2-07 東北への誘い
「バレちゃしょうがねぇ」
正哉が観念し、居間のテーブルの上へ修学旅行のしおりを広げる
僕は、神使の桔梗さんが淹れてくれたお茶を啜りながら、しおりに目を通すが
桔梗さん……僕と微妙に距離を開けてるのが悲しい
誤解を解くため、弁解をしたのだが『龍神様のする事ですから』とにっこり微笑むだけだった
なんか、今まで名前で呼んでくれてたのに、龍神様と他人行儀になっちゃったのが、一番つらい.
「それで……最初から隠さなきゃいいのに、なんで僕に内緒にするのさ」
向かいに座った正哉に問い詰めると
「だって千尋は女になってから、女性の味方ばかりするだろ」
ん~。中身は変わってないと思うんだけど……
「僕は、どちらかと言えば、ストーカーの敵かな」
「だから、ストーカーじゃないって! 護衛な! ご・え・い! セキュリティサービスみたいなもんよ」
正哉、お前……セキュリティサービスの人に謝れ
「だいたい、何から守るんだよ」
「前に話しただろ、紗香と同じクラスに一人、危険な野郎が居るんだよ。それも、昔から仲良かったならまだ分かる。紗香が部活終わって暇な時間が出来た途端に、仲良くなったんだぞ! アヤシイだろ?」
全くもって、危険な野郎とやらの危険が伝わってこない
「なあ正哉。僕にはお前をやっつけた方が、妹の紗香ちゃんに良い気がするよ」
「ほらな、冷たい態度。昔のお前ならイエッサーと同意してくれたはず」
どこの軍隊だよ!
そんなやり取りの隣で、同じくお茶を飲みながらセイが
「なあ、この牛タンって美味そうだよな」
タブレットPCで東北の観光情報を見ながら涎を垂らす
「セイさん、こっちのわんこ蕎麦も美味いぜ……どうよ? 東北に行きたくなったろ?」
「正哉……ウチのバカ龍をそそのかさないでよ」
まったく、直ぐに食べ物に釣られるんだから
「だってよー、この日程見ろよ。セイさんの龍脈移動がなければ絶対無理だし」
そういって中学の旅行のしおりを指さす
なになに……旅行日程は、木曜、金曜、土曜の2泊3日で、行き先は……松島とか遠野とか平泉……この辺は、去年の中学の修学旅行で、僕らが行った時と同じだな
日曜の休日は、旅行疲れを癒すために残してあるのか……
ふむ。ウチの学園祭が、土曜と日曜なので、問題は両方の日程が重なる土曜日……それで龍脈移動が欲しいわけね
しかしウチの学園も、生徒や教員の事を考えれば、日曜の休日を残せばいいのに
そう思うのだが、やっぱり土曜と日曜が、一番お客さんとかに見てもらえるのだろう
はぁ……休みなしとか……どこのブラック?
「どうせ正哉の事だから、日程の重なる土曜日以外でも、見に行きたいんだろ?」
「うっ……まあそのなんだ……紗香に手を出しそうな野郎を放っておけないだろ」
過保護もここまでくると、病気だな
「そもそも、紗香ちゃんの親友の小百合ちゃんに任せておけば、大丈夫でしょうに」
沼田をスタンガンで電撃の刑にした小百合ちゃんなら、親友の紗香ちゃんに手を出す愚か者の股間のモノを切り落とすぐらいしそうだし
「でも、心配なの!! 昨日だってクラスの野郎から電話掛かってきてたから」
「ちょっと待って。どうして電話の相手が野郎だって分かるんだよ」
あ、目をそらした……どうせ妹さんのスマホと同期するようなアプリ入れてあるんだろ
本当に、仕方のない奴
そこへ――――――――
「ふむ。蝦夷地かえ? 行くなら芋菓子を土産に……なんと!? これが蝦夷地か!? 大都市ではないか!?」
淤加美神が、セイの持つタブレットPCの画面に映った仙台の画像を見ながら、吃驚の声を上げる
まあ日本が出来たばかりの淤加美様の時代では、西日本以外の場所は山ばかりだったから、仕方がないのだろう。ここ北関東も、その当時なら似たようなもんだろうしね
タブレットPCに釘付けの二人は放って置いて
「だいたい、土曜日は抜け出すことも可能だけど、木曜と金曜はどうするんだよ。午後は学園祭の用意だけど、午前は授業あるんだからね」
「あ、いや……それでセイさんに龍脈移動を……」
いやいや、ホームルームとか授業前の点呼だけ居たとしても、机のところに居なければバレるし。
龍脈移動は、龍脈の繋がった離れた場所に瞬間移動できるってだけで、ここと離れた場所との同時存在を可能にできる訳じゃない
どちらか一方にしか、存在は出来ないのだ
「仕方がないなぁ、まだ実験段階だけど試してみるか……」
僕は台所へ行き水を桶に汲んでくると、予てより実験中の術を発動する
桶の水が少しずつ蒸気に成って消えていくと、僕の隣にもう一人の正哉が現れた
「お、俺が居る……」
「正哉からも見えているなら成功だね。水鏡からヒントを得てね、薄い水蒸気でも其れが出来ないかなって……」
戦いの時、うまく使えば相手の目を誤魔化すことができる
「すげえな、これなら教室に俺が居るように出来……あれ? 手がすり抜けるんだけど?」
「そりゃあそうだよ、水蒸気を鏡にして映してるだけだし」
「触ったらバレるじゃんか! 体育とかどうすんだよ」
「ん~。授業中触られる事なんて無いだろうし、大丈夫だと思うけどね。体育は……体調崩したことにして休んでもらうしか……」
授業があるのは、木曜と金曜のたった二日間だけだしね。土曜日は学園祭だし、一般人もごった返す中で誤魔化し様はいくらでもある
これはまだ実験段階だが、水蒸気を濃くしておけば、像がはっきりして、もっと見分けがつかなくなるだろう
周りがちょっと湿気っぽくなるけどね。その辺の調整が難しい処だ
当日は、正哉の椅子の上にスマホを置いといて、スマホに映った正哉の写真を、蒸気の鏡に映し出してやればいい
「なるほど、こりゃあ上手く出来てる」
「自然な座った画像があれば完成だね。全く動かないと怪しまれるから何枚か撮って置いて、数分おきにスライドショーにしておけば、本物がそこにいるように見える……はず……」
まだ3日あるし、明日から少し実験してみよう
そう正哉と打ち合わせしていると淤加美様が――――――
「生臭い!! 生臭いぞ!!」
「そうですか? 僕には何も……」
言われて嗅覚に神経を集中させると、確かに少し生臭い
例えるなら、鮮魚市場の独特の臭いだ……なんだか焼き魚が食べたくなってきた
海辺なら兎も角、ここは内陸の北関東、海なし県である。これは……玄関の方?
僕は臭いのする方へ歩いていくと、玄関の引き戸の向こうに何かいる
「あの? ごめんください。こちらに龍神様は居てはりますか?」
引き戸のスリガラスの向こうから声がしてくるが、スリガラスに映った姿……人間じゃねえ
開けるべきか迷っていると、神使の桔梗さんが玄関を開けてしまう
そこには――――――――
半魚人……背丈でいうと1メートル……無いぐらいの、人魚の雄が立っていた……しかも、野良猫に齧られて……
「どちら様です?」
物怖じしない桔梗さん。そういえば桔梗さんも蟹の神使でしたね
水棲生物なんて見慣れているのだろう
「あ、申し遅れました。オイラは海神である豊玉姫様の遣いで参りま……あぁ、鰭を齧るのは堪忍して」
さすが生魚の部類、野良猫がまっしぐらだ
同じ水系なのに、僕には寄ってこないんだよなぁ
やっぱり海水系じゃなく内陸の淡水系じゃダメなのか
半魚人さんから、野良猫を外そうと手を伸ばすと、フーっと唸り声をあげて逃げて行ってしまった
「ああ、猫様が……」
「千尋様は羨ましいです。私もいつの間にか脚を齧られてたりしますから、やはり龍神の威光がすごいのですね」
威光なんて要らないから、猫を抱きしめてモフモフしたい
そこへ――――――――
「生臭いと思うたら、やっぱりあの女の遣いじゃったか!」
「あの女って……海神、豊玉姫様の遣いらしいですよ」
「よいか千尋。こやつは上げてはいかんぞ! どうせ面倒事を押し付けにやってきたに違いないのじゃ」
「これはこれは淤加美神様、流石にお話が早い。豊玉姫様がこの間の台風を鎮めた手腕を、たいそう褒めておりまして……」
「戯け! あれは妾ではないわ!」
「え!? そうなのですか? 確かに淤加美神の氣を感じたと、豊玉姫様は仰せになって居られましたが……」
「あの場にいたのは確かじゃが、実際に台風を鎮めたのは千尋じゃ」
えー、そこで僕に振るんですか?
面倒事があるとすぐに此れだよ
「えええ!? こちらの若い巫女が? 御冗談でしょ?」
淤加美様と桔梗さんが冗談ではないと頭を振る
あっ、これは僕に全部押し付けられるパターンだ。
「はい、冗談です。なので僕は引っ込みますね」
「うむ。こやつらの頼みなど聞いても、何も良いことはないからの」
僕と淤加美様が立ち去ろうとすると――――――――
「堪忍してや! ここで豊玉姫様の頼み聞いてもらう前に逃がしたら、オイラが怒鳴られてしまうんや! なぁ、嬢ちゃん力を貸して『海神の槍』を探したってや」
「海神の槍じゃと? 豊玉はアレを失くしたのか!?」
海神の槍という単語を聞いた途端、淤加美様が振り返る
「ねえ淤加美様。海神の槍って何ですか?」
慌てようから言っても、ものすごい槍だというのが分かる
「海の神だけが持つことを許された神器じゃ。あれは海そのものじゃからな……使いようによっては、こんな島国など即海底に沈められるほどのものじゃ」
それヤバイじゃん!
そんなの紛失とか、管理甘すぎ
「ここだけの話、去年の暮になくなってしもうて……」
「はあ!? 去年の暮ってもうすぐ1年じゃない!?」
「大問題になる前に見つけねばと、探し回ったんすけどね……どうやら海中には、無いみたいでやんして」
「それで陸上を僕らに探せと?」
「はい……オイラ達魚人は陸上の行動が制限されますゆえ……今回も、内陸のこの神社まで来るのに、半月も掛かってしまいましてん」
それで、3週間も前の9月初めに台風を鎮めた話を今頃してるのか
「豊玉め……もっと早く言っておれば、八百万の神々の皆で探せたものを」
淤加美様が悪態をつくが
「あきません! 他の神様にはご内密に……責任問題になったら海産物にも影響出ますよって」
「ほう……読めたぞ。来月の神在月で追及されるのが怖いわけじゃな?」
あー成る程、出雲行きか……それで切羽詰まった訳ね
「どうか……どうかお願いします! ねえお嬢さん」
「わあ、僕の足に摑まらないでよ!」
生臭い……半月も海に潜ってないで陸歩いてたって言うし、腐ってるんじゃね?
道理で野良猫が寄ってくるわけだ
「しかし、厠の中まで槍を手放さない豊玉が、どうして紛失なんか……」
僕に抱き着いた半魚人を嫌そうに見ながら淤加美様が言ってくる
「それが……姫様、寝るときに槍を抱いて寝ていたらしいんですわ……でも、起きたら昆布に変わっていたとか……あ、この話オフレコでお願いしますわ」
昆布って……間違えるか普通
「ん~こちらも色々立て込んでて、槍探しだけ専門にはできないけど、見つけたら連絡するってことで良いですか?」
僕だって学園あるし、正哉とのこともあるからね。槍ばかり探してられないよ
「はぁ、良いんじゃないんですかね? 一応返事いただけたし、オイラの面子もたつってもんですわ」
すっごい、いい加減
ほな帰りますって歩いていこうとするので、龍脈移動で海岸まで送っていった
だって、海につく前に干からびて倒れそうだし
海岸にて、遣いの半魚人が
「送っていただいて、おおきに。あ、そうそう姫様が言うには東北方面に海神の槍の氣が感じられる言うとりましたわ」
ほな! と海に飛び込む半魚人の背中を見送る
あんにゃろ……最後の最後で大事なこと言ってくし
だけど、また東北か……色んな事が東北に集まってる気がする
僕は、また一悶着あることを憂いて、龍脈を開けて帰るのだった。
やっと体調が戻ってきました。
ついでに、パソコンも新調しました。
いやね、今まで使ってたタブレットパソコンのバッテリーがダメみたいで、執筆中に何度強制終了されたことか……
だからと言って、新しいのもまだ慣れませんけどね
これから新しいPCで頑張ってまいります。




