8-15 九頭龍吐息(クーロンズブレス)
暗い地底湖の上で、領主である一目連様と対峙する。
光苔だけが淡い光を放って、明かりを灯して居るのだが、光量的に全く役に立っていない。見た目は綺麗だけどね
それでも、ここに居る全員が龍族なので、龍眼の暗視能力により全く問題は皆無である。
僕は生まれたばかりの名無し君に目を向けると、姉の水葉を真似て、水の上に立つのが見て取れた。
生まれて間もないのに、すごいな……僕なんか2ヶ月掛かったし。
淤加美様に修行させられた、梅雨の時期を思い出し。生きてて良かったと再度喜びを噛みしめた。
名無し君は僕と違い、早くも成長している事からも分かるように、かなりのサラブレッドだと感じられる。さすが御津羽様の息子さんだ。
その龍姉弟とは、一目連様を挟んで反対側に陣とる僕らは、どう攻めて良いのか、攻めあぐねていた。
というのも、水属性に有利な土属性が使用できないからだ。
いつもの戦闘ならば、土属性はオロチの巳緒が担当するのだが、今回は龍族結界により入れない為、残念ながら此処には居ない。
なので、僕の手持ちは、水属性、淤加美様の光水と闇水、伊邪那美様の術反射、後は龍眼と再生ぐらいである。
武器は天之尾羽張に、フル充電した麒麟の角
こうしてみると、大した事無いな……ちょっと泣きそうだ。
彼を知り己を知れば百戦……何とかって忘れたけど、大陸の偉い人が言っていた言葉だ。
ようは、戦力差を把握し分析して戦えと……だが、相手の戦力が分からないので、その作戦も駄目だった。
仕方ない。少し当たってみるか、砕けない程度に
僕は切り込むため、天之尾羽張に手を伸ばすが、それよりも先に飛び出したのは水葉だった。
「弟! 姉の雄姿を見ているのよ」
そう言って水の上を駆けて間合いを詰め、もう一歩で手が届くという距離まで近づくと、地底湖へ向けて水ブレスを放つ。
上手い!
一目連様の意表をつき、地底湖の水が飛び散り姿を隠した。
少し前までの水葉なら、猪のように正面から突進し、返り討ちにあっていたのに……変われば変わるものだ。
水飛沫が収まると、一目連様は水葉が居ないことに気が付いた様ではあったが、焦りもせず2歩下がる。
すると今さっきまで、一目連様がいた場所の真下から、水ブレスが噴き上がったのだ。
そう地底湖に潜って、相手の足下から水ブレスによる死角攻撃。通常なら避けられたものではない。僕でも意表を突かれたと思う攻撃だったが、それを未来視でもしたかのように、事前に回避していた。
「あの眼だな」
「あの眼って、眼帯の下にある特殊な眼の事?」
「ああ、見通す眼とか言ってただろう? 多分あの眼で、攻撃を見切られている」
マジか!? それが本当なら、剣術の心得のない僕が天之尾羽張で斬りかかっても、遊ばれて終わりだろう。
僕は手を掛けていた神器の柄から手を離すと、再度作戦を練り直す。
と思いきや、一目連様の背後に居た龍が、こちらに向けて口を開いた。
「考える暇も与えないってか!」
叫びながら、水面の上を転がって水ブレスを避けるのだが、3本のブレスは流石に避け切れない。
僕は水から水葉が上がったのを確認した後、水の中の水素を圧縮させた。
圧縮された水素は熱を発生する為、冷えた地底湖が一気にサウナに早変わり。
一瞬にして水が熱っせられたためか、水蒸気爆発を起こした。
とはいえ、ここに居るのは水龍ばかり。ダメージなんて耳鳴りがする程度だろう。
それでいい……僕の狙いは、別にあるのだから
沸き上がる湯けむりの中で、僕は像をボカシ、視覚光を屈折させ何人もの姿を浮かび上がらせた。
「ほう、幻術か? 小賢しい真似を……オレの眼は真実を見る眼。台風の目のように、一切の雲が掛からづ、天から全てを見通す処から、一目連と言われて居るのだ。そんなオレに幻術など効くはずが……な、なに!?」
幻術も時間稼ぎのこけ脅しである。
そこまでして、創ったのは7首の水龍であった。
「お待たせしました。九頭龍です」
「……七頭龍しかないぞ」
「残り2頭は、僕とセイなんだから良いんですよ」
「なるほど、それで九頭龍か……それで、どうするつもりだ?」
「色々考えたんですが、その眼帯の眼がある限り、見破りと先読みをされたら、どんな策でも無駄だって分かったんですよ。幸い、此処には大量の水がある。だったら真正面から力技行こうってね」
「はっはっはっ、面白い。この一目連に、水で勝てると思ってか!?」
「思いますよ。単純に龍の数は3倍ですからね。ちなみに、この技は信州の戸隠に居られる九頭龍様から拝借いたしました」
九頭龍様の専売特許というわけじゃないし、大丈夫だろう。それに九頭龍様は水の無い山の中でやって見せたのだから、格が違う。
それに向こうは、1頭づつ全部属性が違ったけど、僕の方は全部が水属性だ。
「ほう、九頭龍の爺さんとも顔見知りか!? 元気にしていたか?」
「声だけ聞くと、元気そうでしたよ」
京で行われた鬼ごっこの誘いは、仮病使って逃げてたし。
「お前、とんでもない程広い、人脈を持ってるのな」
「お陰様で、こうして一目連様にも、見知って貰えましたしね」
「本当に、天照の一派にしておくには、勿体無い」
一目連様はそう言って、僕へ向き直ると、水ブレスの溜めに入る。
それと同時に、こちらも溜め動作へ入ろうとしていると、名無し君が一目連様の背後から水刃で斬りかかった。
「くっ!」
「今いいところなんだ。邪魔しないでくれるか?」
背後から来るのも、お見通しとばかりに水刃を掴むと、そのまま水葉に向かってぶん投げた。
水葉は、投げられた名無し君を受け止めるが、そのまま水面を転がっていって壁に当たって止まる。
「痛ったーい」
「お姉ちゃん!」
「だ、大丈夫よ」
弟の手前で強がってみ見せているが、遠目で見ても頭の上に鏡餅大の瘤が出来ているので、かなり痛そうだ。
まぁ、こう言っては悪いが、生まれたての弟君では役不足だわな
僕なら投げられる以前に、水刃を掴まれた時点で手を離し、次の水刃を創る所だ。
何しろ地底湖の水が大量にあるのだから、その水刃に拘る必要はない。即水に戻し新しい水刃を創り直す。その判断が出来ないところが、まだ戦闘経験の浅い名無し君らしい。
生まれたての彼には初陣だもの、仕方ないよなぁ。
「名無し君と遊んでないで、僕の方は用意が終わってるんですが?」
「終わってるも何も、水龍の数が倍以上じゃねえか!」
「問答無用」
眼帯を着けたままで、あれだけの見通すんだもの、眼帯を外されたら何が起きるか分からない。
だったら外される前に勝負に出る。
「千尋、俺もブレスで良いのか?」
「良いよ! 思い切りかまして――――――九頭龍吐息!!」
背後に呼び出した水の7龍とセイが、一斉に水のブレスを吐く。
少しアレンジして、ダイヤモンドをカッティングする、ウォータージェットのように水流を集束してるので、切れ味は抜群だ。
一目連様も自分を含めた4龍で、四頭龍吐息をして応戦するが、此方が集束し水圧を上げているので、普通の水ブレスでは話にならない。
その上、水龍の頭数でも倍居るのだ。もうこうなれば、一方的だ。
「無駄に神氣が余ってるから、こんなに呼びやがって!」
「無駄とか言わない! ほら、足止めるとブレスが貫通しますよ」
「くっ、こんなに出鱈目なブレスの使い方があるか!」
「多数相手なら広域ブレスも良いですが、個人相手なら集束した方が威力が上がりますからね」
龍族は強力な再生を持っているから、そう簡単には黄泉行きにならない。
だからブレスが直撃しても、余程の致命傷でない限り再生するだろう。暫くは動けないかもだが
「というわけで、遠慮なくヤっちゃッて」
「何が、というわけだ! 再生するも痛いだろうが!!」
「僕も昔、脚が取れそうだったけど、くっ付いたから大丈夫」
「蜥蜴の尻尾かよ! 取れそうな時点で大丈夫じゃねーだろ!」
「よくそれだけ動いて、舌噛みませんね」
「くっ! 掠ったぞ今!」
「じゃあ、さっさと降参してください」
いつの間にか、一目連様の背後に居た水龍は消えていた。
もう制御している場合じゃないのだろう。
それにしても、よく避ける。避ける?
自分の言葉に違和感を感じた。
確かに水龍が居なくなり、速度は上がったように見える。だが、その分相殺できなくなったブレスが、全部一目連様へ集中しているのだ。
見えても身体が反応できる速度を超えている。
あの眼帯の下は、身体能力まで引き上げてるというのか?
『おい千尋! お前もブレスしないと九頭龍に成らねえだろうが!』
ブレスで口が使えないセイが、念話で怒ってくる。
『ごめんごめん。僕は自分の体内で水を創れないからさ、水を含まないとブレス出来ないんだよね』
『じゃあ含めよ! 地底湖だし大量に有るだろ』
『7龍の制御で忙しいの。下手をすれば水龍姉弟に当たっちゃうし』
いくら水葉の持つ八咫鏡でも、術でなければ反射はできない。ブレスは物理的に水を吹いているので、術では無いのだ。
『なあ千尋、俺はもう飽きて来たぞ』
『早っ! そういう言葉は、当ててから言いなよ』
『当たらないから、つまらないんだよ!! 口も開けっ放しで疲れたし。それにあの野郎、背後に居た水龍居なくなってから、避ける速度が上がったしな』
セイ迄そう思うって事は、気のせいじゃなかったか
『やっぱりそう思う?』
『ああっ! 分かった。こっちの水量が減ってるんだ』
『なんですと!?』
セイに言われて直ぐに背後の水龍へ気を回すと、確かに水量が減っていた。7頭の水龍も2廻り程小さく成ってるし
やられた!
ここは一目連様の神佑地だった。
よって、水の占有権は彼方にある。
僕らが気が付かない程度に、少しずつ水量を減らされていたのだ。威力の方もガタ落ちだろう。
水道に例えるなら、いくらホースの先を絞って水圧を上げても、元栓を閉められたら終わりなのだ。
これ以上は、無駄に神氣を消費するばっかりなので、攻撃を止めると、7頭の水龍を地底湖に戻す。
「ほう。気が付いたか? もう少し振り回して、神氣を消耗させてやるつもりだったが、気が付かれては仕方がない」
「この狸オヤジ」
「狸ではなく、龍だがな。少しだけ龍神眼を使ってやろう」
一目連様はそう言って眼帯に手を掛けると、そのまま引っ張って外した。
眼帯を外し、あらわになったその眼は緑色に輝き、角度によって黄色にも緋色にも見えた。
「おい千尋、あの眼はヤバイ臭いがプンプンするぜ」
「同意だね。早い処決着を付けてしまうか」
「決着をつけるだと? オレが眼帯を外した時点で、もう終わっているぞ」
そう言った一目連様の背後から、龍姉弟が斬りかかるが、まるで背後に眼があるかのように、必要最低限の動きで此れを避ける。
そして――――――
カウンター!?
早すぎる動きだったが、どうにか見えた部分は、弟君の攻撃をかわし、水刃を持ってる手を掴んでそのまま姉に向ける。
姉は弟君の水刃に怯んで攻撃できずに居ると、腕を捕まれた弟君を姉に投げ付け、姉弟共に壁へ向かってまっしぐら、一緒に壁に叩きつけられ、めり込んだ。
その際に弟君を庇う形に成ったのは、弟君への姉弟の愛情だろう。
弟君を巻き込みたくないのか、水葉は闇を纏わずにいるので、それだけでも戦力ダウンだ。
「完全見切りとカウンターか!? 厄介な……」
「千尋には見えたんだな? 俺の目には、気が付いたら吹っ飛ばされる二人が映ってたって感じだ」
「色んな強者と戦って来たからね。辛うじて見えた感じだよ」
僕の中にいる2柱の神様のお陰で、身体能力が嵩上げされてるのも、恩恵あるみたいだけどね。
「で、どうするよ」
「向こうがカウンターなら。カウンターが発動できない様な、攻撃なら良いのさ」
「カウンターが発動しないって言うと、カウンターをすり抜ける程、さらに早い速度の攻撃か!?」
「剣術の無い僕がそんな事出来ると思う?」
「……無理だわな」
「だったらやる事は一つ」
僕は腰のペットボトルを数本取り出すと蓋を開ける。
地底湖の水だと、向こうの水制御が掛かるかも知れないからだ。
「眼帯を外したからには、もうブレスは当たらんぞ」
「いいえ、ブレスではありません。これは術をかますんです!」
そう言って水の水素を分解し――――――
「何をする気だ!?」
圧縮着火!
「水素爆発!!」
圧縮され着火した水素が大爆発を起こす。
もの凄い轟音と爆風が吹き荒れて、地底湖に張られた龍族結界をぶち抜いた!!
この場で、この術に耐えられるのは、術反射を持つ僕と、その胸の間に隠れるセイ。
同じく術反射が出来る八咫鏡を持つ水葉と、その背後に隠れる弟君が残るだけで
見える範囲には、一目連さんの姿は居なくなっていた。
生きているとは思うけど、龍族結界をぶち抜いた時に、天井が崩れ始めた為。その瓦礫に埋まったのかな?
そう思っていると、崩れた天井の隙間から、外の光が射し込んで来た。
「術が外まで貫通しやがったよ……」
「これでも加減したんだけどね。でもまぁ広域の爆発なら、カウンターも出来ないでしょ」
「そうだけどよぅ……もう少し、やり方が無いのかねぇ」
そうセイと話していると、崩れた瓦礫の中から、手が出て振っているのが見えた。
直ぐに駆け寄って、手を引っ張り上げると
「けほっ、けほっ! 黄泉まで堕ちると思ったぜ」
「じゃあ第二ラウンド行きますか?」
「いや、もう降参だ。気を使われたまま、ここまでされたんじゃな」
「そっちも気を使ってたでしょ?」
「ちょっと! 瑞樹千尋どういう事よ」
納得行かないと言う顔で詰め寄る水葉に
「壊れた処見てみなよ。街がある方は無傷だろ? 一目連様は最初から、僕らが街の方向に居る時は攻撃してなかったのさ」
「加減されてたって事?」
「そう言う事」
「千尋とか言ったお前も、街の方向へは攻撃してないだろ? 最後の術だって、崩れたのは街とは逆方向である、屋敷の裏手の方だしな」
「そっちの礼に準じたのさ」
向こうが不利になってまで護っている住人達へ向けて、広域爆破なんて出来ないもの
「ふふっ、気に入った!! 垂れ込み通りの簒奪者なら、二度と踏み入れられぬ様にしてやったのだが……街を護って戦うお前が、そんなわけ無いよな。オレは領主として街の者を護る責務があるが、千尋。お前はそんなモノないのに街を護ってくれた」
「別に僕は、2度と悲しい思いはしたくないだけです」
「過去で両親が死んだ事からの想いか……」
「どうしてそれを?」
「言ったであろう。この眼はなんでも見通すと。それは攻撃の軌道だけではない、心の中も少しだけなら見ることができる。それでも中に居る2柱の神が邪魔で、深層までは見えぬがな」
「心の中まで全部お見通しか……」
「まぁそのお陰で、まほろばの街に手を出す気が無いとも分かったのだがな」
「だったら戦わずに、上で眼帯を外せば良いのに」
「上には天照が居ただろう? あそこで手の内を見せる訳には行かなかった」
「はぁ~回りくどい真似を……そもそも僕は、まほろばの街に手を出しませんて。自分の護るべき北関東の神佑地でさえ、満足に護れているか分からないのに、これ以上管理地を増やしても仕方ありません」
「あぁ、今はもう分かったさ。ここでの戦闘だって、名目上戦うと言って出て来たから、戦っただけだ。それに四国の狸が噂をしていた、龍の希少種にも興味があったしな。まぁそう膨れるな、オレは負けは認めたんだ」
負けを認めている割には、余裕綽々で無精髭を撫でてでいる所を見ていると、勝った気が全然しない。
あの無精髭を剃ったら、人化を解いて龍へ戻った時、龍の髭が無くなるんだろうか?
龍の生態は色々と謎である。
「あと天照様達、天津神側の名誉の為に言わせて貰うと、地上を奪い取ったのではなく、国津神同士の争いで、地上が滅茶苦茶だったのを統治するために、大国主命の代わりに統制を買って出たんです」
神話の受け売りだけど……
「お前の言いたい事は分かるが、急に頭を抑えられて面白くないと思う国津神もいる。とはいえ、荒れてばかりでは、そこに住む人間や動物が困るのも問題だ」
「ええ。結果的に天津神の介入で、国津神同士の争いは無くなり、今の平和な世があるんですから、良かったんじゃないですかね」
「確かにな……だが、まほろばの街は、統治をちゃんと行っているのだから、天津神には渡さんぞ」
「それは、天照様も街を見て回ったので、十分に分かってますよ」
買い食いしながらね
「そうそう、今さっきお前が開けた穴があるだろ? そこから顔を出して外を見てみろ。良いモノが見えるぞ」
一目連様に言われて、瓦礫で埋まった地底湖から背伸びをして外を見てみると。
街とは逆側の景色が見て取れる。
丁度、一目連様が住まう屋敷の裏手に成る、その場所には――――――見覚えのある建物が建っているではないか
「あれは……女学院!?」
あれ? なんで幽世に女学院が?
その不思議な光景に、目を疑わずにはいられなかった。