2-16 準備はOK
瑞樹千尋たちが北関東に帰った日の夜
K都府某所の晴明の屋敷にて……
晴明のスマホに電話が掛かってくる。
表示には、北関東に行った甥っ子の名前が出ているが、今はそれどころではない
なにせ屋敷の中を、宇迦之御霊神の眷属である霊狐がうろついて居るのだ。
霊的視覚阻害の札で、屋敷中に結界を張っているため
動かずじっとして居れば、狐達にはタダの柱ぐらいにしか、認識されてないと思うのだが……目の前で鼻をヒクヒク動かされると、さすがに気が気ではない。
「あわわわ、こっち来ましたよ晴明様ぁ」
「このアホお玉! 誰のせいだと思っている!」
「わぁ、わぁ、シー、シー。大声上げると、見つかっちゃいますって」
くっ、まさか西園寺の奴が、宇迦之御霊神と繋がりがあったなんて……迂闊であった
神と知り合えるなんて、普通の人間には、まずありえないからだ
こんな事なら、沼田教授のクローン培養ラボ建設中の新アジトへ、早めに引っ越しておけば良かった。
幸い、沼田教授と八月一日助手は、ラボの視察に行っていて留守だったが、まさかこんなに早く屋敷へ霊狐が来るとは思ってもみなかったからだ。
そんな時、一匹の霊狐が足元に着て――――――
「わぁ、霊狐が片足上げてますよ。オシッコじゃないですかね?」
「なんだと!? 冗談じゃない! あっちいけ! シッシッ」
「きっと、視覚阻害の結界のせいで、晴明様が柱に見えてるんだと思いますよ」
狐巫女のお玉の指摘した通り、晴明が柱に見えているのか、此方の嫌がる気持ちも知らず、霊狐が欠伸をしながら、放物線を描き身体を震わせる。
「ぎゃあああ、本当にひっかけやがった!」
「だから、声が大きいですってば」
「いや、これバレてるだろ? 居るの知ってて、嫌がらせしてるぞ絶対」
全部出すものを出し切ると、後ろ足で耳の裏を掻き始める霊狐
そこまでして置いて、此方と目を合わせようとしない。あくまで見えていない振りをしているようにも思えてしまう。
バレていないかも? と言う可能性が少しでも残って居れば、動く訳にはいかないのだから、おとなしく霊狐が過ぎ去るのを待つしかない。
なぜなら、ここで宇迦之御霊神を呼ばれた場合、狐巫女であるお玉は上位神に手出しが出来ず、召喚した加具土命も、己の顕現維持に力を注いでいる状態で、太陽の熱がある昼間なら兎も角、夜では鍋のお湯一つ沸かせるか、分かったものじゃ無い
宇迦之御霊神が、戦の神では無いにせよ、相手が神である事には変わらない。晴明自身の陰陽術が、どまで通じるか……いや、おそらく通じないだろう
まさに、戦力差がありすぎて、お話にならないのだ。
さきほど霊狐に掛けられた放尿が気持ち悪く、片足がグショ濡れなので、早く着替えたいのだが――――――
そんな晴明の気も知れず、霊狐が目の前で丸まり、眠ろうとしている
おのれ~、西園寺め。こんな辱めを受けようとは……
そんな時、再度スマホがブルブル震え着信を告げる
「また甥っ子か、もういい加減面倒くさいわ!」
あれほど瑞樹千尋に手を出すなと言ったのに、また失敗の報告であろう
頭にきて電源を切り、霊狐との我慢比べに戻る
早くどっか行けと願いながら、霊狐が飽きて何処かへ去ってしまう朝方まで、不毛な戦いは続くのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方……晴明達が霊狐と不毛な我慢比べをしていた夜が明けた、北関東の瑞樹神社では……
朝から食卓が賑わいを見せていた。
子狐ちゃんズが葉っぱを頭にのせて、人間の子供に化けたのだが、まだ変化の術が未熟なせいか、耳と尻尾が出っ放しである
「う~む。まだまだ修行が足らんのぅ」
淤加美様の厳しいお言葉ではあるが、これはこれで可愛くてアリだと思いますよ。
だいたい、僕も尻尾がしまえないので、子狐達の事をとやかく言えないものね
あまり人間に化け慣れてないのか、お箸が上手く使えらしく、度々オカズを落としてしまうが、そこも可愛いので許してしまう。
「ねえ、フォーク持ってこようか?」
僕がそう提案するも
「いい! お箸が使えないと、人間に狐だとバレちゃうし」
「そうそう、早くハッコ様みたいに、完璧に化けれるよう頑張んないと」
そう言って、コンタとコンペイが強がりながら、一生懸命お箸を使おうとしている
いやいやいや、子供なら上手く使えなくも、オカシイと思わないって……そもそも、耳出ちゃってるし、尻尾モフモフだし
でも、強がってる姿も可愛いので、無理には止めない。
「お邪魔しま~す」
この声は香住?
「あれ? もう登校の時間……には早いし、どうしたの?」
「決まってるじゃない! お狐ちゃんズを抱っこしに来たのよ」
それだけで、いつもより30分以上も早く来るんですか貴女は……
可愛いという気持ちは分かるけどね
香住は、コンタだかコンペイだか……いまだに分からないけど。その片方を膝に乗せて、食卓のオカズを口に放り込んでやってる
それを見た神使の桔梗さんが、自分もやりたいと、残った子狐を膝に乗せて、香住の真似をするのだが
くっ、出遅れた! 子狐ちゃんズを両方取られたか……
僕の隣に居たセイが、それを見て妬いたのか――――――
「千尋、俺にも……ほれ」
口を開けて寝っ転がるが、可愛げもへったくれもない。
「よし、納豆と熱々の大根、どっちが良い?」
「……なぁ千尋、その2択しかないのか?」
「んもう~、仕方がないなぁ……選択肢に、熱々の油揚げ入り味噌汁も追加してやる」
「なんでネバネバか、熱々かの2択なんだよ!」
「なんでって、朝食の献立なんだから、仕方がないだろ! あとは焼き鮭と目玉焼きぐらいしか、無いしなぁ……」
「じゃあ鮭にしてくれよ。 て、まんま1匹よこすんかい!」
「だって、ほぐすの面倒だし」
「じゃあ、目玉焼きで良いわ」
「マヨネーズとケチャップ、どっちが良い?」
「醤油じゃねーのかよ!」
「いや、普段和食に食い飽きたって言うからさ。洋風っぽく、マヨかケチャにしてやろうかと……あっ、両方混ぜてオーロラソースにする?」
「いらんわ! もうええわ! 自分で食う」
まったく、最初からそうしろよな
朝食が終わり歯を磨いていると、セイも隣で歯を磨きだす。
「あれ? 今日も一緒に来るの?」
「うむ、昨日のすかした野郎がどんな顔をするか、見てみたくてな」
あ~、それがあったんだ。セイの奴、僕の姿でやらかしたんだから、どんな噂になっていることやら……それを考えると正直気が重い
「はぁ……来るのは良いけど、見つからないようにね、あと悪戯はすんなよ」
「了解だ!」
嬉しそうに歯を磨く、セイの頬についたご飯粒を見つけたので――――――
「セイ、ちょっと屈んで……」
手でジェスチャーを入れながら、屈むように言うと、頬っぺたに着いた、ご飯粒を口で取ってやる。
一応、龍神は五穀豊穣の神なんだから、ご飯粒1つでも勿体無い事はしないのだ。
頬のご飯粒を取られ、きょとんとしているセイが
「千尋、もう一回キスして」
「キスじゃないから、ご飯粒とっただけだからね!」
「じゃあ、もう一回つけてくる……」
「止めろよ! 勿体無い事はするなよな!」
セイのアホな行動を止めた後、鞄を持って玄関へ向かう、もちろん子狐達に未練たらたらの香住を引き摺りながら……
なんか、いつもの香住と立場が逆なので新鮮だ。
子狐ちゃんズは、連絡が来ないと出番が無いので、婆ちゃんや桔梗さん達と一緒に留守番である
宇迦之御霊様から連絡が着たら、居間でゲーム中の淤加美様の念話か、桔梗さんがスマホで連絡くれるので大丈夫だろう。
小さくなったセイを頭の上に乗せ、毎度の事ながら学園への道をダッシュする。
「もう、毎回どうして走って登校になるのよ」
走り出して開口一番に、香住が文句を垂れる
「今日は僕のせいじゃないからね! 香住がコンペイに夢中で、なかなか神社を出ようとしないのが悪いんでしょうに」
「私が抱っこしたのは、コンタだよ!」
分かんないってば! どうして皆見分けがつくんだろう……不思議で仕方がない
そんな会話も、走りながら普通に出来るようになってるのだから、慣れと言うものは恐ろしいものだ。
僕達はいつもの様に、遅刻ギリギリに飛び込むと、正哉の実験のために教室へ向かう
そう、明日から正哉の奴が、セイと一緒に東北へ行く事になる為、今日は幻影の術(光屈折)の最終調整をしなければならないのだ。
試しに本物の正哉には、掃除用具入れに隠れていてもらい。
スマホの画像を出して、空気中の水分を操り光を屈折させ。恰も其処に正哉が居る様、幻像を創り出す。
そのまま1時間……教諭の目を誤魔化せれば、とりあえず合格だ。
あまりに同じ格好のままだと不自然なので、数分置きにスライドショーの設定をし、写真を変える
どうやら上手くいっている。そう思ったとき――――――
画像が、正哉の妹の紗香ちゃんに変わったのだ
うあ! ヤベエ!!
あのシスコン正哉!! 何で紗香ちゃんの写真も一緒に入れとくんだよ!!
フォルダ分けぐらいして置けよな
咄嗟に、光屈折の術を解き幻像を消す
紗香ちゃんの姿が消えると同時に、教諭が振り返ったので、間一髪だ。
「おや? 斎藤君はどこに行った?」
「先生、斎藤君なら先ほどお腹が痛いと言って、トイレに行きましたよ」
そう鴻上さんが、フォローを入れてくれる
大好きな正哉の為なら、協力するって事なのかな
「そうですか……出来れば一言断ってから行ってほしいものですね」
そう肩を窄めながら、授業を再開する教諭
マジで、あぶなかった……
ふうっと安堵の溜息をつき、胸を撫でおろす
やがて、チャイムが鳴り、授業が終わると、掃除用具入れのロッカーから正哉が出てきて
「危なかったな」
「危なかったじゃねーし!! 中学生の紗香ちゃんが、ここ……学園の高等部に居たら、流石におかしいだろ!!」
「いやぁ、ゴメンゴメン。昨日あまりに紗香が可愛くて、1枚写真を撮ったのをすっかり忘れていたわ」
このシスコンめ……
「撮ったらフォルダ分けぐらいして置けよな」
「そうして置くよ」
僕からスマホを受け取ると、フォルダ分けをしている正哉に
「もう少し、変わったポーズも欲しいな、あまりに同じポーズだとバレそうだし」
「よし! これでどうだ?」
椅子の上に片足を載せて、格好を決める正哉
「お前さ……そんな船のロープを結ぶ、波止場の『ボラード』の上に足を乗せた、船乗りみたいなポーズで、教諭が気が付かないとでも思うのか?」
「渋いだろ?」
「昭和の歌手じゃないんだから……そんなの僕らの歳で、誰も分かんないってば! もう、いいから。座ってノートに字を書いている振りをしろ!」
何枚か写真を追加する
その後も、調整に調整を重ね、4時限目が終わる頃には、どうにか形になった。
「結局、昨日の小僧は現れなかったな」
香住が多めに作ってくれた、お昼ご飯を頬張りながら、セイが愚痴を垂れる
「小僧? もしかして、転校してきた有村君の事?」
魔法瓶からお茶を注いでくれた香住が、オウム返しで聞いてくる
というか、有村……そんな名前だっけ? 僕は、体育館の騒ぎ以来見てないから、すっかり忘れていたわさ
「そそ、その有村とかいう小僧の顔を拝みに来てやったのだが……いまだに見てないからツマランぞ!」
自分が失禁させた相手の顔を見に来るなんて、あまり良い趣味じゃないよな
そもそも、ドラゴンに食われそうになったんだから、当分近寄ってこないだろ
「有村君なら、今日は休みだそうよ。さっき職員室へ、文化祭の家庭科室使用許可を届けに行ったら、騒ぎになってたし」
「騒ぎ? 何かあったの?」
「それがね、病欠の理由が支離滅裂なんだって、ドラゴンが怖いとか何とか……」
僕と香住の視線が、弁当を頬張るセイへと集中する。
「なんだ、休みか……今日はもっと驚かしてやろうと思ってたのに……」
セイ……どう考えても、お前のせいじゃん!
「先生方は、ゲームのやりすぎじゃないか? と話していたわよ」
まあ、学校に出てこられて、僕が龍だ! なんて変な噂立てられるより良いけどさ
ちょっと、気の毒である
午後は、文化祭の用意になる為、授業は午前中で終わりなので、正哉が帰って東北行きの用意をすると言って、学園を抜け出した。
もちろん、セイが目当てにしていた有村君が居ないので、セイも正哉と一緒に帰ったのだが、何しに来たんだアイツら……
寝袋やら着替えやらを持って、夜にウチへ来ると言っていたが、明日の朝に出ればいいのに……
中学校のバスだって、明日の朝出発なんだし
まあ、正哉とは長い付き合いであるが、重症のシスコン度が、斜め上にぶっ飛んでいるため、紗香ちゃん絡みだと、正直行動が読めん。
僕も一緒に帰りたいところだが、流石に3人しかいない料理担当が、打ち合わせに出て行かないわけにはいかず
昨日も出なかったのに、今日も打ち合わせに出ないと、香住に尻尾持たれて、バターになるまで回され兼ねないので、今日ばかりは大人しく打ち合わせに出なくては
そう思っていると――――――
「瑞樹千尋! 少しお時間貰えるかしら」
「鴻上さん? 珍しいね。正哉が居ないのに、僕に話しかけるなんて」
「そう構えなくても良いわよ……今日は別に敵意はないから」
確かに、今のところ殺気はないが……急にキレるから怖いんだよなぁ
鴻上さんは、ここでは話しにくいからと、場所を変える様言ってくる
僕はいつでも逃げれるよう、多めに距離を取って後をついていくが、人気のない処で、ボコボコにされないか、不安で仕方がない。
淤加美様でもいれば、人間に畏れるとは、それでも龍神か! と怒られそうだが、鴻上さん……人間とは思えないぐらい、力があるんだもの
北校舎の、使われていない埃まみれの、教室に入って行く鴻上さん
鬼が出るか……蛇が出るか……
僕は勇気を振り絞り、鴻上さんの入った教室へ、足を踏み入れるのだった。




