2-17 正体
龍神の花嫁修業のセイルートの続編になりますので
ネタバレが出てきますので、ネタバレが嫌な方は、お気を付けください。
北校舎の使われてない……倉庫と化した教室に、鴻上さんの後を追うように入る
鴻上さんは、背を向けたまま教室の中央……積み上げられた椅子や机の壁の真ん中に立ち
指で目から何かを外すような仕草をすると、ゆっくりと振り返る――――――
その両目は、赤く鋭い酸漿の眼であった。
「鴻上さん? その眼は……」
「……もう分かりましたでしょ……私があなた達の言う、弐頭目のオロチよ。眼はカラーコンタクトで、誤魔化していましたの」
マジか……
鬼が出たのじゃなく、蛇が出ちゃったよ……
僕は咄嗟に水のペットボトルに手を掛けるが――――――
「そんなに警戒しなくも、大丈夫ですわ。先ほども言いましたが、敵意はありませんもの」
確かに、鴻上さんからは殺意は微塵も感じられない
しかし、危険なオロチであることには変わりないので、水のペットボトルに手を掛けたまま話を続ける。
「なぜ、今になって正体を明かすの? 何の狙いが……」
「狙いなんてありませんわ、強いて言うなら……本気で人間を愛してしまった……と言う事でしょうか」
愛に夢見る少女の顔で、恥ずかしげもなく言い切る鴻上さんに
「ごめんなさい。僕には無理です」
「誰が貴女と言いました!! そもそも瑞樹さん、角と尻尾があるし……貴女人間じゃないでしょ!!」
やっぱり角と尻尾が見えていたか……さすがオロチ……
「いやいやいや、こんな人気のない処に呼びだしたから、愛の告白かなぁって……まさか、僕を食べようと、しているとか?」
「違うわよ! もう! 謝ろうとしていたのが、馬鹿らしくなるじゃないの!」
「謝るって……金属バットで頭をカチ割ろうとしたこと? それとも椅子で頭をカチ割ろうとしたことかな? そんなに僕の頭って、スイカみたいなのか……」
「スイカほど、中身が詰まってないじゃない!」
酷い言われようだ……
「だいたい鴻上さん、謝ろうとしている態度に見えないけど?」
「貴女がアホな事ばかり言うから……はぁ……本当に貴女と話していると疲れるわね」
さっきから失礼な蛇だなコンニャロメ
「それで、何を謝るんです? 他に何かされたかな……」
「それは……貴女のフィアンセの事です……」
「セイの?」
あんにゃろぅ……昨日僕の代わりに学園へ来て、何かやらかしたのか?
「ごめん! ウチの馬鹿が何かやらかしたのなら、本当にごめんなさい」
「あ、いえ…………なんで貴女が謝りますの?」
深々と頭を下げる僕に、呆れた顔で溜息をつく鴻上さん
「え?」
「私が弐頭目のオロチって聞いて、気が付きませんの?」
はて? 何かあったっけ? 口元に手を当てて考えるが、何のことやら……
「ごめん、本当に分からないや」
「貴女……やっぱりスイカみたいに詰まってないじゃないの……ほら、約4ヶ月前、思い出してご覧なさい」
4ヶ月前……………………
「あっ! 壱頭目のオロチの壱郎君と龍神たちが、お酒の呑み勝負してたな」
あの時は参った。オロチの癖に、壱郎君があんなにお酒に強いと思わなかったし
日本神話では、オロチはお酒に弱い印象だったから、なかなか酔わないので、正直焦ったわ
3龍神の内、淵名の龍神さんは即酔い潰れちゃうし、赤城の竜神さんとウチのセイだけで頑張ってたけど、それも劣勢で危うく負ける処だった。
だけど、突然起きた龍神湖の決壊騒ぎで、有耶無耶になったんだっけ……
「ん? 龍神湖の決壊……まさか?」
「やっと、そこに至りましたの? そうよ……龍神湖の決壊や大岩の軌道を変えて、あなた達の真上に落としたのも私よ」
そうか……大岩を落として決壊部分を塞ごうとした時、僕らの上に落ちる様にしたのは、鴻上さんだったか……
結局、大岩の下敷きになる寸前で、セイが僕を突き飛ばし、僕は助かったのだが
代わりにセイが、大岩を背中に受けてしまった。
すでに生命力が尽き掛けていたセイは、傷の再生ができずに、日に日に弱っていく
それをどうにかするために、龍脈の底に溜まる濃い澱氣を汲み上げ『龍玉』を完成させた後、その龍玉を使い、セイの命を救ったのだ
代償として、セイの神格は失てしまったが、生きていてくれるので
僕としては、今更目くじらを立てるものでも無いと思っている
現にすっかり忘れていて、そんな事もあったなぁ、ぐらいにしか思ってないし
「ん~、あの時は色々と焦ったけど、お陰で幼い時の約束を思い出せたから」
「……それだけ……ですの? 私はフィアンセを殺し掛けたのですよ?」
「あくまで『かけた』だけでしょ。実際は死んで無いし、結果的に龍玉で寿命も延びたしねぇ」
セイの寿命が延びたことで、焦って世継ぎの龍の神子を産むこともないので、祝言も卒業まで待ってもらえてるし、何も問題は無い。
まぁ、死にかけたセイ自身が何て言うかは分からないけど……
僕の気にしてないよって言葉に、すっかり拍子抜けした鴻上さんは
「あなた達が良いと言うなら別に……心配しちゃって損をしたわ」
そう言って、肩を窄める
「要件はそれだけかな? 僕はこれから文化祭の打ち合わせがあるんだけど」
「まって! 貴女にお願いがありますの!」
「オロチの心臓を渡せ! と言う事以外なら、良いですよ」
とりあえず聞くだけで、成り立て龍神の僕に、願いを叶えられるかは分からないけどね
「心臓の事は……もう良いの……」
「良いって、欲しくないの?」
「ええ……最初は、八本の頭で、一つの身体だったので、不自由な暮らしだったわ……だからこそ、頭がそれぞれに、身体を独り占め出来たら……そう思って、出し抜くことしか考えていませんでしたの」
「まあ壱頭目のオロチの壱郎君も、それは難儀だって言ってたよ。だからこそ、皆が我先にって血眼になって探してるってね」
「そうでしょうね……でもそれは、身体を独り占めできても、必ずしも幸せとは限らないって……私は、そう思えたから……」
そうか……鴻上さんは、元の大きなオロチに戻る事より、正哉と一緒に居ることを望んだんだな
自分の自由より、正哉との愛を選んだわけか……
「正哉は何て?」
「斎藤君は……妹さんを山中に置き去りにしてしまった、過去の罪悪感から、今はまだ妹さんを大事にする事しか考えられないって……」
「紗香ちゃんを山中に置き去り!? そんな事があったのか……」
「ええ、だから妹さんの事が片付いたら、ちゃんと返事をくれるって約束したの……あと、貴女の事も、親友だから絶対に手を出すなって……」
「正哉……アイツめ……」
はっきり親友と言われると、うれしい反面……くすぐったいと言うか……何というか……ねえ
「貴女に少し妬けましたわ。でも、恋愛対象じゃなく、親友なだけっていう斎藤君の言葉を信じたから、私は待つ事にしましたの」
話を聞いていると、途中までが、まるで『今昔物語』に出てくる、安珍と清姫の前半部分だな
安珍・清姫
928年の夏に、今でいう和歌山県の熊野に参詣した安珍に、一目惚れをした清姫が夜這いを迫ったのだが、参拝前に世の穢れを持ち込みたくないから、参拝が終わったら逢いましょうと約束をする。
その後、参拝が終わっても、安珍は清姫と逢わずに、約束を破って逃げてしまい、高僧の居るお寺に逃げ込んで助けを求めた。
それを知った清姫が、蛇の姿に戻って激怒し、安珍を追いかけ行き、お寺の鐘の中に隠れた安珍を、鐘ごと熱して蒸し焼きにしてしまうと言う、昔話であるが……
前半の約束まで、そっくりじゃないのよ!
配役も人間とオロチ(蛇)だし
正哉……出来れば、約束は破るなよ……あと寺の鐘には近づくな~
「えっと、それで……まだ願いとやらの事を聞いてないけど……オロチの心臓が要らないなら、僕に何の用事が?」
「お願いと言うのは……私も斎藤君と一緒に、東北へ送って欲しいの」
「へ? 一緒に東北って……ちょっと待って……正哉は妹の紗香ちゃんを見守りに行くだけだよ」
ストーカーとも言うけど……
「斎藤君の……彼の役に立ちたいの。お願い……龍脈を使えるのは、龍族だけの特権だから、私には無理なのよ」
そう言って深々と頭を下げる鴻上さんだが、やっぱり色々問題が……女の子だし外泊を親が許すのか……というか、人間としての親が居るのかな?
「鴻上さんの正哉を想う気持ちは分かったけど……人間としての親は、許可出してくれるの? 普通なら人間の女の子に、親が異性同伴の外泊なんて、許可しないと思うけど」
「それは大丈夫ですわ。術で刷り込みを掛けて、娘と思わせているだけですから、外泊も上手く記憶を操って許可してもらいますから」
記憶操作とか、何気に凄い事してるな……
「じゃあ、あと一つ。僕は学園で、正哉が授業に出ているよう見せかける用意をしてきたけど、流石に鴻上さんと正哉の、2人同時の術は無理があるんだ」
短時間であるなら、多人数の光屈折で像を誤魔化す事も可能だろうけど、明日半日もの間、術を続けるとなると……ねぇ
もし、居ないのがバレた場合、親のところへ連絡が行ってしまう
「それなら心配は無用ですわ、私は最初から病欠にしてしまうので、大丈夫ですの」
そうか、正哉と違って問題児じゃないから、先生方も疑わないわな
正哉の場合、前科がありすぎて、サボリじゃないか? と即座に実家へ、電話の確認が行くだろうけど、鴻上さんなら大丈夫か
「ならば、僕に止める理由は無いよ。正哉が何て言うか分からないけど、後は正哉と鴻上さん……二人の問題だからね」
ありがとう、と再び頭を下げる鴻上さんに、中学校の修学旅行日程のコピーを渡すことを伝えて、北校舎の中を、家庭科室へ向かい移動する。
そうか……鴻上さんが弐頭目のオロチかぁ
今まで見てきた、金属バットを曲げるほどの怪力も、納得である。
しかし、好きな人間の為に、元の姿をあきらめるとは……
「愛だねぇ……」
僕は、お昼をだいぶ過ぎてしまった事に気が付き、急いで家庭科室へ向かうと――――――
「遅い!!」
ご立腹の香住ともう一人の料理担当……富島さん? に謝りながら席に着く
「で、どこまで話したっけ?」
「千尋、あんた昨日もミーティング出なかったし、全然話が進んでないじゃない!」
そうでした。
「あの……取り合えず、材料の買い出しは金曜日の夕方で良いと思います。あまり早く仕入れても、新鮮さが失われてしまいますので……」
「じゃあ、昨日サボった僕が材料買い出しに行くよ。富河さん達は必要なモノを紙にでも書き込んで置いて」
「私、富岡……」
「メニューの方は、この間ずいぶん削ったから、これで大丈夫なはず。問題は、ここ北校舎から教室のある南校舎までのタイムラグね。昨日、富城さんと一緒に南校舎までの時間を測ったんだけど、早歩きでも5分以上は掛かるわ」
「だから私、富岡……」
「ということは、注文を受けたメイド女子が注文を持ってくるのに5分、調理に数分、料理を教室まで運ぶのに5分……動きずらいメイド服と言う事も考慮すると、15分以上待たせるのか……」
こればかりは、龍脈移動を使うわけにはいかないしなぁ
「一応私の方で、この家庭科室でカフェが出来ないかを、担任の先生へ相談してみたんだけど……」
「香住のその顔だと、駄目だった?」
「ええ、家庭科室の調理器具は、他のクラスでも使うらしくて……私たちに許可されたのは、この一角のコンロと、他のクラスと共有の大型冷蔵庫とレンジだけよ」
となると、やっぱり南校舎の教室まで運ぶことになるのか……
何か時間短縮の良い方法は無いかと、思案していると――――――
「あの……私から一ついいでしょうか?」
恐る恐る手をあげて、こちらの動向を窺う富長? さん
「「どうぞ」」
僕と香住が同時に促すと――――――
「注文を受けたら、携帯のメールとかで、注文内容を即送ってもらうんです。そうすれば調理時間とメイド女子の移動時間が同時に出来て、待ち時間が少しだけ短縮できます。あと私は富岡です!」
「お、おう……」
名前覚えられなくてゴメンよ、富岡さん。
「それ良いアイデアじゃない! 注文来てから作るより、ずっと短縮できるわ!」
それでも、所要時間は10分か……
でも、これ以上の時間短縮は、調理担当の僕らには、どうにもできない問題だしね。
移動時間は、メイド担当の女子に頑張って貰うしかない。
だからと言って、慌てて走り、料理をぶちまけたりしたら、元も子もないのだ。
その後も、料理のアイデアを出し合いながら、ミーティングをして居ると、時間はあっという間に過ぎた。
「さて、暗くなってきたし。今日はここまでにしましょう」
香住の言葉で、ミーティングは終わる
「ふう、お疲れ~」
「お疲れ様で~す」
そう言って、帰る方向が違う富岡さんと別れたのだが
香住と二人きりで帰るのも、久しぶりな気がする。
ここの処、香住は部活で忙しかったし、僕もオロチや神様関係で色々あって、擦れ違いが多かった為、なかなか一緒に帰れずにいたのだ。
「何だか久しぶりだね。千尋と一緒に帰るの」
「そうだっけ? 1学期は一緒に帰ってたじゃん」
なんだか、わざとらしく、惚けてしまった
「うん……お互い、忙しかったもんね」
かたや人間として、かたや龍として、微妙に違う道へ進んでいるのが、少し寂しい気分になる……
たぶん……香住も同じ気持ちなんだろうな……
何とも言えない、無言の空気を破ったのは――――――
「瑞樹千尋、待って居ましたわ」
「鴻上さんか……どうしたの? バスでも乗り損ねたとか?」
「違うわよ! 旅行の日程表のコピーくれるって約束でしょ」
「あ~あれね。帰りにコンビニでコピーしようと思ってて、まだしてないや」
急に睨みを効かせる鴻上さん。カラーコンタクトで赤い目は隠していても、さすがはオロチ、おっかないわ。蛙が蛇に睨まれて動けなくなるのも、合点がいく
「ちょっと、旅行の日程ってもしかして?」
「そっ、正哉に着いていくんだって」
「ええ!? ちょっと、大丈夫なの?」
さあ? と肩を窄める僕に
「瑞樹千尋! 余計なことを言って、一般人を巻き込んでも責任は取りませんわよ」
そう忠告をする鴻上さん
「鴻上さん。お言葉ですがね、千尋の事はホクロの位置から、染み一つに至るまで知り尽くしているんですから、所謂保護者みたいなものです!」
ちょ!? 何恥ずかしい事を、言ってらっしゃるんですか香住さん!
「私は、タダの人間に関わって貰いたくないだけですわ」
バチバチと火花を散らす二人に挟まれる僕
何で、こうなるかなぁ
でも、香住と二人きりで無言だった時より、少しだけ助かったと思う反面
これから神社まで、このまま険悪ムードで行くと思うと、どっと疲れるのであった。




