8-04 食事の代償
「はぁ……帰る気なさそうだしなぁ」
「千尋ちゃん。心の声が駄々洩れよ」
「帰るわけないだろ! ここまでの交通費が、いくら掛かってると思ってる!」
勝手に来ておいて、交通費でキレられても知らないってば
「だいたい、私にお祓いの依頼に来たなら、祓い屋協会を通すか、雅楽堂を通して頂戴」
そう言って踵を返す小鳥遊先輩に
「依頼? 違うね。ツケの清算に来ただけだ」
「ツケって先輩……何を借りたんです?」
「な、何も借りてないわよ。変なこと言わないで」
仙道さんは懐から封書を取り出すと、こちらに向かって突き出した。
ツケとか体裁の良くない話だから、玄関先でする訳にもいかず、仕方なく仙道さんをウチに入れると
丁度帰るのか? 農家の人達と廊下で出くわすことになった。
「お~千尋ちゃん。御馳走になったねぇ……ヒック」
「お酒臭い。おっちゃん達、呑み過ぎですよ。石段踏み外さないように気を付けてくださいね」
「そんなに……ヒック、呑んでないって……」
千鳥足でよく言うよ。本当に大丈夫かな
酔った農家の人達が心配なので石段下まで送って行く事に
「車に轢かれないよう、気を付けて帰ってくださいよ」
「大丈夫大丈夫。田舎だから車より、猪に轢かれるかもな」
「ちげえねえ」
わっはっはと笑っている農家の人達だが、猪に轢かれるのも笑い事じゃないし
中には帰る途中で飲み屋に寄ってくか? なんて話してる強者も居る。
明日の神楽舞に、二日酔いで現れない様、お願いしますよ。
おっちゃん達の背中を見送った後、石段を上り居間へ戻ると
「何よそれ! 酷いじゃない!」
「オレに言われても知らぬ。副会長から封書を渡せと言われただけだ」
小鳥遊先輩が珍しく声を荒げて、仙道さんへ抗議していた。
「一体、何がどうしたんですか?」
「これを見てよ千尋ちゃん」
先輩は僕へ封書の中にあったであろう紙を渡してくるので
「何々……この度の飲食代が法外な値段な為、これを不服とし、その一部である……え? 十万円の返金!? 何ですこれ!?」
「書かれた通りだろ。ようは飲食代が掛かりすぎたから返せって事だ」
「ちょっと待ってください。冤罪を手打ちにしただけでなく、首謀者のパーカー男も渡したんですよ」
「そうよ! 手柄まであげたのに、これは酷いじゃない!」
「アホか! どこの世界に中古の車が買えるほどの夕飯を食う奴が居る! 半額請求されないだけでも、ありがたいと思え!」
うっく。僕らのメンバーが、香住や西園寺さんまで入れて10名だけど、殆どセイと巳緒が食べてたしなぁ。お店の料理を軒並み食べ尽くしてたし、それを考えると反論できない。
「あんた達、西の二人も、一緒に食べてたでしょ」
「そこまで食ってねえ!」
先輩と仙道さんは、まだ言い合いしてる。
生活費から落ちるかな? 婆ちゃんに相談してみるか
「番頭さん、婆ちゃんに相談してくるので、待ってて貰えます?」
「仙道だ! まったく……わざとやってるだろ? まぁいい、その返金分をチャラにする事もできるぞ。ある仕事を手伝ってくれるならな」
あ~なるほど。飲食代の返金は断り辛くする為の布石だったか
となると、断られる心配がある、難しい仕事をやらせようとしてる訳だ。
「そんなの受ける必要は無いわよ千尋ちゃん。10万円なら私が払えるから。これでも私、関東でトップクラスの祓い屋なのよ。そのぐらいの貯金は……」
「言い忘れたが、今日中に返金が無ければ、オレと副会長の二人分を引いた、お前らの飲み食い代を全部払ってもらうぞ。因みにカードは不可だ」
それ、殆どウチの払いだし。中古車一台分か……痛い出費だ。
どう足掻いても、依頼を受けさせる気だな。
「くっ。もう銀行閉まってるし、コンビニのATMも、私の入れてる地方銀行は扱われてないのよね。せめて土曜日じゃ無ければ……」
知っていれば手数料が掛かっても、昼間おろして置いたのに……と、悔しそうな小鳥遊先輩。
未成年の学生が、普段からそんな大金を財布に入れて無いし、仕方ないですって
お金があろうがなかろうが、どの道そんな大金を先輩に出させる訳に行かないし。
「仕方がない、依頼を受けますよ。ただし内容を詳しく話してください。あまりに長期間掛かるモノとか、人道に反する事はしません」
「それなら大丈夫だ。場所に問題があるだけで、依頼内容は容易いモノだ」
「場所の問題? そちらも詳しくお願いします。なにせ場所によっても色々あるんですよ。他神の管理する神佑地へ入る訳ですからね」
「しんゆうち? あぁ、神が佑……つまり、たすけている土地って訳か」
「ええ、みんな管轄がありますから、面子を潰されたくない神様だと、後々面倒な事になるんです」
「成程、神様も大変だな。まっ今回は人捜しが依頼なんだ。だから神佑地とやらの、しがらみもないと思うがな」
ん? 人捜し? おかしい。おかしすぎる。
そう言った事なら、普通は探偵とか警察へ話を持っていくだろ
なのに、西の祓い屋協会へ依頼が持ち込まれたってことは……
「妖がらみ……」
「それも普通の祓い屋では手に負えない案件ね」
先輩の言う通り、西の祓い屋だって、百戦錬磨の強者が揃って居るのだ。それなのに他所へ依頼を持ってくるのだから余程の事である。
「小鳥遊緑、勘違いするなよ。あくまで、助けて欲しくて依頼を持って来たのではなく、払えない返金の代わりに仕事をして貰うんだからな、そこの所を忘れるな」
神々とどっちが面子を重んじてるのやら……
「まぁ、依頼の詳しい内容を話して貰えますか?」
「捜して貰いたいのは、金持ちの御令嬢だ。西の祓い屋協会にも、寄付を頂いてる方だから、放って置けないんだとさ」
「寄付ねえ……警察沙汰とかの大事にしたくないなら、探偵事務所を使うという手もあるのに、使わない処を見ると、それだけじゃ無さそうですが?」
「まあな。気が付いただろう? 普通の案件じゃ無いと。ならば妖や霊が見えない普通の探偵に頼んでも、仕方ないのが分かるよな」
「それは分かりましたが、面子がどうのこうのと気にするぐらいなら、自分たちでやったらいいのに」
「中々そうも行かないのさ、何せ場所が女子専門の学園だからな」
「はい? 女学園?」
「そう言う事。完全男子禁制、生徒は10代女子だけの学園で、教師も女性ばかりの徹底ぶり。潜入したくても、祓い屋の女性は多くないからな。それでも祓い屋の中には、少なからず女性の祓い師も当然いるが、10代となるとそうも行かない。なにせ生まれつき霊力が高く、幼少期から修業を欠かさない者となると限られてくるからな」
思いっきり小鳥遊先輩の事だし。それで先輩に依頼を持って来た訳か。
「はぁ……仕方ないわね。貴方達の尻拭いしてあげるわ。あと言っておきますけど、表向きはツケの清算でも、これは貸ですから。そこの所忘れないように」
先輩が殺気を込めた睨みを効かせ、仙道さんに言い訳させぬようにした。
「ふんっ成程。上司がオレを瑞樹へ来させた意味が分かったよ。副会長なら今の殺気で、引いてただろうからな」
そう言って先輩の殺気をものともせず、涼しい顔で受け止めた。
「僕も行くよ」
「千尋ちゃん!?」
「殆どウチの者で食べたのだし、先輩一人に清算させられないでしょ」
「オレはむしろ歓迎だ。富士で見せてもらった戦闘力なら申し分ない。それに人捜しをするなら、人数が多いほど発見の確立も上がる」
国津神が味方なら心強いと言っていたが、元々巻き込む気だった癖に
もしかしたら小鳥遊先輩じゃなく、僕を引っ張り出すのが目的だったりして……だとしたら、食えない人だ。
「その捜し人である女の子の写真か何かあります?」
仙道さんはスマホを取り出すと、何やら指で操作し、写真の写った画面を見せてくる。
そこには、一人の少女が写っており、お嬢様学園の校章が入った制服に、髪は肩にかかる程度の長さ。他の特徴は、顔に眼鏡をかけていて、学園をバックに微笑んでいる写真だが、あることに気がついた。
「これ、うちの制服にそっくりだ」
「本当だ。左胸に校章が付いてる以外は、同じ制服ね」
「校章も小さいから、上手く胸元を隠せば、気付かれないわ」
細かく言えば、袖に付いたボタンが2個と3個で違うとか、微妙に違いはあるものの、そこまで気がつく者が何人居るか分からない。
現に僕らも、間違いを探そうとして、やっと気がついたのだ。日常生活で、他の生徒とすれ違う程度では、大丈夫だろう。
「三人とも気が付いたようだな。制服をデザインしたデザイナーが、お前らの学園と同じらしく。似た作りに成っているらしい」
「似た作りというか、見比べた限り校章以外同じだしね」
「うん。つまり制服は用意しなくも、そのまま行けるってことだ」
しかし何と言うか、元男子の僕が、まさか女学園に潜入とは……本当に何があるか分からない。
「他に何か情報は?」
「少女の名は、鳴無 恵梨花。16歳」
「僕や香住と同じ歳だ」
「そうだ。写真は入学式の写真らしいから。今はもう少し髪が伸びている可能性がある。入学から半年経ってるしな」
切っていなければの話だがと続けた。
恋愛とか失恋とか、心機一転する事が無ければ、年頃の女の子が、そうは簡単に髪を切らないだろう。
それも漫画の知識だけどね。僕は女の子歴が短いから
「用意周到な仙道さんの事だ、結構な期間を内偵してたんでしょ?」
「あぁ。オレは女生徒として中に入れないからな。協会からの派遣で、女性の祓い屋に教師として潜入して貰った」
「何か分かりましたか?」
「分かった事は、鳴無恵梨花以外にも、行方不明者がいるって事だ」
「他にも居るって?」
「分かっているだけでも6人。当然、女教師に緘口令が出されたらしいが」
「6人ですって!? それだけの人数が居なくなって、騒ぎになってないの? 親だって連絡が取れなければ、おかしいと気が付くでしょう」
先輩の言う通りだ。大型連休などは、実家へ帰る? なんて親から電話があっても然るべきだろう。
「どういう絡繰りだか分からんが、親元へは電話されてるんだと。ただ……声に生気が籠ってないらしく。おかしいと感じた鳴無氏は、娘の安否を確認したくて依頼して来たんだ」
それで人捜しって訳か。恵梨花さんを見付け、安否確認をするのが依頼って訳だな。
「他に潜入の教師からの情報は?」
「学園内をいろいろと調べた結果。どうやら図書室で目撃があるらしく。そっから先へ追えないらしい。変な氣の残滓もあったと言うしな」
「図書室が臭いわね。実際行ってみないと何とも言えないけど」
「じゃあ、明日にでも……」
「今夜じゃ駄目なんですか?」
「は? 今夜って言っても、もう電車がないぞ」
「そう言えば、仙道さんに龍脈移動は見せて無いですよね」
富士の時も、食べ物店の前で別れて、龍脈で送らなかったし。
「じゃあ、今夜潜入で決まりね。一度帰って用意してくるわ」
「僕も制服に着替えて、西園寺さんに話してきます」
「私も一度帰ろっと」
「待って。香住も行くの?」
「行くわよ。ちゃんと制服あるし、懐中電灯を持って来るわ」
「香住は門限どうするんだよ。10時には帰らないとでしょ? もう8時だし」
「途中で抜けて帰るわ。淵名の龍神さんがいるし。時間が来たら龍脈開けて貰えば良いんだしね」
「そう言う事なら、止める理由はないけど……」
大丈夫かなぁ。昔と違い龍の乗り手に成ってるし、緋緋色金のナックルあるから。かなり強い方だけど
問題は接近戦専門だと言う事だ。遠距離戦に持ち込まれれば、かなり不利である。
まあ危なかったら、僕がフォローに入れば良いか。先輩も居るしね。
僕らは用意に一度解散するが、西園寺さんに話しておかなければならない。
「……という訳なんです。葉山さんはどうしましょう?」
「それなんだけど、目が覚めて無いなら、龍脈移動でご家族の元へ引き渡したんですが、目が覚めましたからね。記憶が戻る迄とは言いませんが、せめて御粥から固形物が食べれる様に成るまでは、こちらでリハビリを考えた方が良さそうです」
「では今日の処は?」
「このまま寝かせて置きましょう」
そう言って、御粥を食べてから寝てしまった葉山さんを残し、僕と西園寺さんは部屋を後にした。