8-12 まほろば自治領
まほろばの街の中央通りを、狸さんの案内で歩いていく。
「じゃあ狸どん。オイラの店はここだから……あの男が来たら、オイラの時は誰も通してないって言うからな」
そう言って建物に入って行く狐さんだが、その看板には米と大きく書かれていた。
やっぱり狐は、宇迦之御霊様の一族だけあって、米を害獣から護るのが御利益だから、扱っているのも米なんだろう。
狸さんは、店に入って行く狐さんの背中に向かって
「おう。オラが通したってことで良いぞ」
そう答える狸さんだが、本当に良いのだろうか?
「狸さん……食い扶持が減っちゃわない?」
「なーに、狸一族全員の故郷を救ってくれた恩人に報いないと、それこそ末代までの恥ですぜ」
恩返しは立派だが、やっぱり心配だ。
狸さんの店は、もう少し奥……というか、一目連の館よりだと言うので、そのまま連れられて歩く。
街の造りは、大通りの左右に露店が賑わいを見せるの形で、売り子をしている店員さんは、みんな人外であった。
そう言えば、2足歩行する狸さんとか狐さんとか、不思議に思わなくなったな。慣れとは恐ろしいモノだ。
売り子の店員さんは、背中に羽のある者や、角があるもの……はたまた、尻尾がある者まで居るので、人間でない事は明らかだ。
そういう僕も、角と尻尾があるのだけどね。
人外の街なので、元龍神のセイもオロチの巳緒も気兼ねなく人化して歩く。
大きさは、まぁ……元に戻すと、さすがに巨大になりすぎて、街を潰してしまうので、そこは我慢してもらう。
「それにしても、人外ばかりの街が在るなんて吃驚です」
「このまほろばの街は、一目連様の統治する自治領ですからね。人間も天津神様の目も届かないので、迫害も無いですよ。おっと! 天照様が御出ででしたな」
「別に良い。妾が統治する高天ヶ原ならまだしも、ここは幽世であろう? ならば妾が口出しする謂れはない」
あ~やっぱり幽世なんだ。
ここへ入った時に、朝日が昇ったばかりだったから、まさかとは思ったが……やっぱりか
時間の流れが違うから、今頃現世の方は、夕方だろうしね。もしかしたら夜かも?
「先輩。仙道さんへの連絡はどうしましょう?」
「放置で良いんじゃない? それに圏外で連絡とれないし」
そういって先輩の見せて来るスマホの画面には、圏外の文字が出ていた。
圏外じゃ仕方ないよね。
そう自分へ言い訳して、露店の中を歩いて行くと、結構色んな店が出ているので、時間があればゆっくり見て回りたいものだ。
香住も僕と同じ思いらしく、露店を見ながら、牡蛎が安い! とか言っている。
そんな香住の言う通りで、物によっては現世より安い食材が沢山あった。
「こういうのって、現世からか仕入れて来るんですか?」
「現世から仕入れて来るモノもあれば、町の外にある畑で作ってるモノもありまっせ」
地形がまんま現世と同じなので、獲れるモノも大体同じだと言う。
現世ほど、森が切り開かれて無いけどね。お陰で山側は森林が広がっている。
通貨は、まほろばの街独自の通貨なのか? 物々交換なのか? それを狸さんに聞こうとしたら、人外の鬼娘が大樽で油を買っていたので、それを何となく見ていると
「五千円札!?」
「あ~あれですかい? 現世通貨が使えるんでさ」
「まほろば独自通貨かと思った」
「いやぁ、現世で仕入れする時に、独自通貨だと色々と面倒臭いんでしてねぇ。両替にも手数料取られますし」
そこは幽世側の道後温泉と同じなのね。
もっとも、道後温泉は電子マネーまで導入していたけど……
しかし、良い事を聞いた。通貨問題が無いとすれば、帰りにいろいろ買って帰れるし。
そうと決まれば、帰りに買うモノを、色々と見て回るものだから、なかなか歩みが進まない。
「千尋! 見ろよ、旨そうな肉まんが売ってるぜ」
「本当だ。なになに……60円だって!? 現世より安いじゃん」
「よし、買っていこっと」
「厳島神社で、アナゴ飯を御馳走になっただろ?」
「あれから何時間経ったと思うんだよ? もう夕飯時だろ」
「そうか……幽世では昼前ぐらいの時間だから、時差ボケしてたわ」
「俺の腹時計は、正確だぜ」
嘘をつけ嘘を。四六時中腹が減ってる癖に
「何はともあれ、まずは一目連様の処へ行ってみようよ。あれだけの豪邸だし、客人には御馳走が出るかもよ?」
「なに!? 御馳走だと!? 早く行くぞ!!」
変わり身の早いヤツ
狸さんにも事情を話し、僕らは急いで居るので、狸さんの店には帰りに寄らせてもらうと言って、一目連様に合わせて貰えるようお願いする。
「オラは構いませんよ。帰りには必ず寄ってくださいね」
恩人には、恩をお返ししますからと言ってくれた。
狸さんに連れられて、一目連様の御屋敷に近付くと、槍を持った鬼の門番が
「なにヤツ!?」
「ここは水神、一目連様の御屋敷ぞ!」
そう言って鬼が槍を向けて威嚇してくる。鬼はだいたい鈍器持ちが多かったので、鈍器に比べたら少し可愛い武器である。
「オラは、ここに出入りしている業者でさ」
「業者だぁ? 何も売る物を持っておらぬではないか?」
「今日は一目連様に客人を連れて来たんでして……」
「あん? 約束はしておるまい?」
「約束は無いです。いきなりで申し訳ありませんが、少しばかりお話をと」
「だったら日を改めよ。今は来客中故な」
あらら、入れてもらえなかったか……
「こんなの押し通れば……」
「あら、妙な処で気が合うわね、高月さん」
「待って二人とも、それじゃあ話も聞いて貰えないじゃないか」
本当に向う見ずな性格と言うか……考え無しと言うか
「まぁ来客中なら仕方がない。いったん出直そう」
せっかく来た道を戻って行くと、セイ達が露店で買い食いしたり、香住が食材買ったりで、持ち物が凄い量になっていた。
セイ達め、現世と同じ通貨だと知ったら、本当に買いまくるなぁ。
「ささ、ここがオラの店です」
そう言って案内してもらったのは、雑貨と大きく書かれたお店だった。
店の中は食器や鍋など、色々なモノが置いてあるけれど、どれも一度買えば中々壊れない物であり、そう言う意味では、あまり流行ってはいない様だ。
副業で門番するのも分かる気がする。
そんな中、買って来た大量の食材を持ち、台所を借りるわよと香住が何やら食事の支度を始めた。
雑貨屋だけあってか、食器は売るほどあるので、困る事は無いが、さすがにガスは通っていないらしく、そこは香住も流石に困って居た。
炭を熾すタイプのレンジなのだが、そこは太陽神の天照様が、雑貨で店に置いてある炭へ直ぐに火をつけてくれた。便利な方だ。
やがて良い匂いがし出すと、焼けた牡蛎の上にクリームソースとチーズをのせて更に焼く。チーズに焼き目が付いたところで――――――
「香住特製、牡蛎のグラタンよ」
「おほぅ! 熱々のグラタンだな。香住嬢ちゃんが作る飯はいつも旨いな」
「牡蛎のらんたん? とな?」
「グラタンですよ天照様」
熱々の食事に舌鼓を打つと、匂いに誘われた住民が入って来たのだ。
「旨そうな匂いに誘われちゃったよ。狸どんの処は飯屋を始めたのかい?」
「なんだか旨そうだな。オレにも食わせろよ」
「美味しそうな匂いね。私にも5つ頂戴な」
閑古鳥だった店内が、忽ち人で溢れ返る。
「おおぉぉ、凄い事になった」
「5つ出来たわよ。次の方は?」
「こっちだ8つ!」
「おい! 横入りするなよ。並んでるんだぞ」
口コミが広まり、どんどん増えるお客。
「千尋は食材の買い出しね。全く足りないし」
「はいはい、僕は牡蛎を買ってくるよ。チーズは先輩に任せ……」
「まて! 緑に行かせるな! 何買ってくるか、分かったもんじゃない」
そう言って尊さんが御金を受け取り、チーズとミルクを買いに出た。
先輩はそんな尊さんに文句を言っていたが、僕は英断だと思う。先輩は店で給仕をして貰おう。
僕は牡蛎を求めて、街へ繰り出すが気が付いた事が一つ。
鶏肉の部類が置いて無いのだ。
「やっぱり鶏肉が無いのは、神使に多いからかな?」
「鶏は妾の神使であり、眷族じゃしのう」
豚は置いてありそうなので、豚肉も買って帰る。あと小麦粉も、これで串カツに出来るしね。
ソースは現世から仕入れたのか? なぜか置いてあったし。
牡蛎を大量に買い込んで戻ると、店の前が大変な事になっていた。
「客が追い多すぎて、店へ入れないし」
「これでは、ゆっくり食えそうにないのぅ」
呆然として、店を見ていると――――――
「おっ!? やっぱり居たか。連絡も寄越さず何やってる」
「仙道さん!? いやぁ、夕食にしようとしたら、大変な事になっちゃってさ……ご飯を食べたら連絡しようと思ってたんだよ」
「そうか、忘れて無いなら良い。あまりに遅いので、放置されてるのかと思ったぞ」
ギクギク……
「ほ、ほら。ここって幽世じゃない? 時間の流れが違うから、時間が経ってるように思うだけだよ、きっと……」
「まぁ良い。小鳥遊は中か?」
そう言って、強引に客を掻き分けようとして、怒鳴られる。
「横入りすんなや!!」
「否、この店の関係者だ」
「皆通してあげて、食材が行かないと、料理もできないからさ」
そう言う事ならと、道を開けてくれるお客さんにお礼を言うと、仙道さんに買った食材を渡す。
「中に居る香住に渡してください。僕は他の物を仕入れに行ってきますから」
「分かったが、こうなった経緯はちゃんと報告しろよ。報告書作のオレなんだからな」
仙道さんは、そう言い残すと店の中へ入っていた。
「他に何か買うのか?」
僕の胸の間に挟まったセイが、もう買うモノ無いだろ? と言ってくるので。
「串カツするには、多めの油が必要だからね。野菜も揚げたいし」
「街に来た時、鬼娘が買っていた油屋だな?」
「そう言う事。少し街の入口の方へ戻るよ」
僕らは通りを戻ろうとしたら――――――
「もし……そこの龍族の雌。ここの店の者ですかな?」
年老いた髭の長い御老人に話しかけられた。角は無く耳からすると犬? いや、尻尾が猫!?
どうやら猫又の老人らしい。
「店の持ち主は狸さんですが、関係者ではあります」
「実はここの牡蛎が美味しいと評判でな、領主の一目連様が食されたいと申されて居る」
「ええっ!? ちょっと前にった時は、来客中だと追い返されましたが?」
「うむ。来客を帰らせてまで、食べたいと申されてな」
おおっ、何と言うか、思わぬところで一目連様の屋敷へ入れることに成ってしまった。
「ええと……香住料理長と話してみない事には……」
「では中で待たせてもらうか」
そう言って店に入ろうとすると、住民が顔を知っているのか? 猫又の老人の為に、道を開けたのだ。
仙道さんの時とは大違いだった。
もしかしたら、地位が結構上の方の御方だったり?
取り敢えず僕は、揚げ物をする油を買うべく、油屋へ急ぐのだった。