27 九枝九色乃八尋鉾(ここのえくしきのやひろほこ)
12メートルの長さを超える八尋鉾へ九頭龍様が触れると、光を放ち鉾の中へと吸い込まれるように消える
光は八尋鉾へと移り、鉾の先端が変形していく
鉾は枝分かれし九股の矛先を創り出すと九色に輝きだす
『さあ、若き龍神よ。儂を振るってみよ。そして九頭龍山で儂を感動させた、あの戦いを……心震える感動を見せてみぃ!』
八尋鉾の中から、九頭龍様の声がするが、振るわなくも分かる
これ……振るったら確実に、苗場山が地図から消えると思う……
いや、抉れてクレーターが出来るな……これ
試しに、軽く横に薙ぐと、大岩が豆腐を切るかのように、真っ二つになった
同じ龍神だからか、九頭龍様と相性が良すぎて威力が上がりすぎる
「駄目です。これで大技とか、威力ありすぎですよ! 土地神様の天香山命様が嘆きますって」
「う~む。それはマズイ。この地を借りると言った、儂の顔もあるのでな」
草薙剣から出てきた、建御雷様が額に皺を寄せて言う
『じゃが、他に切り札は無かろう』
「いいえ、切り札ならあります。八尋鉾……本来の使い方をすれば良いんです」
神器 八尋鉾
形も長尺の鉾であり、呼び名も『鉾』と言ってはいるが
実は呪術の礼装として使われた『杖』なのである。
相手の結界を破ったり、術者の術の効果を飛躍的に上げられる等の効果があり、数ヶ月前に異空間『籠雌』へ閉じ込められた時も、この八尋鉾で出口を抉じ開けたり
他にも、淤加美神の高速飛翔を助けるなど、術の効果倍増も証明されている、長尺の鉾型神器礼装なのだ。
『本来の使い方とは、術の効果上げるやつじゃろ? 御主は水がなければ何も出来んじゃろ』
確かに、九頭龍様の言う通り。僕は自分で水を出せないので、近くに水が無ければ何も出来ない。ダムの水を使いたくも、苗場山を降りねば成らないしね。
だが、そこに念話が入る━━━━━━━━
『おい、千尋。定位置に着いたぞ。始めて良いか?』
『セイ! 本当に良いタイミング!』
すぐにゴーサインを出すと、背後のダムから水柱が上がる
その水柱は、こちらへ軌道を変えて、僕を目指して飛んできた
「ふはははは。どうやら、目測を誤ったらしいな。水流は巫女に当たるぞ!」
沼田は、僕らが同士討ちになったと錯覚し、歓喜の声をあげるが
「残念ながら僕もね、水神の龍なんだよ……」
そう、水は力になっても、ダメージを負うことは無いのだ
水が背中に当たると同時に、漆黒へと変換していく
僕を中心に闇が広がっていくが、問題が一つ……
近くに味方が大勢いるのだ。
通常なら味方ごと、漆黒に巻き込んでしまうのだが━━━━━━
今回は、九頭龍様の御霊入り、ブーストアップ八尋鉾がある
僕は八尋鉾の力を使い、漆黒を創っている闇淤加美神の力とは別に、高淤加美神の光の力を呼び出すと、光で味方を包み込み、漆黒へ呑まれぬようコーティングした
『千尋! 御主正気か!? 妾とて、光と闇を同時に使った事などないのに』
『ええ、淤加美様。八尋鉾のお陰で、どうにか制御しています』
僕の身体の中の淤加美様が心配してくるが、何とか行けそうだ
周囲に漆黒の霧が立ち込める中、偽オロチの再生が終わるが━━━━
いまだに藤堂さんの撃った、麻痺弾が効いているのか、動きが鈍い
僕は、そんな偽オロチへ向かい、漆黒の霧を纏ったまま歩んでいく
御霊入り八尋鉾のブースト効果もあってか、前に碓氷で使った漆黒とは、比べ物に成らぬほどの、闇の純度である
触れた途端に、融けて漆黒の一部になっていく偽オロチ
その痛みによるものなのか……咆哮をあげてブレスを吐いてくるが、そのブレスさえ漆黒の霧に融けて消える
ごめんよ……人間の勝手で生み出されたのに、人間の勝手で消されていく……
せめて、僕が……全ての生命の源である水に戻してあげるから……
どうか……次に生まれてくる時は、幸せな一生を……
そう願いを込めて、漆黒に融けていく偽オロチへ手を伸ばし、偽オロチの頭を抱き締めるようにして、胸へ引き寄せる
偽オロチはおとなしくなり、目蓋を閉じると一筋の涙を流し、闇に融けて消えていく
本当にごめんね……
偽オロチが完全に融けきると、僕は漆黒を水へ還元していく……その水は、小川になり苗場山を流れていった
きっと、偽オロチの水は、再び輪廻を廻るだろう
何処かで……もう一度……
『千尋……御主……泣いておるのか?』
『いえ淤加美様、大丈夫です』
漆黒の霧が完全に消えて、辺りに静寂が戻ると、既に日が沈み夜の帳が下りていた
「そ、そんな! 私の創ったオロチが……」
沼田がオロチの消えた地面に膝を折り手をついた
「なんじゃ、こやつも助けたのか? 一緒に融かしてしまえば良かったのに」
僕の中から出てきた淤加美様が、辛辣に言い放つ
「一応、今回の騒動の首謀者ですからね。西園寺さんに引き渡しますよ。それに……」
沼田の処遇は、小百合ちゃんに任せるって約束しちゃったし
僕は、後ろの小百合ちゃんへ視線を向けると━━━━━━
手に大きなスタンガンを持って、薄ら笑いを浮かべる小百合ちゃんの姿が……
「うふふ。沼田先輩……まだ終わってませんよ」
「なっ!? 小鳥遊小百合……貴様、まさか……」
「はい。ウチのお父さんが痴漢撃退ようにって買ってくれたスタンガンですが、電池を大型のものに代えてあるんですよ。お陰で長時間使えます」
菩薩のように微笑む小百合ちゃんだが、目だけが……笑っていない
バチバチとスタンガンのスイッチを入れて、作動を確かめながら沼田へ近付いていく
「や、やめろおおおお! オボボボボ……」
電気ショックで、既に言葉を発していない沼田
「あの……小百合ちゃん? 脳までヤられると、証言が取れなく成るから、程々に……」
「なーに、心の臓が止まったら、儂の雷で……」
いやいやいや、建御雷様……それ蘇生の前に黒焦げですから
沼田が大丈夫なのか心配し、オロオロする僕の後ろで、他の皆は撤収の準備をしている
ダムに居たセイが合流し、龍脈を開くと━━━━━━
「千尋はどうすんだ? 八尋鉾がつっかえて龍脈へ入れないだろ?」
そうだった……八尋鉾が長すぎて龍脈使えなかったし
何せ12メートル以上もあるのだ、電柱と同じぐらいの長さなのが仇になり、持ち回しが困難な鉾である
持ってきた香住に、持って帰って貰おうと、空を仰ぎ見るが━━━━
居ねーし!!
どうするのよこれ……
中身の御霊が無いとはいえ、神器だから棄てていくわけに行かないし……
「瑞樹先輩はどうするんですか?」
そう聞いてくるのは、気を失って、ぐったりしている沼田の襟元を掴み、龍脈へ引き摺る小百合ちゃん
「あ、いや……沼田、死んでないよね?」
「ええ、残念ながらバッテリー切れです」
いやいやいや、バッテリー切れが残念なの? それともトドメを刺せなかったから?
本当に仕返しし足りないって顔しないでよ……怖いからね
僕は先に帰って良いよ、と小百合ちゃんを送り出し、夜の苗場山を歩いて下る事にした
「はぁ……日付変わるまでに、神社まで帰れるかな……」
龍眼があるので、暗闇でも足元が見えて平気だが、何せ徒歩で帰るのだから、時間は掛かる
しかし、過去の経験から、リュックサックに着替えを入れて持ってきて置いて、良かったわ
裸で歩いて帰れば、猥褻……なんちゃらで、逮捕だったし
夏休みなのに、地元紙の一面を飾るところだった
もう閉まってしまった、ロープウェイの山頂駅に置いていた着替えを出し、私服へ着替えていくと、足元に気を付けながら斜面を下る
結局、水上までジープで迎えに来てくれた、佐伯さんに助けられ、どうにか日付が変わる前に神社へ着くことが出来た
帰りの道中……佐伯中尉の話では、僕達が龍脈で出発した後に、昏睡から目覚めた藤堂さんと共に、ヘリを修理し飛べるまで直した後、どうしても一発お見舞いしたいと言う藤堂さんの頼みで、狙撃をしに行ったらしい
的が大きいとはいえ、不規則に揺れるヘリからの狙撃は、見事だったと称賛する佐伯中尉
本当に、藤堂さんを尊敬しているんだな
その後、藤堂さんと西園寺さんは、首謀者の沼田が捕まったので、命を狙われる心配もなくなり、病院へ入院したとの事だが、藤堂さんの骨折がレントゲンで見付かり、しばらく入院とのこと
西園寺さんに至っては、骨に異常もなく、外傷も塞がっているため、検査入院程度で、直ぐ退院出来そうとのことなので良かった
沼田一派の方は、散り散りに逃げたらしいが、全員捕まるのも時間の問題だろう
そして━━━━━━━━
「ただいま~、やっと帰って来れたよ」
玄関をあけたら、沼田が飛び出してくる
「た、助けてくれ! もう電気ショックは嫌だ!」
僕の足にしがみ着く沼田の後ろで、充電が終わったスタンガンを、バチバチ言わせながら廊下を歩いてくる小百合ちゃんの姿が……
まだやってたんだ……
ちょっと沼田が可哀想になった
「瑞樹先輩、お帰りなさい。徒歩にしては早かったんですね」
「うん、佐伯さんが車で迎えに来てくれてね、お陰で助かったよ。それで……沼田を連行したいって、境内で待ってるんだけど……」
「えー、まだ充電したばかりなのに……」
「おい! おとなしく連行されるから、小鳥遊小百合を近付けないでくれ!」
そう言い、震えながら沼田にしがみ着かれる
「さっさと佐伯さんへ、身柄を渡しちゃおう。失禁されても厄介だし」
そう言って外で待ってる佐伯さんに、沼田の身柄を渡すと、おとなしく連行されていった
「残念です、まだ小百合の恨みを張らしてないのに……」
心底残念そうに、居間へ戻って行ってしまう
んっ?? 今、『私の』じゃなくて『小百合の』って他人の仇の様に聞こえたけど、気のせいかな? まあ、自分のことを名前呼びする女の子は居るし、変じゃないんだけど……
ちょっとだけ、違和感があった……気のせいかな
僕は、靴を脱いで居間へ向かう━━━━━━━━
そこには、何時もと変わらない風景があった
「あら、早かったのね。皆夕御飯食べちゃったけど……」
洗い物が終わったのか、台所から出てくる香住にそう言われた
「誰も待っててくれないのかよ!」
薄情な奴等だ
「御主は歩きだし、帰りも何時に成るか分からんじゃろ」
揚芋菓子を食べながら、そう答える淤加美様だが……
八尋鉾があったんだし、鉾の力で淤加美様が飛翔をしてくれれば、良かったんじゃないですかね?
ま、自由気ままな、神様達に言っても、始まらないか
喉元まで出掛かった文句を飲み込むと、台所へ何か食べ物が無いか、探しに行くが
簡単に食べられそうなモノは、何も残って居なかった
香住が、何か簡単なモノ作ろうか? と言ってくれたが、一人分を作るのに、煩わせたくないからと断って、コンビニへ行くことに
だって香住は、簡単なモノと言いながら、料理に妥協しないからね。今から凝った料理とか、やっぱり悪いし……
コンビニへ何か買いに出たのだが、石段を下りきった処で、淤加美様が出てくる
「千尋、御主……身体は大丈夫か?」
「淤加美様? 急にどうしたんです?」
「……最近の御主は、常軌を逸しておる。龍脈を引っ張ったり……今日なんか、相反する『光』と『闇』を同時に使いおった……此れがどれだけ異常な事か、御主に分かるか?」
「異常もなにも、元々淤加美様の力でしょ? 僕はそれを借りているだけで、何も……」
「確かに、光の高淤加美も、闇の闇淤加美も、儂の力じゃが……両方を一辺に使った事はない」
「そんな大袈裟な、大丈夫ですって」
「良いから聞くのじゃ。水と火が同じ場所に存在できぬよう、光と闇もまた同じ場所に存在できぬのじゃ」
「火と水なら存在出来ますよ。お風呂です」
「戯け! 風呂は、間に金が挟まっているじゃろうが!」
(五行で言う『金』は金属の事です)
「冗談ですって、本当に大丈夫ですよ。変なところは無いし……」
淤加美様、心配性だなぁ
「良いか……今回、たまたま大丈夫だっただけかもしれんし、2度と同時使いはせぬようにな」
「分かりました、どうせ八尋鉾無しでは、光と闇を同時に使えませんから」
「鉾があっても使うで無いぞ!」
しつこいほど、釘を刺されたが━━━━━━━━
コンビニ行くなら、芋菓子を買ってくるように言われてしまった
何か……説得力が一気にゼロになったわ
消えた淤加美様を見送った後、残暑で暑い熱帯夜をコンビニへ向かうのだった




