19 漆黒vs9本吐息
2本の杉の木を抜けると、斜面を切り取り平らにされた場所に出たのだが
その広場の真ん中に、黒い塊があってプスプスと煙が燻り上がっている
「あれってもしかして……ウチの兄なんじゃ?」
と、小鳥遊先輩が言うので、僕も目を凝らして良く見る……確かに人っぽい
近付いて、小枝で突っついてみたら、ピクピクっと微かな反応があるので、生きてはいるようだ。
「ふむ。建の雷撃で、焦げて居るようじゃの」
建御雷神、パネェ……
尊さんも、雷撃を受けて、この程度で済むとか……櫛の力でブーストされているとはいえ、凄い生命力だな
「徐々に電圧を上げているので、雷の抵抗力も上がっておるのう」
そう言って空から降りてくる建御雷様
「おお、建よ。相変わらずの武神ぷりじゃのう。その力、衰えておらぬようだ」
「来たか淤加美。なーにまだまだ手加減しまくっておるわ」
塵に成ったら治せんからのぅ、と笑いながら言うのは、さすが鬼コーチ淤加美様の兄妹だけはある……
「こっ……コノヤロウ……笑い事じゃねえぞ……」
そう言いながら、宝剣を杖代わりにして、どうにか立ち上がる尊さん
櫛名田比売の櫛を差し、女体化しているせいで、妹の小鳥遊 緑先輩とそっくりだが、服が巫女装束なのでどうにか判別できる。
あと、喋り方に品がないし、がに股だし……よく見ると、結構違いがあるわ
「ほう、再生が早く成ったではないか」
感心しながら言う建御雷様
「何が修行だ! 古の神が2柱掛りで人間を黒焦げにしやがって!」
「2柱掛りとは人聞きの悪い……儂は結界の様子を見ておるだけじゃ」
そう言いながら、老人姿の九頭龍様が歩いてやってくる
「千尋ちゃん。彼方の方は?」
「えっと、今現れた老人の姿の御方が九頭龍様で、日本の鎧を着ておられる御方が建御雷様」
小鳥遊従姉妹の2人へ説明する
「こんなスパルタするなら、人間の俺にじゃなく、こっちの雨女にやれよな」
僕に振るなよティーティー
「ふむ、確かに。儂の結界を破ったのは、興味があるわい」
鋭い眼光をこちらへ向ける九頭龍様
破ったと言うより、『ドロップキックで吹っ飛ばされた』が正解なんですがね……
尊さんが余計な事を言うから、すっかり僕に興味を持たれてしまった
「だいたい、結界を破ったのは淤加美様ですよ」
僕は、結界を破る道具にされただけだから、嘘は言ってない。
「少し若い龍神と、手合わせを願いたいのう」
九頭龍様……聞いちゃいねぇ
「良いでないか。千尋よ、御主からも、お願いせい」
淤加美様、他人事だと思って簡単に言うし……砂漠の後、3日ぶりに目覚めたのに、また昏倒したくないですよ!
僕は胸の前で腕を交差して、バツの字を作り全力で拒否した
「あれは承諾と言うことかな?」
「是非御願いします! と喜んでおる」
「違うし! 自分達に都合良いよう解釈しないでください!」
「そうかそうか、御主もやる気じゃな。では始めるとしよう」
本当に他人の話を聞かない神様達だな……
全然、言葉のキャッチボールが出来てない
九頭龍様は、本当にボケているのかもしれないけど、少なくとも淤加美様は絶対ワザトだ!
その証拠に、したり顔でこっちを見てるもの
自分の考えた修行が、上手く行かなかったからって、九頭龍様にやらせる気だな
むう……今度、揚芋菓子を制限しちゃる
「あの~、僕は病み上がりだし、また今度にしません?」
「ほっほっほ。そこで良いのかの? 後ろの人間も巻き込んでしまうぞ」
尊さんは、どうでも良いけど。小鳥遊先輩と小百合ちゃんはマズイよね。普通の人間だし
待てよ……このまま此処に居れば、九頭龍様も攻撃出来ないんじゃ?
人間の二人を巻き込めないし
僕、久しぶり冴えてるな、そう思って居ると━━━━━━
九頭龍様の背中に、龍の頭が現れた
あれは、『部分顕現』!?
「では、『火』からいってみようかの」
背中の龍が口を開け火をチャージしている。
マズイ!! 火ブレスが来る!! 直ぐに腰のペットボトルを外し、水を口に含むと、一気に水のブレスを噴く
火のブレスと水のブレスのぶつかり合い━━━━
衝突時に水蒸気爆発が起こるが、チャージが無かった分、こちらのブレスの方が速かった為に、爆発は九頭龍様側で起きて助かった
「ほっほっほ、互角とは恐れ入ったわ」
無傷か……予想はしていたが、こうも余裕を見せられると、がっかりする
だいたい、このタヌキ爺は、何言ってるんですか……互角なんてとんでもない。『五行』上では、水は火の相剋にあたり、属性上有利な筈なのに、それで互角だなんて
しかも、こちらは掛け値無しの全力だったのに対して、あちらは手を抜きまくってるし
「では、次は3本で参るかのう」
そう言った九頭龍様の後ろに、龍の頭が3本に増えた
「冗談……でしょ……」
1本でもやっと相殺したのに、3本とか……もう、ブレスで相殺は無理だわ
「淤加美様! 先輩と小百合ちゃんの二人を御願いします。あと、闇淤加美神(闇)の力を借りますよ」
「良かろう、此方は妾に任せて置くがよい」
そう言って、淤加美様が先輩と小百合ちゃんの前に出て結界を張る
僕は、ブレスの軌道が二人の方に行かぬよう軸をずらすと、残った4本のペットボトルの内、1本を地面に撒き、残り3本で『漆黒』を創りだした
黒い影の塊で、日の光すら呑み込み、永遠に出て来れない闇
僕自身も術反射がなければ、融けて闇に消えてしまう危険な術
そう言う意味では、淤加美様も使えても出来ない、僕オリジナルの術であるのだが
身に付けているものは例外な為。また服が融けちゃうな……
だけど、もう昏倒するのは嫌だしね。今日は、ちゃんと無事帰るんだ
僕は、出来るだけ漆黒を前方へ厚く張る━━━━━━
「用意は良いようじゃな、参るぞ!」
九頭龍様の背後の龍がそれぞれブレスをチャージしている
『火』と『風』と『雷』かな? 風と雷のブレスとか初めて見るわ
問題は防ぎきれるかどうか……
ブレスは特殊攻撃であって、術では無いので、当然だが術反射は効かない
よって、漆黒が抜かれた場合、また昏倒して帰る事に成る訳で━━━━
今、『おお、千尋よ、死んでしまうとは情けない……』と言って居る、セイの顔が脳裏に浮かんだ……
なんか……無性に腹が立って来た! 絶対生きて帰る!
そう決意を新たにした瞬間━━━━━━
3本の龍が同時にブレスを噴く
迫り来る三色の光線が、漆黒に触れる! すると触れた瞬間に融けて混じって行く
イケる! 漆黒の方が属性的に勝っているのだ
だがギリギリだな、やはりペットボトル3本分だと、漆黒の厚みが薄すぎる為、いつブレスが抜けて来るかと冷々する
やがてブレスを全部防ぎきり、安堵の溜め息を付くが━━━━
「ほう、3本を防ぎきりおったか!」
「もう勘弁してください。現在の水量では3本が限界です」
「せっかく面白くなって来たんじゃ、もう少し付きおうて貰うぞ」
本当に話を聞かない古龍だな!
布石は打ってあるけど……間に合わないかも
「姉様、瑞樹先輩が危ないんじゃ?」
「かなりピンチみたいだけど、正直割って入れないわ」
そう、漆黒が敵味方区別せずに、範囲内のモノを無差別に融かす為
下手をすれば漆黒の巻き沿いに会うだけなのだ
「御主等、人間組はここで大人しく見ておれ、千尋は策士じゃからの。このまま遣られる筈は無いぞ」
淤加美様が、そう言いながら、何処から出したのか……揚芋菓子の袋に手を突っ込んで貪り食っている
映画館かよ!! いや、映画館でパリパリ音のする、芋菓子はマズイよね……
って! 冷静に訂正している場合じゃない!
こうして居る内にも、九頭龍様の部分顕現している頭が増えて━━━━━━
「え!? 何で……」
「それでは、9本行ってみるかの」
「ちょっと!! ちょっと待ってください。普通……1本、3本って来たら、5本じゃないんですか?」
いきなり9本って、全力じゃないのよ!
「御主、もう勘弁してくれって言うたじゃろ? だから早く済ませてやろうと思うてな」
早く済ませるって……即昏倒しろの間違いじゃないですかね?
今3本ブレスがギリギリだったのに、9本何てどうすんのよ
僕が、絶望に打ち拉がれていると、打って置いた布石に反応があったのだ
「ギリギリで僕の探しモノは見付かりました」
両手は漆黒で塞がっているので、尻尾で地面を叩く━━━━━━
すると、微震動が起きて、地鳴りが少しずつ大きくなる
「何? 地震?」
「いえ、姉様。何かが地下から登って来るようです」
「ふっっ、千尋の奴め。水を撒いたのはこの為じゃったか!」
淤加美様は、水の気配に気が付いたみたいだ
そう、僕が漆黒の前に、1本分の水を撒いたのは、地下水の『呼び水』をする為だ
呼び水とは、井戸などで水を使わずに置くと、水が引っ込んでしまい汲むことが出来なくなってしまった時に、敢えて水を井戸に入れることで、引っ込んだ水を後入れした水で呼び寄せる方法である
他にも、地下水を汲み出す、ポンプの吸水管の中身を水で満たし、真空にして汲み出し易くしたりするのを『呼び水』と言う。
今回、前者の方で、井戸じゃなく地下水脈に行ったのだ
ペットボトル1本の水じゃ届かないかな? って心配したが、細く長くをイメージして操作し、どうにか少ない水量で、水脈へ到達させられたようだ
後は、水を漆黒へ変換する時間があるか? だが━━━━
無情にも、九頭龍様の9本のブレスが放たれる
くっ……間に合わないか!
そう、観念しかけると、背後で間欠泉でも上がったかのように、地下水が吹き出した
後は此れを漆黒へ変換するだけ━━━━
「間に合ええええ!!」
僕が叫ぶと同時に、9本のブレスが漆黒へ突き刺さる
その光景は、まるで闇の塊が、9色の光線を呑み込んで居るように見える
だが地下水があるから、どうにか持ち堪えているだけで
先程から漆黒を追加する度に、追加分が消し飛ばされるという
少しでも漆黒変換を失敗したら……もしくは、地下水が尽きたら、即終了である
そんな綱渡りな状態が続く
だが、幾ら九頭龍様が古龍とはいえ、ブレスを無限に吐き続けられる訳が無いので、必ず息が切れる筈
たぶん━━━━━━
漆黒変換を続けながら、九頭龍様の息切れを待っていると
少しづつ、ブレスの威力が弱まってゆくのが、分かったので、安堵の溜め息を漏らす
危なかった、僕の方も地下水の吹き出す水圧が、落ちてきて居たのだ。
やがて完全に9本のブレスが止まると、僕はその場にペタンと座り込んむ
所謂、女の子座りと言う奴をして、脱力した
たぶん尻尾が無ければ、そのまま寝転んで居ただろう
「もう、本当に許してください。これ以上は白旗あげますよ」
そう九頭龍様へ言ったら
「今のを見たか? 淤加美殿の子孫に、儂の吐息が止められてしまったぞ!」
嬉しそうに建御雷様へ話して居る
全然、余裕有りまくってるし、敵うわけありませんて……
「良く凌ぎ切ったのう。其れでこそ妾の子孫じゃ」
そう言いながら、飛んで遣ってくる淤加美様
「芋菓子食いながら観戦してた癖に、ちゃんと見てたんですか?」
「と、当然じゃ。御主が漆黒を補う為に、地下水脈へ『呼び水』をするとは、さすがの妾も思い付かなんだわ」
まったく、調子のいい御先祖様だ。
僕は、漆黒の被害を受けて居ないかと、小鳥遊従姉妹の方へ目を向けると
あれ? 何で尊さんが倒れてるの?
「まさか漆黒の影響下に?」
慌てて尊さんの元へ駆け寄ると、小百合ちゃんが
「いえ、そうじゃなくて……」
言いずらそうに口籠るので、良く観察すると右手に食べ欠けのお握りが……
納得した。小鳥遊先輩のお握りが原因だわ
何事も、そつなくこなし、美人で非の打ち所の無い人なのだが、一つだけ欠点がある
其れが先輩の料理だ!
手の込んだ料理なら兎も角、お米を握っただけの『お握り』で、人を昏倒させるとは……凄い技能だ
神様達が、尊さんの様子を診ながら、こりゃあ山を降りねば、治療は無理だと、口々に匙を投げた。
どんだけ厄介な『毒』なんですか……
かく言う僕も、前に一度先輩の手料理食べさせられて、気を失った事があるから、ヤバさは知っているつもりだったけど
古の神々が見放すって……
取り敢えず、気絶した尊さんを、放って置く訳に行かず
一度、九頭龍山を降りることに成たのだが━━━━━━
「ちょっと! 何で私の作ったお握りで、気を失うのよ!」
納得いかないわ!
と言う、小鳥遊先輩の声が、戸隠の山々に木霊するのだった。




