2-12 宇迦之御霊神 ウカノミタマノカミ
僕たちが、ハッコと呼ばれた白い狐に着いて行くと、だんだん人の気配がするよになったので、異界化していた部分を抜けたようだ。
そのまま進んでいくと、やがて、あっさりと千本鳥居を抜け、広く開けた場所に出る事が出来た。
今までずっと抜けられずに、鳥居の中をループしていたのが、嘘のようである。
なるほど、これが俗に言う『狐に化かされた』というやつか
『龍眼』が無ければ、今でも千本鳥居の中を彷徨って居たかもしれないと思うと、見た目の派手さは無いが、結構えげつない術だ
僕の反射が発動して、術返しにならなかったのは、僕に直接幻術を掛けたのではなく、空間に掛けたからだと淤加美様が言っていた
だから鳥居の中が異界化していたのね。納得
「若き龍神よ、もう少し上るぞ」
「大丈夫ですよ。僕は北関東の山育ちだから、脚力に自信あるんだ」
「うむ。若い者はそうでなくてはな、妾は千尋の中で休ませてもらうぞ。案内はそのキツネが居れば十分じゃろ」
あ、淤加美様ずっこい。
僕が文句を言うより早く、スーっと消える淤加美様だが、よく考えたら普段も飛んでるだけだし、居ても居なくも同じかな?
「しかし、参道の途中に、お茶屋さんがあるのには吃驚です」
「御山全体が霊山になっているのでな、龍も祀られておるのだぞ」
「そうなんですか!? お狐様だけかと思った」
『まあ、若い千尋が知らないのも無理はあるまい、ここの御山自体が神社庁から独立した神域だからな、伊勢神宮と同じく、天照大御神の直系じゃ』
そう念話で、淤加美様が話してくる
あ~、天照様の……また龍神就任の挨拶に行った時の事思い出しちゃったよ
あのお方は男神にもなるから、貞操の危険を感じるし……
「ここの伏見の御山を守っているのが、地龍と天龍の2柱で、天照大御神の神使として降臨されており、伏見神寳神社には龍頭大神も祀られておる」
ほえ~。それで同族の氣があるのか、納得です
人と何度もすれ違うが、先導する白い狐は見えていないようだ。他にもいっぱい狐が居るのに、見えないんだろうな、デジカメ持ってる人間達が素通りだもの
面白いのは、ぶつからないんだよ。
どういう加減だか知らないけど、通行人の足と足の間をすり抜けていく、気を使って避けて居る訳じゃないのに、不思議な光景だ
僕なんか、何度も尻尾を踏まれて涙目なんですよ……トホホ
そんな時、おそらく参拝者であろう女性の3人組に声を掛けられる。
「あの、巫女の方ですか? 近くにトイレありませんか?」
「あ、えっと……僕は遣いで来ているだけで、ここの巫女じゃないんです、すみません」
どうやら、僕が巫女装束でいるので、助勤の巫女さんと勘違いされたらしい
神社に来るのだからと、わざわざ巫女装束で来たのが裏目に出たか
こんな事なら私服で来ればよかった
そう思いながら、白い狐の神使の後を追うと――――――
「淤加美様、見て見て。絵馬がキツネ型だよ。可愛い」
『ええい、燥ぐでない。恥ずかしいわ! 絵馬なら、ウチでも扱っておるではないか』
「でも、キツネ型ですよ? 発想が凄いなぁ、可愛いなぁ」
『ならば、ウチの絵馬も龍型にすればよかろう』
龍型の絵馬か……威厳はありそうだけど、可愛くなさそう
「あ、こっちは龍のおみくじ! 龍の置物の中に、おみくじが入ってるんだって!」
なんだ、龍でも可愛いのあるんだ。
「まったく、お主は本当に龍神か? 角と尻尾が無ければ、ただの観光者ではないか」
先導のハッコが振り向いて呆れ顔でそう言うと、淤加美様まで話題に乗っかって
『ほれ見よ、狐に呆れられておるぞ。そもそも、お主は願いを聞いてやる方じゃろう?』
「そうは言われても、ねぇ……」
まだ就任して半年も経って無いのに、僕にどうしろと?
でもまあ、自分が新米の龍神だってこと、すぐに忘れちゃうんだよ。いやはや自覚が足らん! とまた怒られちゃうから言わないけどね
「休憩が済んだら、急ぐぞ。宇迦様がお待ちかねだ」
僕は足元にくっ付いて来ている、焦げた尻尾の2匹の狐を抱き上げると、再度白い狐の後を追う
「可哀そうな事をしちゃったお詫びに運んであげる」
2匹は顔を見合わせると、仕方ない運ばれてやると憎まれ口を叩くが、そこがまた可愛い
やがて山頂の文字が見えるが、そこには行かず、裏手の方に回っていく
「あっちじゃないの?」
「向こうは人間の参拝用で、神様はこっちなんよ。なーんも知らねんだな龍の姉ちゃん」
コンタだかコンペイだか見分けがつかないけど、片方の狐がそう言う。
本当の神様は、本殿に居ない。ウチの裏手にある、滝の洞窟みたいなものか
まあ、最近セイは洞窟に住んでないけどね、電気が無いとアニメもネットも出来ないから……
あれ? 待てよ……洞窟に住むべきは、龍神になった僕の方なのか?
やだなぁ、ジメジメしてるし。氣だけは充実してるけど、さすがにねえ
服とかカビが生えそうだし
そんなことを思いながら、草木を掻き分け進んでいくと、急に開けた場所に出る
そこには、平の大岩の上に、ものすごく綺麗な銀髪の女性が、岩を椅子にし其処へ腰掛けてお茶を啜っていた。
見た目は20代半から後半ぐらい。髪は腰まで届く程の長い女性で、銀髪は三つ編みにされて、耳は狐耳ではなく普通の耳であった。正に優雅な京美人って言うのかな?
まあ歳の方は、ウチの淤加美様と同様に古神である以上、見た目で歳は測れないので、僕個人の心象に過ぎないけどね
白狐のハッコが、岩に腰かけた女性の足元で振り返ると
「こちらの御方が、宇迦之御霊神様である」
そう紹介してくれた。
古事記では、『宇迦之御霊神』、日本書紀では『倉稲魂命』と書かれている。五穀豊穣、穀物の神様なのだ。
「よう来ましたなぁ、其方が新しい龍神かや?」
「はい、瑞樹千尋と申します。どうかお見知りおきを」
「ふふっ、そうかたくならずとも好い。同じ神族ではないか」
いやいやいや、日本神話に出てくる古神様と一緒に括られても、困るんですけど
僕なんか、半年も経たない新参者ですから
そんな時、僕の抱いた狐らが、腕の間から飛び降りて宇迦様に擦り寄る
その狐の尻尾を宇迦様が撫でてやると、元通りのフサフサに戻ったのだ。
「すごい!! モフモフが戻った!!」
「この子らは、まだ若い子狐ゆえ、相手の技量が分からぬのじゃ。許してたもれ」
「あ、いえ、此方こそすみません。反射は僕の意思に関係なく常時発動なもので……」
「ふふ、本当におかしな龍神様じゃのぅ、ところで、淤加美の奴は一緒ではないのかぇ?」
「妾なら、此処に居るわ!」
そう言って僕の中から姿を現す淤加美様
「ぷー、あははははは。なんじゃその珍竹林な姿は!」
「ええい! 笑うでないわ!! 妾が3頭身半なのは、宿主の千尋に負担がかからぬよう、省エネモードじゃからだ!! 本物はもっとバインバインじゃぞ!」
バインバインって……いつの言葉ですか? まあ古い方々だけどさ。それと、微妙に頭身のサバ読んでるし
「僕にとっては、淤加美様のこの姿が普通なんですけど……気を使われてたんですね」
「当たり前じゃ! 貴船に祀られてる妾は、もっとこう……ええい! 宇迦よ。笑いすぎじゃ!!」
息を吸うのを忘れるほど、笑い転げる宇迦之御霊様が、腰掛けてた岩から転げ落ちる。更に、笑いが止まらず、窒息しそうなほどに、ゼエゼエ言いながらも、まだ笑っている
「あったま来たぞ! 妾の真の姿を見せてやる!!」
え!? まさか巨大な龍になるつもりじゃ!?
「ちょっ! 淤加美様、落ち着いて!」
僕が止めに入るよりも早く、淤加美様の身体が輝きだすと、頭身が伸びていく
そして――――――――――――
「どうじゃ! 妾の真の姿は」
淤加美様は、見た目でいうと20代半から後半ぐらいの美しい女性の姿になっていた
丁度、宇迦之御霊様の銀髪を、そのまま金髪にしたような感じだが、頭には立派な龍の角が生えているので、龍神だとすぐに分かる
「はー、はー、こんなに笑ろうたのは久しぶりじゃ」
岩の向こうに転がり落ちた宇迦様が、岩に掴まりながら吐き出して酸欠寸前だった酸素を、ゼエゼエ言いながら取り戻そうとしていた。
「なんか、僕の知る淤加美様じゃない……」
「こっちが真の姿じゃと言うておろう。因みに、これは高淤加美(光)の姿じゃ。闇淤加美(闇)だと金髪が黒髪になる」
「でもやっぱり、淤加美様は3頭身の方が……」
「うむ、千尋殿の言う通りじゃ、珍竹林の姿がお似合いじゃ」
「おのれ~、宇迦だって胸盛って居るじゃろ!? 千尋に負けたくないからって、見栄を張りおって……この見栄っ張りめ!!」
「見栄を張って居るのは淤加美の方じゃろ? 前に逢ったときは、そこまで大きくなかったはずじゃ」
「前っていつじゃ? 何時何分何秒前?」
「そんなん、忘れたわ!! 阿呆」
おいおい、子供の喧嘩みたいになってきたぞ
もっと、古神様達なんですから、威厳を持ってください
そこへ――――――――――――
「宇迦様、お茶が入りました」
白髪の和服の男がお茶を持ってきてくれた
「おお、ハッコよ。こっちの淤加美には、う~んと熱した熱湯で入れてやるのじゃ」
「お戯れを……どうぞ、宇治茶です」
「今ハッコって……もしかして、僕達を案内してくれた白い狐?」
「左様。神使のハッコだ。普段は狐の姿だが、こういった茶を淹れるような細かい作業は、狐の手より人間に化けた方が、やり易いからな」
すげえイケメン。なるほど、この姿なら低い声も頷ける
やはり、他の古神同様20代半ばぐらいの青年の姿で、背は高く整った顔立ち
イケメン俳優で食っていけそうな感じ
ただ、宇迦之御霊様が普通の耳なのに対して、ハッコの方はちゃんと狐耳だ
そこが神様と神使の違いか……
ウチの場合は逆に、祀られてる龍神が角ありで、神使の桔梗さんは蟹だから、キレると手先が蟹鋏になるけど、普段は人間と変わらない
さすが日本の神々は、八百万の神々というだけあって、神様も多種多様で面白い。
僕は、ハッコからお茶を受け取ると、一口お茶を啜る
「美味しい……これは温度も丁度いいから香りも飛ばないし、淹れ方が絶妙なんだね」
「それだけではないぞ、良質の茶葉を見つけてくるからな。料亭顔負けのお茶だと自負しておる」
あ~、こんな事なら、お団子か饅頭でも買ってくるんだった。
西園寺さんが、『お土産は買っていくよ』ってメールくれたんで、手ぶらで来ちゃったよ
そういえば、西園寺さんまだかな……結構いい時間が経つけど
まさか……僕みたいに千本鳥居で、狐に化かされ迷わされてたりして……
ちょっとだけ心配になったが、実はもっと他の事に巻き込まれているのは、頂上の神域に居る千尋には知る由もなかった。
作中にも出てくる伏見神寳神社は、龍の頭がくわえて居る珠を触って願いを叶えるというのがあり
本当に心の底から願った、お願いだと聞いてもらえるそうです。
他にも、日本昔話で有名な『かぐや姫』の竹取物語、縁の地であり。
かぐや姫が求婚者達に出した5つの難題の1つが龍の五色の玉である事や
『おもかる岩』とか『十種神宝』などなど、伏見はお狐様だけじゃないので
興味のある方は、調べてみるのも楽しいかと思います。




