21 雷神剣草薙(ライジンケンクサナギ)
煙を上げながら、不安定に飛んで向かって来る、ヘリコプターと対峙する
僕は淤加美様へ身体の主導権を渡し、全て委ねた為
実質、身体の内側で視覚を共有し、状況を見ているだけの状態だ。
そのせいで、手持ちぶさたになり、ついつい口を出して仕舞う
「淤加美様、もうちょっと右ですって……ああ、違います。それ左……」
「ええい! 気が散る!! 本来妾は、水神の龍神であって風神ではないのじゃぞ! そんなに細かく操作出来ぬわっ!!」
そう怒鳴りながらも、ヘリを風で操り誘導していく
風系は専門外とは言え、天候を操る際に扱う事もあるし、風に乗って天を舞ったりもするので、僕よりは遥かに凄い使い手である
『淤加美様、降ろすなら裏手にお願いします。彼処なら水も在りますので』
もし、エンジンが火を吹いても、水場の近くなら、すぐ消せるからね
「うむ。了解した」
少しずつ神社の裏手へ流れて行くヘリだが、やはり不安定に回る、ローターの回転翼が気流を乱してしまうらしく、中々スムーズに行かない
しかし、ヘリが近付くにつれ、何かおかしい……はっきりこれ! って言えないけど、普通の生命とは違うモノの気配がするのだ
どうやら、荒神狼のハロちゃんも気が付いたみたいで、牙を見せて唸っている
淤加美様の方は、風の制御が手一杯で、気が付いて居なそうだけどね
とは言え、煙で良く見えないから、どんなモノが乗っているのか、分からないけど……
そんな時━━━━━━
パン! パン! と銃声が響き。ヘリから、何か黒い物体が地面に落下する
何だアレ?
真っ黒い……影の塊で、水のように畝っているのだ
分かりやすく例えるなら……ゲームに出て来る『スライム』を黒くしたような感じ
見た目が廃油みたいで、ゲームの銀色スライムと似ても似つかず。残念ながら、多量の経験値は持って居なそうだ
距離を詰める訳でもなく、落下地点でただ畝だけの異形だが、得体が知れないので、どうして良いか思案していると━━━━━━
その黒い異形に、立ち向かおうと前に出る狼ハロちゃん
すると、その黒い異形は、まるで鏡に写したように、形をハロちゃんそっくりに変える
色だけは黒いままで……
でも、もしかして……形だけでなく能力も同じだとしたら━━━━━━
ハロちゃん! 駄目っ! と叫ぼうとして、身体の主導権を淤加美様へ渡している事に気が付き、直ぐ念話へと切り替える
『ハロちゃん待って。あの黒いのは、何か嫌な予感がする』
『我もそれは感じているが、向こうはやる気みたいだぞ』
ハロちゃんの言う通り、形をハロちゃんそっくりにに変えてから、ゆっくりではあるが、少しずつ此方へ向かってきているようだ
マズイ! 淤加美様はヘリの誘導につきっきりで、他に気を回せてない
他に誰か━━━━━━
とは言え、先輩や香住の人間チームでは、異形相手に歯が立たないだろうし、そもそも念話が飛ばせない。
だったらセイに……そう思って、念話を飛ばしてみたけど、返事がないのだ
もう、肝心な時に!
そう憤っていると━━━━━━
「あんな不味い握り飯は、二度と御免だぜ」
宝剣『草薙剣』を持った尊さんが玄関から出て来る
どうやら、お握りの昏倒から復活したようだ
でも、尊さんかぁ……人間だし念話は出来ないよね
どうしようか考えていたら、尊さんが黒い異形に気が付く
「何だアレ? キモッ!」
そう言って草薙剣を振りかぶると、そのまま斜めに振り下ろす
異形との距離は20メートル位あるのに、その離れた異形が斜めに切り崩れたのだ
さすが神器、草薙剣である
神話で、日本武尊命が、敵の火計で窮地に陥った時に、ひと振りで燃える迫る草を薙いで、消し飛ばした事から、天叢雲剣から草薙剣へ改名されたと言うのだが
その神話時代から、鎌鼬みたいなモノが出ていたのかも知れない
本来、神自身か、天皇家縁の者しか、扱うことは出来ないのだが
櫛名田比売の櫛を髪に差すことにより、神格を擬似的に創り出しているのだろう
まったく、とんでもない事を考え出す奴も居たもんだな
しかし、喜んではいられない。切られた異形が元に戻ったのだ
「くそっ! 何だよ本当に! 再生するとか聞いてねーし」
尊さんがそう吐き捨てる
やっぱり物理で倒すのは無理か……スライムも物理攻撃に強いものね
となると……火か? 松明の炎で倒せると聞いた事があるし、火……火かぁ
水なら操れるのに━━━━━━
ん? 操れる?
もしかして、触れば崩壊させられるかも
夏祭りの時に、元龍神のセイが、間違えた墨の文字を、操作して直していたのを思い出した
確か……純水でなく混ざりモノであっても、液体であれば成分を解析し操作できると
だが、僕の身体は淤加美様が使用中で、今はどうする事も出来ないのだ
異形が、今度は尊さんに姿を変えると、走って距離を詰めてくる
狼ハロちゃんの形を止めたのだから、ハロちゃんの炎のブレスコピーも消えたという事か
チャンスとばかりに、尊さんの形をした異形へ、炎のブレスを吐く
だが━━━━━━━━
尊さんモドキは、手に持って居る宝剣モドキを横に薙ぐと、炎のブレスを真っ二つにした
なん……だと!?
草薙剣までコピーするのか!? しかも能力まで
それを見ていた尊さんが
「洒落にならんな……おい! 雨女! 何とか成らねーのか?」
そう言われても、身体の主導権渡してるんで、見てることしか出来ないし
『千尋殿は、内側へ入っており。其処に居るのは淤加美神だ』
そうハロちゃんが説明してくれる
「古龍の婆さんか……仕方ないな、俺と犬コロで、どうにかするしかないって事か」
『犬ではない! 由緒ある狼の荒神だ! あまり調子に乗ると噛み殺すぞ小僧』
もー、皆血の気が多過ぎ。すぐ喧嘩になるんだから
兎に角、このメンバーで乗り切るしか無いわけだが
問題は異形の手に持つ草薙剣モドキ━━━━
少なくとも、炎を切り裂いたのだから、全くのナマクラと言うわけではない
物理攻撃では再生し、属性は切り裂かれる……鉄壁な守りじゃないか
僕がお手上げ状態で、頭を抱えていると━━━━━━
異形が草薙剣モドキを振りかぶり、鎌鼬を飛ばしてくる
それを真っ向から、同じく鎌鼬をぶつけて相殺する尊さん
威力は━━━━━━
━━━━━━互角
今のではっきりした。このままではジリ貧になる
何故なら攻撃が当たっても、即再生の異形と。櫛で再生力が僅かに上がっただけの尊さんとでは、防御無視の削り合いが出来ないからだ
僕は焦りながら、淤加美様へ問い掛ける
『淤加美様、急がせるようで申し訳ないのですが……』
「ちょっと黙っておれ! 着地が一番難しいのじゃ」
駄目か……何も出来ず見ているだけの自分が歯痒い
そこへ━━━━━━━━
「おい、何だそのへっぴり腰は。修行で何も学んで折らんのか?」
「建御雷のオッサン? んな事を言ったってよー、しょうがねーだろ! 彼奴技も神器もコピーしやがったんだ!」
「神器を複製? 笑わせるな。 ありゃあ中身のない神器の分身を複製したにすぎない」
中身のない神器……
そう言えば聞いたことがある、中身に『御霊』が入って初めて神器と言えると
その話が本当なら、尊さんが持っている草薙剣の分身も、未完成の神器だと言うことだ
「じゃあ、中身の御霊は何処にあるんだよ」
「熱田神宮にある『本体』の草薙剣の中だろうな。ま、無いものを値だった処で仕方がない。どれ、儂が力を貸してやろう」
建御雷神は、そう言うと素手で草薙剣に触り、身体が光輝いていく
すると、草薙剣の中へ、吸い込まれて行くではないか!
光が消え完全に草薙剣へ呑み込まれる━━━━━━
刹那!! 刀身に稲妻が走る!!
『振ってみよ! 雷神剣草薙!』
剣から建御雷様の声がする
「よし! じゃあ、オッサン……威力を試させて貰うぜ!!」
尊さんはそう言うと、両手で高く上段に構える
ちょっと……中身が建御雷様なら尋常じゃない威力になる筈
ここ、ウチの神社なんですけど!!
僕の悲痛な叫びもむなしく、神器 雷神剣草薙は振り下ろされる
それは『雷と鎌鼬の融合』
刀身から出たエネルギーの塊に、境内が昼間より明るく光に包まれる
まるで高出力のレーザー砲でも撃ったみたいに、鋒から前方に在るものを全て吹き飛ばす!
神社が平地じゃなく、高台にあって幸いした
ここが平地なら、後方の町ごと消し飛ばしていたであろう
だが━━━━━━
同高さにある、ウチの境内はタダで済む訳がなく……
やめて~、神社を壊さないで
僕は泣きながら叫ぶが、覆水盆へ返らず。すでに手遅れである
やがて━━━━━━
光は消えていき、静寂の夜へと戻ったのだが……
その代償はあまりに大きかった
絵馬掛け、おみくじ掛け、灯籠、大部分の石畳……エトセトラ……
「すげえ! これが『御霊入りの神器』か! あ、あれ……」
喜ぶ尊さんだが、急に膝を折り座り込んでしまう
『やはり、御霊入りを扱うには、まだ身体が出来上がって居ない様じゃな』
そう剣から喋った後、中から出て来る建御雷様
と、同時に草薙剣の刀身から雷が消える
「なんだよ……せっかく格好良かったのに」
強がってはいるが、明らかに疲労の色が見てとれる尊さんへ
「大きな口を叩くなら、儂を使った後、へたり込まずに立っておれ」
そう建御雷様からお叱りを受ける
「くっそー、ぜってー使いこなしてやるからな!」
減らず口を叩くものの、いまだ立ち上がれない自分に、腹が立っているようだ
「よし! 千尋よ。どうにか無事着地できたぞ」
そう淤加美様が言ってくるが
遅い、遅いよ淤加美様……出来れば雷神剣草薙を使われる前に、終わらせて欲しかった
僕なら、ここまでオーバーキルされずに、漆黒で呑み込んでやったのに……
本当に遺憾千万だ。
轟音に驚いて、皆が外へ出て来るが、今更かい!
香住が言うには、『どうせ何時もの騒ぎでしょ』と、気にも止めなかったが
最後の轟音だけは、小山が揺れたんで出て来たとの事
皆、変に慣れすぎだろぅ……本当にヤバイ時に、逃げ遅れるぞ
とりあえず、身体の主導権を返して貰うと、説明はへたり込んだ尊さんに任せ
僕は現実逃避……いや、人命救助へ向かうため、裏手の不時着現場へ急ぐ
裏手には、よほど上手く着地させたらしく。ヘリコプターのエンジン以外、殆ど損傷の無い状態で不時着していた
ヘリの中を覗くと、よく知った顔が……
「西園寺さん! 藤堂さん!」
二人の名前を呼ぶが、返事は無い
とりあえず、ヘリが爆発する恐れもあるので、降ろすのを優先する
手前の西園寺さんを背負い降ろそうとすると
「ち……ひろ……君、一を……淳一郎を……先に……ボクを庇って……」
「分かっています。二人共助けますから」
そう言いながら、ヘリから降ろそうとすると、セイがやって来て
「寄越せ、俺が運ぶ。千尋、お前は中のもう一人を」
「セイ、お前……今頃まで何してたんだよ」
「いやまぁ……神使の桔梗と、醤油を取り合っててな…………ああぁ、俺の事は良いだろ! 早く一人寄越せ!」
「仕方のない奴……じゃあ、お願い。ウチの客間へ寝かせて」
西園寺さんをセイへと託すと、僕は藤堂さんを背負いヘリから脱出する
どうやら、西園寺さんが言ったように、藤堂さんが庇ったのだろう、西園寺さんより怪我がだいぶ酷い……もしかしたら……朝まで持たないかも
客間へ連れていき、二人の手当てをする
この間言っていた、血液を操り止血を遣ってみたが、思った以上に上手く行った
血栓も出来ないよう取り除き、傷も瘡蓋で塞がったが
如何せん、出血で失った血の輸血だけは、素人が勝手にするわけにいかず
二人の血液型も分からないし、本人の回復と生命力に賭けるしかなかった
「千尋や、もう一つ奥の客間へ移した方が良いかも知れぬぞ」
そう思念体へ戻った淤加美様が言ってくる
「奧の客間ですか? でも、あっちは日当たりが悪いから……」
「戯け! 夜に日当たりなんぞ、気にしてどうする! それより奧の客間の方が、龍脈に近いからの、回復も早かろう」
「成る程、それは盲点でした。さすが淤加美様」
「もっと誉めて良いぞ」
「でも、それなら龍脈開けちゃって、中に置いたら?」
「無理じゃな、我ら龍ならまだしも、人間が長時間も龍脈の中に居れば、龍脈の氣に耐えられず、身体が融けて消えてしまう」
御主も、高濃度の龍脈の氣を、体験したじゃろう? と淤加美様が言う
確かに一度、セイを救うために高濃度の龍脈の氣へ潜った事があったが
本当に、融けて消える処だったし
「何でも強ければ良いと言う訳ではないのじゃ、薬だって強すぎれば毒になるしのぅ」
確かに言えている。どんな事も程々が肝心と言うことか……
奧の客間へ、怪我人の二人を移すと浄化の水を振り掛けておく
これで滅菌して置けるし、破傷風の心配は無いだろう
後は、二人の生命力に賭けてみる以外になかった。
それにしても、あの異形……あんなもの何処から……
ヘリから異形が落ちたと言うことは、墜落寸前も異形のせいだろう
一体、何処で襲われたのやら
僕は一抹の不安を抱かずには、いられ無かった。




