7-24 後始末
北関東の瑞樹神社にて
富士の戦いから夜が明ける
「……………………おあああああっ!!」
僕は大声を出しながら、寝床から起き上がりこぼしの様に上半身を起こすと、お腹の上にいるオロチの巳緒が驚きの声をあげた。
「千尋? 大丈夫?」
「初めて自力で空を飛んだら、ドローンにはねられる夢だった」
「……どろーん?」
「いや、夢の話だから気にしないで……」
不思議そうな顔をした巳緒にそう伝えると、部屋の壁掛け時計に目をやる。
時計は4時を指しているけれど、それにしては外が明るい。
日の入りも日の出も短くなっているとはいえ明るすぎる。
「久しぶりに境内の掃除をするかな? ずっと尊さんに任せっきりだったし」
そう言って寝間着を脱ごうとすると
「朝の掃除は人間がやったよ」
「ええ!? もう終わってるの? 早くない?」
「早くない。千尋が遅すぎる」
「僕が遅い? 4時なのに?」
「うん。4時と言っても16時だから」
「…………なにぃ! 夕方の4時ってこと? 学園あったのに」
「そっちは千尋の旦那の龍が、千尋に化けて行った。もう帰ってくるはず」
巳緒は欠伸欠伸をしながらそう答えた。
「丸一日寝てたって事か……」
「一日ではないぞ。丸二日じゃ」
淤加美様が省エネタイプである二~三頭身の大きさで、空中を泳ぐように飛んで部屋に入ってくる。
「丸二日!? え? じゃあ今日は金曜?」
カレンダーに目をやり声を上げると淤加美様が
「テストとか言うのが終わった水曜の夜に、富士で戦ったんじゃから……まあそうなるのぅ」
「うぁ。西園寺さんと一緒に、意識不明者さんをT取県へ搬送するはずだった約束をすっ飛ばしちゃったよ」
「あの細目の人間は、富士の戦いで一緒に現地に居たからのぅ。事情は知っておるから、寝かせてあげてくださいじゃと」
ずっとハードスケジュールだったし、そう言って貰えると助かる。
「それで西園寺さんは何処に?」
「昨日から何処かへ電話したり、報告書とか言うのを作ったりしておったぞ。今はそれを提出に行っておる」
なるほど、僕らみたいに妖を倒して、はい終わりって訳には行かないらしい。大人は大変だ。
とりあえず起きて、寝ぐせのついた髪に櫛を入れる。出かける訳じゃ無ければ手櫛で放置したい処だが、香住が五月蠅いんだよね。女の子んだから身だしなみをって……
髪が短かった頃が懐かしい。
今だと、完全に龍に成った時の状態に固定されていて、短く切っても翌日には戻ってると言う感じで、必要の無い処で再生が発動してしまのだ。
こんな事なら、角が完全に生えきる前に、髪を短くして置くんだった。
鏡の前で櫛を入れて梳かすと、あることに気が付く。
「属性反転で黒く染まった髪が、青みがかった髪に戻ってる……」
「ようやく戻ったのぅ。普通なら即戻るのじゃが、それだけ氣を消耗していた証拠じゃな」
「再生があっても、氣はすぐに戻らないんですね」
「傷なら即治ったじゃろうが、氣はそこまで再生せんからのう。7~8割方の氣は龍脈から吸い上げるしかないのじゃが……」
「そうか、あの羅盤で龍脈は操られ、向こうのエネルギー源にされてましたからね」
「うむ。自分たちの体内に蓄えられた氣を使うしか無かったわけじゃな。そうそう、龍脈で思い出した。先ほど龍脈に潜って見てきたら、富士に曲げられてた龍脈が戻っておったぞ」
「え!? 早いですね」
「早くは無い。あの紙人形も言っておったじゃろ? 数日で戻ると」
そうか……翌日と思ってたけど、あれから二日経ってるんでした。
「じゃあいよいよ、大浄化作戦が決行ですね。地下水の浄化を行って御津羽様をお助けしないとですし。あとリニアのトンネルから出る黒い水も戻さないといけませんしね」
「うむ。浄化が終われば御津羽の体調も良くなって、娘も近づく事も出来よう」
「そう言えばその娘である水葉は、八咫鏡を返したんですか?」
「さぁてのぅ……天照殿が高天ヶ原へ帰らず時代劇を観て居るから、まだ返して貰ってないのではないか?」
「でもそれでは、迎えに来た天宇受賣様が黙って居ないんじゃ?」
「宇受賣殿は宇受賣殿で、子狐達と部屋に籠りっ放しじゃぞ」
おいおい。神話で岩戸に籠った天照様を引っ張り出した本人が引き籠ってどうする。
「宇受賣様達は、何をやってるんでしょうか?」
洗った顔をタオルで拭いながら淤加美様へ訊ねると、さぁと言わんばかりに肩を竦めて見せた。
一応確認して置こうと、子狐達の部屋に向かうと、入り口の襖に張り紙がしてあった。
「なになに……踊ってみたの配信中につき、入室の際には音を立てない事……配信って動画配信か?」
襖をそっと開けて中を覗いて見ると、天宇受賣様と子狐達が踊りを踊っていた。
激しく踊っているようだが、音が全然漏れて来ないので、どうしたものかと部屋をよく観察すると、部屋の角から角へ注連縄が張り巡らされている。
なるほど注連縄を張って結界を創り、部屋の中と外を区切っているのだ。
そうと分かればセイのタブレット端末を借りて、配信中の動画を見ると、3人ともアバターを纏って音楽に合わせ、上手に踊っているではないか。
再生数とか凄いことになってるし……さすが、踊りと芸事の神様だ。
好きな踊りに没頭するのは良いけど、ちゃんと休憩も入れて水分を取り、程々にお願いします。
無線のネットが結界で遮断される為か、有線ネットを引き込んでるので、コードに躓かないよう気を付けながら部屋を離れる。
じゃあ僕は、とりあえず西園寺さん待ちかな。
さすがに2日間も寝ていたとなると、動いて無くても腹は減る。
台所へ行って何か無いかと冷蔵庫を開けるが、調味料の他は殆ど空であった。
大山咋神様が御酒好きであり、かなり呑まれるので、酒の肴として余り物が無くなるんだよね。
作る方としては、完食して頂きありがたいのだが、こういう臨時で食べ物が欲しい時に困る。
豚肉とニラか……家庭菜園で作ったキャベツもあったな。
それらで作れるものと言ったら……餃子!! よし、餃子にしよう。
まず小麦粉を捏ねて、めん棒で伸ばし餃子の皮を作る。
次に豚肉を細かく刻んでミンチにする。本来はひき肉を使うと楽なのだが、無いモノを嘆いても仕方がない。
豚肉のミンチに、醤油と砂糖と料理酒で味を付け、さらにゴマ油を足して胡麻の風味を加えてよく揉み込む。
豚肉同様に細かく刻んだニラとキャベツを、揉んだ肉に合わせ更に混ぜ込み、刻み生姜と塩コショウを足して味を調える。
ここでニンニクが好きな人は、刻んだニンニクを入れると良いのだが、このあと出掛ける事も考え、今回は中へニンニクは入れない。
ニンニクが欲しい人は、つけタレにおろしニンニクを加えて食べて貰おう。
加えた調味料の偏りが無くなる迄混ぜたら、皮に包んで焼くだけである。
ゴマ油の香ばしい匂いがしてくると、匂いに釣られた者が寄ってくるので
「美味しそうな匂い」
「釣られた第一号は巳緒か」
「千尋、何作ってるの?」
「餃子だよ。巳緒は食べた事ないっけ? て、涎が凄いことに!」
丁度、1回目の焼き上がりが出来たので、御皿に盛りつけた後、小皿にタレを作って渡してあげる。
焼きたてを頬張る巳緒に感想を聞いてみると
「熱々でサクサク……これは良いモノ」
次から次へと口に放り込むので、どうやら気に入ってくれたようだ。
僕の分も残ってると良いなぁと思いつつ、2回目の餃子をフライパンに並べ火をつけると
「ただいま~良い匂いね。何作ってるの?」
「おかえり香住。冷蔵庫の余り物と菜園の野菜で餃子をね」
「ああ!! お前らだけ狡いぞ!!」
香住の脇から顔を出す僕の顔。
「セイ。僕の顔と声でそう言う事を言うと、僕が食いしん坊みたいに見えるからやめて」
僕に変化したままのセイが、熱々の餃子を手掴みで口へ放り込む。あーあ手掴みで油だらけにして、僕の制服汚すなよな。
これでよく僕じゃ無いとバレないものだ。
台所で騒いでいると大山咋神様が
「千尋殿、何か酒の肴を……」
「あ~も~台所は狭いんですから、居間へ持って行って食べてください」
3回目の餃子をフライパンに並べて弱火にしてから、台所でつまみ食いをする部外者を追い出した。
これ、結局僕が食べれないパターンかも?
神使の桔梗さんが交代してくれるまで、僕は溜め息をつきながら、ひたすら餃子を焼くのだった。
夕ご飯の途中で合流した西園寺さんと、黒い水の件を片付けるために、再度Y梨県へ向かう。
メンバーはいつも通り。僕の頭上に、小さくなったセイとカチューシャに化けた巳緒。他は水葉と西園寺さんである。
翌日が土曜で学園が休みという事もあり、香住も来たがったが、戦闘は無く浄化だけだよと言って、何とか引き下がって貰った。昼間なら依頼完了後に観光もあり得るが、夜じゃ暗いだけだし、お店もやってないしね。
さて、今回最初の依頼内容は、工事の妨げになっている黒いネズミの大群と黒い水を何とかして欲しい、と言うものだったので、ちゃんと切りをつける為にトンネルへ行くことに
「何度もすみませんね」
「いえいえ、こちらこそ御願いして置きながら、お構いしませんで……」
社交辞令のような会話をする、西園寺さんと副館長さん。そんな副館長さんに作業車で亀裂個所まで案内してもらう。
どうせ話は通ってるんだし、勝手に入っても良かったのだが、作業が終わった時の確認も兼ねて、副館長さんにも一緒に来てもらった。
「館長さんは、また神社に?」
「いえ、県庁の方へ出向いてましてね。信玄の埋蔵金のことで、国と自治体と工事業者まで入って揉めてるんですよ」
「よく若い大学生が、最初に見つけたーって文句言いませんでしたね?」
「最初はゴネてたんですよ。しかし見付けた場所が工事中のトンネル内ですからね。発見を主張すると不法侵入になるので、渋々引き下がった感じです」
そりゃそうだ。お金が入っても前科がついたのでは、割に合わない。
まぁ妖に襲われて無事だったんだし、それだけでも幸運と思って貰おう。
最奥に到着すると、崩れた瓦礫と埋蔵金は、工事業者によって持ち出され綺麗になっていた。
すぐにでも工事の再開ができそうな感じだ。
僕は亀裂に手を入れ黒い水に触れると、水を通して黄泉との繋がりが断たれているのを確認する。
伊邪那美様。余程浄化された水が嫌だったのだろう。黄泉側の亀裂が塞がれているので、気兼ねなく浄化の術を全開にすると、黒かった水がみるみると透き通った水に変わって行った。
「さすが神社庁の薦める巫女様だ」
「水神様に御力を貸していただけるよう呼びかけました。すべては水神様のお陰です」
まさか僕が水神の龍だと話す訳にもいかず。水神様に御願した事にして置いた。
全部が嘘という訳ではない。水神の力で浄化したのは本当だしね。
しかし、この辺りだけが浄化されても、もっと広範囲で穢れているので、広域浄化しないといずれは黒い水が出る事になる。
直ぐに念話で――――――
『淤加美様』
『分かって居る。広域で浄化の雨を降らせるのじゃな』
さすが淤加美様。みなまで言わずとも、通過の仲である。
西園寺さんが依頼完了のサインを貰うと、僕らは外に出て
「これから広域の浄化を行います」
「という事は、雨になるんですね? 折り畳み傘を持って来て置いて良かった」
付き合いが長くなってきたので、西園寺さんまで先を読んでいる。
僕は身体の主導権を淤加美様へ渡すと、淤加美様はその場で腕組みをして立っているだけだった。
『淤加美様? なにか動きとか唱えたりとかしないんですか?』
主導権を渡したので、内側から念話で問いかける。
「ふっ、甘いな千尋。妾ほどの者になると、雨雲が追って来るのじゃ」
『確かに、龍に憑かれた人間は、雨男雨女になると言われていますが……代わりに加護が付き、やる事なす事が昇り龍のごとく成功するので、龍憑きは良い事とされます。でも淤加美様は龍そのものでしょ?』
「うむ。だから何もしなくも雨雲がやって来るのじゃ」
『普段雨雲が来ないじゃないですか』
「戯け! いつもの妾は、力を落とした姿じゃと……お? 来たようじゃ」
淤加美様と言い合いをしている間に、空はどんよりとした雨雲が広がり、今にも泣きだしそうな感じであった。
「さっきからゴロゴロと……若龍の腹では無いのか?」
「大婆様。俺の腹のせいにしないでくださいよ。千尋の手作り餃子が生だったのかも」
『ちゃんと焼いたよ! 失礼な! それと、普通に考えれば雷でしょ!!』
その証拠に、稲妻が雲から雲へ走っているのが見て取れた。
「雷雨になるなら建物の中へ避難した方が良いですね」
西園寺さんが辺りを見回して、リニア実験場へ戻るか考えて居る様だった。
『淤加美様どうします?』
「龍は雷耐性があるから、髪がチリチリになるだけで大丈夫だが、人間だけは雷に打たれるとマズイ」
そうは言いますが、雷に打たれるのは、淤加美様が動かしている僕の身体ですがね
「げぇ。もうアフロは嫌だ」
セイが稲光を見て悲鳴をあげるが、僕に言わせると雷に打たれて、その程度で済むのが凄いわ。
やがて雨が降って来ると同時に、雷が落ち始めたので。西園寺さんにはセイと巳緒を連れて避難して貰った。水葉もちゃっかり避難してるし。
水葉も水龍だろうが、お前の母龍助ける為なのに逃げるな。
僕の方は、雲が追ってくるなら逃げても無駄だし。びしょ濡れ覚悟で広域浄化を決行。
こんな事なら、着替えを持って来るんだったわ。
身体が水神の龍に馴染んだお陰で、全然寒くはないんだけど、雨に濡れると巫女装束が透けるんだよね。
淤加美様は、雨が本降りになった後。穢れを洗い流す浄化の雨へと変える。
雨は大地に浸透し、地下水脈へ流れ込むと、富士周辺に広がった黒い水をどんどん浄化した。
僕だったら、降らせる量と同じ水量の水が必要になるが、淤加美様は雨雲を呼んじゃうのだからさすが格が違う。
雨は数時間にわたり振り続けたのだが、その間暇な淤加美様は携帯型ゲーム機をして時間をつぶしていた。
雨対策なのか、ビニール袋に包んであるし、まったく用意周到な事で……
ゲーム機の電池が終わりそうになる頃。漸く雨が止んだので、身体の主導権を返してもらうと。雨宿りしている西園寺さんの所へ。
待ち草臥れたのか、巳緒は壁に寄りかかって眠り、水葉は眠そうに船を漕いでいた。
セイは、何処から出したのか? タブレット端末で月額のアニメを観ながら、作画が良いなとか呟いていた。こんにゃろめ
「お待たせしてすみません」
「いえいえ、お疲れ様。これから戻るんでしょうか?」
「それが……もう一ヶ所、寄る処があるんです」
「あぁ。御津羽様の処ですね?」
「はい、淤加美様が広域浄化を掛けたので、地下水と連動している井戸の神である御津羽様も良くなっているかと思いますので、お見舞いに」
「ではご一緒します。ボクも少し前まで神社本庁に勤めていたので、日本の神様の容態は知って置かねばなりませんしね」
という事で、娘の水葉に案内してもらい。病に臥せっている御津羽様の元へ、一同に会して向かうのだった。