7-22 属性反転! 日入る夕闇の神殺し剣
「待ちやがれ! オレはまだ負けてはいねえ! 羅盤の回収は、オレが扱いきれなかった時という約束だろ!?」
縛られたパーカー男が、空中に浮いた羅盤に向かって声を上げる。
みんなが声の主である晴明さんを捜して辺りに目をやるが、僕は過去の経験から大体わかっていた。
東北戦や廃鉱の時みたいに、紙人形の形代を使って遠隔で声を出しているのだと……
まったく芸の細かい人だ。
あえて違いをあげるとすれば、今まで古いスピーカーから出した声みたいになっていたが、今回はかなり声が通っているので、形代の改良でもしたのかな?
「その縛られた状態では、羅盤は扱えまい。だから約束通り回収させて貰うのだよ」
「騙しやがったな!」
「おやおや、騙すとは人聞きの悪い。安倍晴明が残した文献を閲覧させ、羅盤の創り方も教え。あまつさえ晴明の文献を元に信玄が創くらせた黄金の羅盤が、富士のどこかに隠されていると情報まで教えたのに、この体たらく……これは扱いを失敗したと言っても過言ではあるまい」
「あんな風水でも陰陽もない五行の域を出た、臭いの攻撃なんて防ぎようがないだろう!?」
それを狙ったんですがね。と話の腰を折らぬように心の中で呟き、二人の話に耳を傾ける。
「どの道、羅盤は回収させてもらう。元々、龍脈の氣を大量に使わねばならない時点で、人の手には余るものだったのだ」
「待って! その羅盤を持って行かれると、滅茶苦茶になった龍脈が戻せなくなる」
僕が声を上げると同時に、超高速で飛来するものが、空中に浮遊している羅盤目掛けて飛んできた。
そう、天若日子さんの放った天羽々矢である。
今まで居た狭い風穴内と違い、夜の広大な樹海である為。隠密行動をして神器の矢を射撃する天若日子さんには、ぴったりの場所であろう。
おそらく今回の射撃も、空中に浮いた羅盤に対して斜めではなく、真っ直ぐ飛んでくるので、同じ高さの木の枝に乗って放ったと思われる。敵に回すと厄介だが、味方だと頼もしい方だ。
神器の矢が命中する――――――
誰もがそう思った時。
「金氣を拒絶せよ」
晴明さんの声で弾き飛ばされる天羽々矢。
「なっ!? どうやって分かった!?」
「形代が一枚だと誰が言った? 複数枚を放って動きを見ていたのだ」
ということは、天若日子さんの射撃も、別の形代で見てたって事か?
「食えねえ奴だ」
「本当にね」
頭上のセイと僕が呟きながら気を引き締める。
相手は遠隔操作で羅盤を使ったのだ。これはもう迂々していられない。
「ふぅ、どうやら形代を通しても、普通に使えることが分かったな。まぁ……この為に、声をクリアにして精度を上げたんだが、上手くいったようだ」
にゃろう……まるで実験でもしているかのような言い方だ。
「それで、どうする気です? そのまま遠隔操作でアジトまで持ち帰る気ですか?」
「……良いな、それ採用。さすが西園寺が一押しする龍神」
あの言い方。余裕でいるのが頭にくる。どうせ遠隔操作で、自分は安全な遠方にいるから被害を受けないと高を括っているんだろう。
実際手も足も出ないから、余計に腹が立つ。紙の形代が相手では、臭いも効かないだろうし……
それに、さっきまでフレンドリーな感じで、仁って呼んでたくせに、西園寺と苗字へと呼び方を変えているあたり、古い友人じゃなく自分の野望を妨げる敵として切り替えたって事だろうか?
、
僕がそんな事を考えていると、小鳥遊先輩が――――――
「私がそんな事させる分けないでしょ。ネットに書き込んで、空飛ぶ羅盤を見るように拡散するわ」
小鳥遊先輩がスマホを片手に脅しをかける。
「そいつは困るな……目撃情報からアジトの場所が割れるのも問題だ」
「じゃあ、大人しく投降……と言っても、紙人形は要らないですから、今回は羅盤だけ置いてってください。それがあれば龍脈を直せますから」
「……ふむ、せっかく回収したのに、渡してしまうのは面白くないから……こうしよう」
晴明さんの言葉が途切れると、陰陽五芒星の陣が地面に浮かび上がる。
「いけない! 千尋君、何か召喚する気ですよ」
西園寺さんがそう叫ぶが
僕には術反射はできても、術破壊は出来ないっての。
何かしようとしても、羅盤で無効化されるし……
見ていることしかできない僕等に対して、西の祓い屋ナンバーワンの仙道さんが――――――
「地面の五芒星の形を崩せれば、召喚は止められるはず!!」
「いけない! 仙道君、キミは大術を使い過ぎている! これ以上の消費は卒倒しますよ」
「副会長さん……これがナンバーワンの意地です」
そう言って土氣の術を唱えていたが――――――
一匹の妖が五芒星の陣から飛び出して、甲高い声を挙げた。
静まり返る西の祓い屋の二人と、何とも言えない空気がその場を支配する。
最初にその沈黙を破ったのは、セイの吹き出し笑いだった。
「あれだけ盛り上げて置いて、間に合わねーとか……ぷふっ、あり得ねえだろ」
「やめなよ。ドラマチックに決めてたのに……笑ったら悪いよ」
「そう言いながら千尋だって、笑いをこらえて顔が引き攣ってるじゃねーか」
みんなが笑いをこらえて、下を向いている中で仙道さんが――――――
「ま、間に合わなくて悪かったな! クソ!」
「えっとほら……間に合っても、どうせ羅盤でキャンセルされてたし、そう思えば結果は同じだったから」
「それじゃあ、やるだけ馬鹿みたいじゃねーか!」
おぉ、考えたらフォローになってないや。
そんなとき晴明さんの声が――――――
「おーい。こっちは放置か? ほら、凶暴な妖だぞ」
「うるさいですね。今は仙道さんの事で忙しいの。碌に調べもしないで犯人扱いされた挙句、龍ってだけで退治され掛けたんですよ。このぐらいの仕返しはしないと……」
「仕返しって謝っただろうが!」
「謝りましたっけ? 聞いたセイ?」
「いや、聞いてないぞ。お詫びに何でもご馳走するとは言ってたな」
「おい待てコラ! そんな事は、一言もいってねーだろ」
「あぁ、確かに言ったね。えっと西の祓い屋協会の払いで飲み食いオッケーとか何とか……」
「待ってください! 祓い屋協会の財政も一杯一杯なんですよ。そんなお金はありません」
「良いですか副会長さん。調査費をケチるから、冤罪を起こすんです。今回は勉強代だと思って……」
そこまで言うと、空の妖から炎のブレスが吐き出され、僕らはそれぞれ跳んで回避した。
「こっちを無視するな!!」
うぁ、晴明さんが御立腹だ。
「あの呼び出された異形……鵺……ですか? しかし、鵺にしては大きすぎる」
「そう言えば、西園寺さんは初めてでしたね。僕らは四国で見てますけど、同じモノです」
その遣り取りを聞いて晴明さんが――――――
「同じではないぞ。これはN3号……沼田教授がデータを取り、改良された人造の妖だ」
やっぱり四国の鵺も沼田教授が創って居たか
推察だけで確証は無かったけど、晴明さんのお陰ではっきりしたわ。
「四国の改良版って事は、また超再生の鼬ごっこかな? 幾ら再生があっても痛みは感じるのだから、僕としては一撃で終わらせてあげたいですよ」
「その辺りの心配は無用。再生に関しては、元々の鵺が持って居た分だけで、人魚の肉は使ってないとの事だ」
「人魚の肉じゃと!?」
淤加美様が僕の中から出て来て声をあげる。
「左様、淤加美神は知っている様だが、人魚の肉は食べると不老不死になる反面、凶暴化して手に負えなくなるのでな。それも、人魚以外が食べれなくなると言う副作用迄……」
「そうじゃ、人魚の肉を食した者は、他の食物を身体が受け付けなくなる。不死だから餓死することは無いが、その食事に対しての欲求は我慢しがたいものじゃと聞いておる。暴れるのも食欲を満たしたい一心じゃろう」
「でも淤加美様。話に聞く八尾比丘尼も、人魚の肉を食べて不老不死に成ってますけど、凶暴化したって事は記述はありませんよ」
「人は我慢するという事が出来るからのう。比丘尼は仏門に入り尼僧へとなり、欲を捨てる事で食欲を抑えたのじゃ。じゃが、妖はそうはいかぬ。食べたい時に食べ眠りたい時に眠る。それが出来ないから凶暴化するのじゃろう」
食べたいが、食べても身体が受け付けず戻してしまう。それも悲惨だろうな……
そんなモノが検体Nだと? 前に創っていたクローンオロチと言い、命を冒涜する所業は、許せるものではない。
「晴明さん。やっぱり、ここで終わりさせます」
「言っておくが、この鵺は人魚の肉が使われてない分。全属性を内包している。超再生を切り捨てたのは、この羅盤で攻撃をキャンセルすれば良いという組み合わせだからだ」
「……あの野郎……最初から羅盤を回収して自分で使う気だったんじゃねーか!」
縛られたパーカー男が怒声を上げる。
「すまんな。これだけは安倍晴明の子孫以外に、使わせる訳にはいかないのだよ」
「晴明さん。貴方の持つ羅盤のキャンセルが勝つか、この神器天之尾羽張が勝つか勝負です」
僕は天照様に借りて来た天之尾羽張を正眼に構える。
「ほう……伊邪那岐命の天之尾羽張か……草薙剣すらキャンセルした羅盤に、勝てるとでも?」
「確かに羅盤の防ぐ力は凄いです。でもこちらも負けていません」
「どう負けていないと言うのかね」
僕は精神を集中して息を吐きだすと――――――
「属性反転! 日入る夕闇の神殺し剣」
そう口にした瞬間に、黒い風が吹き荒れる。
正眼に構えられた剣は黒く染まり、刃は赤黒く変色している。
まるで神話で斬った火の神の血が、刃にこびり付いているような異様さを醸し出していた。
僕自身の方も、龍神になった時に青みがかった黒髪が、青みが消え真っ黒に変色し
頭上のセイが驚きの声を上げていたが、別に闇に融ける訳でも無いので、そのまま属性反転を続行した。
闇からそれ以上の浸食が無いのも、術反射が効いているからかと思ったが、セイが無事なので反射は関係ないらしい。
そう言えば、天照様が言ってたっけ?
僕が内包する淤加美様も伊邪那美様も陰陽……つまり光と闇の両方を持つって。
その御二方のお陰で、破壊衝動にかられず、闇を剣に抑え込んでいるのだと。
僕は闇に反転した天之尾羽張の刃に龍氣を通していくと、闇が一気に吹き上がり、剣の鋭さが増していく。
「これで勝負です。僕の持つ天之尾羽張が勝つか……晴明さんの羅盤が防ぎ切るか……」
「ふっ、まさに最強の鉾と最強の盾だな」
こっちは鉾じゃなく剣ですがね。
そのまま闇の剣を上段にあげていくと
振り降ろしながら――――――
「日入る夕闇の――――――神殺し剣」
僕は羅盤に向かって剣から氣を一気に解放した。