23 有能な証
沼田 克彦
7年前、猫を虐待し放置した上級生の主犯格であり。虐待したのは、小百合ちゃんの方だと、嘘の噂まで流した救いのない奴だ。
当時9歳だった僕は、猫の前で泣き崩れた少女と共に、近くの御寺へ猫の手当てをお願いしに連れて行った。
その時の少女が、小百合ちゃんであり。手当てをして貰った御寺は、小鳥遊 尊さん、緑先輩の御実家だったのだ。世間は狭いね
その後の、小百合ちゃんの懸命な看病により、猫は元気に歩けるようにまで成ったのに
再度、その馬鹿共の虐待を受けてしまう
経緯は説明してくれなかったけど、小百合ちゃんが猫の復讐をして、沼田達は町から出ていったとの事だったが……
僕が当時9歳で、小百合ちゃんが8歳。沼田が12歳だったので、7年経った今では、19歳に成ってるはず
転校していったから、中学以降の事は分からないけど
少なくとも、小学校時代では神童と呼ばれ、生物学に飛び抜けた才能を開花させていた
僕が、名前だけ聞いていたのは、天才だと噂になっていたからだ。
まさかあの性格最低な上級生が、その天才とは思わなかったけどね
沼田は、生物に対する興味が尽きなくて、仕方がなく。
噂ではカエル以外にも、標本にした生物は百を超えるとか……まぁ、噂には尾ひれが付いてくるのが、世の常なので、話半分に聞き流していたが
どうせ、良いとこ10匹とかだと思う
あくまで噂なんで、本当の処は分からないけどね
今、沼田の前に、龍に成った僕が出て行ったら、真っ先に標本にされそうである
西園寺さんの話では、その沼田が今回の首謀者と言うことだが━━━━━━━━
「皆、襖の向こうで、聞き耳立ててるのバレバレだし。そんな処で聞いてないで、ちゃんと出て来て、座って聞きなよ」
僕は襖の向こうへ呼び掛けると━━━━━━━━
「何だ、バレて居たのか……」
セイを筆頭に、神様組3柱と婆ちゃんを除く、4人が出てくる
「あのなぁ、小百合ちゃんが出て来た時、後ろの奴等も丸見えだったし」
呆れながら言うと
「もっと早く言えよな」
聞き耳立ててた事を、棚の上にあげた尊さんが文句を言う
「それにしても、小百合と千尋ちゃんが、7年前に知り合ってたなんて……私、全然知らなかったわ」
「姉様、ごめんなさい。私も当時の男の子が、女の子に成ってると思いもしなかったので……最近まで別人だと思ってたんです」
確かに、当時は正真正銘、人間の男の子だったし、名前も告げずに別れたからね。7年も前の事なんで、僕自身もすっかり忘れていたよ
そもそも、女の子に成ったの4ヶ月前であり。しかも、ただの女の子じゃなく、龍の雌にされちゃったから、当時は大変だった。
まあ、角と尻尾以外は、人間と変わらないし、慣れたから良いんだけどね
僕を雌にしたセイと、祝言を挙げる予定だったが、色々あってセイの寿命延びたし、僕も学園は卒業したいと言う事で、祝言を急ぐ事もないからと、婚約状態で止まっているのだ。
話は戻すが、沼田に関する僕たちの情報はこんな処だ
全員、西園寺さんの回りに集まった処で、話を始めようとするが、やはり傷が痛むらしく、辛そうにしている
そんな時、小百合ちゃんが持ってきてくれた、痛み止とお水を西園寺さんに渡す
「ちょっ! 小百合ちゃん。それ生理痛に効くって書いてあるよ」
「瑞樹先輩のおウチの薬箱は、ガーゼとか包帯ばかりなんですもの……此れは、私の持ち歩いてる常備薬です」
だから生理痛のお薬なのか……
そう言われて見れば……ウチの置き薬、最近補充されてないな
龍の身体に成ってからと言うもの、人間の使うお薬とか、全然効かないので、買っておいても無駄なんだもの……
ウチで唯一、人間やってる婆ちゃんも、病気知らずだしね
雑菌の滅菌、止血も覚えたんで、ガーゼと包帯があれば事が足りてしまう
そもそも、『再生』が常時発動されてて、脚もくっつく位なので、はっきり言って必要ないのだ。痛み止めは、効くのがあれば欲しいけど、龍体に効かないからね
これ……飲んでも平気? という顔で此方を見る西園寺さん
「今、箱の裏を読んだけど、生理痛の他に、外傷痛、打撲痛、骨折痛等にも効くようよ……私も酷い時、使ってるから大丈夫だと思うけど……」
箱の裏を読みながら、さらっと凄いこと暴露する緑先輩
それって祓い屋業で、怪我をした時に使ってるって事だよね?
私も此れにしようかな……って香住まで話に乗っかるし
男性陣が複雑な顔してるから、止めてあげて……
取り敢えず、用法通りに服用し、何処かへメールする西園寺さん
痛み止めが効いてきた処で、やっと本題に入った。
八嶋技研
此処は、過去から現在に至るまでの間、神々の勝手で翻弄されてきた人間の悲惨な歴史を覆すため、色々な対抗手段を研究する様に創られた研究施設である
尊さんの使っている櫛名田比売の櫛や、藤堂さんの使っていた梵字を刻んだライフル等も、八嶋技研の力作なのだという
その八嶋技研には1課~3課の部署があり
1課は人間の使える対神用武器の開発、2課は神殺しではなく、封印を目的としたモノの研究と作成、そして……今回問題の3課は、神の遺伝子を研究する処……
その3課に、沼田の父親が課長として就任
小学校時代に問題を起こし、引っ越した先でも中学で問題を起こす息子の克彦
天才であるが為に、他の生徒との共同生活に馴染めず、父の研究の手伝いばかりをしていたが、中学卒業後……生物学で有名な海外の学校へ入ると、頭角を現す事になる
現在の日本には無いが、海外の飛び級制度を利用して、大学課程まで一気に納め
父の研究を手伝うために帰国
そして━━━━━━━━
「オロチの遺伝子を研究し、オロチの弱点を調べる筈が……克彦君はオロチそのものを創りあげてしまった……」
手に持った水のコップを、開いているか分からない糸目で見ながら、そう言う西園寺さん
「それって……オロチのクローン!?」
僕が驚愕の声をあげると、セイが
「毒を以て毒を制すとは……人間にしては、突拍子も無いことを考えるではないか」
「感心して居る場合か! オリジナルだけでも厄介なのに、偽オロチなんて……」
「ええ、千尋君達、龍神の力を借りなければ、オリジナルの頭1つだって手に負えないのに、クローンだなんて危険すぎる」
確かに、制御出来ている内は良いだろうが。暴走した場合、止める手段がない状態では、本当の制御とは言えないのだ
僕だって、肆頭目のオロチを、足止めするのがやっとだったし
参頭目に関しては、淤加美様が凍らせて倒しちゃったけどね。まだまだ僕では、淤加美様の様には行かないや……そこが新米龍神と、神話の古龍神との差なんだろうな
そのクローンオロチが、どれだけオリジナルに近い能力かによるけど……
どうやら、一筋縄では行かなそうだ
思ったより深刻な事態に、悩んでいると━━━━━━
「なーに、俺の雷神剣草薙があれば、偽オロチなんざ一発で消し飛ばしてやらあ!」
そう啖呵を切る尊さんだが、何か忘れてませんか?
「尊さん……今回、雷神剣草薙を使って、人的被害が出なかったのは奇跡なんですよ。あんな威力の技を、ほいほい撃てるような場所が、今の日本にどれだけあるか……」
それと、もう2つ。
1つは、雷神剣草薙を使うには、建御雷様の御霊が必要に成るので、建御雷様の承諾が必要だと言うこと
もう1つは、今の尊さんでは、1発が限界である為。避けられたり、完全に倒しきらなかった場合、体力を使いきり、逃げることも出来ずに食われる事
その3つの問題をクリア出来ないと、解放神器を使うことが出来ないのだ
大きな湖やダムがあれば、僕が水を漆黒に変換して、突っ込んでも良いのだが
八頭の内のたった1つである、肆頭目のオロチさえ、完全に倒しきれなかったのに、偽オロチに何処まで効くのやら……
「しかし、今の処。人間に牙を剥く訳では無いのであろう?」
「セイ、何言ってるのさ。現に西園寺さん達を襲って、ヘリを落としてるじゃないか」
「それはそうだが……俺がその沼田と言う男の立場なら、自分の創ったオロチの紛い物が、本物を超えて見せるようとするわな」
なるほど……オリジナルを超えた『証』か……
セイの言うことにも一理ある、それが出来れば、自分の研究の凄さを証明できるからだ
「セイの考えが正しいならば、沼田の狙いはオリジナルのオロチか……」
「ああ、だが、楽観もできまい。本物は八頭の内の1つ……全盛期の8分の1の力しかない。偽オロチが何処まで再現出来たかは分からんが、本物に勝ち目は無いだろうな」
オリジナルが倒された後、次の狙いは……
おそらく、沼田を評価しなかった、日本とその国民。
海外では評価されて、飛び級までしているのだから、日本に対する逆恨みは一入だろうな
そう呟くと━━━━━━━━
「もしかしたら、まだ間に合うかもしれません。ボクと淳一郎達とで3課へ踏み込んだ時、クローンオロチは培養液の中に居ましたから」
その後、失敗作を嗾けられちゃいましたがね。と悲しそうに言う西園寺さん
あの黒い、ぶよぶよのスライムは、失敗作だったのか……
斬っても即再生する辺りは、オロチの再生力そのものだが、相手の能力をコピーするとか、既にオリジナルを超えてないか?
だが、西園寺さんの話だと、余計なコピー能力を付けようとして、形が保て無くなりスライム状みたいになったと、嗾ける時に沼田が言って居たらしい。
あれはあれで、十分に強かったぞ。御霊無しの神器まで再現して見せたし
雷神剣草薙が無ければ、倒せたか分からないしね。尊さんに言うと調子に乗りそうだから、絶対言わないけど。
まだ間に合うと西園寺さんは言うけれども、研究所には他の職員も大勢居るに違いないのだ、そんな処にカチコミ掛けても、雷神剣草薙も使えないし。無論、無差別に周囲を融かす漆黒も使えない
そう考えると、現存するオリジナルのオロチである、壱郎君を餌にして
此方の有利な地形へ、誘き寄せた方が良い気がする
そう皆に伝えると━━━━━━━━
「千尋君、やはりキミは龍になっても、心は人間なんですね。ボクなら迷わず、研究員の犠牲も厭わない、研究所襲撃を選びましたよ……でも、キミが味方で良かった」
そう言って儚く笑う西園寺さんだが、せっかくのチャンスを棄てて、勿体無いとも思ってそうである為
もし心配であるなら研究所には、龍脈でいつでも逃げられる僕が単身で突っ込み、最小の漆黒で培養中の偽オロチを倒す。駄目なら研究員を連れて脱出しましょうか? と西園寺さんに提案したが
研究員の中には、オロチをオロチで倒すと言う、沼田の考えに賛同する者も多く
そう言った沼田派の抵抗にあった時に、キミに偽オロチごと葬れる覚悟はあるか? と問われ。さすがにそれは無理だと伝えた。
最小の犠牲で成す大義もある。だが、16歳の僕に人の命を天秤にかける事は出来なかった。いや、例え100歳に成ろうとも、出来ないと言っているだろう
そうか、沼田派が居るのか……そう言えば、西園寺さんに病院へ連絡して良いか分からなかったと伝えたときに、『奴等に見付かる』と複数形で言ってたっけ
まあ考えてみれば、独りでクローンの作業出来るわけ無いし。内部に協力者が居ても、おかしく無いわな
沼田派に、龍脈移動の避難も邪魔される事を考えると、やはり研究所は放置にし、待ち受け作戦で行った方が良いだろう。
狙いがオロチのオリジナルなら、他の研究員には、手を出さないだろうしね
そんな時━━━━━━━━
「お邪魔するっす」
そう言って迷彩服を着た……見た目20代の男の人が部屋に入ってくる
「あぁ、佐伯君。わざわざ悪いね。O型の血液は持ってきてくれたかな?」
「はいっす。メールでのご指示の通り、内密に用意したっす」
そう言って、赤十字のマークが入った鞄を開けて血液のパックを用意し出す
「紹介しよう。佐伯 孝弘中尉だ」
「中尉!? お若いのに凄いですね」
「いえ。自分、此れでも来年40っす」
マジか!? どう見ても20代前半にしか見えない
迷彩服を脱いで、私服で若作りすれば、10代後半と言っても通りそうだ
まあ欺く言う僕も、他人の事言えないぐらい童顔だったから、女の子にされても違和感無かったのだけどね
西園寺さんの補足説明だと、佐伯さんは藤堂さんが自衛隊だった頃の腹心の部下で、とても慕って居たらしい。その後、藤堂さんは西園寺さんにより『八荒防』へ引き抜かれていったが
自分も、藤堂さんと一緒に行きたいと、西園寺へ直訴されたらしい
だが、藤堂さんが止めたのだと言う。『八荒防』は出来て間もない組織だし、神を相手にするような危険な組織へ、もうすぐ子供が出来る、お前を連れていけないと……
それを聞いて、妻子持ちなのに吃驚した。
まあ、30代後半なら、奥さんも子供も、居てもおかしくは無いんだけど、どーしても20代前半に見えてしまうからだ
今更ながら、人は見掛けによらないって事を、思い知りましたよ
藤堂さんに恩のある、佐伯さんなら信用出来ると、メールをしたのだろう
佐伯さんは、藤堂さんへの輸血の準備を粛々と進め。その背中へ向かって、西園寺さんが頭を下げる
「すまない! 淳一郎はボクを庇って大怪我を……」
「そんな……謝らないで下さいっす。お二人が大親友なのも知ってますし、藤堂さんが庇ったのも、分かる気がします」
そう言いながらも手を止めずに、針を消毒し輸血を開始する
「良かった。血液型が分からなかったので、輸血できずに居たんです」
「あ、認識票に載ってるんですよ、一般の人は余り知らないですよね」
首から下げてるプレートに、名前などの下の方に『BLOOD TYPE O』と表記されていた
あらら、知らなかったわ……
まぁ、知っていたところで。救急隊の人に、ヘリの不時着を説明しなきゃ成らなかったし、傷の経緯である異形の話は出来ないもの
作業を終わらせ、藤堂さんの容態を確かめる佐伯さん
「取り敢えず、輸血は大丈夫っす。どういう訳だが……見たところ傷も全部瘡蓋になってるし、骨とか内蔵は病院へ連れていかないと無理っすね」
佐伯さんも僕と同じ所見か、ただ傷を塞いだ時に、致命傷なのは見当たらなかったので、内蔵は大丈夫だろうと思う
「すまないが千尋君。しばらく淳一郎を、此処で匿ってくれるか?」
そう言って頭を下げる西園寺さん
「ウチは、部屋余ってるし、構いませんよ」
年末年始までは、神社も暇だしね。豊作の秋祭りも在るけれど、夏祭りみたいに、お盆休みを利用して帰省っていう人も居ないので、秋祭はそこまで大事には成らない。
神楽舞いがあったりするので、巫女の仕事は増えるけど。僕は今年祀られる方なので、神使の桔梗さんにお任せしよう。
その他に今年は、神無月に出雲行きも在るしね。学園の出席日数足りるかな……
「取り敢えず、西園寺さん達は怪我を治すことに専念してください。沼田の方の偽オロチ待ち伏せ作戦は、考えておきますから」
「本当にすまない……」
「もう、謝らないでください。何か胃にやさしいモノを、作って来ますから」
そう言って、客間を退出する。
西園寺さん達には、早く元気になってもらい、神社の修繕費をだして貰わなきゃね。




