8-09 風刃 対 風刃
「なーんだ。警報鳴らなかったね」
「鳴ってたら、今頃遁走だよ」
僕は通用門が開くまで、気が気じゃ無かったのに、香住はいい気なものだ。
門の警備室から死角になるところで、鞄から腰に付ける水ペットボトルのベルトを取り出し装備する。
ペットボトルも1本なら兎も角、5本も付けるとなると、警備に怪しまれるからだ。
因みに、天照様は小さく成って僕の頭の上に乗り、本来そこに乗っているセイは、胸の間に挟んだので、文句も言わずに大人しくしている。天照様を胸に挟む訳にいかないし、そこは大いに助かった。
学園の中に入ると上履きに履き替えると思いきや、他の生徒が靴のまま入って行くので、どうやら外国の風習が強いみたいだ。建物の造りも、どことなく西洋の教会風を醸し出す作りになっている様だ。
こっちは上履きなんて用意してないから、願ったり叶ったりだけどね。
昨日は暗くて、ゆっくり見て回れなかったが、昼間にこうして観察すると普通の学校より天井が高く、窓も大きい両開きの窓である。
何と言うか女子同士で、ごきげんようとか挨拶している女の子が出てきそうな感じである。口に出して言うと、アニメの見過ぎだとか言われそうだから言わないけど
「ほら、ここなんか大理石よ。私立だけあって、お金が掛かってるわね」
先輩が柱をコンコン叩きながら言ってくる。
「先輩。あまり田舎者丸だしな行動は止しましょうよ」
「だって千尋ちゃん、床も大理石なのよ。うちの墓石に貰っていこうかしら……」
そう言って廊下に敷かれたカーペットを捲って見せる。
「止めてください。先輩の御寺で使う墓石は、花崗岩とか閃緑岩でしょ」
「あら大理石だって、石灰岩が変形した物よ。蛇紋岩って呼ばれたりもするわね」
「もう二人とも、これから死地へ向かうのに、御墓の話はやめてよ」
「死地なんて大袈裟ね高月さん。人の安否を確認するだけじゃないの」
その確認で、昨晩は妖のシイと死闘をしましたがね。香住ドライバーで床に頭から落とされて紙に戻ったけど……
この床では硬いわけだ。図書室も床全面にカーペットが敷いてあったけど……本棚の上から落とされたんじゃ、衝撃は吸収できないわな。
「ところで、尊さん達は?」
「兄は女体化してても、女子の制服が無いから入れないわ。結局、自称祓い屋1位さんの所でしょ」
なんだかなぁ、先輩も仙道さんとは水と油だ。
「先輩も仙道さんと同業者なんだし、仲良くすれば良いのに」
「あのね千尋ちゃん。同業だから嫌いなんじゃ無いのよ。あのプライドの高い性格が……」
『てめえ、小鳥遊。無線のインカムで丸聞こえだぞ!』
「聞こえるように言ってるのよ。私、陰口嫌いだし」
『思いっ切り陰口じゃねえか!』
「違うわ。陰口は本人に聞こえない様に陰で……」
そこまで言うと、廊下に屈む先輩が、床から何やら拾っている。
「何かあったんですか?」
「……五円玉よ」
おいおい先輩。拾ってる場合ですか?
「はぁ……じゃあ、後で交番に届けましょう」
「五円の一割って貰うの大変よね」
「いやいやいや香住、謝礼なんて五円じゃ出ないってば」
「二人とも話してる処悪いけど、届けないわよ」
「交番でなくも警備さんに渡すとか……」
「そうじゃなくて、この五円玉は元々私が落としたモノだから」
「へ? いやいやいや、進行方向に落ちてたんですよ。落としたなら背後にないと変でしょう」
「そうよ変なのよ。私の見解だと、廊下がループしてるわ」
「「 ループ? 」」
「おかしいと思ったのよ。もうとっくに西館へ辿り着いてて良いはずなのに、いくら歩いても西館の角が見えてこないんだもの」
「それでループを疑い、五円玉を置いて確かめたんですね?」
「ええ、自信はなかったんで、拾われても良いように五円にしたのよ。結果は見ての通りだったわ」
僕や香住は雑談していただけなのに、同じく雑談しながらも、違和感に気が付く先輩は、場数を踏んだ祓い屋ならではの感覚だろう。
しかし、全然気が付かなかったわ。
僕の術反射に引っ掛からないところを見ると、僕ら自身に掛けたモノではなく、空間に施した結界か何かだろう。
「どうします? 一旦戻って対策を練り直しますか?」
「おそらく無駄ね。戻っても、廊下をループするだけだと思うわ」
廊下に閉じ込められた!? さすがに迂闊だったか……
昨晩の侵入がバレているなら、当然罠を張っているに決まっている。
仙道さんが言っていたもの……昨日の警報が鳴る騒ぎで、セキュリティが強化されたと
人間の警備すら強化されたんだ。当然、式神のシイが倒されれば、使役した主は警戒するのも予想出来たはず。
昼間だから大丈夫だと、相手を侮り過ぎた。
そんな時――――――
「我が術を見破るとは、人間の小娘にしてはやるではないか」
何処からか声がしたと思ったら、床の中央に丸い影が広がり、そこから何やらがぬっと出て来たのである。
それは山伏の姿で、赤い顔に鼻が長いのが特徴的。背中に折りたたんだ羽がある事から、おそらく天狗だと思う。
そんな天狗も地方によって種類が異なる。
有名どころは、京の鞍馬山の天狗であるが、鼻高天狗や木の葉天狗など色々な天狗が居るのだ。
主に仏道とかかわりが深く、神道とは関係ないと思いきや。実は古事記や日本書紀にもかかわりが無い訳ではない。
と言うのも、国津神の猿田彦と同一視される事もある。
猿田彦は背も高く、赤い顔をしていたから、天狗と見られる事もあったのだろう。
目の前に居る天狗が、どの種類の天狗に入るかまでは、神道しか勉強していない僕には分からないけどね。
空間を捻じ曲げる程の力の持ち主だし、一筋縄ではいかないだろう。
「貴方も、この私を罠に掛けるなんて、天狗にしてはやるわね」
「くっくっくっ、この状況で減らず口が叩けるとは……胆の据わった娘よ」
本当に畏れ知らずな先輩だな……さすが、小物相手じゃつまらないって言うだけはある。
「この状況でって、貴方を倒せば、このヘンテコな空間も戻るでしょ」
「やってみるかね?」
天狗のその一言で、場の殺気が一気に満ちる。先輩は太ももに括りつけられた独鈷杵を取り出すと、早九字を唱える。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……波!!」
氣を込めた独鈷杵を投げつけるが、天狗の衣服に刺さる手前で床に落ちた。
「愚かなり。元僧侶である我に、九字切りは効かぬ」
「ぬかったわね。天狗は元僧侶だったのを忘れていたわ」
「元僧侶?」
「神道の千尋ちゃんじゃ、知らないのも無理ないわね。天狗ってね、僧侶崩れが成るのよ。元々僧侶だったから地獄にも行かず、仏道から堕ちているので天国にも行けない。天国と地獄の間を彷徨い続けるのが天狗なの」
「それで早九字が効かないのか……じゃあ仏道の先輩には不利じゃないですか?」
「ふふっ、面白いじゃないの。最近高月さんに、獲物をもって行かれてばかりだから、ストレス発散できていないのよね」
「いやいやいや、ここは換わりましょうよ」
「千尋ちゃんがストレス発散の相手をしてくれるなら構わないわ」
「まだ死にたくないっす。でも、この天狗が大ボスって訳でもないんでしょうから、出来るだけ温存してくださいね」
「善処するわ」
「ふんっ! 我と戦うのに温存だと!? いい加減にせんか!!」
激怒した天狗が、団扇を出して横に薙ぐ
すると風が起こるのではなく、圧縮した風刃が僕らに襲い掛かった。
マズイ!! ここは廊下で一直線の通路なのだ。身を隠す様な柱も棚も無く、横いっぱいに広がった風刃を避けるのは身を床に伏せるか、風刃を上から飛び越すかしかない。
僕は風刃に反応できない香住を床に押し倒そうとしていると、先輩がとんでもない行動に出た。
「鎌鼬!!」
先輩の持っていた天狗の団扇で同じ風刃を創り出し相殺したのだ。
「なんと!? 小娘も団扇を持っていたのか!?」
「初めてだけど、上手く出せたわ。なるほど……扇ぐ様に使うと竜巻、縦にして薙ぐと風刃って訳ね」
「むむっ、初めてでアレをやるとは……何というセンスの塊」
何か凄い事になっている。元僧侶の天狗と、僧侶を目指す先輩の戦い。
「すげえな……ポップコーン食べながら見たいぞ」
「映画館かよ! 真面目にやれ」
「真面目に挟まってるだろ」
胸の間にな
僕とセイが馬鹿な事を言ってる間も、天狗と先輩の戦いは続いていた。
「ならばこれなら……どうだ!!」
「すげぇぞ千尋、風刃の連撃だぞ!」
「感心している場合か!! 巻き込まれないようにしないと」
できるだけ壁際によって、姿勢を低くする。完全に座り込むと動作が遅れるので、流れ弾……もとい、流れ風刃が飛んできた場合、動けるようにして置く。
「くっ……」
「ほう、5連撃まで相殺したか! ならば次は9連撃だ!!」
先輩の顔から余裕の笑みが消え、全開モードに入っているが、向こうは神通力を持つ天狗なのだ。人間の身体では、息切れを起こすのも時間の問題だろう。
「ふっ……天狗と言っても大した事無いわね」
「まだ減らず口が叩けるか? いや……息が荒いし、ただの虚勢だな」
天狗が不敵な笑みを浮かべるが、そんな事もお構いなしに、先輩が肩越しで僕へアイコンタクトを送って来た。
どうやら手伝えって事らしいが
本当なら、念話で指示してもらえれば良いのだけど、先輩は人間なので念話は使えないのがもどかしい。
「虚勢かどうかは、次の攻撃で分かるわ。そうねぇ――――――貴方の羽を捥いであげるわ」
「やってみるがいい」
羽……先輩は今羽って……背中の羽を狙うのは――――――
そうか!
『セイ、水ブレス吹けるよね』
『おっ? 急に念話に成ったから吃驚したぞ。ブレスなら吹けるが……ただし前にも言ったけど、自然の無い人工の建物内だと、連射は出来んぞ』
『たった一発で良い。タイミングは、次に先輩と天狗が風刃の打ち合いを始めた時』
『いいだろう。水を溜めるから合図と方向を言ってくれ』
セイが水をチャージしだすと、天狗と先輩が風刃を撃ち合い始めた。
「ほらほら小娘! 先程までの勢いはどうした!?」
「くっ、むうう……」
「ふははは、気合を入れて撃ち落とさぬと、風刃で御主の首が、ぐああああ」
突如、天狗が悲鳴を上げて片膝をついた。
「はぁ……はぁ……狙いバッチリね」
肩で息をしながらも不敵な笑みを浮かべる先輩。
「なんだと? どこから攻撃が」
「アンタが受けたそれは、セイの水ブレスだよ」
「目の前にいるお前らの攻撃が、なぜ背中に?」
「簡単さ。僕らが廊下をループするって事は、攻撃もループするって訳。だから僕らの後ろに向かって、水ブレスを吹いて貰ったら、その通り。アンタの背後ループしたブレスが当たった訳さ」
「本当に当たるとは……正直、何も居ない後ろに向かって撃てって言われた時には、千尋の正気を疑ったが、ぞこは流石と言った処か」
「セイ、それ褒めてるの? 貶してる? まいっか。先輩の羽を狙えって言葉で、ピンと来たのさ」
人間の先輩には念話が無いので、そうやって伝えて来たのだ。
「おのれ~小娘どもめ」
あの傷では空は飛べまい。そうなれば動きも鈍るはずである。
「この空間の結界を解くなら、見逃してあげる。空を飛べずに地を這いながら、芋虫のように逃げると良いわ」
「図に乗るなよ! 小娘が!!」
先輩の挑発に乗った天狗が、団扇を縦ででなく、横に扇ぐ。
その刹那、大きな竜巻が荒れ狂って現れたが――――――
「逃げていれば、焼き鳥に成らずに済んだものを……プライドが邪魔したのね」
先輩はそう呟き、不動明王がもつ炎の剣の俱利伽羅を、出来立ての竜巻に投げ入れた。
「ぎゃああああああああ」
竜巻の発生源の近くに居た天狗は、瞬く間に炎に焼かれる。まさに焼き鳥だ。
風刃と違って、動きの遅い竜巻は、威力はあるが避け易いのが欠点である。
だから先輩は、竜巻を使う時に敵との距離が近い位置で使う。まぁ炎の竜巻にすれば、千度を超える輻射熱で殆ど焼けるんだけどね。
炎を投げ込むような竜巻の使い方するのは、先輩ぐらいなので、天狗も知らなかったのだろう。
輻射熱でこんがり熱々だ。
「俺はタレでも塩でも行ける口だぞ」
「……アレを見て、よく食い物の話ができるな!」
「ウチは塩か七味」
「妾は甘いタレが良いのぅ」
……忘れてたわ、みんな人外だったっけ。ニワトリも天狗も一緒かよ!
僕なんか、リアルに想像しただけで、胃の中からアナゴ飯が戻って来そう……
でもまあ、これで空間も元に戻って――――――
「ちょっと先輩? 炎の竜巻がこっちに向かって来てません?」
「来てるわね」
「いやいや、来てるわねって他人事みたいに言わないでください!!」
「ほら、千尋ちゃんが水神龍じゃないの、頑張れ!」
おい!
あの熱量に対してペットボトル5本じゃ間に合わない。
もうじき空間が元に戻れば、火災の警報が鳴るし、それではまた騒ぎになって出直しだ。
「仕方ない。先輩も香住も床に伏せて。空間が戻る前に爆風消火します」
「爆風消火?」
「火って言うのは酸素がないと燃えないんですよ。爆破して一時的な真空状態を創り火を消すんです。森林火災とか大きな火災で使われる消火方法で、一歩間違えると火が飛び散りもっと大惨事に成りますが、ここは燃えやすい物がカーペットぐらいですからね」
普通なら窓や教室の扉も、熱で歪むのだが、空間に結界が張られているせいか、損傷は一切みられない。
ならば爆風消火も大丈夫な……はず?
どのみち水で消すなら。プールの水を持って来なければならない熱量だし、それをペットボトルで消すんだから、駄目もとでやってみるしかない。
腰に付けたペットボトル2本分の水から水素を分離させ、その水素の塊で水素爆発を起こす。
「二人とも行くよ、耐衝撃用意」
「「 オッケー 」」
伏せた香住と先輩の用意を聞いてから、水素爆発を起こし、爆風消火を試みる。
炎に必要な酸素が飛び散り、火は一気に消化された。
「千尋、なんか耳がおかしいわ」
「爆音が凄かったのもあるし、酸素が押し出され気圧が一気に変化したからね。欠伸をすれば戻るから」
「しかし、さすが千尋ちゃんね。あの熱量が一気に消えたわ」
「さすがじゃないですよ先輩。もう少し後の事を考えてください。大火事に成ったらどうするんですか!」
「大火事は無いでしょ。水神様が居るんだもの」
こんな時だけ神頼みしないでよ。
そんな時、外から小鳥の鳴き声が聞こえるようになったので、どうやら結界が解けたようであった。
『おい! 応答しろ!』
「五月蠅い無線も戻ったわね」
『やっと反応があったか、今まで何やってた?』
「焼き鳥をしてたのよ」
『焼き鳥ぃ? 小鳥遊、お前の言う事は訳が分からん』
先輩はくすっと笑うと、床に落ちた俱利伽羅剣を拾い
「さっ、図書室に向かうわよ」
「はいはい。行くわよ千尋ちゃん」
「学園に入って直ぐこれだもの……先が思いやられるなぁ」
「千尋ちゃ~ん。置いてくわよぉ~」
「ちょっ! 待ってくださいよ」
僕は速足で先輩達を追い掛けた。