2-01 始業式
「はぁ……また女子の制服で通うのか……」
夏休みの間は、着ることも無かった女子の制服に袖を通し、男子用のネクタイではなく、女子のリボンをつけて溜め息をつくと、鞄に夏休みの課題を詰める
なんだか、男子の格好で通っていた、あの頃が懐かしく思えてしまう
この尻尾が生えるまでは、胸をサラシで潰し男装して通っていたのだが、尻尾が生えた後では、男子用の学生ズボンを穿く事が出来ない為、女子用のスカートで通うことに成ってしまったのだ
女子の制服での登校を、もっと色々言われるかと思いきや、『似合っているから良っか』とアバウトな担任の言葉で、すんなり受け入れら、今日に至る訳だが……
まあ鴻上さんとか、若干1名が認めない! と騒いでいたけどね
おかげで、女の子の格好では、正哉に近寄る事が困難になってしまった。
「忘れ物はないな」
忘れ物のダブルチェックをしてから部屋を出ると、幼馴染の香住と鉢合わせした
「もう、時間ギリギリよ。2学期初日から遅刻とか、やめてよね」
「ごめん、女子の制服着るのも久し振りだから、手間取っちゃって……」
「だいたい、朝早起きの癖に、どうして何時もギリギリになるのよ」
「早起きって言っても、やること色々あってね。境内の掃除とか……」
「それだけでしょ。御供えは、千尋自身が龍神になって、無くなったじゃないの」
確かに、自分へ御供えしても仕方ないし。ご先祖であり、ウチの主神でもある淤加美神様には、毎日揚芋菓子を供えているから必要ないしね
その淤加美様も、今は高天ヶ原へ用事があると言って、出かけている
今回の件で、天照大御神様へ報告をすると言っていたが、僕に行けと言われずに、本当に良かった
龍神就任時の挨拶に行った時なんか、挨拶が終わって帰る時に、腰へしがみ付かれて、放して貰うのに半日掛かったし
しかも、無理やり振りほどいたら、岩戸に引き篭もるぞ! と脅されたのだ
太陽が昇らなくなるから、そう言う脅しはやめて欲しい
なぜだか、妙に好かれたよな……天照様は普段女性の姿でも、男性にも成ったりするので、食われないように気をつけろ! と言われていたし
其れを聞いていたから、あの時は余計に警戒したわ
まあ今回、高天ヶ原へは、淤加美の半身が行っているだけで、残りの半分は僕の中に居るんだけど……返事がないので、向こうの半身へ意識を集中しているのだろう
余程、込み入った話なのかもね
朝食の用意も、1日置きに代わり番でやっていたのだが……最近では、神使の桔梗さんが、毎日やってくれている。
大変じゃない? て聞いたら、最近ネットで調べた料理を作るのが、楽しくて仕方がないんです。と言っていた
桔梗さんの生まれた時代は、戦国時代だし。それに比べたら、調味料もレシピも多種多様で、作りがいがあるのかも知れない。
まあ、本人が楽しんでいるなら、良いとしよう
そんな桔梗さんの夢は、『香住師匠を唸らせる料理を作る』事らしい
頑張れ桔梗さん! 香住の料理の腕を知っている僕は、すでに諦めたから
朝、他にやる事と言ったら、元龍神のセイを叩き起こすぐらいかな
でも、今日は部屋に居なかったんだよね
気になって、掃除がてら裏手の洞窟まで見に行ったけど、そこにも居なかったし
どこ行ったんだろう……
また何か、変な事しなければ良いけどね
セイの動向を考えながら、学園までの道を走る
だいぶ尻尾に振られて走るのも慣れて、早く走れるコツを掴んだので、1学期の頃よりも、かなりペースが早い
「余裕で間に合いそうじゃない?」
「あのね千尋、余裕って言う言葉は、走らなくて良い時に使うのよ」
ごもっとも。
「確かに余裕は言い過ぎかも、3分ぐらい前には着くかな」
「3分あればカップ麺が出来るわね。でも、食べてる時間ないから、5分前に着くようにしてよね」
「カップ麺って……香住、お腹空いてるの? どうせ、牛乳しか飲んでないんでしょ? 朝はちゃんと食べないと胸に栄養が……」
そこまで言いかけたら、香住の姿が視界から消える
マズイ! 危険を察知した時には既に尻尾を持たれて、回転を初めていた
ドラゴンスクリュー!?
視界が回転し地面に叩きつけられる
ごふぁあ……
肺の空気が一気に抜けて変な声が出た
更に、倒れている僕に寝技を決めようとしてくるが━━━━━━
「ま、待て香住! ついうっかり口が滑……」
「へぇ、うっかり滑るのは、この舌かしら? 龍の舌って、まだ料理したことないのよね」
それは料理しないで下さい。1枚しか在りませんから
「本当にごめん、もう2度と言いませんから、お許しを……」
と言いかけた処で、予鈴のチャイムが聞こえてくる
「もう! 千尋がアホな事言うから、チャイム鳴っちゃったでしょ」
僕のせいかよ! いきなりドラゴンスクリューかましたのは、香住なのに……まあ、胸の話題出したのは僕だけどさ
「とにかく急ごう、駄目ならフェンスを飛び越えれば良いし」
2学期初日から遅刻とか洒落にならない
それも、香住にプロレス技決められて、時間が無くなったなんて嫌すぎる
何時もなら、校門前に居るはずの教員が、今日に限っては居ないし、門も開けっ放しだ
おそらく始業式があるので、町長とか偉い来賓客が車で入れる様に、門が開けてあるのだろう。それはそれで、此方にとっては好都合だけどね
校門を通過し昇降口へ移動すると、ようやく息をつく
今日は2学期初日の始業式なので、朝礼を体育館で行い。残りの時間は、1学期に決めた学園祭の出し物の、詳細な打ち合わせの予定だ。
本来なら、1学期末で全部決まって居て、2学期からは準備に入るはずが、ウチのクラスはまだ準備に入いれずにいる
いや、出し物は『メイドカフェ』と決定していて、僕も香住も料理上手が知れ渡って居るため。裏方の料理担当に立候補しけど━━━━━━
予想以上に男子の猛反発にあってしまい。出し物はメイドカフェに決まっても、担当が決まらないと言う、大変な事態に陥っている
そして今日も、朝礼の後の教室で、男子と女子で不毛な戦いが繰り広げられた
「だから! 千尋はメイドをさせねば、せっかくの胸が宝の持ち腐れだろ!」
と男子代表の正哉が、力説をする
「あのねぇ、このクラスで、お客さんに出せるほどの料理が作れる人は少ないの! 瑞樹君抜いちゃうと高月さんか、富岡さんぐらいしか居ないんだからね! それに、瑞樹君元男の子でしょ!」
「はあ? こんな大きな胸の男の子は居ません~。使わず放って置くとか勿体無いだろ」
僕の胸を叩きながら正哉が反論する
大きくて悪かったな、こんな身体にした元龍神のセイに言ってくれ
「大きければ良いってモノじゃないわよ! スタイルの良い女子は他にも沢山いるけれど、料理担当は替えが居ないのよ!」
確かに、3人でローテーションは、辛いかも
僕は和風料理専門だし、洋風のお菓子なんて、簡単なモノしか作れないぞ
言い合い中の2大勢力を他所に、料理の出来る3人で話し合いをする
「3人で丸2日……どうやって調理を回すか……」
「そうね……ケーキ類は、前日の夕方に家庭科室を使って作っておき、冷蔵庫にしまって置けば良いし、クッキーも型だけ作って、オーブンに入れて焼くだけにして置いたり……前日に下ごしらえをして置けば何とか回るかも」
「あ、あの……当日じゃないと出来ないものは?」
控え目な性格な少女が、申し訳なさそうに手を上げて質問してくる
「それが問題だよね、富田さん。スパゲッティは、麺茹でて市販のソース掛けるだけにすれば、時間短縮出来るけど。メニューのこの……オムライスって、チキンライス作って炒めなきゃ成らないし、玉子をフワトロでのせたり手間だよね」
「あの……私、富田じゃなくて、富岡真澄です」
「本当、誰よこのメニュー作ったの、料理するのが3人なんだから、コーヒーと紅茶……あとケーキとクッキー位で良いのよね。富白さんも、そう思わない?」
「だから私、富岡……」
もう訂正するのも面倒だとばかりに、溜め息をつくクラスメイトの少女
そこへ━━━━━━
「そのメニューは、俺が書いたんだぜ」
いつの間にか、男女の言い合いから抜け出してきた正哉が、胸を張って言いきった
「やっぱり正哉かぁ……通りで、去年正哉と行ったメイド喫茶のメニューに似ていると思ったわ……」
「斎藤君さあ、料理する方の事も考えてないでしょ」
「な、何だよ。オムライスは外せないだろ? あのケチャップで文字とか絵を描いて貰うのが良いんじゃないか!」
「正哉のオムライスには、僕が『チャーハン』って書いてやるよ」
「私なら『返り血』って真っ赤に染めるわ」
「お前ら……色気が全然ねーな。せめて『だいすき!』とかにしてくれよ。ねえ富沢さん」
「富岡…………いえ、もうそれで良いです。ところで3人は、仲が良いんですね。いつも、お昼とか一緒に食べてるし」
「俺ら、そんなに一緒に居るか?」
「ん~、確かにお昼は一緒な事多いけど……学園に入学してからは、あまり遊ばないよね」
正確には、龍神とかオロチとか色んな事がありすぎて、遊んでいる間が無かった。
「えっと……じゃあ、斎藤君とどっちが付き合ってるの?」
「「「はぁ?」」」
僕達3人の声がハモる
「あのね、富井さん。僕は一応元男の子なんですよ」
旦那と言うか、元龍神の婚約者が居るし
「あれ? そうか……じゃあ斎藤君と高月さんが?」
「ないわ~。斎藤君シスコンだし、妹さん大事にするのは良い事だけど、度が過ぎちゃうのはねぇ……ちょっと無理!」
「俺も勘弁だ。高月は乱暴者で、すぐプロレス技の実験台にするし、俺は妹か巨乳にしか興味ねえ!」
あ、ヤバい……香住の怒りゲージが上がっていく
「じゃあ、妹で胸が大きければ誰でも良いの?」
「おおよ! 寧ろ胸に潰されたいね」
僕は巻き込まれないように、距離を取ると━━━━━━
正哉の腹部に香住の鉄拳がねじ込まれ、そのまま教室の床へ突っ伏した
だから胸の話は禁句だと言うのに……アホな奴だ。僕も今朝の登校時に、ドラゴンスクリューされたから、他人の事は言えないんだけどね
香住は悶絶中の正哉の足を掴むと、持ったまま回転を始めた
ジャイアントスイング!?
そのまま回転を速めていって、十分遠心力が乗ったところで足が放されると
正哉の身体が放物線を描きながら飛んでくる……
ん? 飛んでくる!? 僕は何も言ってないのに、同罪かよ!!
「ぐはぁ!!」
正哉と一緒に、机や椅子を巻き込んで、教室の壁際まで吹っ飛ばされる
「痛てて……」
「毎回思うんだが、俺らよく生きてるよな」
「それは、正哉が毎回懲りもしないで、香住の前で胸の話するからだろ」
巻き込まれる方の身にも成ってくれ
正哉と二人で、揉みくちゃになった机や椅子の瓦礫を退かしていると━━━━━━
「瑞樹千尋!! また斎藤君とイチャイチャと……」
出たよ、鴻上千鶴。何かと僕に絡んでは、目の敵にする怖い女の子
だいたい、正哉と一緒に机の下敷きになってるのだが、どうやったらイチャついてる様に見えるんですか?
一度本気で眼医者に行った方が良いぞ
どうにか、邪魔な机をどかし立ち上がると、鴻上さんが奇声をあげながら、椅子の脚を持って振りかぶる
「おわぁあ! 危な!!」
振り下ろされた椅子の背もたれを白刃取りして受け止める
「どうして受け止めるのよ!」
「止めなきゃ、僕の頭に直撃するでしょが! 脳天直撃するのは、ゲーム機の『土星』だけで十分だよ!」
「また古いネタが出たな……俺ら生まれてなくね?」
「正哉、冷静に突っ込んでないで、助けてよ」
「しょうがねーな。鴻上! ハウス!」
正哉がそう叫ぶと、鴻上さんは椅子を離して、自分の席に戻っていった
犬かよ!!
飼い慣らしてるな……夏休みに何かあったのか?
散らばった机や椅子を戻していると━━━━━━━━
『おい、千尋。足元に居るから持ち上げてくれ』
ん? セイから念話?
『朝居なかったけど、どこ行ってたんだよ』
小さく成ってるセイを持ち上げると、僕の頭の上に乗せる
『いや、正哉の奴に、妹を見てきてくれと頼まれてな』
正哉……また妹さんをストーキングしてるのか……困った奴だ
僕の頭の上にいるセイに、気が付いた正哉が近寄ってくると━━━━━━
「おお、セイの旦那。頼んでいた件、どうだった?」
「どうもこうも、小百合とか言う雌の友人がベッタリ張り付いてて、人間の雄共は近寄れんから安心しろ」
「そうか、あの子が一緒なら安心だな」
「向こうの学校は始業式とやらで、半日で帰っていったからな。特にする事も無いんで、帰りに千尋の学園に寄ってみたんだが……こっちは半日で終わりじゃないのか?」
「出し物の配役が決まらないんだよ」
「そうなのか? 正哉の妹の処の学校は、『しゅうがくりょこう』と言うヤツの話し合いも終わっていたぞ」
「修学旅行だって!!」
「正哉、落ち着け。僕らだって去年、中学3年の時に行っただろ?」
「ああ、2泊3日で東北だったな……」
ちなみに、ウチの学園の3年生は京都らしい。
丁度、赤城神社の龍の巫女をしている神木先輩が3年生なので、来月京都へ修学旅行のはずだ
「もう一年経つのか……懐かしいね」
「こうしちゃ居られん! 千尋。俺は東北へ行くぞ!」
正哉がそう宣言する
こうして、東北へと…………行けるかぁ! 学園祭どうすんだよ!
また一悶着あるのだった。




