2-10 播磨科学公園都市(スプリングエイト)
K都府某所へ、一本の電話が掛かる。
『晴明叔父さん、こんばんは。そっちは、おはようございます……かな?』
「戯け者! 同じ国内でそんなに時差があるか! アホな甥をもって本当に残念だ」
先日、北関東の学園へ転校していった、甥っ子である有村 浩人からの電話に出てしまった事を、激しく後悔した。
『そんなに嘆かないでよ。魅了作戦が失敗して、へこんで居る甥に追い打ち掛けないで……甥に追い、なんちゃって』
この馬鹿—―—―—―—―
ただでさえ、沼田氏の助手……八月一日君の収容先が判明し、その守りの硬さに頭が痛いと言うのに……
この馬鹿甥は、あれだけ手を出すなと言って置いた、瑞樹千尋に手を出したのだ。
「はぁ……もう切っていいか?」
『ああぁ、ちょっと待って。叔父さんの言った通り、瑞樹千尋に魅了が通用しなかったよ』
「だから言ったではないか、甘く見るなと……相手は少女の姿をしていても、龍神なんだぞ。小細工が通用するわけないだろう」
自信満々に、僕に落とせない女性は居ない! とぬかした癖に、結局は効きませんでしたテヘペロって……この場に居れば折檻してやったわ!!
『でも、女性であるなら通じると思ったんだけど……正直自信なくしたわぁ』
この馬鹿な甥は……無駄に引っ掻き回し居って……こちらの事がバレたらどうするつもりだ。人間とは違って一筋縄ではいかぬわ
そもそも、女性ならって処が間違っている。瑞樹千尋はもともと男性であり、元龍神により嫁にされた少女なのだから、魅了の効きが悪くて当然だろう
そこに、龍神の耐性もプラスされているのだ、まず魅了のような小細工は通用しないはず
前に調べさせたセルジュからの報告書には、『反射』もありそうだと書いてはあるが、そちらの確認は取れていない。
反射があるとしたら、どの程度のものか……
若い龍神達はまだしも、瑞樹千尋の周りに古神がたくさん居る今、迂闊に手を出すのは危険だ。
特に、雷と剣神の『建御雷神』と毒など九属性を司る『九頭龍大神』……
そして、天候を操る『淤加美神』。
この淤加美神が特に厄介で、瑞樹千尋のご先祖として身体を共有しているのだ
間者の話では、参頭目のオロチがやられたのも、この淤加美神の逆鱗に触れたせいだと言うことだし、出来る事ならば、今はまだ敵に回したくない
竈の火と火山の神である『迦具土神』の身体を再生させるのに、いずれは接触せねばならないが、今はまだその時ではないのだ。
日本なので、大陸の黄龍が居ないだけ、まだ僥倖であろう
黄龍なら、一息でここK都府だけでなく、関西が消えてなくなる
「兎に角、瑞樹千尋に、これ以上手を出すでないぞ。下手につついて、鬼が出るか蛇が出るか……分かったモノじゃない」
『鬼は怖いけど、蛇なら可愛いものですよ』
「馬鹿者! 蛇は蛇でも神話のオロチだからな、鬼の方がまだ可愛いわ!!」
素直に、手を出すのを控えておとなしくしますって言わないので、こいつはまた手を出す気でいるな……
『心配性だなぁ、叔父さんは……』
「もし、瑞樹千尋に手を出して、周りの古神達に灰にされても、知らぬからな」
問題は捕まった時に、こちらの素性を喋らないか? ということだ
『平気平気、今度はうまくやるから、じゃ、おやすみなさい』
「おい聞けー!! あのバカ! 電話を切りおった」
ついついスマホを地面に叩きつけそうになるが—―—―—―
「晴明様、スプリングエイトに居る、八月一日氏の救出に向かう準備が出来ました。えっと……スマホを振りかぶってどうされました?」
狐巫女のお玉さんが、不思議そうに此方をうかがう
「いやなに、馬鹿な甥に頭にきてな……しかし、西園寺め。恩赦を出す代わりに、スプリングエイトで働かせているとは、日本中の収容先を探ってしまったではないか」
「それだけ、優秀ということなのでしょう」
確かに、八月一日氏が居ないとクローンは無理と、沼田教授に言わしめるほどの逸材である
政府も、牢に入れておくだけでは、勿体無いと思ったのであろう
西園寺め、ハ荒防なんて表沙汰に出来ない組織を作るものだから、沼田氏も助手君も表立って裁けない。だからこそ飼い殺しにしようとしたのが、裏目に出たな
堅牢な地下収容施設じゃなく、収容先が地上に在る分、脱出が容易であるし。いくら科学の最高峰といえども、こちらには幻術があるのだ。
「よし! 馬鹿甥の事は後だ。先にこっちを片付けるぞ!」
「それは良いのですが、人間の目は私の幻術でどうにでもなります。ですが、機械の目は誤魔化せませんよ」
心配そうな顔で、聞いてくるお玉さんに—―—―—―—―
「お玉さん。機械は機械の騙し方があるんだ。心配は無い」
そう言って、ジャミング装置を片手に、H庫県に向かうのだった。
出来れば、馬鹿な甥が淤加美神を怒らせぬように……
◇◇◇◇◇◇◇◇
処変わって、同刻、北関東、瑞樹神社の夜
その噂の淤加美神は—―—―—―
「のう、千尋よ。後生じゃから、妾から揚芋を奪わんと……」
「駄目ですよ。どれだけ社を壊したと思ってるんですか! 今夜は揚芋抜きです」
学園から神社に帰ると、修繕したばかりの社が穴だらけになっていた。
それというのも、今朝のネズミ騒ぎが原因で、淤加美様が水のレーザーブレスを噴いたらしい。
「おおおぉぉ……酷い! あんまりじゃあ!」
「だいたい、ネズミ一匹に水ブレスってオーバーキルも良い処です。もっと、粘性のある水を創って、捕まえるとか、穏便な方法が出来なかったんですか?」
「だって……御主のように、知恵が回らんし」
古神って脳筋ばかりかよ!
まあ、元々持ってる力が強い分、小細工を弄する必要もないのだろうけどね
「今晩から揚芋菓子は、5袋までです」
「酷い。妾の唯一の楽しみを……」
そもそも、淤加美様。思念体だし食べなくも死なないじゃん
子供のように駄々をこねる淤加美様、ちょっとは反省してください
「おーい千尋。もう穴に打ち付ける板が無いぞ」
元龍神のセイが、頭にねじり鉢巻をして現れる
「もう夜も遅いし、ホームセンターも閉まっちゃったからね。明日も学園で買いに出てる暇はないし……仕方がない。天蔵さんのお急ぎ便で頼んでおいてよ」
「あいよ! ついでにフィギュアも頼んでおくか」
おい!! まとめ買いがお得だけど、便乗すんな。どうせ箱開けないで積んどくだけの癖に
「なあ、千尋の旦那よ。ついでに妾の芋菓子も……」
「駄目ですってば! 反省してください」
「むうう、き……禁断症状が……苦しい」
わざとらしく、苦しむふりをして居間を転げまわる
これが、あの日本神話の水神の古龍神というのが、信じられない
「淤加美様、あんまり龍族の威厳を貶める様な事は謹んでください」
「むう。千尋!! 少しは、ご先祖を敬うって事をせぬのか御主は」
「ないですね」
僕の即答を聞いて、頬をプクーっと膨らます淤加美様
「お主が寝たら、身体を乗っ取ってコンビニへ買いに行くぞ!」
あーそういえば、前にも一度やられたなぁ
まったく、コンビニに迷惑かけて—―—―—―
「今度やったら、芋菓子3袋に減らします」
「お主、鬼じゃな……」
「何度も言いますが、龍ですよ」
駆け出しですがね。
そこへ―—―—―—―—
「あの、千尋様。少しお願いが……」
神使の桔梗さんが現れ、申し訳なさそうに切り出す
「どうしたんです? またネズミですか?」
「あ、いえ。ネズミは駆除いたしました。それとは別に……その……お金の方を少し用立てて頂きたくて」
「ごめん、生活費足らなかった?」
「そうじゃないんです。私的なことで、1万円ほど貸していただきたく……」
なんだ、そんなことか。
桔梗さんの給料形態は、婆ちゃんに全部お任せだが。僕へのバイト代を見ている限り、婆ちゃんケチだし、あまり出してないのかも
桔梗さん住み込みで働いてもらってるし、1万円ぐらい出してあげなきゃ可哀想だ。
「はい、1万円。というか、1万円で足りるの? どうせ婆ちゃんケチで給金出てないんでしょ? もっと出そうか?」
あまり高額だと、婆ちゃんに相談しなきゃだけどね
「あ、いえ。給金はちゃんと貰っていますが、定期預金とか言うのにして貰らってて……。あ、1万円で結構です。これで明日振り込めば、1億になって神社の修繕費になります」
えっ!? 桔梗さん……今、何て言ったんでしょうか?
「いや、修繕費はありがたいけど、1億って?」
「この前買っていただいたスマホに、メールが届きまして。なんと!! 1億当たったって言うんです!」
「…………」
「それでですね、事務手数料で1万円振り込んでくださいって……凄いでしょ? 1万円で1億ですよ千尋様!!」
桔梗さん、喜んでるところ申し訳ないけど、それ……振込詐欺ですから!!
「おお、見ろ千尋。すごいのう。1億あれば芋菓子買い放題じゃ!」
淤加美様、あんたもか!!
「ちょっと二人とも、席に着きなさい!!」
現代の事を知らなすぎの二人に、詐欺の事をよーく教えておく
ただでさえ丸貧なのに、これ以上被害にあってたまりますか!
そこへ―—―—―—―—
「千尋、板の他に釘も頼……どうした?」
タブレット端末を持ったセイが現れて聞いてくる
「いや、二人に詐欺に引っかからないようにレクチャーを……まさかセイ、お前も?」
「ふっ。現代社会の初心者と一緒にされるとは心外な。俺は振込詐欺を知ってるぜ。なにせ、身をもって経験済だからな」
「引っかかってるんじゃねーか!!」
神を欺こうなんて、すごい詐欺集団だな
(読んでる皆さんは、引っかかっちゃダメだぞ)
その日は遅くまで、神たち3人に、オレオレ詐欺や振り込み詐欺を引っ掛からないようレクチャーするのだった。
その後、淤加美様が頑張って僕の話を聞いていたので、近くのコンビニへご褒美として芋菓子を買いに行ってやるのだが……
我ながら、僕も甘いな
そんな秋の夜風が冷たく身にしみる。北関東9月下旬の夜に
コンビニへ向かう千尋には、スプリングエイトへ侵入者が入った事を、知る由もなかった。




