2-09 魅了の術を破れ
「うわ、凄い人だかりだ……」
廊下の曲がり角から顔を出し、大勢の女子生徒の集団を、一定の距離を保ち離れて後を追う
「いきなり襲い掛かるのかと思ったわ」
僕の脇から顔を出す小鳥遊先輩が物騒なことを言い放つ
「いやいや、それじゃあ魅了されてる女子の集団に襲われちゃいますよ。まずは敵前視察! 昔、大陸の偉い人が言ってたでしょ、敵を知れば……何とやらって」
「成る程、相手の弱点を知り、フランケンシュタイナーをぶちかますのね」
香住さん……それ、鍛えてない一般人だと首ポッキリいきませんかね?
物騒なことしか言わない女子達。
『おしとやか』って単語は、この学園で死語になったのかな?
ちなみに、正哉は教室でお留守番をしている。
なぜなら、女子の制服着ている僕らの方が紛れ込み易いからだ
鴻上さんも女子ではあるが、正哉にくっついてるので、同じく留守番である。
「それより、二人とも魅了に気を付けてね。僕と違って反射持ってないんだから」
「千尋ちゃんの反射ほどじゃ無いけど、祓い屋として厳しい修業積んだ私には、あんな術効かないわよ」
頼もしい限りだが、絶対じゃない以上は、あまり前に出ないようにお願いしたい
「私も元龍神様の眼鏡があるもの大丈夫よ」
香住がそう言うが、3人の中で一番心配なんだよな
今朝も少し、魅了の術に掛かりかけてたし
「おい、移動するみたいだぞ」
僕の頭の上で不可視の術を使い着いてきた、今回唯一の雄である元龍神のセイが楽しそうに声を上げる
「遊びじゃないんだぞ、まったく……」
この魅了騒ぎを何とかしないと、学園祭自体がなくなるかも知れないのに、他人事だと思っていい気なものだ
僕たちは、少し離れて後を追うが、どうもこの方向……
「この先は、体育館ね」
確かに、小鳥遊先輩の言う通り、この先には体育館があるだけで、他には教室も倉庫もないのだ
校舎の外へ続く廊下を歩いていくと、やはり体育館の中に入っていく
まあ、学園のほぼ全女子生徒が居るのだから、それだけの人数を収容出来るところは、体育館以外だと校庭ぐらいしか思いつかない
しかし、困った――――――
「千尋よ、何で止まるんだ? 早く行ってみようぜ」
「あのなセイ。どう見ても誘い込まれてるだろ」
「そうね……ご丁寧に、窓も閉め切って……文化祭で使う寸劇用の遮光カーテンまで引かれてるし……」
「え? 罠って事? 虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし、入ってみようよ」
香住までセイと同じレベルかよ!
そういう向こう見ずで豪気な処とか、僕より香住の方が龍らしいな
でもまあ、どうするかな、一旦引くべきか?
いつもなら装備している、水入りペットボトルを持っていないので、丸腰である
まさか、学園で異形相手に戦うわけじゃ無いと思って、持ってこなかったのが痛手だ
こういう時、自分で水を出せる他の水神が羨ま……
ん? そういえば元龍水神が居るじゃないか!
頭の上のセイを掴んで降ろすと、ジーっと見つめる
「な、なんだよ千尋。俺を見つめて……ベッドまで我慢できないのか?」
「アホちん! 変なことは考えてないよ!! それより、セイはまだ水出せるよね?」
「ん? 出せるぞ、昔ほど大量には出せぬがな。そこいらの水道よりは、多く出せる筈だが?」
「よし! 貯水タンクゲット!」
これで水の心配は無いな
「あー、喜んでるところ悪いが、こういった人間の造った人工物の中だと、神格の無い今では上手く出せぬかも……」
「なんですと!? マズイじゃん」
昔、更衣室の中を水でいっぱいにされたことあったが、あれは淵名の龍神さんだから出来たのか
ただの水龍だと結構制限あるのね
僕が頭を痛めていると――――――
「中は真っ暗ね」
そう言いながら、体育館の中に入る小鳥遊先輩
「なんだか、お化け屋敷みたい」
続いて香住まで入っていく
「おい千尋、龍神のくせに、人間の娘に後れを取っているぞ」
「どうして、皆後先考えないかなぁ」
あの二人、本当に怖いもの知らずだよね。
とはいえ、先行した二人を放置できないので、遅れて体育館へ入る
中は真っ暗ではあるが、僕には『龍眼』があるので暗視が効く
周りを見渡すが、女子生徒がステージに向かい総立ちしている
ステージの上は――――――
何があるのかと、ステージへ視線を向けた途端
体育館のライトが一斉に光を放つ
眩しくて、手で光を遮りながら目を慣らしていくと
「今日はボクの為に集まってくれて、ありがとう!!」
「はい?」
ステージの上にマイクを持った有村が居たのだ
「それではお聞きください。そこにある愛!」
音楽CDか何かだろう、突然曲の伴奏が始まるが……演歌じゃねーか!!
てっきり、アイドル系のポップスだと思ってたのに、おもいっきり肩透かしを食う
しかも――――――
凄い音痴だ、よくここまで音程を外せるなって感じのひどい歌だが
女子はみんな魅了に掛かっているため、音痴をものともせず黄色い声援を上げている
「頭が痛くなってきた……」
「本当、何がしたいのかしら」
小鳥遊先輩が、隣で呆れて立ち尽くしている
そういえば、香住の姿がない。何処へ行ったかと周りを見渡すと、自分の上履きを脱いで振りかぶってる香住の姿が目に入る
「とりあえず気絶させちゃえばいいのよ」
待て! 香住の投げる上履きとか、プロ野球選手も真っ青じゃん!
バッティングセンターで、150キロ級の球速をデットボールするようなもんである
僕は止めに入ろうとすると、先程まで黄色い声援を上げていた、取り巻きの女子達が一斉に振り返る
目に光が灯っていないので、どことなく日本人形の市松人形の表情をを彷彿させ、女子生徒が無表情で一斉に振り返るのだから、空恐ろしいものがある。
マジで怖えええ!
そのまま僕たちは、操られた女子達に取り押さえられる
無茶をすれば、龍と人間では力の差があるため、振りほどくことも可能だが
相手は人間の女の子。傷物にはできない
だが――――――
そんなのお構いなしに、投げ飛ばす小鳥遊先輩と香住
気を使ってるのは僕だけかよ!
しかし、多勢に無勢。次から次へと向かってくるので、どうにもならない
せめて魅了の術を解除できれば……
まさか『漆黒』を使うわけにもいかないし、何より水が無い。
ん~解除……解除……
そうだ! 武甲山で使った『浄化雨』なら解除は可能だろう
問題は、こちらも漆黒と同じで、術を使うための水をどうするか……
僕は揉みくちゃにされながら、周りを見渡すと――――――
体育館の天井に設置された消火設備が目に入る
スプリンクラー!!
あれなら、浄化雨を使うのにピッタリだが、問題はどうやって作動させるか……
その時、僕の視線を読んだ小鳥遊先輩が、懐から札を取り出す
昔、先輩から聞いたことがある。印を結べない場合、札で省略することが出来ると
その分、威力は下がるらしいが、別に異形退治をするわけでなく、スプリンクラーを作動させるだけなのだから、札で十分だろう
先輩は、天井に向けて札を放ると
「南莫 三満多 嚩日囉赧憾!!」
札により印を省略した不動明王の火炎術を放つ
炎はそのまま火災センサーを作動させ、けたたましい非常ベルと共にスプリンクラーの雨を降らせた
チャンス!
すかさず、スプリンクラーの水を『浄化雨』に変換していく
これで、魅了も解けるだろう
まさしく、頭を冷やすってヤツだな
暫らくして、非常ベルとスプリンクラーが止まると、すでに有村の姿はステージになかった
「逃げられたわね」
「ええ、でも学園に生徒として所属しているのだし、また明日にでも登校してくるでしょう」
それより、問題は水浸しの体育館である
どう言い訳しよう
そこへ教師がなだれ込んで来るが、小鳥遊先輩が口八丁で上手く言い訳する
「……というわけです」
「何が、というわけだ!!」
アニメや漫画じゃないんだから、いきなり『というわけ』って……説明になってねぇ、端折りすぎですってば……。
「だから、学園祭の予行演習をしていたら、誤作動を起こしたスプリンクラーが……」
「小鳥遊……お前は、前にも騒ぎ起こしてるからな、信用ならん!」
駄目じゃん! 信用ゼロだし
仕方がない――――――
「先輩の言うことは、本当ですよ」
僕も小鳥遊先輩の援護に回る
「瑞樹……お前も休んでばかりの問題児だしな」
僕も信用がなかった
「先生、北海道のお土産ありがとうございました。スプリンクラーの誤作動は本当ですよ、突然降りだして……」
「高月? そうか、お前が言うなら間違いあるまい」
すげえ、さすが家庭科部次期部長、僕や先輩とは大違いである
他の女子生徒にも聞いて回ったらしいが、誰も操られてる時の事は覚えていなかった
「では、いつまでもびしょ濡れだと気持ち悪いので、着替えに行ってよろしいでしょうか?」
そう香住が切り出すと、あっさり承諾され、全員体育館から解放された
「ああぁ、もうちょっと女子高生のスケスケを……」
残念そうに叫ぶセイを小突いて、体育館を後にする
「おバカ! 不可視で姿は見えなくも、声は聞こえるんだから」
先生が、急に聞こえた男性の声に驚きキョロキョロしているので、足早に立ち去った
しかし、結局動機が分からず終いだったな
明日にでも、とっちめてやるか
僕はジャージに着替える為に、いつもの踊場へ向かうのだった。




