8-17 銃 対 ナイフ
今回は1話丸々、西園寺兼仁の視点です。
瑞樹 千尋達が台所で調理をして居る頃
西園寺 兼仁は、窓の外に男の姿を捉える
奴だ! 長谷部 久遠
忘れもしない、あのニヤケ笑い。久遠のせいで、どれだけの犠牲が出たものか……
上着の内ポケットから出した、携帯型の双眼鏡を覗いて、腸が煮え返る思いで顔を確認した。
久遠はニヤケ顔のまま、こっちへ来いよとばかりに、手招きをする。
誘っているのか?
良いだろう、のってやる。
今回の此れは、千尋君たち国津神とは関係なく、ボクと久遠の問題である。
いわば私闘なのだ。ボクが行かずしてどうする
千尋君たちに気付かれぬよう、一目連の屋敷から外へ出て久遠を追う。
奴は幽世に出来た女学園に入って行くのが見えた為、少しだけ躊躇する。
罠か!?
捕らわれの学生を盾にされれば、ボクは黙って武装解除させられ、それで一巻の終わりだろう。
だからと言って、ここで引くと言う選択肢は……
「ない!」
呪弾の装填を確認してから……と言っても、対妖用の特殊形状な弾丸なので、3発しか装填出来ない。まぁ心許ないが、通常の銃は携帯許可が下りなかったので、仕方がない。
というのも、銃携帯許可の申請を出す時に、使用目的を正直に話したら、通常弾の効果がない妖退治に、普通の銃は必要なかろうと言われたからだ。
通常の銃でも、銀で作った弾丸なら、妖へそれなりに効くのだが、如何せん材料の銀が高すぎる。
今回はの相手である久遠は人間なのだから、通常弾で十分なのだが、今更無い物ねだりをしたところで、始まらない。
いざとなれば、テーザー銃の携帯は許されたので、それを撃ち込んで痺れさせ、法廷へ引き摺り出してやればいい。
その方が遺族も公判が見られるだろうから……
一呼吸を置いて学園の中へ踊り込む。
触れた背中から冷たい大理石が熱を奪う中で、気配を殺し辺りを窺うも、久遠の姿はもう見当たらない。
幽世に、こんな建物を建て何をする気なのだ?
そう考えてると、音もなくボクの鼻の頭を銀色の物体が翳めて行った。
銀色の物体は、大理石の柱にぶつかると、キンッと甲高い音をたてて床に落ちる。さすがに大理石には突き刺さらなかったか……
床に落ちた銀色の物体は――――――ナイフであった。
「その生意気な鼻を落としてやろうと思ったのに、外したか?」
すぐさま声のする方へ、大理石の柱の影から、威嚇で2発呪弾を発射した。
相手を見ずに撃ったので当たる訳は無いが、これで久遠が動けば、居場所が分かる。
だが、相変わらず動きはないみたいだ。
廊下なので、柱以外に隠れる処は無いのだが、どの柱か? が問題だ。
少し揺さぶってみるか――――――
「少し見ない間に、悪い稼業から足を洗い。真っ当な職業のサーカスにでも転職したんですか? 人を笑顔にする職業です。良いと思いますよ」
「生憎だが、投げナイフは得意じゃなくてね。頭の上のリンゴより、眉間に刺さるのが多いんですよ」
嘘をつけ、リンゴが有ろうが無かろうが、最初から眉間しか狙わない癖に
「こちらは銃、そちらはナイフ。戦力差は歴然です。降参して出てきたらどうです?」
「いつからナイフが銃に劣ると決まった? 返って音もなく飛来するナイフの方が、怖いと思いますがね」
奴の言う通りだ。飛んでくる場所が分からないと、奴の正確な居場所がわからず。攻撃しようが無いのだ。
こちらも無尽蔵に弾がある訳ではない以上、必要のない無駄撃ちは、自分の首を絞め兼ねない。
そして揺さぶりだが、声の方向から場所が特定できると思ったのに、声が廊下で反響してしまい。正確な位置は分からず終いだった。
近くに居ない見たいなので、2発分を再装填しようとた処で、窓ガラスに映った久遠の姿を見て即飛びのき、身体を捻りながら銃の引き金を引く。
何と! 奴はボクの背後にいたのだ!
呪弾は久遠を翳め、頬に赤い筋をつけた。
「チィッ!! もう少しで背後からブスリと行ったのに、惜しい…………しかし、どうして分かった!?」
「それに答えたら、貴方が声とは逆に居た絡繰りを、どうやったのか教えてくれます?」
「くっくっくっ、いやこちらは、分かったから良い。そうか……窓ガラスか……くっくっくっこれは気を付けねばな」
相変わらず、人を馬鹿にしたような笑い方が癪に障るが
ここで心を乱したら、ヤツの思う壺だ。
冷静に……気配を殺して相手の動向を探る。
久遠も気配を消しているので、何処に居るか分からない。
さっきとは数本先に在る柱の陰に居るのだが、もう奴は移動開始しているだろう。気配を殺して……
何はともあれ、撃ちつくした呪弾を再装填をしなければ、ならない為
撃ち切った銃の弾倉を音がたたぬよう、ゆっくり横へ倒し、空の薬莢を抜き出すと、音がたたぬ様ポケットへ仕舞う。
新しい弾に替えると再度気配を探るが、やはり久遠の気配は無いままだ。
窓ガラスにも映って居ないのを確認し一息を付くと、目を瞑って聴覚に集中する。
足音は――――――
聞こえない
ただ吹く風がたてる、虎落笛だけが遠くから聞こえるのみ。
これは長引きそうだ。そう思った時――――――
殺気!?
やはり背後から!
直ぐに柱の影から飛び出して、他の柱へ駆ける。
「くっくっくっ、勘が良いな」
どうやって移動している!?
なにか特殊な術でも使っているのか?
否、久遠は陰陽師でも無ければ、神道も仏道も信じていない者だった筈。
そんな久遠に、真言も古神道の術も使える訳もなく
唯一信じるモノは金なのだ。
まさか……呪禁道? いや、そんな筈はない。
呪禁道は8世紀に禁止され、9世紀には消滅したはず。
それに、呪文を唱えなければならないのだから、小さくも声がする筈だ。
この世界に置いて、呪文を無しで奇跡が使えるとすれば、神以外に居ないはず。
千尋君は格好いいからと、発動だけは名称を唱えているが、無くても使えるはずなのだ。
彼女の場合、水が無ければ使えないと言う制約があるが、そこが上手く威力とのバランスを取っているのだろう。
話がズレたので戻すが、人間である以上は、呪文無しで術を使うことは出来ない。
そう考えると、呪禁道でもない。
だったら――――――
「隠し通路?」
そう小声で呟いて、考えを巡らせる。現世での女学院でも、図書室に仕掛けがあったぐらいだ。隠し通路ぐらいあっても不思議ではない。
手の甲で壁をトントン叩くと、明らかに音が違い、空洞である部分が見つかった。
やっぱりか……
そうと分かれば、いつ久遠が出て来るか分からない、壁を背にするのは、かえって危ない。
かと言って、窓を背にすれば、柱みたいな隠れる場所が無いので、投げナイフの格好の餌食だ。
だったら――――――
ボクは駆け出して、教室のドアを開け放つと、中へ踊り込んだ。
思った通り、ここなら机や椅子が沢山あるので、ナイフ程度なら防げるだろう。
「やるな、隠し通路の仕掛けに気が付くとは……さすがは西園寺兼仁」
「褒めても何も出ませんよ」
「こいつは、投げナイフでは駄目だな……」
そう言って、久遠は大き目のナイフを出してきた。今迄のナイフと違い、長くて重さもあり。
それは明らかに投げることを目的としたナイフとは違う事を物語っていた。
久遠は、ふうっと息を吐いた後、何処にその身体能力があるのかと思うスピードで、一気に間合いを詰めて来る。
遠距離戦が駄目だと思った途端に、接近戦か!?
すぐ近くの椅子を掴んで投げつけると、久遠は怯みもせず真っ二つにする。
その椅子の破片が散らばる前の刹那な時間に、久遠が居るであろう場所へ呪弾を1発撃ち込むが――――――
弾はそのまま、何もない空間を突き抜けて飛んで行く。
久遠が居ない!?
それもそのはず、奴は背を低くして、砕けた椅子の破片の下を潜り抜けて来たのである。
下から振り上げられるナイフを、バックステップで避けながら銃口を向けると、奴の姿が消えた!
いや、実際には消えていないのだが、移動スピードに眼が追い着いて行かず、消えたように見えたのだ。
まだ加速するのか!?
その時、銃を持つ手に痛みが走る。
真横から銃を弾かれたのだ。
「今ので銃を放さないとは、やるじゃないか」
「これが無ければ戦えないのでね。何せ、ボクには格闘も剣術も心得が無いですから」
そう強がって見せたが、弾かれた衝撃で指が痺れ、引き金を引くのは暫く無理であろう。
幸い、弾かれた角度が良かったのか? 指は折れて無いらしい。もしかしたら、骨にヒビが入っているかも知れないが、今確めている時間はない。
「スーツを着た見た目で、戦闘とは無縁と先入観を植え付けて置きながら、実際は戦い慣れているな」
「友人の藤堂が何かと五月蠅くて、訓練プログラムとか言うのに、何度も強制で参加させられてね。そのお陰で、この通りさ」
今は、もっと真面目に受けていれば良かったと、少し後悔している。
「なるほど、ただ書類仕事をしているだけじゃあ、ないって事か」
「さぁ、どうですかね?」
「食えない野郎だ」
「食えないついでに、この学園を幽世の地へ、どうして造ったのか? 生徒をどうするつもりか? 話して貰えませんかね」
「はぁ? あんた……自分の置かれている立場が分かってるのか?」
「もちろん、銃こそ放さなかったが、貴方との距離は約2メートルといった至近距離。ボクが銃口を向けるより早く、そのナタのようなナイフで手首ごと切り飛ばされるでしょう」
「それが分かって居ながら……まぁ良い。冥途の土産に教えてやろう。学園はどうでも良かったのさ。結果的に迷い込んだ生徒を入れておくのに役立ったが、これが監獄でもデパートでも、建物自体はどうでも良いことなんだよ。儀式場さえ作れればな」
「儀式場? 何かを呼び出す気ですか?」
「おっと、お喋りはここまでだ。早く済ませて体育館へ行かねばならない、なにせ女生徒が待っているのでな」
「女生徒を儀式に使うつもりですか?」
「なーに、命は取らねえ。儀式に人数が必要なので、手伝ってもらうまでよ。さて……三途の渡り賃をくれてやる」
そう言って久遠は、大振りのナイフを振りかぶる。
「申し訳ない、ボクは神道なのでね。行くなら黄泉なんだ」
まだ、行く気もないが……
元自衛官の友人である藤堂に、護身用だと持たされている、黒とも灰色とも見えるスプレー缶の様なモノを床に落とす。
ボクの指には、スプレー缶に付いていた安全ピンが掛かっており、床に落ちると――――――
爆発音と閃光で視覚と聴覚を奪う。所謂、非殺傷兵器だ。
殺さずして戦闘不能に追い込むそれは、日本では閃光発音筒と呼ばれ、爆音による難聴で三半規管を麻痺させ、続いて100万カンデラという閃光で視覚を奪う。
ボクはあらかじめ、知っていたからこそ、眼を閉じ耳を手で塞いでいたのだが、それでも相当効いた。
少し眩暈がして耳鳴りがするのだが、その程度なら御の字だ。
久遠は急な事に対処できず、モロに閃光を貰って――――――
「うぐぐぐあぁあぁ」
と、声にも成らない悲鳴を上げ続けて居た。
勝った……と言うより、藤堂に助けられた……後で、お前のくれたスプレー缶が役に立ったとメールをしておこう。
しかし、千尋君たち抜きで、勝つことが出来たのは僥倖だ。
ボクは暴れる久遠を押さえ付け、結束バンドで腕を縛ろうとした。
警察官でないボクは、手錠を持っていない為。少し心許無いが結束バンドを使って両腕を繋ぐ。
急ぎで手に入れたので、税別100円だったが、買って置いて良かったと実感した。
そこへ――――――
「なんだ、やられてしまうとは情けない」
何処からか声が響いてくる。
「遅せーぞ! 大嶽丸!!」
「これはこれは……申し訳ない。どこかの主が、オレの獲物だから手を出すな! と言っていたので傍観していたのだが……いやはや、この体たらく」
「五月蠅い! 西園寺を出来るだけ苦しめろ! 止めはオレがさす」
「やれやれ、注文の多い主だ……」
そこまで言うと、縛られた久遠の脇に現れて、結束バンドを引き千切ってしまった。
その姿は、鬼そのものであり、背丈は2メートルを有に超えて、頭には2本の大きな角が天を指すように真っ直ぐ伸びている。
本来は鈴鹿山の鬼神である大嶽丸は、久遠を主と呼びことから、呼び出して使役しているのであろう。
もしも伝承通りなら、雷鳴や火の雨を降らす事が出来る為。ただの人間であるボクなんかが逆立ちしても敵う筈が無い。
すぐさま踵を返すと、生き残る事へ目標を変え、全力で廊下へ飛び出す。
と、同時に――――――身体を捻って呪弾を撃ち込んでみた。
一応携帯性を上げる為、ライフルよりは射程距離も威力も落ちるモノの、呪弾である事には変わりない。
当たれば人間よりも妖の方が、無事では済まないのだ。
だが――――――
呪弾は大嶽丸の周りにある3本の剣によって弾かれた。
「惜しかったな人間。我を倒すなら、まず3本の剣を如何にかせねばならんぞ」
くっ!
呪弾を弾かれた時点で、最早勝ち目はないと判断し、全速力で学園の出口へ向かう。
途中、何度か振り返りながら、呪弾を撃つのだが、やはり剣が邪魔している様だ。
撃つたびに、キンッと乾いた金属音がして、呪弾を弾いているようであった。
当たりさえすれば……
そう思うも、圧倒的な戦力差にタダ逃げるしか出来なかった。
せめて、女生徒が体育館に居る事を伝えなければ……
肩で息をしながら、出口まで辿り着くと、扉を開け外へ飛び出した。
このまま一目連の屋敷まで行けば……千尋君たちが居るはず。
ラストスパートをかけ、運動不足の足に喝を入れ、足を前へ動かす。
だがその時――――――
視界が暗転し、身体が痺れて動けなくなる。
痺れ? そうか……外に出たから、雷鳴を呼ばれたのか!?
倒れ込んだ後も、腕を動かし前に進もうとするが
無情にも――――――
「頑張ったな人間。だがもう一発いこうか?」
そう声がして、雷が鳴る音が聞こえて来る。
いよいよ、ここで終わりか……最後は現世で死にたかった……
そう思っていると――――――
「何だと!! 我が雷撃を……水柱で避雷針にしただと!?」
驚きの声をあげる大嶽丸とは別に、聞き慣れた少女の声が
「西園寺さん、すみません。気が付くのが遅れました」
倒れたボクの直ぐ脇から声がする。
そんな水の使い方が事が出来るのは、ボクの知る限り一人しか居ない。
視力は回復していないが、この声の主は――――――
瑞樹千尋君。
キミだけだ。
次回から、瑞樹千尋の視点に戻ります。