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8-06 式神シイ戦


『おい! 何があった!?』


無線から仙道さんが状況説明を求めて来る。


守護式神(ガーディアン)が居たのよ」


守護式神(ガーディアン)だと!? そんなのが居るなんて聞いてないぞ!』


「状況は先輩の言う通りです。どうやら逃げられそうにないので、交戦に入ります」


四足歩行で、どう見ても向こうの方が速そうだし、仕方がない。


『なにぃ!? 交戦って備品は壊すとマズイぞ! おい、聞こえるか!?』


無線の向こうで仙道さんが怒鳴っているが、妖のシイはヤル気だし受けて立つ他は無い。


「しかし狭すぎるわね。せめて図書室の受付前の広い場所まで移動したいわ」


「イタチにしては大きいけど、向こうも動き辛そうです」


シイは大きな身体のお陰で本棚の間に立たれると、通路を塞ぐ形に成り、上手く逃げないと回り込まれて逃げ道を塞がれる。あとの問題は何処まで速いかだ。


「シイは牛や馬などを襲って攫う妖怪だから、ある程度大きくないと、反撃に出た牛の角でやられるわ」


「なるほど、シイは肉食系って訳ですね」


となると、僕らは格好の獲物だろう。


仙道さんが周りの物を壊すなと言ったし、大術はまず使えない。紙って湿気にも弱くカビにやられるので、本がたくさんある図書室で水術を広範囲に展開するのは避けたい。


ようするに広範囲へ散布する眠り霧のエーテルは使えないし、水素(ハイドロゲン)爆発(エクスプロージョン)も使用不能になる。街が無くなるような対消滅(アナイアレーション)なんかは論外。


勿論、ここには燃えやすい紙の本があるので、先輩の炎を纏う俱利伽羅剣等もっての外だ。


しかもこちらは本棚が邪魔で、先輩の鞭や僕の借りている天之尾羽張は振り回せない。


先輩も分かっているとばかりに、鞭や倶利伽羅を使わず、太ももに巻いてあるバンドから独鈷杵を取り出して構える。


いつも使ってるのと比べ、法具が心許ないのはこの際仕方がない。火事なんか出したら大騒ぎだしね。


この狭さで唯一まともに戦えるのは、超近距離戦を得意とする香住ぐらいで、装備も緋緋色金で創られたナックルを扱うので、近距離戦では敵なしだろう。


だからと言って、シイの得意な地形でたたかうこともない。


「香住、少し広い処へ移動するよ」


「私は大丈夫よ。接近戦は得意だからね」


いやいやいや、駄目だろ。自分が人間だという事を自覚してください。


こう言う肉食動物は、目をそらした瞬間に襲い掛かってくるので、目をそらさぬ様にしながら後退る。


このまま受付前の広いところへ出れば……


そう思っていたのも束の間、シイとの距離があいた途端に、その姿が視界から消えた!


速い!!


シイは本棚を足掛かりにして、上空から飛びかかって来る。


暗視のできる僕でさえ、その速さに消えたと思うほどなのだ。暗闇に慣れた程度の先輩や香住では、シイの影すら捉えきれないだろう。


そんな二人の前に出て、硬い僕が盾になろうとするけれど、シイはお構いなしに鋭い爪で肉ごと抉ろうとしてくる。


痛つ……僕の頬に痛みが走ると同時に、シイはバックステップで間合いをとった。


どうやら、思った以上に僕が硬く、仕切り直しをしようと考えているらしい。


そうであれば、次はさらに重い一撃がくる。


僕は頬に出来た赤い筋から、滴る血を親指で拭うと、舌で舐めた。


「漫画の真似か?」


「格好いいでしょ。どうせ直ぐに再生するし」


「目で追い切れてないのに、結構余裕だな。しかし、龍の身体に傷をつけるなんざ、ただの爪じゃないぞ。人間の嬢ちゃん達では、酷い事になる」


「分かってる。だから僕が前に出たんだよ」


腰に付けたペットボトルの水から水を操り出すと、水の短剣を左右1本づつ創り出す。


これなら本にも影響は無いだろうし、短めに創ったので狭くても扱いやすい。


短剣を構えて、低く唸り威嚇しているシイへ突進する。


水の刃を横へ薙ぎながら一閃――――――


だが、それは空を切る。


分かっているさ。剣術のけの字も無い、僕の一撃が避けられる事など百も承知。


端から当てられると思っていないので、最初から2本の短剣を創ったのだ。


僕は空振りした遠心力を利用して、身体を捻りながら、もう片方の短剣を投げつける。


とった!


そう思った刹那、シイの軌道が曲がったのだ。


本棚を蹴って三角跳びの要領で避けるなんて、いかにも動物的なセンスで咄嗟に動いたのである。


こちらは無理な体制から短剣を投げたものだから、ここから次の動作につなげられない。


マズイ!! 無防備状態だ。


当然シイはこのチャンスを活かそうと、そのまま襲い掛かって来る。


くっ、噛まれるのを覚悟し、残った短剣でカウンターを入れるか――――――そう考えて居ると


襲い掛かるシイが、突然に悲鳴を上げ、バックステップで距離を取った。


その肩口には、先輩の投げた独鈷杵が刺さっていて、鋭い牙で噛み付くと、そのまま引き抜いたのだ。


あの牙で齧られるところだったわ、危なかった……


「先輩、助かりました」


「頭を狙ったんだけど、暗くて外したわ。やっぱり適当に投げては、当たらないわよね」


先輩……適当って言ったけど、僕に当たってたら、どうするつもりですか?


まぁでも、これでシイのスピードが落ちるはず。


これで有利な戦闘になりそうだ。そう思っていたのも束の間――――――


『おい! 無音の警報がオンになり、警備会社へ通告したぞ』


「警報!? そんなの触ってませんよ」


『知らんが、どこかにあるんだろ? 学園を5分以内に出ろ! そうしないと警備が駆け付けるぞ』


16歳と17歳の少女達が不法侵入とか、新聞の隅っこに載るのは洒落んならん。


ガラスを破って外へ出る訳にもいかないから、当然脱出経路は、入った時と同じように屋上からになる。


屋上までの移動時間を差し引くと、多くても3分でシイを片付けるしかない。


シイの肩を傷つけた有利など、一気に吹っ飛んだ。


返って不利な状況が増したぐらい。


どうするか考えて居ると――――――


「やっぱり犬は躾が大事よね」


いつの間にか香住がシイの背後にまわり、ヘッドロックを決めて締め上げていた。


「イタチは犬じゃないよ! というか、イタチ似の妖だから」


「獣である事には代わらないでしょ」


だから妖で、しかも式神だぞ。倒しても紙に戻るだけだし。


言った処で香住は聞かないだろう。


「高月さん、倒すなら急いで! 警備が駆け付けるわ」


そのまま締め上げようとする香住から、どうにか身を捩って抜け出すと、シイは本棚の上に逃げてしまった。


もう式神を放って脱出しよう、と言おうとしたら――――――


香住が本棚の仕切りに足を掛け、本棚の上に居るシイを目掛けて駆け上がり、シイを肩の上に担ぎ上げる。


「あれは……香住お得意の技」


「得意技? それって凄いの?」


「昔、熱く敷いた布団の上へ目掛け、箪笥から遣られた時は、黄泉へ行くかと思いました」


「布団の上でそれって事は……図書室の硬い床の上なら」


「決まれば終わります。名付けて、雪崩式香住ドライバー」


肩に担がれたシイが藻掻くが、香住にがっちり掴まれたままで、身動きが取れない。


そのままシイは頭を下にされ、香住が本棚の上から飛び降りたのだ。


二人分の体重に落下速度も加わり、硬い床へとシイの頭がめり込む。


鈍い音と共に、断末魔の悲鳴も上げぬまま、一枚の紙切れになってシイの姿が消えた。


「え、えげつない技ね」


「決まれば首が逝きますから」


引き気味の僕と先輩を他所に、香住はパンパンと埃を払っている。


「2分ぐらいかしら。3分要らなかったわね」


香住さん。半端じゃないです。


「じゃあ屋上を目指しますか?」


「せっかく邪魔者の式神が居なくなったのに、捜索しないの?」


「そうしたいのは山々だけど、高月さんも無線を聞いてたでしょ? 今日はもう時間が無いし、翌日行われる新嘗祭の神楽舞の後にでも、調べに来ましょう」


そう言って先輩は撤退を開始した。


せっかく倒したのになぁ、と残念そうに呟く香住を連れて、先輩を追って階段を駆け上る。


僕らが4階に着いた時には、警備の車が2台も門の前へ横付けして、中へ入るのが窓から見えた。


まさに間一髪である。


屋上に出ると、ナイスタイミングで仙道さんから無線が入り


『これ以上は警備を誤魔化し切れないぞ、カメラのループを戻すからな』


「了解。こちらもあとは飛び降りるだけなんで、大丈夫です」


『そうか、気を付けてな。それと帰りにオレも回収するように』


学園は警備の人でいっぱいなので、少し離れた場所で落ち合う事にする。


時刻は21時を少し回ったぐらい。


仙道さん以外は学生服なので、補導される訳にもいかない。


もしもの時は、仙道さんに保護者になって貰おう。


22時には門限のある香住が居るので、取り敢えず屋台にて買い食いをする。


「なあ千尋、あの屋台広島焼きってあるぞ」


頭から降りて、人間の大人に化けたセイが子供のように燥ぐ。


気持ちが分からんでもない。初めての土地って、なんだかワクワクするものだ。


「広島焼きは、お好み焼きの生地の中に、具を混ぜ込まないらしいわ。大阪ではモダン焼きって言うんだって」


先輩がスマホでネットの情報を読み上げる。


「ヤレヤレ、これだから東のモンは……良いか、キャベツの切り方も違……て居ねえ!! おまえら聞けよ!!」


独りで語り出した仙道さんを置いて、屋台で人数分の広島焼きを注文する。


「お嬢ちゃん達、修学旅行かい?」


「そんな所です」


ソースの焼ける匂いが屋台から漂うのを嗅いで、夕ご飯の寿司を食べ損ねた事に気が付いた。


道りで腹が減ってるわけだ。


そうで無くても、このソースの焼ける匂いは空腹に効く。


鉄板の上で踊る焼きそばに生地を乗せて更に焼くのを見て、セイが涎を垂らしそうになっている。


水龍だけに放って置くと、湖が出来るんじゃないかな?


「修学旅行なら、もう厳島神社は見に行ったかい?」


屋台のおっちゃんが、焼きながら聞いてくる。


「まだ行った事ないんですよ。ちゃんと挨拶に行かなきゃだなぁ」


「へ? 挨拶?」


「あ、いえ。こっちの話です」


厳島神社は、神話に出て来る天照大御神様と須佐之男命様の誓約(うけい)の時に生まれた、3柱の女神である。宗像三女神を祀った神社である。


三女神は海路の神様であり。海難事故の多かった場所で無事帰れるようにと、護り神として祀られることが多い。


今は造船技術の発達で海難事故も少くなくなったけど、大昔は多かったとの事。


遣隋使や遣唐使もそうだけど、昔は海を渡るのは命がけだったからね。


そんな危険な海路を無事に着くようにと、願いを込めて祀られているのだ。


宗像三女神の管理する神佑地に居るのだから、挨拶しないのはマズイ。


今夜は遅いし明日で良いかな?


そんな事を考えて居ると、お好み焼きが出来上がった。


僕らは、仮設につくられたイートインスペースで、広島焼きに舌鼓を打った。


「これは美味しい。夜に食べたら太るわよね」


「大丈夫ですよ先輩。僕は寿司を食べられてないし」


「千尋は良いけど、私と先輩は食べ過ぎだわ」


「大丈夫よ高月さん。貴女は新陳代謝が良さそうだし」


あれだけ動いてるしね。


結局とどめを刺したのは、またもや香住だったし。


そんな香住は肩に載った淵名の龍神さんにも、広島焼きをあげていた。


ウチのは勝手に食うから……あれ?


「さっきまで、広島焼きを食べてたセイと巳緒が居ないし」


「隣のおでん屋さんの屋台に入ったわよ」


マジカ! 僕の分まで寿司食べた癖に、よく腹に入るな。


「今、依頼人に電話してきたが、明日昼間入るのに、生徒手帳を用意してくれるそうだ」


「生徒手帳では入れるんですか?」


「チップが付いてるらしく、門でかざせば生徒として入れる。まぁ、学園内を見学するゲストとしてだがな」


それは良かった。また侵入とかだと、落ち着いて探せないし。


何より、今夜の警報騒ぎで、警戒レベルも上がっているだろうから、正規の手順で中へ入れるのは大きい。


「それじゃあ、セイ達が戻り次第、一度北関東へ戻りますか」


「オレはこっちに宿泊し、明日は依頼人から生徒手帳を受け取るから、来る前に電話くれ」


そう言う事ならと、僕らは仙道さんを残し、北関東へ戻るのだった。


お土産に、もみじ饅頭を忘れずに買ってね。




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