しないと、ウチの県内では取れないのよ」
(※学生じゃ無ければ、法律上の歳で取れますし、県の条例なので、他県で取るなら問題はありません)
「じゃあ……オレに歩いて行けと?」
「いや、このママチャリを貸してあげよう」
そう言って、社務所の脇に停めてあった自転車を出してくると――――――
「あーそれ! 俺のじゃん!!」
正哉が、自転車を見て声を上げる
「正哉……お前、夏休みの妹さんの試合の時に、パンクしたまま放置してったろ。取りに来るかと思って置いてたら、近所の滝上さんが参拝に着た帰りに、パンク直してくれたんだぞ。あったらお礼言っておきなよ」
おう! 分かったと頷く正哉を他所に、壱郎君のバイクのキーを抜いて預かり、ママチャリを進呈する
「オレのバイクが……唸らなくなっちまった……」
ママチャリから排気音がしたら、流石の僕もビビるわ
「ほら、お土産買ってきてあげるから、頼んだぞ」
そう言って、ママチャリオロチを送り出すと、入れ違いに香住がやって来る。
「今凄いのが、石段降りてったけど……」
「気にしたら負けだ。それと昨日電話で言った通りなんだけど……」
「うむ。香住殿、よろしく頼むな」
そう言って僕に化けた淵名の龍神さんが現れるが……何ていうか……こう……胸が薄すぎる
いや、邪魔なので、小さい方が僕もうれしいんだけど、流石にクラスメイトにバレるって
「淵名さん、流石にそれは、小さすぎるかと……」
あ、香住の眼が怖い
僕だって、香住の居る前で、胸の話はご法度だって知っているけどさ
流石にその……バレたら意味が無いし
「そうか? 儂はこれぐらいが好みなんだが」
淵名さんの好みは聞いていません!
失敗したな……そう言えばスパ銭湯の時に、スレンダー女子が好きだって言ってたっけ……
「あの~、もう少し大きくしないと……一晩で萎み過ぎてバレちゃいますから」
「仕方ない、このぐらいかな?」
淵名さん……それ、全然変わってねえし……
でも、香住から殺気が漏れているので、これ以上胸の話は出来ないと判断し
「サラシをいつもより、きつめに巻いているって設定で行きましょう」
「うむ。分かった」
そう言って香住と学園に向かっていく淵名さん
結構あの二人、上手く行くかもね。淵名さんスレンダー好きだし
さて、なんか光屈折の術が無駄になっちゃったけど、応用すれば戦闘にも使えそうだし、良しとしますか。
僕は龍脈を開いて、東北行きのメンバーに声をかける。
「忘れ物が無ければ、出発するよ」
メンバーから大丈夫だと言う声が上がる
結局、僕も東北へ行く事に成っちゃったよ。
何事も無ければいいな……と言う僕の儚い願いが叶う事が無いのは、メンバーを見ても明らかであった。




