8-02 稲を奉納
瑞樹の地にて、新嘗祭が執り行われるのと同時刻
西日本で地下に潜んでいる、神農原真こと安倍晴明の子孫は、着々と計画を進めていた。
「晴明様、羅盤の方は残念でしたな」
そう言ってくる沼田教授は、海外へ留学し飛び級をして、遺伝子研究の論文をいくつも発表したにもかかわらず。ノーベル賞候補としての地位を捨て日本に戻って来たは良いが、今はクローンオロチの一件でお尋ね者となっている。
制御できれば、対オロチ戦で最高の切り札となったクローンオロチのはずが、制御も出来ないまま使用しようとした為。国を護る国津神の瑞樹千尋に倒されたのだ。
お互い追われる身として利害が一致、こちらは資金を提供し、沼田教授は遺伝子の研究を提供してもらっている。
が、少しばかり信用がおけぬ。
「羅盤の文献は手元にある、必要なら材料を集め作ればよい。それより、八月一日助手と四国まで行って何をしてきた?」
「その件でしたら、データを取る為だと申し上げたじゃありませんか? それにカメラを着ける妖を貸していただけるよう、申請まで出しましたが?」
「それは報告してもらっている。だが聞いているのは、報告書に無い2号を解き放ったことだ。あれは姿が消えるので所在がつかめなくなり、危ないと幽閉して居たはず。一度逃げ出したアレを追い込むのに、どれだけの所員と妖が消えた事か」
「いやはや、御立腹ですな」
「当然だ! 瑞樹千尋に向かってくれたから良いものを、鵺が無関係な人達に攻撃を始めたら、どうするつもりであった!?」
「化学の進歩に多少の犠牲はつきものですよ」
「実験による、尊い犠牲への否定はしない。今更クローンの倫理観だの何だのは、言うつもりはないからな。だが犠牲が出るにしても最小限に抑えるべきだ! 無意味な犠牲は化学実験ではなく、単なる虐殺に過ぎない」
「……配慮が足りませんでした。言い訳をさせて頂ければ、1号が簡単にやられ過ぎてデータが足りなかったのです。2号は処分待ちでしたし、瑞樹千尋が倒してくれたならデータも取れて、まさに一石二鳥と思ったのですが……浅はかでしたな。申し訳ございません」
「分かってくれたなら良い。怒鳴って済まなかった」
「では、私はラボへ戻ります」
会釈をしラボへ帰って行く沼田教授の背中を見送りながら、背後の暗闇に声を掛ける。
「お玉は居るか?」
「ここに……」
影の中から現れる狐巫女のお玉が、その場に傅いて首を垂れる。
「……お玉……タコが付いて居るぞ」
「え? ちゃんと拭ったのに……て、青海苔とかソースじゃないんですから、タコは付きませんよ。ちゃんと食べましたし。いくら私でも、タコが入って無ければ気が付きます!」
自白するとは、やっぱりポンコツだ。
「美味かったか?」
「なっ! ななな何の事でしょうか」
こいつに任せるのが不安になってきた。
「監視を頼もうと思ったけど、やっぱ部屋へ戻っていいわ。雷獣に任せるから」
「晴明様。呼び出しておいて、それは酷いんじゃないかな? 雷獣ちゃんは話せないし、私のが上手くやりますよ」
「だそうだぞ雷獣」
雷獣へ呼びかけると、のっそりと部屋に入って来て、パチパチと音を立てて電気を出し、お玉を威嚇する犬型の妖怪。
まるでポンコツ狐巫女よりも使えるぞ、と言いたそうである。
「な、なによ! 電気を出して驚かせても、大丈夫なんだから!!」
お玉は折り畳んであったテレビのアンテナのようなモノを取り出すと、伸ばしたり捻ったりして何かを組み上げた。
「何だそれは?」
「よくぞ聞いてくれました。これは折り畳み式の避雷針です! 避雷針が雷を受けてくれますから、雷撃は怖くないんです!」
そう答えて、参ったか! と胸を張るお玉だが、その避雷針自体を手に持ってたら、自分に雷が集まるので意味がない。
「「 はぁ… 」」
雷獣と同時に溜息が漏れる。
「なんですか? 二人して…」
「もういい。雷でポンコツ狐が黒焦げになるのを見るのは、耐え難い」
「ぽ、ポンコツ……」
手に持った避雷針を床に落とし、ショックを受けているようだが、自分を有能だと思って居たのだろうか?
「お前たち、二人コンビを組んで、沼田教授を見張れ」
「教授をですか?」
「うむ。沼田教授は実験の為なら無関係な者にまで被害が及ぶことも厭わないからな、行き過ぎるようなら、お前たちが止めろ」
「これで協力関係に傷が入っても宜しいのですか?」
「かまわん! 好き勝手やらせ過ぎて、北の大地へ陽動している自衛隊が戻って来ても問題だからな」
「畏まりました。行こう雷獣ちゃん……え? リーダーはお前じゃないって? 最初に頼まれたのは私だからリーダーは私だよ。か、雷で脅しても無駄なんだから」
そんな遣り取りをしながら部屋を出て行く二人を見送って
本当に大丈夫なんだろうか? と心配になるが、今はあの二人にしか頼めない。
鵺2号の一件で、使える妖の殆どがやられてしまったのが痛い。
「大国主命の兄神達を、少し引っ掻き回してみるか……」
晴明はそう呟くと、アジトを後にするのだった。
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一方、同時刻
北関東の瑞樹の地では
毎年恒例の新嘗祭が行われていた。
新嘗祭で神楽舞を舞う事になっている、千早を纏った神使の桔梗さんを先頭に、婆ちゃんが祝詞を読みながら後を追う。
手には刈り取られた稲穂を一房と、もう片手に神楽鈴を持って、田んぼの畦道を練り歩く。
僕と香住と先輩は、千早こそ着ていないが、普通の巫女装束姿で、同じく稲穂と神楽鈴で後に続いた。
更にその後ろを、農家の人が続く感じだ。
「桔梗さん綺麗ね」
「香住が千早を纏っても良かったんだよ」
「私は舞いが舞えないし」
僕の事、散々へっぽこ踊りとか言って居ながら……にゃろめ
「ウチは御寺だから、神楽とかこう言うの無いけど、やってみると面白いわね」
先輩が手に持った神楽鈴をシャンシャン鳴らしながら、子供の様に喜んでいる。
「そんなもんですかね? 僕は小さい頃から毎年やってるものだから、面白いとかそう言う感覚は無いですよ。ただの祭具だし」
そう言った僕に、背後を着いて来る農家のおっちゃんが
「今年は千尋ちゃんが舞わないのかい?」
「ええ、楽しみにしてたのに済みません」
「やっと本職の巫女さんが来たんだろ? 今年も千尋ちゃんの変な踊りを舞われたんじゃ、龍神様も腰ぬかすからな」
オイ!
腰ぬかす様な、変な踊りで悪うございましたね。
「いやぁ、案外龍神様も、変な舞いを楽しんでたかも知れねえぞ」
言いたい放題だなコノヤロウ
「でも愛嬌があったよな。中学1年から、2年3年と毎年少しづつ上手くなってたし」
お? おっちゃん良い事言うな。見る目あるよー後で御神徳あげよう。
「舞の最中に、祭具を落とさなくなっただけでも、偉い進歩さね」
「「「 ちげえねえ! 」」」
前言撤回だ。神徳はやらん
農家のおっちゃん達が笑う声を掻き消す様に、涙目で神楽鈴をシャンシャン鳴らすと
田んぼの中に変な生き物? が居るのに気が付いた。
なんだあれ?
その変な奴は人の形をしているのだが、くねくねと田んぼの中で動いている。
だが、その人の形の何かは、顔にモザイクがかかったように、良く見えない。
いや、認識できないと言った方が良いのか?
「どうしたの千尋? 龍神様が腰ぬかした?」
「抜かさねーよ! あれだよアレ……田んぼの中の変な奴見てたの」
「田んぼの中に変んなの? 何も居ないじゃない」
香住には見えていないらしい。そう言えば今日は眼鏡かけて無いからか? 掛ければ認識できると思う。
そこへ先輩が
「あ~あれは直視しない方が良いわよ。精神がやられるから」
「僕、直視しちゃいましたけど?」
「千尋ちゃんは国津神だし、大丈夫かな? 高月さんは止めときなさい」
「さっきから二人で何言ってるの? 案山子しかいないじゃない」
香住が不思議そうに田んぼを見渡している。
本当に見えてないんだな……去年まで、人間だった自分を思い出し、見えない香住を羨ましく思う。
こちらが見えなければ、怖い思いしなくて済むしね。
そんな事を思っていると、淤加美様から念話で
『あんな小者を目障りに思うなら、消えろ! と念じれば消え去るぞ。ここは瑞樹の神佑地じゃからのぅ』
『何も悪さをしていないなら、退治しちゃうのも理不尽かなぁって』
『我ら龍神には小者じゃが、人間に見える者が出れば、祓い屋の娘が言うように、精神をやられるぞ』
淤加美様がそこまで言うと、農家のおじさんの一人が
「なんだアレ!!」
田んぼの中に居る、くねくねを指さして居た。
マズイ! 見える人が居たか!?
僕は農家の人の視界を遮る様に間に立つと、警告を念話で飛ばす
『即刻この瑞樹から立ち去れ! さもなければ消し去る』
その念話が届くか分からなかったが、すぅっと薄くなって消えたので、どうやら警告が効いた様だ。
「本当に居たんだって! 田んぼの中で、くねくねと……」
「どうせ、案山子か何かの見間違えだろ?」
「本当、大袈裟な奴だな」
農家の人達が、そんな話をしていた。
小鳥遊先輩が言う、精神がやられる前で良かった。
見えるおっちゃんも、僕の角と尻尾には何も言わないので、どうやら見えるレベルと言うのがあるらしい。
僕だって、龍に成りたてと今では、かなり見え方も違うしね。淤加美様から龍眼の使い方を習ったと言うのもあるけど……
その後、1日目の新嘗祭は何事もなく終わろうとしていたが、もう少しで神社という処で
何かが田んぼの中を、稲を掻き分け乍ら進んでくる。
まさか!? さっきのくねくねが、仕返しにやって来たとか?
でも、アレはその場からは移動せず、その場で身体をくねらせて居るだけだったし。
今回、稲穂の中を進んで来るモノは、移動速度が桁違いすぎる。
くっ、新嘗祭なので、水の入ったペットボトルを持って来ていないのが悔やまれたが、最悪は用水路の水でも利用して――――――
僕は何が来ても良い様に待ち構えると――――――
「女の子?」
飛び出してきたのは、着物姿の女の子だった。
そのまま女の子に飛び付かれ、受け止めながら尻もちを付く――――――
はて? この子……どっかで見た気が……
よ~く、記憶を呼び覚ましてみると
「あっ!! 鬼ごっこの時の女の子!?」
「え? 千尋ちゃんが言ってた京で逢ったって言う子? 確かポン吉君の……」
「はい。妹さんだったはず。名前は、確か……花子ちゃんだっけ?」
「そうです龍神様。私は花子と申します。その節は鬼が怖くて逃げてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「それは良いんだけど、農家の人達が見てるから龍神様はちょっと……」
僕が押し倒されるような感じになっているので、農家のおっちゃん達が
「千尋ちゃん、もてるねえ」
「女の子に押し倒されてるよ、情けねえなぁ、しっかり受け止めなきゃ」
「こうして見てると女の子同士みたいだよな」
みたいじゃなく、実際女なんだよ。
というか、雌龍と雌狸だけど……
婆ちゃんに、この子と先に行くねと了承を取ってから、雌狸の花子ちゃんを脇に抱えて駆け足で神社へ戻る。
拝殿の前で狸の花ちゃんを降ろすと――――――
「はぁ~吃驚した」
「すみません急に来ちゃって。兄から連絡が無いから心配で心配で……」
「電話も手紙も無いんだ?」
「はい。ネットのメールすら無いんです。蜜柑を送れば、何か連絡来るかと思ったのですが……何も連絡が無いので、見に来ちゃいました」
ネットのメール……そう言えば狸さん達、人間に化けて給金稼いでたっけか?
洞窟の中もLEDランタンとかあったし、ソーラーパネルもある様な事も言ってたからネットも引いてるのかな?
ハイテク過ぎるぞ狸さん。まぁ長老だけは古風だったが……
箱で届いた蜜柑を、ポン吉君が来て持って行ったとは聞いてるけど、僕は神器の裏モードを使って2日間も寝てたからね。
便りが無いのは無事な証拠とも言うし、先輩も何も言わないので大丈夫だと思うけど……
実際に見てないので、答えに困っていると
「はぁはぁ……神社の石段を駆け足とか、しんどいわ。ポン吉君なら、雅楽堂でバイトしてるわよ」
息を切らせながら追って来た先輩が、苦しそうに空気を肺へ送りながら答えると、先輩の背後から香住が
「初めて先輩に勝ったわ」
「あ、貴女……はぁ、石段に……慣れてる……だけじゃない……年には勝てないわ」
息が整わない先輩がやっと答えると、体力馬鹿の香住がブイサインをする。
何やってるんだか……だいたい先輩と僕らは1歳差ですよ。
「稲を奉納する前に、出前を頼んでおくか。どうせ新嘗祭で、料理を作れる者が出払ってたから、何も食べるもの無いし。壱郎君へ電話して、出前と一緒にポン吉君も配達してもらうかな?」
「出前!? 肉だな!!」
『お肉~』
セイだけでなく、カチューシャに化けてる巳緒まで……
「農家の人達も居るのに、新嘗祭で肉って訳に行かないでしょ。うどんか寿司だよ」
「「 寿司! 」」
こんな時だけ、息が合いやがって……
ウチの電話でオロチの壱郎君に掛けて
「出前なんだけど、寿司と狸をお願い」
『なぁ……寿司は分かるけどよ。タヌキってなんだよ……あれか? 天カスだけの蕎麦やうどんの事か?』
その他抜きじゃないよ!
電話の向こうで困惑している壱郎君に
「ちょっと前に京でさ、鬼ごっこしたじゃない? 覚えてない?」
『覚えてるぞ』
「その時に狸が居たんだけど、その御兄さんが瑞樹に居てね。妹さんが逢いに来てるのよ」
『それも連れて来れば良いって事か? 雌龍が龍脈で行った方が早いだろ?』
「いやぁ、新嘗祭の最中だからさ。勝手に居なくなるとマズイのよ」
『あぁ、秋の収穫を祝うヤツか? それじゃあ神社を離れる訳にいかねーよな。祀られてるんだし』
「そう言う事、狸さんの居る住所言うね……」
僕が雅楽堂の住所を伝えると、壱郎君は了解と一言いって切ってしまった。
これで稲の奉納が終わった頃に、届くでしょう。
僕は受話器を置くと、奉納の儀の為に本殿へと向かった。