8-13 料理で猫参謀様を唸らせろ
あの猫又のお爺さんを唸らせる料理を作れれば、一目連様に目通りが出来る。
その為にも頑張らなくちゃ。
新しい料理の為に油を買って再度帰ると、狸雑貨店の前は長蛇の列であった。
そんな中、見知った顔を見付ける。
「おう、雨女も今帰りか?」
「尊さん、お疲れ様です。僕の方は一度牡蛎を買って帰ったんですが、油を買いに再度街へ繰り出したんですよ」
「油!? 樽で買うとか、買い過ぎだろ。 揚げ物屋でもしようってか?」
「ピンポーン! 正解です。優勝者には北極行きをプレゼント」
「行かねーよ!! あと二ヶ月もしないで師走なのに、北極とか罰ゲームか!! 深海の低温でも平気な水龍と一緒にすんな」
「まぁ北極行は冗談だけど、揚げ物屋は良いと思ってさ。ただ……パン粉が手に入らないんだよね。小麦はあるのに……」
「小麦かぁ……確かに、露店で売ってるモノにパンが無かったな。うどん屋はあったが……あと繋ぎに使うのか蕎麦屋もあった」
「そうなんだよね。妖はパンを食べないのかな? 昔ながらの純和風妖怪だし、米が主食なのだろうか?」
「妖怪の飯事情……面白い考察だな。今度レポートにして民俗学の教授に出してみるか」
どうせ夢でも見たんだろうって鼻で笑われて終わるな。
実際に街を見れば、考えが変わるけどね。
揚げ物屋を始めるなら、パン粉が無いので、代用品を何とかしなければならない。
あと揚げ物用のソース。だいぶ高かったのは、現世からの仕入れ値に、手数料が上乗せされてるからだろう。人間に見付かるリスクを考えたら仕方がない。
パン粉の方は、いっそうの事パン屋を始めてみたら、新しい味が妖に売れるかも?
そんな事を考えながら、店に入るタイミングを計っていると。物陰からの視線に気が付いた。
「あれ? 米屋の狐さんじゃない。どうしたんです?」
僕達に気がつかれ、罰が悪そうに物陰から出てくると
「この繁盛っぷりは、どうして……雑貨店等、うちの店より売上無かったのに」
「あ~偶々牡蛎のグラタンが当たったんですよ」
「ぐら?」
「ええ、グラタンです。僕は和食専門だけど、香住は和洋中全部網羅してますからね。何処かで見た料理を作ったんでしょう。狐さんも、お一つどうですか?」
レシピで思い当たるのは、現世側の厳島神社周辺のお店かな?
食べてってよ、と言う僕の言葉を聞いて、肩を落とし去って行く狐さんの背中を見送る。
「こんな事なら、うちで恩を売っておくべきだった……」
去り際にボソッと言って戻って行った。
「食べて行けばいいのに……」
「雨女……黙って行かせてやれ、止めるのは返って辛い」
僕は純粋に、美味しから食べてけばって思っただけなのに……
「そう言えば、尊さん。チーズがよくありましたね」
「現世と交流があるみたいでよ。ちゃんと牛乳から発酵させて、チーズもバターも作ってんだぜ。農耕用にも牛が居るみたいだしな。それで聞いてくれ、農場やってる鬼のおっさんから一本取ったら、牛乳の割引きまでしてくれたぜ」
なるほど牛が居るのか……まぁ平安時代にも貴族の乗る、牛車とかあったぐらいだし。不思議じゃ無いのかも。
「て、尊さん。鬼にも勝ったの?」
「おう。中々剛の者だったぜ。危うく婿にされそうだったが、女体化してて助かった」
どうせ気に入られて、うちの嫁の婿に……とか言われたんだろう。
「向こうが娘さんじゃなく、息子さんだったら、どうするつもりだったの?」
「そん時は逃げたさ」
まったくこの人は……早いところ喫茶店の鞠菜さんと、くっついて落ち着いちゃえよ。
僕も他人のこと言えないけどさ
そんな話をしていると店の中から狸さんが出てくる。
「4名様、入れますよ。お待たせしてすみません。元々雑貨屋なもんで、店内が食事処用に成って無いんですよ」
そう言って、羽の生えた天狗さん一家に頭を下げている。
確かに店内は、鍋やフライパンばかりの棚で、商談用に座れるスペースが、少しだけ在っただけだから、狭いのは仕方がない。
今は棚を動かして無理矢理スペースを作り、簡易テーブルでどうにか凌いでいる。
「狸店主、言われた物を買ってきたぜ。まさか牛乳瓶があるとは思わなかったがな」
「熱に強い鬼族のガラス職人も居りやすから」
「食材の安い露店を探して見て回ったけど、皿は広めの葉とか、笹の葉なんだね。あとは店に返すタイプの陶器製」
「そりゃあ、現世みたいにプラスチック皿は無いだろうよ。プラスチックは石油製品だしな」
「まぁ現世とは繋がってやすからね。幽世へ持って来る事も可能ですが……」
「そう! それなんだよ! 僕が不思議に思ったのはさ、現世と繋がってるんだし、食べ物だって珍しくないでしょ? なのに、どうして現世の食べ物が繁盛するのかな?」
香住の料理の腕前は置いといて、現世から仕入れられるなら、そんなに珍しくないだろうに……
「龍神様。四国の長老にも聞いたと思いますが、人間に化けて生活できるのは確かに居ります。でも全員じゃないんですよ。中には尻尾が残ったり、耳が残ったりして完全に化けれない者が居るんでさ」
「もしかして、この街は?」
「お察しの通り。人間に化けきれない者が集まってできた街でさぁ。詰る所、人間に化けきらないって事は、現世に出られないって事ですからね。だから現世の食べ物が珍しいんでやんすよ。仕入れても冷めちまいますしね」
「なるほどねえ、だから現世の食べ物が当たったのか」
「向こうの商品は、完全に人化できるものが来た時に仕入れてもらうとか、冬で厚着の出来る季節だと帽子とかで耳を隠したり尻尾を隠したりして、必要最低限の物を仕入れるんでさぁ」
苦労してるんだな。
それに比べれば、龍族の霊力あるものしか見えない角と尻尾はありがたいわ。
「ここで作って、熱々が食べれるだけでも、だいぶ違うさ。電気が無いなら電子レンジも無いだろうしな」
「確かに、冷めると激的に美味しくないよね」
そんな時、店内から水葉の声がする。
「ちょっと、買い出しにいつまで掛かってるのよ」
ごめ~ん! と声をあげて店に入ると、狭い店内が余計に狭く感じるほど、ごった返していた。
ただ一画、猫又の御爺さんの周りを除いて―――――
「さすが噂の現世飯じゃ。儂の目に狂いは無かった。うんうん、これなら一目連様も満足されるであろう」
尻尾の二又に裂けた御老人が、そう言って熱々の牡蠣グラタンをハフハフと口に放り込むが、猫舌なのか? 放置して冷やしてあったのに冷水を飲んで更に冷やしている。
そんな御老人に気を遣って、街の妖さんは近くに寄ろうとしないので、他の場所に皺寄せが行っているのだ。
猫又老人の隣まで、ちょっとだけ詰めれば、あと二組は入れるのになぁ。
そんな御老人に西園寺さんがお酒を注いで、スマホの画面を見せている。
「この人間の男なんですがね……」
「細かくて、よう見えぬな。しかし、一目連様に御目通りを願う人間に、見えなくもない……やっぱりよく分からん」
鮮明にしたとはいえ、元々暗闇で撮った画像だもの、解像度もかなり低い処に来て、御老人が遠視っぽいし。見えないのも仕方がない。
やっぱり、この街を治めている、一目連様に直接聞くのが早いだろう。
そんな時、狭い店内を身を捩る様に歩いて来る仙道さんが
「オレは一度現世に戻るぞ、ここだと圏外で連絡が出来ん。お前らはこのまま一目連とか言うのに逢って、女学生の行方を探れ」
「了解っす」
「もし何かあったら大鳥居の門がある場所に、屈強の祓い屋を待機させているから、そちらに相談しろ」
そう言うと、人混みを掻き分ける様にして外へ出て行く。
「やっと、お目付け役が居なくなったな」
「まあほら、仙道さんが五月蠅いのも、僕らの安全の事を願ってるからだよ」
だと良いんだけどな……と肩を竦めながら言う尊さん。
どうも小鳥遊兄妹と、仙道さんの馬が合わないらしい。特に小鳥遊先輩とは、口で勝てないのが悔しいのか? 何かと突っ掛かってくるようだ。
「あんなに急いで出なくも良いのに……」
噂をすれば、エプロンを付けた小鳥遊先輩が、キッチンから出て来てそう言っていた。
「緑……お前何かやったのか?」
「生牡蛎が食べたいって言うから、レモン掛けて出してあげただけよ」
「ちょっ、先輩! 生食用じゃ無いのに生で出しちゃったの!?」
仙道さん、今頃トイレ探してるんじゃ……
「生食? あぁ、スポンジケーキともビスケットとも言えるような円錐型のパンでしょ? 美味しいわよね」
「美味しいのは同意ですが、それは甘食です。いやいやいや、そうじゃなくて、牡蛎にも生で食えないのがあるんですよ」
「そうなの!?」
「まほろばの街では電気が無く、当然冷蔵庫だって無いのに、獲りたて新鮮でもない限り、生で食うのは危険ですって」
本当に料理系は駄目な人だな……他は完璧なのに
「冷蔵庫は無いけど氷はあったわよ」
「そうなんですか!?」
「だって雪女が氷作ってたし」
文明に利器が無い分、妖力でカバーしてるのか……通りで、発電機が無い訳だ。
「しかし仙道さん。大丈夫かなぁ」
「自分で食いたいって言ったんだ。自力で何とかしてもらうさ」
やっぱ小鳥遊兄妹は、仙道さんに辛辣だなぁ
そんな時、皆が畏れて席を開けている猫又の爺さんから
「これ、龍の娘。女将を呼んでもらえるか?」
『淤加美様、呼んでますよ』
『戯け! オカミ違いじゃ』
今、御津羽の具合を診て居るからと、念話を切られてしまった。
「す、すみません。猫参謀様」
店主の狸さんが現れてペコペコ謝っていたが、何もしてないっての
「お爺ちゃん参謀様なんだ?」
「うむ、一目連様にお仕えして、かれこれ…………千年……いや、もっとかのぅ。龍族は長命じゃから、いつの間にか儂の方が年寄りに成ってしまったわい」
そう言う猫参謀様だって、千年とか生きてるとは……
妖は総じて長命だ。
「それで、何の御用でしょうか?」
「うむ。まことに旨かったのを賛辞として伝えたかったのじゃ」
「それはそれは……まことに光栄です」
「だがのぅ……少しばかり量が少なくて、それだけが不満じゃな。他に品は無いのか?」
やっぱり龍族は身体が大きいから、セイ達みたいに食べるんだろうか?
他の品かぁ……元々、お食事処をする訳じゃなかったしね。
揚げ物は、良い考えだと思ったが、パン粉をどうにかしないと駄目だし。現世へ買いに行く時間も足りない。
とりあえず買って来た食品を見ながら考えると、昨日屋台で食べたモノが目に浮かんだ。
「広島焼き!」
幽世だとソースが割高で、とても商売には使えないが、猫又参謀様に認めてもらうには仕方がない。
「広島焼きって言ってもよ……焼きそばは、どうするんだよ?」
「それは、うどんで代用するよ」
さっそく炭に火をおこし、雑貨屋なので鉄板は棚にあったのを使う
火が完全に着火する前に粉を水で溶き、キャベツを切って置く
「雨女、なんだか御祭りみたいで楽しいな」
鉄板を拭きながら油を塗っている尊さんが、子供のような眼差しで鼻歌を歌っていると
「焼くのは、私に任せて」
「「 マテ! 」」
「先輩は給仕しててください」
「緑が焼いたら、死人が出るだろ!」
「どういう意味よ!!」
危うく一目連様への御目通り処か、参謀暗殺の手配犯に成るところだった。
まず卵黄を開いた瓶に入れ……何の卵だろう? まあいっか、塩、御酢、を混ぜながら、少しずつ油を加えて……
「おい、雨女は何を作ってるんだ?」
「これはねえ、手作りマヨネーズ」
「ほう、マヨネーズって、もっと難しいのかと思った。本当にお前は、なんでも作れるんだな」
「小さい頃から料理してるからね。このぐらいは出来るよ。マヨネーズの成分は、卵黄と御酢と油だから、あとは上手に混ぜてやるだけ。塩はお好みの量で良いし。卵の種類にもよるけど、この量で千八百キロカロリーはあるんだよ」
「すげえな……もしそれがダチョウの卵なら、カロリー取り過ぎだな」
「取り過ぎどころか、全部は食べ切れないよ」
さて昨晩、屋台で見ていた通りに焼くのだが、今回は焼きそばが無かったので、中身はうどんだ。
屋台で見たものを、そのまま再現してやると――――――
「香ばしい匂いが……」
「旨そうだ、オレにも焼いてくれ」
「ママ……ボクも食べたいよ」
「こっちにも頂戴!」
やっぱりか、ソースの焼ける匂いって、食欲をそそるんだよね。
狸の店主が、順番にお願いします! と声を上げている。
街の人には申し訳ないが、そこまでソースが無いのだ。
もし商売をするなら、現世で業務用の大きいソース買って来ないと駄目だな。
取り敢えず、猫参謀様に一皿お出しすると、ソースがある分だけでも、広島焼きを焼いてあげる。
どうせ猫舌なんで、すぐには召し上がらないし。
やがて――――――
香住の焼く牡蛎グラタンと、僕の作る広島焼きが、ほぼ同時に品切れに成る頃、ようやく猫参謀様が広島焼きを完食した。
「ふう。まことに旨かったわい」
「ご満足いただけて何よりでさ」
狸さんも忙しさで疲れたのか、敬語が元に戻ってるし。
猫参謀様は、懐から厚手で出来た布の袋を取り出すと、狸店主に渡した。
「こ、こんなに!?」
横から覗き込むと、500円玉がぎっしり詰まってた。
貯金箱から出してきたんかい!!
それでも、袋一杯の500円玉だし、10万はありそうだ。
広島焼き1枚でコレなら、破格の値段だわ。
「処で店主、料理人たちを貸して貰おう。一目連様の元へ出向いて、儂が食べたコレを作って頂きたい」
狸さんがアイコンタクトで此方を見るので、僕は頷いて見せた。
「もちろんでさ、料理人も名誉だと言っていますから、すぐにでも出向かせましょう」
そう言って、店頭まで出てお辞儀をして見送った。
「狸さん、上手く行きましたね」
「寿命が縮みましたよ。でもこれで、屋敷の中へは猫参謀様の顔で入れるはずです」
開いた席に、腰掛けながら額の汗を拭っている狸さん。
そこへ、外で買い食いを終えたセイ達が戻って来た。
「やっと空いたな」
「手伝いもしないで、買い食いかよ」
「仕方ないだろ、食べるところも無いぐらい、妖で埋まってたんだし、蛇もストレスで危なかったんだぞ」
「うん。もう少しで、妖を全部丸吞みする寸前まで我慢の限界に来てた」
巳緒、やめてよ。
「天照様達は?」
「建御雷の旦那と、まだ食べ歩いてる」
本当に飯食いに来ただけだな……
「途中で回収して行くとして。値段が高くてもいいから、良い材料買って一目連様に逢いに行こう」
「じゃあ、オラは店を掃除して置きますわ」
「すみません。散らかすだけ散らかして」
「いえいえ、一目連様を待たせる方が怖いですからね。ここはお任せを……」
そう言って、狸さんが見送ってくれた。
これで、やっと屋敷に入れるな。