8-07 しがらみ
翌日
朝食作りに精を出す僕。
本日、神使の桔梗さんが神楽舞を舞う為
その準備で念入りに禊ぎを行い、今は神楽殿で舞のリハーサルをしているので、僕が桔梗さんに代わって台所に立っているのである。
何というか……料理などもそうだが、どんな事にでも完璧を目指そうとするのは、真面目で頭が固い桔梗さんらしい処。
いい加減な主の僕に似なくて良かった。
日曜とはいえ、いつもなら香住がやって来て、色々手伝ってくれるのだが
本日は他の部屋に籠って、自慢の裁縫道具で何かをやっていた。
昨晩の妖シイとの戦闘で、制服が破れたのだろうか?
まぁ出来上がれば分かるだろう。
というわけで、最近桔梗さんに任せきりな台所へ立ってみたが、朝から濃いモノは遠慮したい。
僕だけなら食べないという選択肢もあるが、セイ達が五月蠅いからな。
冷蔵庫の中身を確認し、焼き鮭に納豆と味噌汁と漬け物。何だか食事店の朝限定メニューみたいだ。
他にも何か一品……と考えていると、台所へ珍しい方が顔を出す。
「千尋。昨日の土産で貰った、広島焼きという奴は、屋台でしか作れぬのか?」
「天照様、おはようございます。ウチでも作れまよ。朝からしつこい味はちょっと……」
「あれは旨かった。いや、広島焼きだけではない。タコ焼きやカレー、ハンバーグ? とかいうのも、みんな美味いモノばかりじゃ、あとピザとか……なんで人間は、美味いモノを神前へ供えてくれぬ」
確かに、供えるのは料理というより、料理になる前の素材そのものを供える方が多い。
「あーそれは仕方ないですよ。神前に供えるモノ……神饌は決まってますからね。基本は米、塩、水、酒の4種類で、後は祀る神様によって、魚だったり肉だったり野菜や果物だったりを御供します。なので料理そのものを供えるのは、僕は聞いたことないですよ」
「そこがおかしいのじゃ。神人共食というのがあろう?」
「ありますね。意味は確か……祀る神様と同じモノを、人間も食べようって事です」
「うむ。であるならば、同じ美味いモノを供えるべきであろう」
「仰られる事はわかりますが、神饌は昔から決まっているものですから、どうしてもと言うなら、祀っている神社の宮司さんに神託を下されてみたらどうです?」
「う~む。最高神である妾の神託を受けれる人間がどれほど居るか……」
「大昔に邪馬台国で神託を下していた、卑弥呼程の人物でないと難しいでしょうね」
「……千尋が行って伝えてくれぬか?」
「それは無理ですよ。学生の僕が行った処で、鼻で笑われて帰れって言われます」
「国津神に任命したじゃろ?」
「僕が国津神に見えますか?」
「角が見えれなんとか…………いや、無理じゃな」
自分で話を振っといてなんだが、少しショックだ。
「ならば、宮司さんに直談判するのは諦めてください」
「それは仕方ないかのぅ。しかし地上は美味いモノが多くて、高天ヶ原に帰るのが嫌になったわ。特にあの人間の娘が作る食事は、絶品じゃからな」
「香住の御飯が絶品なのは同意ですが、高天ヶ原に帰らないと誰が管理するんですか?」
「決まって居る。妾の他に同格神が居るとすれば、弟の月読じゃな」
月読様も大変だなぁ
「瑞樹神社に居る間は、いろんな食べ物出しますから、堪能して行ってください」
「そうじゃな、もう少しだけ厄介に成りそうじゃ」
「まだ八咫鏡を返して貰えないんですか?」
「それもあるが、宇受賣がな……」
「え? 宇受賣様に、何かあったんですか?」
「なんでも、何とか……配信……砂糖? とか言うのと、何やら不服だと言って居ってな」
「動画配信サイトですね。砂糖を配信されても蟻が寄って来そうです」
「その配信さいと? とか言うヤツと揉めておってな。このままだと、踊りと芸事の神の沽券にかかわるとかで、もう一度踊って見せなきゃ我慢ならんと言って居った」
あ~あの大きな胸をポロリしちゃえば、停止に成って然るべきだわな。
宇受賣様は故意にやったんじゃなく、事故だと言い張ってはいるが
視聴者獲得の為に、わざとポロリしたとか言われれば、踊りの神としては沽券に関わるわな。
大方、そんな姑息な真似しなくも、踊りの実力で視聴者を虜にして見せると言うんだろうけど
運営は、踊りの神様だなんて知らないモノね。視聴者獲得の為のポロリだと思われても仕方がない。
こりゃあ、暫らく荒れるな宇受賣様。
それから、僕が料理をするのを珍しそうに見ていて、中々台所から戻ろうとしない天照様に、もう少しで出来ますからと、どうにか居間へ戻って貰った。
申し訳ないが、ずっと見られてると気が散って仕方がない。
独りになって朝食の用意を続けると――――――
外から小鳥遊先輩の声がする。
はぁ、また朝食づくりの邪魔されるのか……
「なんで台所の入り口で、バリケード組んでるのよ!」
「緑、貴様の目的はなんだ!」
バリケード越しに犯人の要求を聞く、昭和にあった刑事ものドラマかよ!
「目的ぃ? そんなの決まってるでしょ! 朝食を作ってる千尋ちゃんを手伝うのよ」
「料理で我々を殺す気か!」
「そうだぞ嬢ちゃん。神殺しは重罪だ」
「セイさんまで一緒になって、どういう意味よ! だいたいセイさんは神格失ってタダの龍でしょ」
「だからこそ、龍神の時より毒耐性が無いんだ。料理は千尋に任せて、嬢ちゃんは大人しく座ってれば良い!」
先輩の兄である尊さんの声だけじゃなく、セイの声も聞こえて来る。
何やってるんだか……
セイ達が先輩を止めている間に、朝食の用意をとっとと済ませてしまおう。
天照様にも話したけど、朝からしつこいモノは遠慮したいので、目玉焼きを追加する。
作ってから思ったのだが、天照様は鶏が神使なのに、卵料理を出してよかったのだろうか?
もしクレームが来たら、セイか巳緒の口に放り込めば、底なしの胃袋だから大丈夫だろう。
邪魔なバリケードを片付けさせて、できた朝食を居間へ運んでいると
「おはようございます。すごい大所帯なんですね」
「葉山さん、おはようございます。御加減はどうですか? 食べられそうに無ければ、お粥を作って来ますが……」
「あ、いえ。普通の食事も食べれそうな気がするんです。昨日貰った水を飲んでから身体の調子が良くて……薬湯か何かですか?」
「えっと……何て言うか、薬湯みたいなモノです」
まさか、変若水擬きだなんて言えないから、適当に御茶を濁して置いた。
葉山さんに、空いている席へどうぞと促す。何だかお食事処のようだ。
それも仕方がない。何しろ人外の出入りが激しいから、数人が増えたり減ったりするのは日常茶飯事である。
昨晩、狸の兄妹には泊まってもらい、家族水入らずを過ごしてもらった。
そんな感じだから、すぐ増えるんだよね。
座った葉山さんにお茶を淹れながら
「痛みはあります? 何か思い出せそうですか?」
「身体の方は不思議と元気なんですよ。恥ずかしい話、今朝なんて自分の腹の音で、目が覚めた次第で……記憶は相変わらずですがね」
「そうですか……」
「あっいや、千尋さん? ですっけ? 千尋さんを責めてる訳じゃないんで、元気出してください」
どうやったら葉山さんの記憶が戻るか考えて、黙ってしまったのを、僕が責任を感じていると思ったみたいだ。
勘違いさせて置くのも悪いので、葉山さんへ微笑んで返すと
「食べられそうなら食べてください。身体の基本は食事ですから」
そう言って御飯を渡すと、隅っこに座った狸のポン吉君が
「龍じん、じゃなかった。千尋さん、ボクはこの後雅楽堂へ戻ります」
「え? もう? せっかく妹さんが来てるんだし、もう少し泊まって行ったら?」
「それが、ボクのお世話になっている、マヤ店主に御挨拶したいそうで」
「はい。兄がお世話になっているなら、一度お逢いしておかないと」
「何なら一緒に雇って貰えば良いのに」
「一応話してみますが、手は足りていそうですし」
そうか、犬神遣いの有村君が居るんだっけか
神社近くのコンビニみたいに、お客さんの出入りが激しいなら兎も角。マヤさんの所は、特殊なお客さんばかりだものね。
そんなに手は要らないわな。
有村君の話だと、店内の在庫整理が終わったら、仕入れも覚えさせられると言っていたが
龍の肝とか、マンドラなんちゃらとか、ああ言うモノをどこで仕入れるのか、一度見てみたいものだ。
まさか僕が龍神だからと、龍の肝を持って行かれないよな?
「もし行くところが無ければ、瑞樹神社で巫女をする?」
「そんな……故郷を鵺から救って頂いて、その上雇って頂くなんて……タダで御奉仕させてください」
「タダって……昔の丁稚奉公じゃあるまいし。現代では、労働なんちゃらって法律があって、そう言う訳にはいかないんだよ。まぁ助勤代は婆ちゃんと相談だけどね」
何からなにまで、本当にありがとうございます。と頭を下げる狸の花子ちゃん。
「巫女……なるほど、それで皆さん角や耳があるんですね」
葉山さんの言葉に、居間が凍り付く。
「ちょ、葉山さん? いつから見えてました?」
「見える様に成ったのは、昨日千尋さんに薬湯を頂いてからですね。最初は霞んで見えてたんですが、今朝起きたらはっきり見えてまして」
「もしかして、僕の尻尾も?」
「龍の尻尾みたいなのが見えますよ。頭に耳とか付いていますし、イベントか何かの仮装でもしているのかと思ってたのですが……どうやら本物みたいですね」
見えてたんかい!
「えっと葉山さん。この事は……」
「大丈夫ですよ、誰にも言いません。まぁ言った処で、誰も信じないでしょうしね」
命の恩人の事を晒し者にしませんよ、と笑っていた。
冗談が言える元気があるなら大丈夫だろう。本当に和製エリクサーは効くな。
「しかし、困りました。リハビリに近くの神社まで歩いて行こうと思ったんですが、ここが神社だったんですね」
「あはは、着いちゃいましたね」
僕の言葉に、困った感じで苦笑いをしながら肩を竦める葉山さん。
「あの、宜しければ、私達と一緒に雅楽堂まで行きませんか?」
「えっとキミは……狸の耳だから……」
「はい。狸の花子と言います」
「なるほど、さっき話していたのを聞きましたが、お兄さんの雇い主に挨拶するんでしたな。しかし、帰りが困る。ここらの地理には明るく無いモノで」
『だったら、我が散歩がてらに一緒に行こう』
荒神狼のハロちゃんが、御皿を咥えてやって来た。
「うわぁ!! 犬が喋った!!」
『犬ではない! 狼だ!』
「ハロちゃん上がる時に足拭いた? 今から御皿取りに行こうと思ったのに」
『いつもより遅いので、忘れられてるのかと思ったぞ』
相変わらず。実の声だか念話だか分からない様な喋り方をするハロちゃんから、お皿を受け取ると御飯を盛って戻ると
葉山さんが不思議そうに、ハロちゃんを撫でまわしていた。
「こちらも神様なんですね」
「はい、みんな神様ですよ」
「皆じゃねーよ!」
尊さんからクレームが入るが、櫛名田比売の櫛で半神化している癖に、今更何を言うか。
『それが食べ終わって、用意が出来たら声を掛けよ。日向に居なければ、神社の床下に居るからな』
そう言って山に盛られた朝食の皿を咥え、外へ戻って行くハロちゃん。
ここで食ってけばいいのに、うちの中は嫌がるんだよなぁ。野生がどうとか言ってさ。腹を見せて撫でられてる時点で、野生のやの字もありゃしないわ。
外へ行くハロちゃんを見送ると
「おい緑、女学園の件。面白そうな事になってるそうじゃねえか」
「面白くないわよ。変な男が図書室で消えたんだから」
「なに!? 抜け目のない御前の事だ。動画あるんだろ? 観せろよ」
尊さんが先輩のスマホを奪い取ると再生し始める。
「観ても面白くないってば、途中で妖に邪魔されちゃったし」
「……この男……消える前に、本を抜いたり戻したりしてるな」
「えぇ、4冊ぐらいだったかしら、最初は調べ物をしてる様な感じだったけど、最後の本を置いたら消えたのよ」
「ほう……面白そうじゃねえか! やっぱりお前の制服貸せよ、予備あるだろ?」
「嫌よ! 兄に貸すぐらいなら、御焚き上げで燃やすわ」
尊さんが酷い言われようだ。
そこへ
「お邪魔しますよ。外で千尋君のお祖母さんに入って良いと言われたので、入らせてもらいました」
「西園寺さん、いらっしゃい。今お茶淹れますね」
「西の祓い屋協会には苦情を入れて置きました。千尋君たちに依頼をするならボクを通す様にって」
それもなんだかなぁ。
「まぁ乗り掛かった舟です。引き受けた以上は最後までやり遂げますよ。少女っちの安否も確認しないと心配ですしね」
「途中で投げ出さないのは良い事です。それで小鳥遊兄妹は何をもめているんですか?」
「何時もの事ですよ」
そう言って、動画の映ったスマホを西園寺さんに渡すと
「……千尋君! これはいつの動画です?」
いつも糸目で何を考えて居るか分からない西園寺さんだが、その動画を見てから明らかに声のトーンが変わっていた。
まるで、親の敵にでもあったかのように、静かな殺気を漂わせる。
「え、えっと。昨晩です」
「申し訳ないが今回の件、ボクも連れて行って貰えないだろうか?」
「それは構いませんが、男子禁制ですよ」
「この動画の男が見つかったら、少し話がしたいのです」
「訳ありですか? ん~中へは入れないけど、男を外へ連れ出せば、話は出来そうですね。もっとも、この男が居るんですから、男性でも中に入る方法があるかも知れません」
「ありがとうございます。ボクがここまで拘る理由は、動画の男がある人物に似てるんですよ」
「ある人物? 親の仇とか?」
「親と言うか、部下の仇ですね。動画が暗いし不鮮明なので、同一人物とは決めつけられませんが……もし良かったら動画のコピーをください。もう少し鮮明にしてみます」
「そんな事出来るんですか!? 動画は先輩のスマホなので、先輩に聞いてください」
「私は構いませんよ。色々見やすくして頂けるなら、その方が良いし」
そう言って、先輩はスマホから西園寺さんのスマホへ動画を送る。
西園寺さんまで巻き込むとは、タダの人捜しが、なんか大事に成ってきてるな。