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8-01 新嘗祭(にいなめさい)


瑞樹(みずき)神社の居間では、いつもと変わらない……いや、ちょっと違う朝の営みが繰り広げられていた。


「これ美味い。お代わり」


「あ、はいはい。どうぞ……」


香住(かすみ)が新顔の龍の男の子に、どう対応して良いか戸惑いながら、お代わりの御飯を渡してやる。


見た目の髪は短くて青色。頭に龍の角が生えて無ければ人間と変わらない、10歳ぐらいの子供だが、水葉(みずは)が見付けて抱き上げた時には服を着て無かったため、今は僕の御下がりの服を着せているのだが、僕が着るより似合っている。


その龍の子供は、香住(かすみ)の手から御代わりの茶碗を受け取ると、ものすごい勢いで御飯を空にして行く。まるで何日も食べていなかった様な感じだ。


龍の子に戸惑う香住(かすみ)が、僕へと視線を向けて来るが僕だって困る。


なにせ姉である水葉(みずは)すら戸惑っているのだから、周りはもっと困るのだ。


「ねえねえ千尋(ちひろ)。あの子は?」


「いや、僕も何がなんだか……水葉(みずは)の話だと、昨日生まれた弟らしいよ」


「昨日!? だって、どう見ても赤子じゃ無いじゃないのよ」


「だよねえ。でも日本神話で、黄泉から帰った伊邪那岐(いざなぎ)様の(けが)れを落とすと、神様が生れてるんだよ」


その生まれた1柱が、江戸を暴れ回る八代目将軍の時代劇観てるし。


どうやら、水戸の御老公は観終わったらしい。


「天照様の事ね。じゃあそれを再現してるって事?」


「たぶん……そうじゃないかな? 僕も初めて見るし、良く分からないや」


そんな非日常な風景を楽しんでいるのは、民俗学の論文を書きたい(たける)さんと、元神社本庁に勤めていて神話に興味の尽きない西園寺(さいおんじ)さん位である。


「それで、お名前は? 呼ぶとき困るし」


「まだないらしいよ。肝心の母親である御津羽(みつは)様が、今だ水の中だしね」


「ちょっと! 水の中って大丈夫なの?」


淤加美(おかみ)様が妹である御津羽(みつは)様の様子を見に、今朝早く潜ったら大丈夫だったってさ」


「そうなんだ……水の中といい、人智を超えているから、計り知れないわね」


香住(かすみ)の言う通り、人間は得体の知れない龍の幼子に興味津々であるが、人外はいつも通りの食事を送っている。


かと言う僕だって興味はあるんだけど、雄龍なら成体が既に居るしね。


そんな雄龍のセイはカセットコンロを出してきて、網の上で餅を焼いていた。


「なんで餅なんだよ? 正月には2ヶ月ほど早いだろ」


「いやな、和枝(かずえ)に貰ったんだよ」


「婆ちゃん? なんでまた」


「新興住宅地で上棟式(じょうとうしき)があってのぅ。そこで幣串(へいぐし)を渡し、神饌(しんせん)を供えて祝詞(のりと)を読んだら、施主(せしゅ)に貰ったんじゃ」


「なるほど上棟式か。渡した幣串(へいぐし)棟梁(とうりょう)が取り付けた後、屋根の上から御菓子とか餅を投げたりするんだよね?」


「やる家も少なく成ったがの」


そう言って婆ちゃんはお茶を(すす)って居る。


家を建てる人自体が減ったからね。昔なら、建てる前の地面に地鎮祭をし、屋根まで組み上がったら上棟式を行うが通例だったけど、かなり数は減った。


淤加美(おかみ)様が揚げ芋菓子を食べて飛んでいるので、どうしたのかと思ったけど、上棟式で餅と一緒に貰ったのね。合点がいったわ。


「セイ、餅を焼くのは良いけど、神社まで焼かないでよ。水の神を祀って居ながら火事になったら、洒落にならないから」


「分かってるよ。これだけ周囲の水氣が強ければ、乾燥している真冬だって火事にならねーよ。熱! 本当は七輪で焼きたかったけど、屋内じゃそうも行かねーし」


「当たり前だ。七輪使うなら外で焼けよな。小火(ボヤ)だって出すなよ」


本当に分かっているのやら……餅を突いて焼けたのを確認した後、セイが醤油を探していると、オロチの巳緒(みお)が横から手を伸ばし食われてるし。


「おおおお!? 網の上にあった餅が消えた!!」


「何やってるんだか……御飯あるんだから御飯食べなよ」


僕が呆れていると、西園寺さんが


「そうそう、奥で寝ている人の搬送、どうしましょうか?」


「どうするって……この後搬送でしょ?」


「いや、千尋君は収穫祭……新嘗祭(にいなめさい)と正式名称のが良いでしょうか? 新嘗祭(にいなめさい)で忙しいんじゃないんで?」


この新嘗祭とは、秋の稲を刈り入れる時期に稲の一房を神前に供え、今年の稲の出来はこんなんですよ~と神に見てもらう祭である。


因みにこの新嘗祭は、天皇陛下でも毎年行う事になって居り、五穀豊穣を祝う祭りなのだが


殆どの地方神社では、稲穂を供えるだけで済ませ、出店や神輿まで出るような処は、余程の大御所であるか、伝統が色濃く残った場所だけである。


「今年は神使の桔梗さんに頼んであるんですよ。本来なら出雲行きがありますから、舞の練習とかの時間がありません」


「はい、お任せください。神楽舞も踊りと芸事の神であらせられる、天宇受賣様に見て頂きましたから、ばっちりです」


「ええ。桔梗の神楽舞はかなりの出来でしたよ。特に横への移動が綺麗に出来ています」


そりゃあ人化しているとはいえ蟹だからね。


「今年は千尋が舞わないんだ? へっぽこ踊りを楽しみにしてたのに」


「へっぽこで悪御座いましたね。これでも上手いって言ってくれる農家のおっちゃんが居るんだぞ」


「千尋……社交辞令って知ってる?」


「うるさいよ。だいたい僕は、去年まで男の子だったんだぞ。その時点で巫女とかオカシイだろ?」


誰も何も言わないから、僕が巫女装束に千早で舞ってたけどさ。


そんな神楽舞を初めて舞ったのは、婆ちゃんが腰が痛いと言った、中学生の時だった。


代わりに舞える人が居なかったし、仕方がなかったんだけど……なにしろ練習時間がなさ過ぎたので、へっぽこ踊りになってしまったのだ。


その点、召喚してから2ヶ月半とはいえ、ここまで舞える桔梗さんは、正直凄いと思う。


へっぽこだ何だと言う、僕と香住のやり取りを苦笑しながら見ていた西園寺さんが


「日程はどうなっています?」


「えっと、土曜の今日に稲を刈り取って来て御供えするまでをやって。明日の日曜日に神楽舞を舞うのかな」


昔は1日で全工程をやったのだが、稲を一房刈り取りねり歩くのが結構手間が掛かる。


なにせ都会と違い地方の神社なのだから、範囲にある田畑の数も相当なモノとなり


その多い田畑を、祝詞を読みながら畦道(あぜみち)を歩くと言うのが、かなりの時間を要するのだ。


11月に入ってからやる所もあるが、11月は旧暦の神無月になる為。御供えする神様が出雲行きになってしまうので、10月中にするしかないのだ。出雲に行かない神様を祀った処は、11月にやるところもあるけどね。


「では、今日は忙しいですね」


「すみません。明日なら神楽舞と奉納の儀だけですから」


「それも千尋君は出ないと駄目じゃないですか」


「まあ確かに、稲穂を奉納される神が居ないのでは、何のための新嘗祭だか分かりませんが……寝たきりの行方不明人、この間から放置してるし」


「その辺は大丈夫でしょう。容態が悪く成る訳でもなく安定してますし、どうせ実家のあるT取県へ運んだところで、病院へ寝かせるだけでしょうからね。その時に家族へは連絡を取って見ますが……どう成る事やら」


確かに西園寺さんの言う通り、うちの布団で寝ているのが、病室のベッドにかわるだけであり


そう考えれば、ここに寝かせるのが数日増えた処で、別に同じ事である。


ちょっと先送りにし過ぎてて、悪いかなぁって思っただけで……急に黒ネズミが湧いたり、黄金の羅盤で龍脈曲げられたり、地下水を浄化していた御津羽様が、祟り神寸前にまでいったりと、色々あったからね。


元はと言えば、原因となった黒ネズミの依頼を持って来たのは西園寺さんなのだから、搬送が伸びた理由も分かっているとは思うけど……


「どうしても今日搬送と言うなら夕方から夜かなぁ」


御津羽様も僕が昏睡させたのだし、罪悪感から放置するのもね


せめて治って滝壺から出て来る所を見ないと、少しやるせない。


そんな母親の御津羽様と違い、元気いっぱいの幼い雄龍が5杯目のご飯をお代わりする。


すげえ食欲。セイより食うんじゃないのか?


幸いセイが餅を焼いて食べてるので、その分の御飯が全部幼い雄龍くんに行ってる。


「はい、御代わりね名無し君」


「なんだよ香住、その名無し君って」


「名前が無いと不便だから、名無し君って呼んでるだけ」


名無し君ね……


「そもそも淤加美様が叔母に成る訳だし、淤加美様が名付け親になったら?」


「なんで妾が……だいたい御津羽と双子だと言われても、性格がまるで違うしのぅ。向こうは真面目で物静かというか、井戸を管理するだけあって、暗いというか……悪い意味ではないぞ」


「それで淤加美様が、いい加減でズボラだと?」


「妾は自由人……いや、自由龍なだけじゃ!」


淤加美様は僕の身体を操り頬を引っ張る。


「痛たた……図星ですか? 名前ぐらい、付けてあげてもいいのに」


「美津羽と妾と感性が合わぬからな、絶対に文句言われるのが目に見えておる」


だから嫌なんじゃ、と言いながら芋菓子を頬張る。


同じ加具土命の血から生まれて置いて、そんなに違うもんかねぇ。


そんな時、玄関から御免下さいと声がする。


「新嘗祭の人間か?」


焼いた餅に、醤油と海苔で磯辺焼きにしたものを頬張るセイが、そう聞いてくる。


「どう声を聞いても、小鳥遊先輩でしょ。はーい今行きます」


玄関に行くと、大量の着替えを持った先輩の姿があった。


「おはよう千尋ちゃん。富士の一件以来、寝たきりだって聞いたのに、気が付いたのね」


「あの神器で消耗しきったみたいで、起きたら金曜の夕方でした。僕としては寝て起きたらタイムスリップした様でしたよ。あ、そうそう。狸さんから届いた蜜柑持って行ってください」


先輩も四国で頑張った関係者だからね。


「それならもう1箱貰ったわ。千尋ちゃんが2日間寝ている間にね。マヤ姉の処にも、ポン吉君が取りに来たわよ」


ポン吉君の処にも、1箱持って行ように手紙が入ってたし。約束が果たせてよかった。


あんなに大量にあっても、ウチだけじゃ食べ切らないだろうしね。


肉なら二日と経たずに無くなっただろうけど……龍達、少しはビタミンCを捕れ~


「蜜柑を持って行ったなら、今日の先輩は? もしかして僕の様子を見に?」


「それもあるけど、兄の着替えを持って来たのよ」


着替えの入った紙袋を持ち上げて見せる。


「なるほど、尊さんは今中でご飯食べてますよ。上がってください」


先輩を居間へ案内すると


「また増えてる……」


「御津羽様の息子。名無し君ですよ」


「名無しって……」


「話すと長くなるんですが、富士にある風穴での一件の前に、トンネルで出る黒ネズミ退治の依頼があったんですよ」


先輩は富士の風穴から参加したため、リニアのトンネルの事は知らないので、そっちの依頼からを話す。


「じゃあ御津羽神様が浄化のキャパシティーを超えて、地下水を浄化しきれなくなった為、祟り神寸前で戦闘になったと?」


「そう言う事です。今は裏の滝壺で療養中ですがね。それで彼が、滝壺で生まれたんですよ」


御飯を頬張る名無し君の生れを説明する。


「龍の幼子か……何だか可愛いわね。持ち帰って良い?」


「母親にも逢わせて無いのに、駄目です」


「残念。私の手料理御馳走するのに」


先輩の手料理って、龍の幼子を殺す気ですか!? 僕がそう言うまでも無く、尊さんが


「緑、お前の手料理はやめて置け。御津羽神に恨まれるぞ」


「なによ。私の腕前も捨てたもんじゃ無いわよ。四国の土産を作ったら、お父さん喜んで卒倒したし」


先輩。それ喜んでないよね? 救急車の案件だよね?


「緑、まだ親父を殺すなよ。大学辞めて寺継がなきゃならねーだろ」


尊さんも尊さんだ。()()って何だよ()()って……御住職が可哀想だ。


「ちょっとアレンジしただけよ」


書いてある通りに作ってあげてください。


「なんだよアレンジって?」


「鯛めし炊く時に、出し汁じゃなくスポーツドリンク使ったのよ。必要な栄養が入ってるから、身体にも良いし」


「……誰か緑に料理を教えてやってくれ」


尊さん……僕達には無理です


香住もドン引きだし、諦めてください。


「それで今日は何を退治しに行くの?」


「先輩……僕らがいつも妖ハンターをしている訳じゃ無いんですよ。どっちかと言えば、巻き込まれてるんです」


「最高じゃない! 今回はどんなのに巻き込まれたの?」


分かってねーし


「はぁ……今日は新嘗祭なんですよ」


「にいなめさい?」


「秋の収穫祭の事です。その名の通り、収穫を祝う日なのです」


先輩に新嘗祭の概要を伝えると


「私も巫女をして歩くわ!」


「先輩の処は御寺でしょ? 大丈夫なんですか?」


「モノは言いよう。神仏習合よ」


こじ付けも良い処だ。まぁ先輩が良いならいいか


僕は既に巫女装束だから良いが、香住と先輩が着替える為に別室へ移動する。


残りは神使の桔梗さんだが、巫女の主役になるので、千早を纏うので、婆ちゃんと別室へ行った。


尊さんは民俗学の論文の為に、農家の人に交じって一般参加すると言うし、西園寺さんは昨日の報告書を出したら途中参加するとの事。


神様以外は、見てみたくて仕方がないと言った処だ。


逆に神様達は、何百年、何千年と見ている為か、いつも通りの娯楽に興じている。


そして外には少しずづ、新嘗祭に参加する農家の人たちが集まりつつあった。


セイと巳緒は着いて来ると言ったが、水葉は母が心配なのか? 神社に残るらしいので、火にだけ注意するよう言い聞かせ、僕は境内へと出て行く。



さあ、新嘗祭の開始である。




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