7-20 風水師との再戦
小鳥遊先輩のお陰で誤解もとけて、拘束されていた仲間が解放され、夜のしじまが戻ってくる。
先輩の話だけを鵜呑みにして、帰る訳にも行かないと言うので、西の2人も一緒に来る事になった。
見極めて本当なら……本当だけど……それが分かったなら、巳緒達の飯を奢らせてやる!
沢山食べるから、財布が空になるのを覚悟しとけよコンニャロメ。
そんな中、拘束の術が解かれずにいる者が約一名。
「あら、お兄様。お久しぶりですね」
「緑!! てめえ~早く術を解きやがれ!!」
「良く聞こえませんわ……もう一度仰ってください」
「眩しいっ!! LEDライトを近づけるな! コノヤローわざとやってるだろ!? おい雨女!! 緑を何とかしろ!!」
本当に、あの兄妹は仲が良いなぁ。見た目は尊さんが女体化してるので、姉妹みたいにそっくりだけどね。
尊さんの言葉が乱暴じゃなければ、本当に区別がつかない。
「ち~ひ~ろ~」
殺気立った声に振り向くと、香住が自分の顔へLEDライトを下から照らし上げ、僕を睨んでくる。
「な、何かありましたか? 香住さん」
下から顔を照らすのは怖いから止めて欲しい。
「何で先輩が居るのよ!」
しまった! 香住は先輩と、犬猿の仲だった。
「何でって言われても……先程の話だと、西の祓い屋を探ってたって……」
「それにしたって、ピンチの時に都合よく現れ過ぎじゃない?」
「ピンチに成るまで、隠れて見てたとか? 流石に先輩でもそこまでは……」
「よく分かったわね。さすが千尋ちゃん」
マジかー
「見ているぐらいなら、出て来て誤解を解いてくださいよ」
「そうですよ、意地が悪い先輩ですね」
僕達があげる非難の声も、先輩はどこ吹く風といった具合に――――――
「二人とも勘違いしないで。私は千尋ちゃん達みたいに、龍脈移動が使える訳じゃないし。足元の悪い樹海の中を、ライト一つで歩いてきたのよ。途中で地縛霊に遭遇するわ、死霊が出るわで……成仏させて着いた時には戦闘が始まってたの。割って入れないぐらい激しい奴がね」
「だから見てるしかなかった……と?」
「そういう事。まぁ千尋ちゃんの実力は知っているし、人間相手にやられる訳が無いって思ってたのも、様子見してた理由の一つね。もし人間相手に苦戦するとしたら、国津神としての護るという縛りだけでしょうから」
「ええ、先輩の言う通りで、結構厄介なんですよね。それ」
上手く力をセーブしなきゃ成らないし。
「それも仕方がないわね。国津神としてだけじゃなく、人間としても黄泉送りはマズイもの」
確かに、戸籍上は人間の瑞樹千尋だもの。
先輩とそんな話をしていると、拘束から解放された尊さんが――――――
「ひでえ目にあったぜ。おい緑、お前まで来る気なのか? 今度の奴は一筋縄でいかねえぜ」
「あら? まるで相手の事をよく知ってる様な言い方ですわね?」
「ふんっ! どうだって良いだろ!」
「実は一度戦って、コテンパンにされてるんですよ」
「雨女、てめえ! 余計な事を喋んなやっ!! それにワンパン貰っただけで、負けてねえからな!!」
尊さん、激しく御立腹である。
「へぇ、お兄様殴られたんだ」
「そりゃあもう、カウンター貰って涙目に……」
「嘘を言うな嘘を! 断じて泣いてねえぞ! くそっ!! これもあのパーカー野郎のせいだ……絶対借りは返す」
拳で手のひらを叩きながら恨み言を吐く尊さん。
「そんなに厄介なの?」
「厄介ですよ。何せ風水だけでなく、五行も陰陽も操りますから」
「神氣を大量に持つ神仏が使うならともかく、人間が扱うのに運用エネルギーをどこから……そっか、それで龍脈ね!」
「御名答、パーカー男は龍脈から氣を引き出して、羅盤運用のエネルギーにしてるみたいです」
「龍脈が富士に向いているというのも納得だわ」
元々霊峰富士の真下を通る龍脈は多かったのだが、他の地域の龍脈、北陸側や太平洋側を抜ける海岸線ルートまで御丁寧に曲げられてるので、西の祓い屋協会まで出張る騒ぎになったらしい。
放置してたら、龍脈が曲げられて氣が真下を通らなくなった地域は、草木が枯れて砂漠のように成ってしまうだろう。
そうならない為にも、早めに元に戻さねば……
話を聞いていた西の二人も――――――
「龍脈が曲げられた辻褄は合ってますが、俄かには信じられない話ですね。だってそうでしょう? 安倍晴明が考案し、危険を知って壊した羅盤を、武田信玄が黄金を使って再現したなら、未来改変で天下を取っているはず。とれてないでしょう?」
「淤加美様の話だと、一気に未来改変するのは出来ないとの事らしいです。特に改変する事柄が大きければ大きいほど時間が掛かるとか……」
「それだけ負担も大きいと言う事でしょうか、使用する氣の量も凄い事になりそうですね」
「みたいですね。運気も少しづつ良い方に変わるので、まず行動し流れを自分のモノにする。さすれば自然が味方してくれるとの事です」
例えるなら、桶狭間の戦いみたいに、視界の悪い豪雨により兵や馬の足音を消した時と同じく、自然現象が力を貸してくれる。
桶狭間は、偶然天候が崩れて利用した形だが、もし――――――それを自分で起こせたら……
考えてみて――――――自分のタイミングで事象を操れれば、それはもう天下を取ったのと同意である。
なんだ、ただの自然現象か……と思う事なかれ、戦国の世から五百年以上経つ現代ですら、人間は自然を操れないのだから。
それを羅盤で操れると言う事は、敵国に雨を降らせず日照りにして、田畑の作物を全滅させると言う事もできるのだ。
もちろんその逆も然り。長雨による洪水も思うがまま……
つまり自然を自在に操るのは、神の所業と言っても過言ではない。淤加美様と御津羽様の姉妹は、その手の降雨神だけどね。
まぁ信玄の場合、羅盤発動が不発に終わったのは、未来改変の願いが大きすぎて、発動までの時間が足りなかったか? もしくは運用に必要な氣が足らなかったのだろう。
発動しなかった羅盤は、信玄亡き後他国の武将に使用されぬよう、腹心の部下が富士の風穴に隠した。と言った処かな?
それをどこで知ったのか、あのパーカー男が見つけ出した……ん?
なにか違和感が……黄金の羅盤は、埋蔵金の噂で大体の場所を特定し、詳しい場所は通常の羅盤を使って占えば場所が特定できる。
だが……パーカー男は、どうやって最初の贋作を創った?
安倍晴明が残した文献や資料から、見様見真似で創ったと本人は言っていたが、そんな詳しい文献をどこから手に入れた?
晴明本人が、危ないと叩き壊したぐらいなのだ。文献や資料があっても、他人が閲覧出来るようにはしていないはず。
おそらく、安倍晴明の身内……もしくは子孫だけが読めるように、隠してあった筈なのだ。
安倍晴明の身内……この前氷漬け状態から解凍して逃げ出した御堂さんか? もしくは現時点で安倍晴明の名を継いでいる、神農原真さんか?
華千院さんは、東の陰陽師の皆さんに連れていかれて、只今更生中だから違うでしょうし
屋敷も資産も押さえられてるから、悪さはできないと思う。
となると、御堂さんか? 晴明さんか……裏で糸を引いているとすれば、そんな処じゃないかな? あくまで推測だけど、当たらずとも遠からずだと思っている。
現に昨日トンネル内で、〈瑞樹の龍に気を付けろ……あの男の言った通り〉とパーカー男が口走っていたので、背後に誰かが居るのは確かだ。
推測していても埒が明かないので、瑞樹の者を先頭に未踏の風穴へと入っていく。
暗さは龍眼を使えば見える為、問題は無いのだが
観光できる風穴と違い、色々と整備されていない為か、地面が滑りやすく歩きづらい。
唯一つ、普通の洞窟と違う処は、風穴には風の流れがあるという事だ。
故に、廃鉱や洞窟だと酸欠もあり得るのだが、風が流れている為に、その心配は無いという事になる。
代わりに火山ガスが流れてくる可能性もあるが、今の処その心配は無い。
時々、背後から歩いて来るメンバーの様子を見ていると、香住と小鳥遊先輩と西の副会長さんはライトを持っているが、仙道さんはライト無しで歩いて来る。
櫛の力で暗闇が多少見える尊さんと同じく、仙道さんも暗闇が見えるらしい。
そう言えば僕との戦闘時も、仙道さんライト無しだったな。
暗視の術とかが、あるんだろうか?
暫らく歩いて行くと、風穴の奥に明かりが見えて来るので、香住達にライトを消す様に言うか迷うが――――――
「向こうの光が見えるって事は、こちらの光も見えてるから、今更消しても遅いぞ」
そう仙道さんが忠告して来た。
確かに、ごもっともな意見。
とにかく灯のある方へ、足元の悪い風穴を進むと――――――居たよパーカー男。
「ようこそ。謁見の間へ」
「これが謁見の間だと? 風穴の中に逃げ込んだネズミが御大層な事を」
「そう言うお前は、祓い屋ナンバー2を名乗って居ながら、瑞樹の龍神に水一つ使わせられないとは情けない」
「龍との戦いは、これからと言う時に、邪魔が入ったからな。それと……オレはナンバー1だ! 勘違いするな!」
「たかが東の小娘に、戦いを邪魔されたぐらいで引っ込むのがナンバー1だと? ふんっ笑わせてくれる」
見るからに分かる安い挑発だが――――――
人間譲れない処をつかれると、挑発と分かってても我慢できないもので
おそらく、ナンバー1を馬鹿にされた処が、仙道さんの琴線に触れたようだ。
挑発に乗って斬りかかる仙道さんだが
案の定、金氣を羅盤によって拒絶され、鈍らの刀と化した龍角刀でダメージを負わせることが出来ず、初めて見た羅盤の威力に驚いて居る処を拳でぶっ飛ばされた。
『挑発に乗るとは、あの人間若いな……』
『そりゃあ、龍のセイに比べたら若いさね。見た目20代の若さで西の祓い屋を背負ってるんだし、プライドが高いんでしょ?』
『緑嬢ちゃんを見習えってんだ』
小鳥遊先輩は先輩で、祓い屋のプライドは無いとしても、他に触れられたくない事を持て要るはず。
それが、龍族で言う逆鱗ってやつさね。
仙道さんは唇から滲む血を指で拭うと、近くの石を龍角刀で斬りつける。
「ここまで離れれば、斬れるのか……」
リニアのトンネルで戦った者以外は、初見だからね。言葉で説明しただけでは、理解できないのだ。
そして、初見でもないのに考えなしの尊さんが――――――
「前回の借りは返すぜ! 建のオッサン用意は?」
『いつでもいいぞ』
草薙剣の中から建御雷様の声がして、剣身に雷が帯び始める。
「ちょっと、もし羅盤の拒絶を貫通したら相手は……」
「手に持った羅盤を狙う! 行くぜ! 雷神剣草薙!!」
LEDライトだけで薄暗かった風穴が、雷によって眩い光に包まれる。
「こうなったら、僕らもダークブレスを行くよ」
瑞樹神社を出発する時に、3属性以上重ねれば拒絶を突破できると推測を立てていたのだ。
尊さんが振る草薙剣の金氣と建御雷様の雷の木氣で2属性。
僕とセイのダークブレスが闇と水の2属性で4属性になる。
これで貫通しなければ――――――
「……ふっ、全属性を拒絶する!」
「「 なっ!! 」」
なんと!? パーカー男の手前、約5メートル強で尊さん達の雷神剣草薙も、僕とセイのダークブレスも掻き消され、本人には届いていなかったのだ。
前の贋作品は、拒絶半径が1メートルだったのに、範囲も広がっている。
だがそこへ――――――
「不動明王の炎よ、不浄なモノを焼き尽くせ!!」
「先輩!?」
「火災旋風!!」
不動明王の俱利伽羅剣の炎と、天狗の団扇で旋風を起こす合わせ技だ。
これで火氣も加わり5属性。
「ナンバー1のオレも忘れて貰っては困る! 崩落!!」
天井の一部が崩れると、そのままパーカー男に落下した。一応、尊さんや僕は羅盤を狙ったのだが、パーカー男を直接狙うとは容赦ねぇ。
そこが死線を超えて来た、祓い屋さん達との違いかもね。
仙道さんが使った土氣で6属性……陽氣以外の全属性がパーカー男に襲い掛かる。
炸裂と同時に轟音と土埃が舞い上がり、視界を塞ぐ。
風穴は風の動きがある為、土埃もすぐに晴れるだろう。
これで駄目なら、本当に全属性が効かない事になる。
やがて、土埃が納まって来ると――――――
「危なかったぜ……全属性と言った処で諦めるかと思ったのに」
「あの野郎。無傷で立ってるぞ」
危なかったと服の埃を叩きながら、晴れて行く土埃の煙幕から姿を現したパーカー男に、最初に声を上げたのは尊さんだった。
「僕の見立てが甘かったか……4属性なら突破できると思ったのに」
まさか五行全属性の他に、陰陽の陰まで拒絶するとか、どうする事も出来ない。
「だがよ、何もできないのは相手も同じだろ? 最強の盾を持つだけでは、護りは出来ても攻める事はできんだろ?」
セイの言う通りでもあるが、パーカー男を何とかしない事には、龍脈は元に戻らないし。
時間が経てば、未来改変も行われてしまう。
「護りだけで攻める事が出来ないだと? だったらこれならどうだ?」
パーカー男の後ろに、トンネルの中に居た黒いネズミが、またもや現れたのだ。
「トンネルの方で、貴方と一緒に居なくなったと思ったら、やっぱり貴方の式神でしたか」
「ふっまあな。だが……小さいからと言って、こいつ等の牙を侮るなよ。トンネルのコンクリートを食い破ったのも、黄泉まで穴を掘ったのもこいつ等なんだからな」
そう言って、他のネズミより大き目のネズミの顎を指で撫でてやると、嬉しそうに赤い眼を細めている。
どうやら、あの大きい黒ネズミが、リーダー格らしい。
その大き目の黒ネズミが甲高い声を上げると、周りの黒ネズミが集まって、大きな一塊のネズミになったのだ。
これで向こうは、鉾と盾が揃ったという訳か
さて、どうしたものかな。