2-04 大渦潮(メイルシュトローム)
南から来る台風と日本列島の丁度中間……
太平洋の海上に僕達は居た
台風接近で荒れる海の上に立つ事が出来るのも、修行の賜物だ
「で、淤加美様。降雨の龍神が、どうやって台風を静めるんですか?」
遥か南に見える、巨大な低気圧の塊に目をやりながら、僕は淤加美様へ尋ねる
「確かに、妾達は降雨の龍神であって、妹の御津羽と違い止雨の龍神ではない。じゃが! 発想の転換、我等も台風となってアレを相殺する」
すっごい嫌な予感しか、しないのですが……
「淤加美様、何年か前に2つの台風が混ざって、1つの大きな台風になった記憶がありますよ。縦しんば成功したとしても、僕らが海の藻屑です」
「なんじゃと? 強めるだけじゃと言うのかえ?」
「はい……やっぱり降雨の龍神では無理ですって……」
そう言う諦めムードの僕の顔を、ジーっと見詰める淤加美様
僕は、淤加美様のその視線に、堪らず目を逸らすが━━━━━━━━
「千尋……御主なら何とか出来るじゃろ?」
「あのですね淤加美様。僕も淤加美様同様、降雨の龍神なんですよ……それも下位互換の僕に、上位の淤加美様が無理な事を出来るわけないでしょ」
「確かに、御主は生まれて間もない龍神じゃし力も弱い……じゃが互角以上の戦いをしてきたであろう?」
淤加美様は、そう言って僕の額を指でツンツン突っつく
「つまり知恵を出せと?」
「うむ。台風をどうにかする策を申せ」
はぁ……こんな事だろうと思った。
「分かりました。まず作戦ですが……お風呂を思い浮かべてください」
「ウチのお風呂で良いのかや?」
「はい。お湯が半分以下で、水のように冷えてしまっているとしたら?」
「お湯が半分以下なら、追い焚き機能じゃったか? そう言ったのではなく、熱いお湯を追加するかの」
「そうですね。しかし、熱いお湯を追加していくと、お風呂の底が冷たくて、表面が熱い状態になりますよね」
「うむ。掻き混ぜねば分離したままじゃ」
「それが、ここ南海の今の状態です。そして台風は、海表面温度が26.5度を超えると発達すると言われています」
「成る程。海のを掻き混ぜるのじゃな!?」
得てして、誰もが海中ではなく、上の暴風雨をどうにかしようと考えるが、上部暴風雨は、人間の持つ核ミサイル数発を撃ち込んでも、全然消すことが出来ない程のエネルギーなのだ
簡単にどうにか出来るモノではない
だが、海中なら、水神の龍神である僕らの領域である。深海域の冷えた海水を混ぜてしまえば良い
僕は淤加美様へ温度計を渡すと、一緒に海中へ飛び込む。
海の中では、声が発せられない為、念話へ切り替えると━━━━━━
『淤加美様、26度を切ったら教えてくださいね。海水温をあまり低くし過ぎても、生態系に影響が出ますから』
『しかし、漆黒で暴風雨を融かすと思いきや、海中とは考えもつかなかったわ』
『あの大きさですからね、神器があっても無理ですよ』
台風の目まで海中を泳いでいき、中心に入った処で━━━━━━━━
『しかし、どうやって掻き混ぜるのじゃ?』
『勿論、こうやってですよ』
僕は両手を広げると、そのまま洗濯機の様に回転を始めた
徐々に速度を上げていくと、僕を中心に大きい渦が生まれる
超広域大渦潮
回転速度を上げると渦が海水を巻き込み、どんどん大きくなっていく
たぶん衛星からの映像なら、大渦の全体を捉えられるかも知れないが、海上の台風が目隠しに成ってくれてるから、バレないだろう
そのまま回転を続けるが、問題が1つ……
僕の目が回ってきた……正直、気持ち悪い
『淤加美様、まだ26度切りませんか?』
『お? おお、見事な手際だったので、温度計を忘れておった』
おおいぃ!!
『えっと……ななじゅう……』
『ええぇ!? それ華氏ですよ! 摂氏で読んでください!』
『間際らしい! 単位をやたら増やしおって……25を切るところじゃ』
もう冷えたじゃん!
僕は回転を止めるが、海の大渦は惰性で回り続ける為、僕も惰性で回転する
水神龍なので、息はできるから溺れる事はないが、早く脱出しないと……
目が回ってしまって吐きそう
もう方向も定めずに、海域を脱出することだけ専念すると、ようやく大渦の外へ出ることができた
海面に仰向けに浮かびながら、弱くなっていく台風を眺める
直ぐにでも、熱帯低気圧に変わっていくな……我ながら上手く抑え込んだ
「千尋。やったではないか! 風はほぼ弱まり雨だけになったぞ」
「海水を巻き上げる力も弱まりますからね。もう大丈夫だと思いますよ」
「見たか! 降雨の龍神でも、台風を止めてみせたぞ!」
淤加美様、何もやってないでしょ。温度計も読み間違えるし
まあ、夕御飯前で良かった
食べた後なら、全部ぶち撒けてましたよ
低気圧が弱まり、雲が晴れたので星空が見え始めた
太平洋の真ん中だし、回りに灯りが何もないため。星がくっきりと見える
「落ち着いたかや?」
「ええ……もう大丈夫です。では、帰りましょうか。ここからなら、小笠原諸島の島で龍脈を開くか、海中の竜宮で開くかですね」
「竜宮は、豊玉姫に捕まると厄介じゃ。時の流れも違うので、一気に時間が過ぎるぞ」
豊玉姫は、浦島太郎の話しに出てくる乙姫のモデルになった神様で、海神の娘である
天照大神の子孫『火遠理命』……別名『山幸彦』と結婚するなど、古い神様なのだ
確かに、豊玉姫から強制おもてなしをされて、竜宮を出てきたら、学園祭終わってた! 何て事だと、香住にドラゴンスクリューされかねない
「小笠原諸島の適当な島にしましょう」
海の中でも、龍脈を開けないことは無いのだけど、即閉じないと海水入っちゃうんだよね。龍脈出るときに、一緒に吐き出されるから、地上が海水で塩害になるし。淡水と混ざると、淡水魚とかに影響出ちゃって、生態系が壊れたり……なかなか難しいのだ
僕らは、無難な島を見付けて龍脈を開き、瑞樹神社へ帰るのだった。




