8-08 宗像三女神
神楽舞は天宇受賣様の指導もあってか、新嘗祭の最後は滞りなく進んだ。
「桔梗さん、お疲れ様。神楽舞、とても綺麗でしたよ」
「千尋様、ありがとうございます。これも天宇受賣様のお陰です」
「この宇受賣の指導ですから、当然でしょう」
実際に舞った桔梗さんより偉そうにする天宇受賣様。
舞った事のない桔梗さんに、ここまで指導するのは、踊りと芸事の神様の名は伊達ではない。
当然それだけではなく、桔梗さんの努力も入っているのだが、2人とも天晴である。
「千尋よりは才能あるわよね」
「うるさいよ。香住こそ部屋で何やってたのさ」
「今日はこの後、学園に潜入じゃない? 制服にちょっと細工をね」
すぐに分かるわよ、と笑っていた。
農家の人達も
「今年も恙無く、収穫祭が終わったのぅ」
「来年も豊作お願いしますよ、龍神様」
「いやぁ綺麗な舞いだったから、来年も豊作間違いなしじゃ」
「なんだ? オメーが龍神様じゃなかろう」
「オレが龍神様なら、収穫量倍にしちゃるわい」
あっはっはっと笑いが漏れている。
僕には天候を操るほどの事はできないが、淤加美様が聞いてくれるだろう。対価は揚芋菓子でね。
「千尋ちゃん、お昼はどうするの?」
巫女姿の先輩が祭具をもって聞いてくる。
「昨日お寿司だったので、今日は違うモノを用意してますよ」
「違うモノ?」
「朝の内に、仕込みは終わらせてありますから」
受け取った祭具を倉庫にしまいながら、そう答えていると
「千尋~煮込んでる鍋の水気が無くなりそうだぞ」
「火を止めて置いて、今仕上げるから」
セイにそう伝えて、祭具をしまい倉庫に鍵を掛ける。
手を洗って台所で水が減った分を和風の出汁で補う。
そして煮立つ寸前でカレー粉を投入。
「カレーなのに和風だしなのか? というより、少し汁気が多いな」
「そりゃあ、カレーライスじゃなく、カレーうどんだからね。最後に片栗粉でとろみを付けてっと」
刻み葱を乗せて完成である。
「ほう米の飯じゃなく、うどんでも美味そうだ」
「セイ、ちゃんと居間へ運んで食べるんだよ。手も洗ってね」
農家の人達にも、カレーうどんをお出しすると、中々の評判であった。
居間では――――――
「ぎゃあああ、汁が飛び散る!」
「着物が黄色いシミに……」
阿鼻叫喚である。
「前掛けをするとか、そう言う事は考えないのですか?」
「こんなにカレー汁が飛ぶとは思わなんだ! まぁ美味しいけど」
「美味しいなら良いじゃありませんか。それに汁とびの事、言いませんでしたっけ?」
「聞いとらん!」
「あとで洗濯しますから、籠に入れておいてください」
鱗を変換しているセイとか巳緒はそのまま風呂で洗えるけど
天照様のように人形の神様だと、そうはいかないからね。
カレー汁が着物にとぶハプニングがあったが、皆美味しそうに食べて貰えてよかった。
千尋ちゃん、来年も頼むね。と言う農家の人達を見送ってから、巫女装束を脱いで制服に着替える。
そこで、ある事に気が付いた。
「これって女学院の校章というか園章じゃないのさ」
「あの写真を見ながら作ってみたの。アップリケで付けてあるだけだから、すぐに取れるし」
「さすが高月さん。こういう事だけは器用よね」
「だけって何ですか? だけって」
「まぁまぁお二人さん、喧嘩しないで。これなら昼間でも堂々と入れるね」
「そうね、あとは生徒手帳が出来るのを待ちかしら」
それを聞いて、仙道さんに電話を入れる。
『おう。新嘗祭が終わったのか? 思ったより早かったな』
「生徒手帳の方は、まだ出来ないんですか?」
『昨晩の女学院侵入が、騒ぎになっててな……警備がセキュリティチェックをしていて、偽のチップが使えなくなるかも知れないんだ』
「それマズイじゃないですか、どうするんです?」
『書き換えられたセキュリティに合わせて、生徒手帳も作り直す。なのでもう少し時間が欲しい』
「暗くなったら、図書室の捜索も難航しますよ」
『そこまでは掛からんさ、何なら厳島神社へ挨拶に行って来たらどうだ?』
厳島神社かぁ、観光もかねて行って来るか
「生徒手帳が出来たら、連絡をください」
『分かった。頻繁に電話されても、作業の邪魔に成るからな。出来上がったら電話はこちらからする』
仙道さんは忙しいのか、それだけ言うと電話を切ってしまった。
邪魔しても遅くなるだけだし、作業に専念してもらうため。一路厳島神社へ向かうことになるのだが
「妾も行くぞ」
「天照様も!?」
「冷えたお土産でなく、出来たてを食べてみたくてのぅ」
「確かに出来たては格別ですが……」
メインは学園の人捜しであって、観光は二の次なんだけどなぁ。
今回は殆どの神様が、葉山さんのリハビリに付いて行ったので、残っているのは大山咋神様と豊玉姫様ぐらい。学業の神である天神様は奥から出てこないし
願いを書きまとめるのに忙しそうだ。
すぐに11月になるし、年明けにセンター試験もあるので、その前に参拝者が御参りに来るからか、膨大な個人情報を扱っていた。
パソコン導入でのリモートワークで、効率も上がったと言っていたが、それでも間に合わない騒ぎである。
合格の御利益は凄いからなぁ。人間最後は神頼みだ。勿論、勉強の努力をするのが必須依だけどね。
「天照殿が行ってくれるなら、妾は安心して豊玉とゲームができる」
「じゃあ淤加美様が留守番ですね。お願い致します」
「うむ、土産は揚芋菓子で頼むぞ」
はいはい。いつものですね
僕は厳島神社の人の居なそうな場所へ向かって龍脈を開く
はずが――――――
なぜか道路の真ん中へ飛び出した。
「おわあああ、電車が追って来るぞ!」
「なんで、道路に電車が……うぷっ。龍脈酔いが……」
人型に化けたセイと尊さんが路面電車に追われていた。
二人が線路から外れようとすると、隣の車線を車が通って邪魔をするため。
結局、路面電車の停まる駅まで、ダッシュしていた。
「う……う。死ぬかと思った」
「馬鹿ね。横に避ければ良いのに」
「緑、テメーは他人事だと思いやがって……」
「千尋! お前もわざとだろう?」
「ごめんごめん。わざとじゃ無いんだよ。厳島神社に結界でもあるのか? 弾かれちゃってさ。だいたい、いつも小さくなって頭に乗る癖に、今日は人型に成るなんて珍しいじゃない?」
「どうせ、食い物屋に寄るんだろ? だったら人型の方が良いかと思ってさ、人目を避けて大きく成るの面倒なんだよ」
出る前に食ってたカレーうどんは、何だったのか……お代わり迄してたのに、前菜? 前菜なのか?
「しかし、困った。どうやって海を渡ろう」
水龍だけなら海も平気だけど、人間の香住達はそうもいかない。
もう海水浴って季節でも無いしね。
「だったら、厳島の海にある鳥居の下を通る龍脈を抜けてみたらどうじゃ? 鳥居なら神社への正規の入り口じゃから、弾かれずに抜けれるじゃろうて」
なるほど、それは盲点だった。確かに鳥居は家で言う玄関の様なものだし、その他から入る事は裏の勝手口から入る様なものだ。
北関東から西に向かって厳島へ入ると、裏から入る事になるから、そりゃあ弾かれるわな。
僕は早速、天照様の助言を受け、鳥居の下を通る龍脈を探ると、そこを開く。
「雨女、今度は大丈夫だろうな?」
「もう路面電車に轢かれそうになるのは嫌だぞ」
尊さんとセイが文句を言うので
「じゃあ僕が先に行こうか?」
「いや、待て。千尋が先に行って龍脈が閉じたら……」
「別に僕じゃなくても、龍なら龍脈が開けれるんだから、セイが居るでしょ。淵名さんだって居るし」
「むむむ……先か後か……」
二人が考えてる間に小鳥遊先輩が、お先~と飛び込んでしまう。
「あー緑、狡いぞ!」
続いて二人も飛び込んだ。
龍脈から出たのは、厳島神社本殿。
ここは本来、関係者以外は入れない場所である。
「この神聖な場所に立ち入る愚か者は何者か!」
その声と共に、まわりの空気が一気に凍り付く。
まるで時間さえ凍らせて止めてしまったような、そんな雰囲気に包まれた。
「妖しいモノじゃ無いですよ。ただの龍神です」
僕がそう答えると、いつの間にやら3人の女性に囲まれていた。
この神社で三女神と言ったら、宗像三女神であろう。
その手にはそれぞれ薙刀が握られており、下手に動いたら斬ると言わんばかりの殺気を放っていた。
だが、そんな殺気などお構いなしに前へ出る天照様が
「よもや、妾の顔を忘れた訳ではあるまい」
でたよ。時代劇の将軍様をまねた台詞。
天照様本人も、言いたくて仕方がなかった様だしね。
「…………なんだこの童は?」
「どこからか紛れ込んだのでしょうか?」
「子供と言えども、神域に立ち寄るとは容赦せんぞよ」
そうか、天照様は地上に降りる際、本体が丸ごと降臨すると、夜が来なくなってしまう為。一部分だけ降ろしたと言っていた。
だから小さい子供の姿なのだ。
「妾は子供ではない! 天照じゃ、ほれ、御主等の母親」
「こんな子供知りません」
「同じく」
「母様の名を騙るとは……悪戯にも程があるぞよ」
きぃーと悔しそうに地団駄を踏む天照様。本物なのにね。
『千尋、少し身体を代わって頂けますか?』
『伊邪那美様? 何か良い策が御ありですか?』
『天照と須佐之男の娘達なら、私の孫も同然。少し話をさせて頂けますか?』
『それは構いませんが……』
伊邪那岐様が穢れを落として産んだ子たちの子供なんだし。伊邪那美様はノータッチじゃ?
まぁそれを言ったら、須佐之男様とも繋がりは無いのに、母上と呼び慕われているし。何とかなるのかな?
言われた通り、伊邪那美様に身体を貸すと――――――
「孫達よ初めまして、私は伊邪那美です」
「伊邪那美って御祖母ちゃん?」
「ええ、実際には逢ったことは無いですよね。貴女達の父と母が生まれた時には、私は既に黄泉の住人でしたから」
「この龍の娘が御祖母さん? 本当でしょうか?」
「でも、身体から出る神氣は、タダの龍神とは比べ物になりませんわ」
三女神で集まって話し合っている。
「疑うのも無理がありません。本体は黄泉から出れない為、今は此の千尋の身体を借りているのですから。つまり正確に言えば、伊邪那美の分霊です」
分霊と言っても偽物という訳では無い。本物と全く同じなのだ。
だが天照様は、地上に降りる際に一部分だけ降りたので、神氣が弱くなってしまい疑われるのも無理がない。
「三女神で話し合った結果、あんたの神氣は本物だし信じる事にする」
いやいやいや、天照様も本物だって。
信じて貰えず、涙目で地面にのの字を書いている天照様が立ち上がると、僕に抱き着いて来る。
「うわーん、千尋~」
「今は伊邪那美ですよ」
「じゃあ、お母さま」
じゃあって……
その後、神社の中を案内されながら
「厳島神社には、どのような赴きで?」
「この身体の持ち主である千尋が、この地を管理する三女神に挨拶したいと言うので、寄ってみたんですよ」
「中々殊勝な考えですわね」
「あー! 思い出した!! この龍神、元人間で国津神に就任した奴」
「え? 噂の新人?」
「天照母様を、誑かしたんじゃないかと言われてる、あの龍神?」
どんな噂だよ!
しかもその天照母様とやらを、子供と扱下ろしたんですよ、貴女達は……
そんな天照様は不貞腐れて、小人化の術で僕の頭の上に乗って横になってるし。
今度は本体で地上に降りてくださいね。弟神の月読様と一緒に
そうでないと、夜が来なくなるから。
「ここの床は打ちつけて無いんですよ。満潮で水が来ても浮くように成ってるんです」
「ほう……人間も考えるものだ」
尊さんとセイが説明を受け乍ら、床の板を叩いたりしている。尊さんは民俗学の論文にする気だろう。
「厳島神社は、全国に500社ありまして」
「500!? 稲荷神社に匹敵しますね」
それだけ海路の安全祈願は、重要だったという事だ。船は交易の要だったしね。
島国で海に囲まれた日本には、海路の御利益は引っ張りだこであり、まさにコンビニ並みの多さである。
厳島神社を隅々まで案内してもらっていると、先輩のスマホが鳴り出した。
先輩が少し離れて電話を取ると、どうやら電話の相手は仙道さんらしく、生徒手帳が用意できたという事らしい。
「「「 え~飯は? 」」」
ブーイングの荒しだ。
『何しに来たと思ってるんだよ』
伊邪那美様から身体の主導権を返して貰ってないので、念話でツッコミを入れると
『飯を食いに来たんじゃ!』
『うむ!』
駄目だコイツら。
「アナゴ飯なら、もう出前が届きますよ」
『ほら、気を使わせて悪い事しちゃったよ』
『ふん。母を母とも思わぬ娘達じゃ、このぐらいして貰っても罰は当たるまい』
天照様、気にしてるなぁ。
先程から、西園寺さんが畏まってしまって、見ていて可哀想だ。
まぁ、出されたものを残すのは失礼だし。せっかくだから御馳走になった。
「旨い! アナゴの骨の出汁で炊き込んであり、その上にアナゴに掛けた特製ダレが相まって」
『だんだん食事レポーターみたいに成って来たな』
何と言うか、挨拶に来たつもりが、逆に御もてなしされてしまった。
「この後、みな様は何方へ?」
「人間の通う学園って処へ行って、人捜しを頼まれて居る」
「もしかして、女性だけの学園ですか?」
「うむ。行方不明者が出ていると言うのでな、安否確認じゃ」
アナゴ飯に付いて来た、お吸い物を啜りながら天照様が答えると
「あそこへ行かれるのでしたら、お気を付けくださいませ。氣が澱んでおります故」
神佑地の管理者である三女神様も、気が付いておられた様だ。
「もし宜しければ、私達も一緒に参りましょうか?」
「お気持ちだけで結構です。貴女達も厳島神社を留守に出来ないでしょうし」
伊邪那美様がやんわりと断った。
今ですら入り込めるか分からないのに、人数が増えれば見つかる可能性も大きくなるし、そう言う意味でも大勢で行っても仕方がないのだ。
御馳走になりましたと、お礼を言って厳島神社をあとにする。
本当に飯を食いに行っただけだわ。
龍脈は伊邪那美様では開けないので、身体の主導権を返してもらうと、来た時と同じように鳥居の下を通るような形で学園への龍脈を抜ける。
学園の裏手では、相変わらずパソコンをセキュリティに繋いだ仙道さんが、草むらに腰かけていた。
「おう、遅かったな」
「すみません。厳島神社まで行っていたもので」
「ほう……宗像三女神様は美人だったか?」
「そりゃあもう、さすが神話の女神様ですよ」
「オレも見に行ってくれば良かったか……」
仙道さんは、ボソっと答えてから、生徒手帳を投げてよこした。
「これを翳せば入れるんですね?」
「一応、今のセキュリティに合わせてアップデートして置いた……が、まだ試して居ないのでな」
「ちょっと、それで警報が鳴ったらどうするのよ!」
先輩が仙道さんに食って掛かる。それもそのはず、警報が鳴って捕まるのは現地に居る僕らなのだから
「試せるはずないだろ! 男のオレが生徒手帳持っていったところで、手帳を翳す前に警備に取り押さえられるわ!」
そりゃあそうだ、女学院に男子が入ろうとしている時点で捕まるわな。
「じゃあ、ぶっつけ本番で、行くしかないですね」
「そう言う事だ。警報が鳴ったら、警備が到着するまでに逃げ出せよ」
簡単に言ってくれる。
とはいえ、制服着ている僕ら3人が入るしかないんだし、意を決して門の前に立つ。
警備のおじさんが手を出すので、出来たてホヤホヤの生徒手帳を渡す。
生徒手帳を受け取ると、機械に通していたが
ここで、警報が鳴りません様にと念じていると――――――
カチャンと鍵が外れる音がして、通用門が開いたのだ。
どうにか第一関門は上手く行った。
さて捜索再開だ。