2-15 新たな同居人
時刻は昼下がり、北関東の瑞樹神社の裏手に龍脈を開く。
「なんだか、中途半端な時間に帰ってきましたね」
「ふん。妾は宇迦の顔を見なくて済むので、清々したわ」
そう言う淤加美様は、いつもの小さい姿である、省エネモードに戻っていて、フヨフヨと飛んでウチに入って行く
最初から見栄を張らずに、小さいままで良いのにね。
さて、僕はどうしようか……
今から学園に行っても、着くころには帰りのホームルームに出るだけと言う、中途半端な時間である
何より、制服をセイが着て行ってしまった為、冬服しか無いのだ
夏服があったとしても、セイと、どうやって入れ替わるかが問題だし、そんな苦労をするぐらいなら、残りの時間もセイに任せてしまおう。
問題は、ちゃんと僕を演じているか……
それが一番の心配事だ。
僕がセイの事を心配していると――――――
「ここが北関東かぁ」
「初めて来たな!」
2匹の子狐が足元から出てきた。
「ちょ!? コンタとコンペイ? 着いてきちゃったの!?」
千本鳥居で僕に狐火を放って来て、術反射が発動し尻尾が焦げた2匹である
「世話になるぜ龍の姉ちゃん」
「オレらは連絡係で着いてきたんだ」
「連絡係?」
「そう! お狐ネットワークがあるから。日本中の霊狐と繋がることが出来るんだぜ」
それって凄いじゃん!
普通、念話は飛ばせても、数キロぐらいが限界で(霊の力場や人工の遮蔽物の有無でも変わる)、周波数の合う眷族同志でも、隣町ぐらいが限界なのだ
そういう意味では、スマホの方が優れていると言えよう。
だが、子狐達の話によると、洞窟の奥や山など遮蔽物すら関係なく、日本中の霊狐と繋がれると言うのだから、お狐ネットワークはスマホと同等以上の通信網を持つことになる
霊狐の数も稲荷神社と同じ数だけ居るとしたら、ほぼ全域にネットワークがあると言っても過言ではないからだ
なぜなら、コンビニ550万強の店舗数より多い、660万強ぐらいの神社数を誇るのだから、稲荷神社は日本最多の神社数である。
しかし、そうなると。今日の夕飯は淤加美様との約束である揚げ芋の他に、お揚げも用意することになるな
ちょうどいいや、これから買い物に行くか……
僕は神社の表に回ると、中型犬サイズに成っている狼の荒神であるハロちゃんに、2匹の子狐を紹介する
「というより、ハロちゃん。また一回り小さくなってない?」
『うむ。小さい方が、人間の子供達に好かれるのでな。お菓子とか色々もらえてお得なのだ』
お~い。狼の野生はどうした?
すっかり牙を抜かれちゃって……貴方、狼の荒神ですよ、荒魂無くなって和魂になってませんか?
「そうそう、神社の門番たるハロちゃんに、敵じゃないって紹介しておかないと……」
『ん? そこの子狐の事か?』
「えっと、コンタとコンペイの子狐ちゃんズです」
「ちげえよ、オレがコンペイ! あっちがコンタ」
ゴメンよぉ、はっきり言って、見分けがつかないや……
『ほう、千尋殿。また変なのを拾ってきたのか?』
「変なのとは何だ! この馬鹿犬」
あ~もしもし、あまり過激なことは言わない方が……そんな姿だけど荒神だからね
それも、犬じゃなく狼だから、食われても知らないぞ
『ふむ。我はハロだ。よろしくな』
「およ? 怒るかと思ったけど、落ち着いているんだね」
『子供相手に怒っても仕方あるまい』
えらい!! 直ぐに子供の喧嘩を始める、どこかの古神達に見せてやりたい
だが、そんなハロちゃんの優しい気持ちも知らず、さらに蹴りを入れる子狐ちゃんズ
「この馬鹿犬! 何とか言ってみろ!」
「俺たちに、畏れをなしたか!」
ポカッポカッと子狐が蹴りを入れたり、足で砂を掛けたりしている
もうそれは、怒って良いんじゃないかな?
僕がそう思っていると――――――
『そうそう、千尋殿に相談があったのだ。最近、背中を刺すハエが五月蠅くてな』
「それハエじゃないよ。刺すのは虻とか蚋だよ、きっと」
そう話している傍から、虻が飛んでくる。神社は半分山の中みたいなモノだから、余計に飛んで来るわな
僕らの周りをブンブン飛び回る虻に、だんだん苛立ちを覚えたハロちゃんが大きく口を開ける
あっ! これは炎のブレスだ。
僕は咄嗟にしゃがみ込んで、ブレスに巻き込まれないようにすると、僕の頭上を通り越した炎の塊が天を焦がす
その炎に巻き込まれた虻が、灰すら残さずに消え去るのを見届けると
『こやつ等、何処から湧くのか……いくら焼いても、次から次へとやって来るのでな』
「う~ん。確かに9月は多くなるよね。なにか虻除けを考えてみるよ」
神社を燃やされる前に、何とかせねば……
早めに頼む! とお願いするハロちゃんの横で、子狐ちゃんズが――――――――お漏らししていた。
「あわわわ……」
「い、犬が炎を吐いた……」
だから犬じゃないってば、そもそも犬は喋りません。
でも、図らずとも効果があったみたいで、子狐ちゃんズは2度とハロちゃんを馬鹿にする事はなかった
主従関係がハッキリして、良かったんじゃないかな
粗相をした子狐ちゃんズのお尻を洗ってあげてから、社務所の婆ちゃんと神使の桔梗さんにも紹介して置く
モフモフが気に入ったのか、膝の上にのせて撫でているので、二人に子狐ちゃんズを任せて――――
「今から学園行ってもっ仕方ないから、夕ご飯の買いだしに行ってくるね。何か必要なモノある?」
「買い物でしたら私が……」
「いや、大丈夫だよ。ホームセンターで虻除けを見てきたいし。子狐ちゃんズの油揚げも買ってこないとね」
『妾の揚げ芋も忘れるなぁ~』
淤加美様から念話が飛んでくる。どこで聞いてるのやら……
ハイハイと返事をして置いてから、石段を下りて歩道を歩いて街へ向かっていると、ドッドッドッと凄いエンジン音がしてくる
振り返ると、大型のアメリカンスタイルのバイクに跨った、オロチの壱頭目である壱郎君がヘルメット被ってそこに居た。
「よう! メス龍じゃねーか。学業さぼってお出かけか?」
「まあ、色々あってね。それよりバイクどうしたんだよ」
「ふふん。じゃーん! ついに免許を取ったのだ」
そう言って、懐から免許書を出して見せてくる
「うあ、マジで取ってるし。それじゃあ、バイクも新車で?」
「おう。いくつもバイトを掛け持ちしただけはあってな、念願のバイクを手に入れたんだ。今はエンジンの慣らし運転中だ」
元々、ずば抜けたオロチの体力を使って、掛け持ちのバイトに、バイクの趣味。現代の日本を満喫しているなぁ。
しかし、お前もう自分の心臓を探す気は無いだろ……
何はともあれ、この生活力は見習いたいものだ。
「最近見ないと思ったら、免許取ってたのね」
「なかなか難しかったぜ、技能試験は楽なんだが、あの学科試験……意地悪な問題ばっかでよ。結構引っ掛かって3度も落ちた」
「僕はまだ学生だから分からないけど、そんなに難しいんだ?」
「ああ。信号は青だと進めるって言うけどさ、大体信号の『青』ってのが分からん! 『緑』だろ? あれ」
確かに、実際『緑』だけど『青』って言うよね
外国人が日本に着て、やっぱり不思議に思うらしい
昔から住んでる日本人には、当たり前の様に『青』と言っているので、改めて指摘されないと不思議に思わないわな。
「僕らは小さい頃から信号は、青、黄、赤って教わるからね」
「ちゃんと、緑、黄、赤って言えよな。紛らわしい」
「でもそこは、日本独特の感覚で、春とか夏の山なんか表現するのに『青々と茂った』とか言うからねえ」
「確かに、『緑々』とは言わねーわな」
ちょっと納得したように頷く壱郎君
「まあ何はともあれ、気を付けて乗りなよ。安全第一で」
「おう。慣らしがてらに、江戸幕府とやらを築いた人間が祀られた場所を見に行ってくるわ」
「となると、日光か。9月下旬だし紅葉にはまだ早いけど、楽しんでおいでよ」
午後のこの時間から行ったのでは、中まで入って参拝できないかもだけど……
どうせ、神話のオロチである壱郎君の事だ。甲斐甲斐しく神社を参拝しないで、外から見て来るだけだろうけどね
「帰りに、東回りで餃子買ってくる。この間ラーメン屋で食ったら、なかなか美味かったからな」
壱郎君はそう言って、馬を駆るように『はいよ~』と掛け声をかけ、アクセルを吹かし
ドドドドと低い音を立てながら走り去っていく
カウボーイか!!
でも、結構様になってるでやんの
あれが、神話のおっかないオロチとは……誰も思わないだろうな
しかし、すっかりアメリカンにかぶれたな、ロシア帰りのオロチの癖に……
僕は壱郎君の背中が、遠くに見えなくなるのを確認してから、ホームセンターへ歩きだす。
まずは虻除けか……どうやらミント成分が効くらしい
ここで失敗する人は、ミントの種を買って帰って植えるのだろうが……
ミントと言う奴は、すべてを覆いつくす繁殖力を持つため。少量でも植えると、翌年には神社全体……
さらに翌年には、近所の田畑まで侵食するという危険な超繁殖生物なのだ。
ハーブティーにしても、飲みきれないっちゅうの
やはりここは、自分で植えて作ろうとせず、既製品の虫除けを買うのがベストだな
大型複合店舗なので、食料品も買ってしまおうと、これも、あれもと買っているうちに凄い量になってしまった
マズイ……持ちきれない
こんな人通りが多いホームセンターの駐車場で、龍脈を開くわけにもいかず、どうしたらいいかと途方に暮れる
そうか! 子狐ちゃんズとの話で言っていた、念話の話を思い出す
同じ眷族なら、隣町までギリギリ念話が届くと
眷族……つまり『龍族』で、誰か……淤加美様じゃ飛んでて目立つし、あとはセイか……セイの居る学園までギリギリかな? 時間もちょうど3時半回ったし、帰る用意しているだろう
距離を伸ばすため、念話を龍族限定の周波数にして、言葉を送る。
『セイ……』
『……千……か……』
どうも、念話が途切れ途切れで、感度がいまいちだ
仕方がない、長い言い回しだと途切れ途切れに聞こえて意味不明になるから、分かりやすく短い、最低限の言葉だけを繰り返すか……
『助けて……助けて……』
すると、駐車場の一角に龍脈の光の柱が上がる。
「アホか!! 人目があって龍脈使えないから助けを呼んだのに、お前が使ってどうするんだよ!!」
「お、おう。助けてって言うから、何事かと思って駆け付けたら、開口一番『アホ』とか分けわからんな」
「だいたい、僕の姿のままじゃん! 双子に思われちゃうだろ」
「いや、元に戻ってもいいが、スカートのまま雄に戻る事になるぞ、おそらく肩幅とか広がるから、制服の上着が破けると思うのだが……良いのか?」
良くねーし! そんな一子相伝の拳法の使い手みたいに、服を破かれても困るわ!
「それ破けたら、明日から何着て学園通えばいいんだよ」
「男子の制服?」
それが着れたら苦労はしねぇ
龍の尻尾のせいで、ズボンが穿けないんだもの……
「もう良いから、はい。これ持って」
「凄い量だな……むぐ」
セイの口に、焼き立ての大判焼き(回転焼きとも言う)を突っ込んでやると、自分の荷物を持って歩きだす
すぐさま、横に並んで歩きだすセイだが、はたから見たら双子のように見えるだろう
「学園でちゃんと僕を演じられたの?」
「ほふはほ、あはひはへは」
「そんなの、当たり前だって? 食ってから喋れよ」
『両手が塞がってるのに、無茶言うな。ただでさえ、千尋の口は小さくて、一口で食えんのに』
お、念話に切り替えたな
「ちゃんと演じられたのなら問題ないや、お疲れ様」
『あの魅了の術を使う……何とかって言う……すかした野郎、アイツのお漏らし……見せたかったぜ』
「おまっ!? 何やったんだよ!?」
『だいたい、姿は千尋でも、中身は雄龍である俺様に、雌限定の魅了が効くかっての』
「ちょ……内容聞くのが怖いんですけど」
『あんまりにも、しつこく着いて来ては、魅了の術を連発するのでな。人目のない北校舎に誘導して……』
「お前……まさか……いけない事を……」
『頭部だけ龍の姿に戻して、齧り付く真似をしたら、あいつ失禁して気を失いやがった。軟弱な奴め!』
「どアホ! 普通の人間なら、卒倒するのも当たり前だ!」
日本最大の肉食動物である、熊でさえも恐れて逃げだすドラゴンが、大口開けて自分を食おうとしてるなんて、誰でも失禁するわ!
『ふん。もっと大剣とか振り回して応戦してくると思いきや、拍子抜けだぞ』
「大剣振り回すとか、どこのハンターだよ! 噂に成ったら狩られるからヤメレ」
たった1日、セイに任せただけでこれだよ……
学園で、変な噂になってなきゃ良いなぁ
幸い、体育の授業が無かったので、着替えを覗くとかの騒ぎは無かったらしいが、お目付け役を頼んだ香住の苦労が目に浮かぶ
しばらく、他愛のない会話をしながら、神社近くまで来ると、香住が遠くから走って来るのが、見てとれた
「あ~、元龍神さ……じゃなかった。セイさん! 何処へ行っちゃったかと思ったら、二人で買い食いしてる」
「はふいはふい。ふひぃほひほはへれは」
「悪い悪い、千尋に呼ばれてな。だってさ」
香住は人間なので、念話が出来ないから、仕方なく僕が通訳する
「もう、鞄も持たずにどっか行っちゃうんだもの……びっくりしちゃった。私の分は?」
「あいよ。みんなの分も買って来たから、ウチでゆっくり食べればいいのに」
「それはそれ、これはこれ。う~ん。甘くておいしい。それに、お土産の京菓子買って来たんでしょ?」
ちっ、覚えていたか……
「ちゃんと、餡入りの他に、イチゴ味とメロン味も買ってきました」
早く帰ろうという、淤加美様を宥めながら、菓子店回って来たんだぞ
「それにしても、凄い袋の数。何買ったか知らないけど、沢山買ったのね……」
そう言いながら、ガサガサと袋をあさる香住
「まあね、同居人? いや、同居狐が増えたから、物入りでね」
「狐? 狐が居るの?」
「その辺は、帰ってから皆の前で話すよ。ちっちゃい子狐ちゃんズの紹介もしたいし」
『千尋、お前また雄を連れ込んで……』
『馬鹿! 雄もなにも、相手はまだ子供だぞ』
念話で文句を返すが――――――
「ほはほんへ」
ショタコンめ! だって? うるさいよ。
香住は袋を漁るのを止めて
「それで、子供用の御茶碗買って来たんだ。納得」
「今は婆ちゃんと、桔梗さんが膝の上に置いて、社務所に居るはず」
「私先行って見てくるね」
そう言って、石段をダッシュで駆け上がる香住
と――――――しゃがんで、香住のパンツを見ようとするセイ
「お前な……僕の姿でそう言うことするの止めてくんない? 僕が変質者みたいじゃんか」
『ふん。雄を引きりなしに連れ込む、そのお返しだ』
こいつは……自分がパンツ見たいだけの欲望を、僕のせいだと申しますか?
「お前の京菓子は没収だな」
『え? ちょっと。俺にも食わせろよ』
「その前に、その口に咥えた大判焼きを、食べちゃえよな」
そう言い捨てて、僕も駆け足で香住の後を追う。
『一番重いの持たせといて、そりゃないよ』
僕の後を追うセイが、泣きごとを言いながら着いてくる。
そんな他愛無い一日が、数日後の東北行きで、大変な事態になろうとは、今の僕達には、知る由もなかった。




