8-14 一目連(いちもくれん)
「また来たのか!?」
ガラの悪そうな鬼の門番に止められる。
つい数時間前に追い払われたばかりだし、そうなるのも仕方がないが、そっちから来るように言って置いて、さすがにあんまりだ。
「おいおい、鬼さんよぉ。話は聞いてねえのかよ。そっちの猫爺さんに言われて来たのに、、門前払いたぁねえーんじゃないかぁ?」
見上げる様に眼をとばす尊さんだが、鬼との体格差があり過ぎて、まるで子供と大人である。
尊さんも背は高い方だが、鬼が規格外なのだから仕方ない。酒吞童子の末裔である雌鬼ですら2メートルはあったし。
和風で床から鴨居まで5尺8寸……約180センチには、ちょっと届かない鴨居に頭がすっぽり隠れてたから、たぶんそのぐらいだろう。
さすが肉体派の武闘集団である。
戦う場合、術反射しか取り柄の無い僕に、物理の打撃で来るので、一番苦手な部類だ。
「尊さん、田舎丸出しの眼とばしは止めてね」
「千尋ちゃん。他人の振りよ」
「お前ら……」
鬼達がどうする? と、相方と話し合っていると
「ほっほっほ、よう来て下さったのぅ」
「「 猫参謀様!? 」」
背丈の更に小さい猫又の御爺さんに、深々と首を垂れる鬼達。
見た目は年老いていても、眼光の奥に鋭さを宿らせており、歩く足もしっかりとしていて、飛び掛かるのも簡単と言わんばかりであった。
今猫老様との距離が7~8メートルだが、その気になれば一瞬で距離を詰められそうだ。
「おいおい遅いぜ爺さん。門の前で放置プレイかと思った」
「すまんすまん。腰が痛くて歩くのも億劫でな」
「腰はヤっちまうと痛いものなぁ、爺さん年なんだから無理すんなよ」
「ほっほっほ」
「こいつ! 猫参謀様に何て口を!?」
「よいよい。御主等は持ち場に戻れ。この者達は儂が連れて行こう」
鬼達にそう告げると、猫老は着いて参れと踵を返す。
背中がもろにがら空きであるが、こちらの動向を探ろうとしているのが見え見えだ。
そんな猫老様に、尊さんは素なのか!? 気付いていて敢えて気付かぬ振りをしているのか!?
何はともあれ猫老様の方は、狸ジジイなのがよーく分かった。
『狸だったのか!? 猫又かと思っていたが……』
このすっとぼけ駄目龍は、念話で何を言ってくるかと思えば……どうしてくれよう。
『猫又で正解だよ!! 狸な奴って言うのは、裏で何か企んでるって言うのを、狸に例えた比喩なの! 別に猫老様が狸そのモノって訳じゃ無いの!』
別に戦いに来たわけじゃ無いし、こちらから手を出す事はしないけどね。向こうから仕掛けてきたら別だけど……
『しかし尊の奴、アレが素なら大物か、大馬鹿のどっちかだな』
『猫老様から、殺気がないからね。ちょっと無防備すぎだと思うけど……あれはあれで作戦かもね』
『ほう?』
『もし……もしもだよ。罠があったとして、一番安全なのは、罠を仕方た者の近くに居る事だもの』
仕掛けた者は安全地帯に居る事が多いからね。もしくは逃げ道を用意して居るとか……
それに屋敷に入ってから、猫老様の足は無音で歩いて行くのだから、腰が痛いとか絶対嘘だと思ってしまう。足の肉球が音消しをしているって話もあるけど
『罠ってあれだろ? 大きな石が転がって来るとか』
『鞭で戦う考古学教授かよ!!』
『御主等は分かっとらんな。罠と言ったら、障子の向こうや天井裏に忍びを潜ませて……』
『忍者とか、どんな時代劇ですか! 天照様は時代劇の観すぎです』
『忍びと言えば、忍者が主人公のゲームを、淤加美神がやって居ったぞ』
『あれは名作ゲームですが、そうじゃなくて……』
あ~も~、ツッコミ入れてるだけで、罠とか色々気を付けてられなかったし!!
ここまで何も無かったから良かったけどね。
廊下の突き当りまで着て
「ここが台所じゃ。道具は好きに使って……」
猫老様が、そこまで言い掛けると、天狗が一人やって来て何やら耳打ちをしている。
「ほう。若様が? うむ、分かった」
「では私は此れにて……」
天狗は羽を広げると、超低空飛行しながら廊下を飛んで行った。
歩いた方が速そうな速度で……
猫老様が、そんな僕らの視線に気が付いたらしく
「ほっほっほ。天狗は例え狭い洞窟でも飛ぶような奴らじゃ。気にせんでくだされ」
「あ、いえ。建物内で飛んで、頭ぶつけないのかなぁって」
「有翼族の性じゃな。それより御主等は、材料を一度ここに置いて、当主に目通って貰いたい」
「料理を作ってからではなく、その前に顔が見たいと?」
「うむ。そう言う事らしい」
僕らは言われた通り、買って来た材料を台所に置くと、そのまま猫老様に連れられて、奥の座敷への廊下を進んで行く。
あーもー、猫老様の耳とか、フサフサな尻尾に触りたい……が、それをして侮辱ととられると厄介なので、餌を御預けされた犬のように我慢をする。
こんな事なら、街で偉い人でない猫又を探して置くんだった。
猫老様は、何度か廊下を曲がり、一番奥まった場所にある、やたら豪華な襖の部屋の前に来ると
「若! 入りますぞ」
「猫爺か!?」
その声は、かなり野太く。それでいて、良く通る声であった。
猫老さんが襖をゆっくり開けると、奥座敷の一段高くなった場所に、胡坐をかいて座っている中年のオッサンが一人いた。
片眼には眼帯を付けて、一つ目であるのを強調しているので、一つ目龍神の一目連様なのであろう。
しかし若って年齢じゃないよな。
無精髭なのが、余計に初老を意識させた。
まぁでも、地方民話から行けばそうかな……伊勢湾台風を起こしてきたって言う逸話があるし。鍛冶屋の神である天津麻羅様と同一神とも言われたほどだ。それだけ古い神様なので、見た目がオッサンなのも合点がいく。
天津麻羅様も片方の目の色が違って、鉄の温度が分かるって事だが
この一目連様も眼帯の下に、どんな神眼を持っているのやら。
「急に呼び出すとは、何事ですか? 早く調理に掛からせませぬと、昼飯が夕飯に成ってしまわれますよ」
「爺の毒見が遅いからな、いつも冷めた飯を食わされる俺の身にもなれ!」
「だから調理を急いでおるのですじゃ!」
「論点がズレて居るわ! 料理が冷めるのは、毒見をする爺が猫舌だから悪いのではないか!?」
「この爺の舌が焼けたら、誰が毒見をするんですじゃ!」
「毒見などせずとも、龍神のオレに毒は効かぬ」
それ分かるわ~。
人間には、かなりヤバイ毒でも、最初は痺れるけど、3度も食えば耐性が出来るのか、全然平気になるし。巳緒のオロチ毒にも慣れた。
ただ、先輩の料理は慣れないんだよなぁ。
「効く効かぬの問題ではありませんじゃ! 昔からの決まり事。先代の親方様には……」
「もう良いわ! 耳にタコができる程聞いた」
「何が良いですか! 若、爺は嘆かわしいですぞ。若がこんな小さなころから教育を任され……」
猫又老が親指と人差し指を広げて見せる。一寸法師かよ!
「そんな小さくは無いだろう。それでは蛙の子供ではないか」
しかも、それ両生類。
もう帰ってい良いかな?
「若! 聞いて居られますか!?」
「待て爺。お前の連れて来た連中が、暇そうにしているぞ」
「あのぅ……調理に入らせて貰っても?」
「そう急かすな。実はな龍神が来ていると報告が上がって、オレ以外に龍神が居るのを見てみたかった」
報告? 門番の鬼だろうか?
「北関東から出て来た龍神です」
「他にも龍族が何名かいるようだが……ふっ、回りくどいのは止めだ。率直に聞く……お前ら此の首を持って帰り、天照に渡す気なのか?」
「え!? ち、違いますって。まほろばの街には行方不明の女生徒を追っていて……」
「白を切る気か? こちらには垂れ込みがあったのだぞ」
だれだぁー、話を厄介にする奴。
一目連様が、部屋の後ろに声を掛けると、見知った人が出て来る。
「間違いなく、こいつ等ですぜ! この者達が幽世と現世を繋ぐ、大鳥居の門を突破したんです!」
「き、狐さん!?」
「てめえ!! 関与しないって言ってたのに」
「こちらも勝ち馬に乗れませんでしたから、このぐらいは許されるでしょう、大鳥居を突破したのは事実ですしね」
「良く教えてくれた、褒美を取らす。さて……これでも白を切るのか?」
狐さんから僕らに視線を戻すと、一目連様から詰問される。
「確かに、大鳥居は突破しました。割符を持っていなかったので仕方なく……ですが、この自治領をどうにかしようとは思っていません」
「…………どうも信用できぬな。あの天照の息が掛かった者と言うのが尚更胡散臭い。頭に天照の人形を乗せて居るぐらいの信奉者だしな」
人形じゃないんですよ、本物の天照様です。
しかし何で天照様は、一目連様に嫌われてるんだろ
「さっきから聞いて居れば……何たる侮辱! 妾を太陽神! 天照大御神と知っての事か!?」
あ~も~、また面倒臭く……
「はっ! 何だお前!? 人形じゃなく本物を連れて来たのか?」
「この千尋を、国津神に任命したのは妾じゃなからな。先程から妾への非礼の数々、許して置けぬぞ」
「葦原中国を大国主から奪って置いて、何を偉そうなことを」
「あれは奪ったのではない! 話し合いで大国主が寄越したのだ」
一触即発! そんな空気も読まずに、香住が僕に耳打ちする。
「ねえねえ千尋。葦原中国ってなに?」
「えっとね、神話に出て来る古代日本の呼び名かな?」
「私らが住んでる地上って事?」
「そう言う事。高天ヶ原と黄泉の中間にある事から、中津国とも言って。日本書記だと豊葦原千五百秋水穂国とも言うんだ。沢山の葦が茂り、瑞穂……つまり稲穂の事ね。沢山の稲が実る国と言う意味さ」
「へえ、知らなかった。あっ済みません! 続けてください」
「いやいやいやいや、そこは続けてじゃなく、止めようよ」
天照様も、一目連様も、微妙な顔をしている。
それもそうだろう、怒りマックス状態で香住に水を差され、振り上げた拳の下ろし処を、どうしたものかと探しているようだった。
「まぁ良いだろう。その娘には料理を作らせよ」
「若様?」
「ただし、オレはまだ完全に信用した訳ではない。そこの雌龍……千尋とか言ったな。着いて来い」
「僕ですか?」
「他の者は残れ、龍族しか入れぬ場所へ行く」
あらら、じゃあ天照様は連れて行けないので、建御雷様にお預けする。
オロチの巳緒の方は先輩に託し、何かあったら巳緒の念話で連絡する様に言って置いた。
香住も心配ではあったが、淵名の龍神さんが常についてるし。呪弾を受けて病み上がりなのが少し心配だが、並の妖怪なら大丈夫だろう。
「セイはどうするの?」
「俺だって龍族だぜ」
「知ってるけど危なくない?」
「嫁が行くのに、俺が行かない訳にいくまい」
こうなっては、意地でも一緒に来るので、言うだけ無駄だ。
「心配無用よ瑞樹千尋。私らも着いてってあげるからね」
そんな水葉の隣で頷く、弟龍の名無し君……戦闘経験浅いのに、大丈夫か?
もしかして、経験つませる為のスパルタ教育だったり? 名無し君、見た目は小学生だけど、少しは考えてあげろよ、0歳児なんだから。
とはいうものの、この二人も意地張りだから、セイと同じく言っても無駄だろう。
戦闘に成らない事を祈りながら、一目連様に着いて階段を下って行くと
壁が途中から磐むき出しの洞窟に変わる。
「龍族結界は抜けたぞ、しかし……暗闇でも平気とは、龍眼の使い方は心得ているんだな」
「そりゃあまぁ、淤加美様に、しごかれましたからね」
「なに? 淤加美だと? あの龍神、淤加美神か!?」
「そうですよ。因みに此方の姉弟は、御津羽様の御子息です」
「なんと!? あのお二人の……オレが若いころに見た2龍の姉妹は、真に綺麗であった」
「今でも綺麗ですよ」
揚芋中毒になってるけどね。
僕の言葉に、そうか……と一言答えただけで、無言で階段を下りる。
あぁ、この方……淤加美様か御津羽様の事を好きだったんじゃないかな?
『まさか、あんな婆さんを?』
『セイお前、淤加美様に怒られても知らないからな』
『念話が北関東まで届く訳ねーだろ』
『聞こえて居るぞ』
『ぎゃああ、なんで!?』
『千尋の中に、片方の妾が常に居るのじゃ当然であろう』
淤加美様に、帰ったらお説教じゃ! と言われ、涙目なセイだが自業自得である。
そうこうしている内に、最下層へ到着したのか? 階段が終わていた。
何と言うか、微妙に明るいので、どんな仕掛けかと思うと
「苔だ……苔が光ってる」
「ほう、光苔か!? 緑色で幻想的だな」
エメラルドグリーンの光に照らされて、透き通っていた地底湖が緑色に光り輝く。
「さて、ここが目的地だ。ここなら天照の横槍も無い。何せ龍族しか入れぬからな」
「何も此処までしなくても……先程も言いましたが、僕達は本当に、まほろばの街に手を出すつもりはありません」
「それを信じてやりたいが、街の者から垂れ込みがあったからな。どちらを信じると言うなら、街の者を信じるさ」
「ならば、どうしたら信じて貰えますか?」
「ふっ、戯言は要らぬ。言葉では、やる気だ、やる気がない、の水掛け論になるだけだからな。お前達の本気を見せて貰おう。案ずるな、この眼帯の下の眼は真相を見通す」
一目連様はそう言うと、背後で龍の形に成った水が、3体程現れたのだ。
「彼方さん、やる気だぜ」
淤加美様世代より少し若いが、一目連様も古龍神だ。
「勝てると思う?」
「負ける気は無いんだろ?」
まぁね。僕はそれだけ答えると、水葉たちとは逆方向へ移動した。
固まって居ては、ブレスの的だからだ。
さて相手は水、こちらも水。水属性同士の戦いである
どう策を弄したものかな