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龍神の花嫁 八俣遠呂智編(ヤマタノオロチ)  作者: 霜月 如(リハビリ中)
7章 闇御津羽神(くらみつはのかみ)と伝説の羅盤
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7-23 矛(剣)と盾(盤)の勝敗


黒き衝撃波は、空中に浮いた羅盤(らばん)へ向かって突き進む。


地上から放った為か、衝撃波は斜上へと飛んで行くので、貫通しても空へ抜けるだけであろう。


ならば町へ被害が出る事は無いので、力をセーブせず全力でいける。



「全属性を拒絶!!」


晴明(はるあき)さんめ。躊躇(ちゅうちょ)なく全属性を拒絶してくるあたり、さすがと言うべきか


わざわざ金氣(きんき)陰氣(いんき)に絞らない処が潔い。


羅盤(らばん)の拒絶ラインである5メートル線で、僕の放った黒い衝撃波が止められる。


小鳥遊(たかなし)先輩がそれを見て――――――


「これでも結界を抜けないのかしら……」


「羅盤の方は、日本中の氣を龍脈で集めてエネルギー源にしてますからね。対する千尋君は、自分の氣だけで勝負してます。かなり分が悪いと思いますよ」


そんな先輩と西園寺さんの会話を聞いて心配になったセイが――――――


「大丈夫か千尋!? これが拒絶されたら、大振りの僅かな隙を狙って反撃を貰うぞ!!」


セイの叫びに、呼び出された鵺に目をやると、僕へカウンターを入れようと土氣を集中していた。


カウンターなど構うものか! こちらにも術反射がある。


それに、盾が必ず勝つと誰が決めた? 鉾が勝っても良いんじゃないか?


単純な撃ち合いなら、まだこちらに分がある。


どんなに天才陰陽師が考案した羅盤であろうと、創ったのが人間である事には変わりがない。


それに比べてこちらは神器。その天之尾羽張を属性反転させ、対象物を破壊する事だけに特化させた神殺しの剣なのだ。


負ける要素など――――――


「ない!!」


剣に全神氣を注ぎ込むと、やがて――――――辺り一面に鈍い音が響き渡る。


「くっ、羅盤にヒビが!? まさか陰陽五行を超えると言うのか!? うおおおお――――――」


晴明さんの叫び声をあげると同時に、羅盤の手前で止まっていた黒い衝撃が、空へ向かって突き抜けた。


「さすが雨女、やりやがったな。拒絶の結界をぶち抜いたぞ」


先程まで、羅盤のあった場所には何もなく。ただ夜の空が広がるだけであった。


「良しっ!!」


「良く無いわ!! 戯け!!」


出てきた淤加美様にボカっと小突かれた。


「何をするんですか淤加美様」


「何をするも何も、羅盤まで消し飛ばしたら、どうやって龍脈を直すんじゃ!! 呆け茄子が」


おぉぅ、忘れてたよ。


どうしよう……


僕が少し青ざめていると、鵺特有の錆びたブレーキを掛けたような、ヒョーという甲高い声が木霊した。


「羅盤は消えても、鵺の方は健在みたいよ」


「アイツを倒さなきゃ、終わらねーって事か……良いぜ。やってやらああ!」


まだもう一発、神器を撃てる尊さんが、抑えていた雷を全開にする。


「淤加美様、お叱りは後で良いですか? 一先ずは鵺を倒してから……」


そこまで言ってから、天之尾羽張を構え直そうとして、身体に力が入らず片膝をついてしまう。


「あ、あれ……」


「言わんことではない。あれだけ神氣を放出すれば、力が入らないのは当然であろう。御主の中に居る妾も、神氣を相当持ってかれたぞ。ちなみに同じく御主の中に居る伊邪那美殿は、消耗しすぎて気を失って居る」


「伊邪那美様が?」


「うむ。神々の母だけあって、御主を神氣消耗から護るために自ら神氣を注いでくれたのじゃ。無論それだけでは足りなくて、妾も神氣をごっそり持って行かれたがの」


なるほど、皆ガス欠寸前って事か


「そんなに放出したとは思わなかったけどなぁ」


「なにを阿呆な事を……龍脈で集められた、日本中の氣を撃ち抜いたのじゃぞ。1柱の神氣だけでどうにかなるモノでは無いわ戯け!!」


「で、でも。鵺を放置して置けば人間に被害が……」


天之尾羽張を杖代わりにして立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。


そこに尊さんが――――――


「おいおい雨女。ちったぁ仲間を信じて休んでろや」


「そうね。四国で2度ほど戦ってるのだから、簡単だわ」


御津羽母(みつは)様の為に戦ってるのに、この間から見物ばかりで体力余ってるのよね」


尊さんと小鳥遊先輩と水葉の3名が、鵺に向かってそう答えた。


香住は流石に接近戦専門なので、僕の傍に来て大丈夫? と介抱してくれている。


あの大きさの妖では、接近のサブミッションは掛け辛いだろうしね。パーカー男を仕留めているので、満足はしている様だ。


西の祓い屋の二人は、僕と同じく氣を使い果たしたのか? 大型の妖に対して動けないようであった。


大きさは遺伝子操作で創られたモノらしく、大型獣と同等であるが


鵺は本来、獣じゃなく、()だからね。鳥で同等の大きさは、この世に存在しないだろう。


北関東の者達には御馴染みに成っているが、初めて大型の妖を見る西の二人には、驚きの色が隠せない様だ。


「西園寺さん。何時もこんな異形と戦っているのですか?」


「クローンオロチの時は、象より大きかったですよ」


「象!? 象って、鼻の長いあの?」


「ええ。他にも、ボクが戦闘に参加しなかった大鯰(おおなまず)は、もっと大きかったとか聞いてます」


「毎回こんなのと?」


「小妖の依頼は殆ど無いですね。普通の人間では対処しきれない案件が依頼されるので、こんなのばかりですよ」


人間には無理だから、神頼みなんです。と頭を掻いて答えていた。


皆逞しくなる訳だよな。


先輩なんて、普通の依頼がつまらないってボヤいてたし。


そんな先輩は、鵺に十八番である俱利伽羅剣の炎と天狗の団扇で炎の竜巻を創り――――――


火災旋風(ファイアーストーム)


風によって巻き上げられた炎が踊り狂う。


千度を超える炎の竜巻である。炎も恐ろしいが、それ以上に恐ろしいのは、燃焼によって周囲の酸素を消費して起こる酸欠である。


更に木々が燃えた後に出る一酸化炭素が、意識を刈り取るので、炎以外の付属効果も危険極まりない。


大火事にならぬよう、後で雨を降らせておかねば……あと、木の神ことククノチ様(久久能智神と書く)にもお願いして、樹海の燃えた部分の復元。なんか後始末のが大変だな



今回の鵺は、人魚の肉による再生は無いと言っていたので、ダメージはそのまま蓄積され


熱さと息苦しさから、たまらずに空へ逃げようとするのを、天若日子(あめのわかひこ)さんが神器である天羽々矢(あめのはばや)にて遠距離狙撃する。


四国の時にも言ったが、(ぬえ)は矢によって撃たれ地に墜ちる記述が平家物語にある為。その記述通り矢に弱い。


地面に叩き落とされた鵺は、悪足搔きに雷を撃つが――――――


水葉が闇を纏って掻き消した。


即席パーティなのに、とても連携がとれてるし……もう僕、指揮するの止めようかな。


そう思ってうな垂れていると――――――


「いくぜ建のオッサン!! みんなどけ!!」


――――――雷神剣草薙!!


草薙剣から雷を纏った衝撃波が放たれる。


鵺はその衝撃波の直撃で、声を上げる事無く消失した。


『見事! 流石儂の相棒じゃな』


「よせやい。建のオッサンが居てくれるから、撃てる技だぜ」


尊さんが剣の中に居る建御雷様へ語り掛けている。


鵺が完全に消えたのを見ていたセイが――――――


「ようやく全部終わったな」


「戯け!! 終わっとらんわ!! 龍脈をどうする気じゃ」


そうでした。


龍脈を一本一本繋ぎ直すのかな? 何百と言う数の龍脈を直すなんて、本当途方もない作業に眩暈がする。


すると――――――


「まさか、日本中の氣を集めた黄金の羅盤を撃ち抜くとは、思ってもみなかった」


いつの間にか、紙人形の形代が目の前に舞い降りる。


「晴明さん? そうか、複数枚用意して来たって言いましたものね」


「あぁ、1枚は羅盤と一緒に消失した」


「これに懲りたら、自首してください」


「ふっ、強がりを言っているが、キミも消耗しきっている様では無いか?」


バレバレだし。


「そこまで意固地になって、何やら計画を進めようとしているのは、時間の止まった常夜へと幽閉されている、霧積弥生さんの事ですか? 大人しく投降してくれるなら、僕も力になります」


「……あいつは……弥生は、時間が止まっているせいで、呪いが解けずに苦しんだままなのだ」


「聞きましたよ。安倍晴明の名を継ぐ争いで、当時2番の実力者だった者が、晴明さんを蹴落とそうと呪いを掛けたって」


その時の呪いを解く儀式事故で、晴明さんが不老になったと言うのも聞いたのだ。甥子の有村君にね。


「そうか……あのお喋りな甥め。とは言っても、歳を取らぬから見た目では同じ歳だな」


どっちが叔父なのか、分かったものでは無い……と寂しく笑う。


その若過ぎる容姿のせいで、晴明さんとは思わずに、京では見逃す羽目になったが、もう同じ轍は踏まない。


本人がここに居ればの話だが


向こうもそれが分かっていて、紙人形を使ってコンタクトを取っているんだろう。


「どう足掻いても、投降は無いと?」


「くどい!」


決意は変わらぬようなので、協力して弥生さんを助けるのは諦める。


「では、質問を変えます。晴明さん……貴方は人魚の肉で、何をしようとしてるんですか?」


「それを答える義務も義理も無い。ただ言える事は、必ず弥生は救い出して見せるという事だけだ。例え八百万の神々を敵に回してもな」


「真!! お前……」


西園寺さんが会話に割って入ってくるが


「……お前の知る神農原 真(かのはら まこと)はもう居ない」


それを聞いて、西園寺さんは寂しそうに項垂れた。


「かつての仲間を敵に回し、神々にも弓を弾くとは、まさに仏道に出て来る修羅道を行くがごとしじゃな」


「淤加美神か? 修羅の道は最初から承知してる事。今更道をたがえる事はできぬ」


「そうか、ならば妾達とは敵同士じゃ」


「致し方あるまい。そうそう龍脈だが、氣を引き寄せていた羅盤が無くなったので、数日で元に戻るだろう。属性反転の天之尾羽張を見せて貰った餞別だ。それでは、次に逢う時は宿敵として討たせてもらうぞ」


そこまで言うと、紙人形が燃え上がり、そのまま灰になって地面に落ちたのだ。


「龍脈は元に戻るか――――――」


晴明さん事、神農原さんと西園寺さんの友情は、元に戻りそうも無かった。


僕は肩を落とした西園寺さんが居たたまれずに声を掛けて


「西園寺さん……大丈夫ですか?」


「……ボクが真の事を見放したら、あいつは修羅道から戻れなくなります。今は駄目でも必ず止めて見せますよ」


西園寺さんはそう言って、燃えて炭になった紙人形の形代を見ながら、かつての親友を助けると誓うのだった。



とりあえず龍脈が元に戻り次第、黄泉の穴を塞ぎ地下水の浄化を行えば依頼は完了なのだが


もう一つの問題が残っている。


「さ~て、冤罪のお詫びに何を奢って貰おうかな」


「やっぱり甲府の名物でしょ」


僕らが盛り上がる中、西の副会長の加藤さんが――――――


「あのぉ。Y梨名物の、ほうとうじゃ駄目ですか?」


「甘いですね副会長さん。セイ達は肉類に飢えてるんですよ。浄化の水が無いと普段食えないですから」


「ええ!? 水龍は水を穢す血が滴る様なモノは食べれないはずじゃ?」


「普通は食えないな。今は千尋が居るから大丈夫だがな。このアワビなんか良いな」


「げぇ! アワビなんて高級食材を食われたら、協会が潰れてしまいますよ!!」


「でもよく海なし県でアワビがありますね。僕らの住んでる北関東も海は無いけど」


「伊豆沖で獲れたのを、醤油で漬けにして運んだら、漬け汁の味が染み込んで美味かったと言うのが由来だそうよ」


小鳥遊先輩がスマホで調べて伝えてくれた。


「お、御願だから高級なアワビは止めて下さい」


「仕方ないな……こっちの甲州地鶏と甲州牛でいいか。御店主! 地鶏の串焼きと甲州牛を20人前づつ」


「ウチも同じで」


「にっ!? 20!? そんなに?」


セイも巳緒も見た目は人化してるが、その正体は巨大な龍とオロチだからね。20人前で済めば御の字である。


まぁ少し気の毒であるが、アワビを20人前頼まれるより、遥かにマシだろう。


毎回の事ながら、目の前に出されては即消えていく料理。すごい勢いだ


「う~ん。美味しいわ」


食べるたびに声をあげる水葉と、黙々と口に詰め込むセイと己緒。両極端な反応だが、美味しいからこその反応であり、美味しくなければこんなに勢いよく、口へは詰め込まない。


そんな様子を見ていると、香住が僕の身体を心配してくるので、少し怠いだけであり、普通に生活を送るには支障がないと答えておいた。


人魚の肉ほどの再生力はなくも、龍にも再生はあるからね。


それを聞いて安心したのか? メニューを開いて


「ほら、千尋は何にするの?」


僕に何を頼むのか聞いて来る香住へ――――――


「そうだねぇ」


一通りメニューに目を通してから、セイたちの食べる地鶏の匂いに誘われて、鶏も良いかもと思い始めた。


よくよく考えたら、暫く鶏肉を食べてないのに気が付いたからだ。


と言うのも天照様が来られてから、瑞樹神社で眷族である鶏が食べれなく成ってしまったので、いい機会だし僕も甲州地鶏を御馳走になった。


給仕のお姉さんに、副会長さんがカードが使えるか聞いていたが、これも真相を知る為の情報料をケチったツケでる。


少し申し訳ないが、心ゆくまでご馳走になった。


醸造神である大山咋神様へのお土産としてワインと、他の留守をしてもらってる神様へ信玄餅やその他ブドウ系のゼリーも頂いたので。


皆満腹のホクホク顔で、北関東へ帰るのだった。


ただ一人、西の祓い屋協会の副会長さんだけが、涙目なのを除いて。



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