26 苗場山にて
お昼を回り、3時のおやつの時間になろうと言うのに、沼田と偽オロチは現れようとしなかった。
皆、待ち草臥れてしまい。淤加美様達は、約5500メートルにもなる、日本最長のゴンドラを乗りに行ってしまった。
『ぬおお、凄いのじゃ! まるで龍が天に昇るようじゃのぅ』
淤加美様から歓喜の念話が飛んでくる
『燥ぐのは構いませんが、他の人の前で、飛んだりしないでくださいよ』
大騒ぎに成りますから……
『五月蝿い奴じゃのう、分かっておるわ、御主の旦那も居るので、大丈夫じゃ』
『セイが一緒だから、余計に心配なんです!』
『お前らな……念話が聞こえてるぞ!』
『聞こえてるなら、ちゃんと淤加美様を見ていてよね』
うむ、任せておけと返事だけは良いのだが……セイの奴、大丈夫か? 本当に……
僕は頂上で、オリジナルオロチの壱郎君と、偽オロチ待ちをしているが、なかなか姿を現さないのに、すっかりヤル気を無くしている
巌流島の佐々木小次郎になった気分だ
更に、時間が過ぎ……日が暮れそうと言う時刻に、遠くから大型ヘリ数機が巨大な生物をワイヤーで吊るしてやって来るのが見えた
僕達のヤル気減少は、既にイライラへと変わっていて、日没迄に現れなかったら、帰ろうとしていた処だ
夕日をバックに、飛んでくる姿は、さながら西部劇でも真似ているようだった
まさか……格好をつける為に、夕方まで待ったんじゃ無いだろうな?
僕達は、さらにイライラが募る
「おい、雌龍。もう此処から撃ち落としちまえよ」
かなり御立腹な壱郎君が、そう提案するけど、ヘリを操縦している人達にまで、当たりそうだし
さすがに、それは我慢する。
大型ヘリが近付くにつれ、偽オロチが良く見えるようになるが、首が……3本!?
と言うことは……全ての頭が、それぞれ個のDNAを持っていると言うことになる
もし同一のDNAなら、1頭分で8本全部の頭が復元出来た筈だからだ
しかし、此方側には喜ばしい事で、3本って事は8本の完全体より、半分以下の戦闘力だと言うことだから、かなり勝算は上がる筈
ヘリはやがて真上まで来ると、ゆっくりと地上へ降りてくる
目と鼻先に降ろされた偽オロチだが……なんと言うか━━━━━━
小さい……
いや、地上最大の哺乳類である、象よりも遥かに大きいのだが、神話では山と同じ大きさだと聞いていたし、オロチの心臓だって、勾玉へ封印される前は、大型トラックで輸送していたと言う話だった
そこから想像するに、オリジナルの大きさは、相当な巨大な蛇の集合体であり
対する偽オロチは、象3~4頭分位の大きさだから、肩透かしも良いところだ
「こんな貧弱なのがオレの紛い者だと? 馬鹿にしやがって」
オリジナルの壱郎君が怒るのも無理もないが━━━━━━━━
「落ち着きなよ、あれでも首3本。単純計算で壱郎君より3倍の強さだと思うよ」
まあ、DNAのコピーだから戦闘の経験までは、コピー仕様がないだろう
よって戦闘が長引いて、戦闘経験を積ませては、どんどん差が広がっていくという、此方に不利な条件が重なって行く事になる
一気にけりを着けよう……そう思ったとき━━━━
飛び去るヘリから黒い何かが飛び降り、少し斜面を下った場所に落ちていった
マズイ! あそこは、尊さんが伏兵として、隠れている場所の辺りだ
「挑戦状は受け取ったよ、オリジナルのオロチ君。遅くなって済まないね。何せ培養液を出たのが昼前だったのだから、調整に手間取ってしまったよ」
そう言って、偽オロチの陰から白衣の男が姿を現した
「沼田克彦……」
「おおっと、生意気に天才の私を呼び捨てとは、一体キミは……ふむ……報告書にあった元人間の娘か? 龍と聞いていたが、タダの巫女ではないか」
僕の身体を値踏みをするように、頭から足元まで眺めてそう答える沼田だが
どうやら、僕の角と尻尾は見えていないようだ。霊力は無いと言うことかな
「ただの巫女で悪かったね。散々待たされた鬱憤を晴らさせて貰うよ」
「威勢の良いことだが、お前達の作戦は、全部衛星で見てたので、全てお見通しだよ。どうやら、伏兵が居たようだが、そちらには失敗作を差し向けて置いた、断念だったね」
失敗作!? 昨日の黒スライムか?
アレがまだ居たなんて……想定外だ
道理で沼田一派が、誰もヘリから降りてこない訳だわ。制御の出来ない、失敗作の黒スライムに、巻き込まれたくないのだろう
しかし、衛星か……それも完全に見落としていた。異形との戦闘ばかりだったので、現代戦の宇宙の眼である衛星を忘れていた
此方には、天候操る術があるのだから、曇りにして衛星の眼を奪って置くのだったわ
完全に僕の落ち度だ
「さっきから、お前らの話……『えいせい』とか……よく全然分からねーけど。神器の兄ちゃんが危ないのは、何となく分かった。此処は任せて助けに行きな」
「壱郎君……こっちも余裕なんて無く、最初から不利な状況じゃないか」
「ばーか。最初から不利なんて、やってみなけりゃ分かんねーだろ。元々、紛い者をぶっ倒すのがオレの目的だしな。だから、心配せずに行け」
「…………済まない、直ぐに戻るから」
「ふん。其れまでには、ぶっ倒して終わってるかもな」
壱郎君、強がって見せているが……絶対無理だわ
僕は、荒神狼のハロちゃんに残って貰うと、全速力で斜面を下る
今回の偽オロチ戦で、切り札である『雷神剣草薙』の撃てる、尊さんがやられたら、逆転は不可能になってしまうのだ
同じ意味で、1発が限度の雷神剣草薙を、黒スライムに使ってしまっても、詰みである
だからと言って、御霊無しの神器では、複製されてしまい尊さんに勝ち目はない
僕は斜面を下りながら、セイへ念話を飛ばす
『そちらの用意は?』
『もう少しでダムへ到着する処だ』
では、手筈通りに。と言って、念話を終了すると━━━━━━━━
僕は更に斜面を加速し、尊さんが戦っている場所へ向かうが
ヤバ! 勢いが着きすぎて止まれない
ならば、いっそうの事……このままペットボトルの水を漆黒に変換し、纏いながら黒スライムに突っ込む!
ペットボトルの蓋を外している間が無いので、ペットボトルごと漆黒に融かし変換していく
黒スライムが……3匹!?
ええい、近いのから片付けるしかない! そのまま進行方向にいる黒スライムに突っ込むと、プシューっと音を立て漆黒に融けて消える
まず1匹! そのままオーバーランで下ってしまったが、どうにか崖ギリギリで止まり、踵を返し登りに切り替える
「雨女! 助かったぜ」
「此処は僕に任せて、尊さんは偽オロチの方を」
建御雷様の姿が見えないが、尊さんの持つ草薙剣の刃に雷が走っているので、神器解放は既に行っているようだ
御霊入りにしていると、大技を撃たなくも、どんどん体力が減っていくのに、大丈夫なのか?
でも、神器解放は行わないと、黒スライムに複製されてしまうし、仕方なかったのだろう
黒スライムは僕の漆黒と相性が悪いと察したのか、尊さんの後を追おうとするが
踵を返した処を、漆黒で捕らえ闇に融かす。残り1匹
漆黒は真似したくても、水が無ければ出来ないし、簡単に融けて良い感じだ
元々、再生が高いだけで、防御力は少なかったのだろう、漆黒に触れただけで即融けるし
残りの黒スライムに、漆黒を纏いながら近付くと━━━━━━
なんと! 黒スライムは自分の身体の水分を、漆黒に変換し始めたのだ
真似っこめ……だが、それは自滅への片道切符である
僕が漆黒を纏っても平気なのは、『術反射』が常時発動しているからであり、他の者が漆黒を纏えば、たちまちのうちに、自らの身体が闇に融けて、消えてしまうだろう
まさに目の前で、自らを闇に変換し、闇に融けて行く黒スライムがそうである
僕も全くの無事でもないんだよね、服融けちゃうし……あれ? 勾玉どうしたっけ?
………………あ! 小百合ちゃんに預けたままだ!
小百合ちゃんと先輩には、戦闘が落ち着くまで、隠れて居るように言ったし。たぶん、大丈夫だと思うけど……無茶しないよね?
既にお昼から長時間待たされたし、沼田に突撃してなきゃ良いな……
嫌な予感を抱きながら、斜面を登るが
移動の際に、漆黒が地面を削るので、抵抗が掛かり重くて仕方がない。
でも、漆黒を解いてしまうと、水場がない限り、再び漆黒が張れなくなってしまう
ダムへは、苗場山を降りなければ成らないし……
仕方がない、最低限の薄さまで漆黒を解いて、抵抗を減らし登る速度を上げる事にする
そうやって登っていくと、丁度尊さんが偽オロチへ雷神剣草薙を放つ処だった
雷を纏った衝撃波が偽オロチへ迫る━━━━━━
直撃! 轟音と共に砂礫が舞い、爆風で目を開けていられない
やったか? 誰もがそう思って疑わなかった
やがて、爆風が収まり、埃が散って視界が晴れていくと、黒く焦げた塊が残っている
「嘘……だろ?」
尊さんがそう呟くと、体力を使いきった為に膝を折った
『神器解放を行ってから、だいぶ体力が削られてしまっておったし、仕方がなかろう……』
そう草薙剣から、建御雷様の声が聞こえる
つまり、100パーセントで撃てなかったと言うことか……
完全に仕留めきれなかった偽オロチは、既に再生を始めていた
尊さんの傍らには、やはり満身創痍の壱郎君と狼のハロちゃんが、肩で息をしている
マズイ、僕も殆ど漆黒を解いてしまい、偽オロチを融かせるほど残っていない
「ふはははは。どうだね!? 私の創った最高傑作は! 最早、オリジナルすら、及ばないほどではないか! 素晴らしい! 実に素晴らしい! オリジナルに代わって、私のオロチが真のオロチと成るのだ!」
沼田の白衣が、土埃で薄汚れて居るところを見ると、雷神剣草薙の衝撃波で吹っ飛ばされ、斜面を転がっていたのだろう
そんな、沼田が大袈裟に勝ったぞ! と燥いでいると━━━━━━
沼田の背後から、背中を蹴り飛ばす、小百合ちゃんが現れる
「この天才を足蹴にするとは、いったい……」
「あら? 私の顔を覚えていませんか? 沼田先輩」
「貴様は! 小鳥遊小百合!?」
「覚えてらしたのですね。お久しぶりです。7年ぶりでしょうか?」
「忘れるものか! 貴様のお陰で、エリートコースから落とされ、再び這い上がるのに、どれだけ苦労させられたか……」
「あら、沼田先輩の部屋にある標本とか、動物虐待の証拠を教育委員会へ提出しただけですよ。沼田先輩のように口で嘘の噂を広めたのと違い、ちゃんと写真の証拠付きですから、どちらの言い分が正しいか、教員達も分かったのでしょうね」
「貴様……それを教育委員会だけでなく、ビラにして校内に撒いただろ! 噂が噂を呼んで、人間の標本もあるんじゃ? なんて言われ、家宅捜索まで入ったんだぞ!」
「それは知りませんよ。普段の行いが悪いから、変な噂が出るんです。まあでも、動物虐待は本当の事でしょう?」
「動物だぁ? ふんっ! あんなものモルモットではないか! ネズミも猫も犬も、たいして代わらんさ。私の精神安定剤代わりにで死んで貰ったのだ、役に立っただろう」
こいつ……命を何だと……
実験と虐待は違うだろ! 救いようが無いとは、この事を言うんだな
そんな、沼田に気を取られてる間に、偽オロチの再生がだいぶ進み、3本の頭のうち1本回復してしまう
「ふんっ! オロチよ、小鳥遊小百合を殺れ!」
命令を受けたオロチの口が開き、ブレスを吐こうとする
マズイ、小百合ちゃんの前へ割って入ろうにも、距離がありすぎる!
間に合わない! そう思った時━━━━━━━━
何か小さいモノが偽オロチを貫き、急に動きが止まったのだ
そして、遅れて銃声がする
銃声が後から来るほどの長距離狙撃!?
後ろを振り返ると、遠くの空に、ウチへ不時着したヘリが、調子悪そうに飛んでいた
直ぐ様、『龍眼』を使い望遠を行うと
運転席に佐伯中尉、後部に双眼鏡を持った西園寺さんと━━━━━━━━
あれは! ライフルを構えた藤堂さん!!
良かった、気が付いたのか
西園寺さんが、双眼鏡を覗きながら親指を立てると、ヘリは南へ引き返していく
一矢報いたって感じか……格好つけちゃって……無茶するよな、本当に……
偽オロチの方は、痺れて動けないみたいだ
「此れは、1課の開発した麻痺弾!? くそう! 西園寺と藤堂め! 生きていたのか!?」
悔しそうに地団駄を踏む沼田だが、偽オロチを倒せる切り札が無いのは、此方も一緒
どうしたものか……
そう思案していると━━━━━━━━
上空から水のレーザーブレスが偽オロチを切り裂く
あれは……龍化した淵名の龍神さんと、背中に乗った香住!?
「遅れて行くって言ったでしょ。淵名の龍神様を呼んでいたの」
そう言って長い棒を投げて落とす
「危な!! 当たったらどうすんだよ!」
「大丈夫よ、当たらないように投げたから」
いや、絶対狙ってただろ。それに此れ……柊の八尋鉾!?
「ウチの物干しにしていた八尋鉾じゃん! 中身空っぽだよ」
「うん。だからそれを御霊入りにしたら、草薙剣と同じでしょ」
うぁ、理屈じゃそうだけど……
「ならば、儂の出番かのう」
「く、九頭龍様!?」
「ほっほっほ、久しぶりに滾りおるわい」
そう言って九頭龍様が八尋鉾に入ってしまった
光輝き変化する八尋鉾
何か、凄いことになった




