7-19 西の祓い屋
木の上から刀を構え、降ってくる男
相手が人間である以上、国津神として黄泉送りはマズイ
ペットボトルの水を使うか、借りてきた天之尾羽張を使うか迷い、一瞬反応が遅れるが――――――
複数の殺気で、迷ってる暇は無いと判断し、刀の腹……側面を叩いて刃の軌道を変え、そのまま回転しながら斬撃を避け、遠心力を加えた尾激を軽めにお見舞いする。
東北で戦った、執事ぐらい拳法の達人じゃないと内蔵破裂するから、取り敢えず軽めで様子見だ。
だが男は、転がりながら受け身をとったのか? 殆ど無傷で立ち上がった。
「さすが龍神と言った処か……」
鬼と間違えられて斬り掛かけられた事はあったが、龍と知って斬られそうに成ったのは初めてだ。
龍眼で暗視すると、薄暗い富士の樹海の中で、男の姿がハッキリと浮かび上がる。斬りかかって来た男は全身黒い服を着ていて、まるで小鳥遊先輩の男版だ。
帽子を深く被っている為に顔は良く見えないが、声から察するに、まだ20代前半と言った処かも知れない。
そんな黒い男に、僕の頭上に乗るセイが――――――
「お前……千尋が弾き飛ばさなければ、蛇女に食われるか、矢で貫かれてたぞ」
最初に感じた複数の殺気というのは、チョーカーに化けた巳緒のモノと、天若日子さんのモノだったのだ。
他の神様なら、本来護るべき人間相手に本気は出さないが、この2人に関しては別である。
なにせ人間を餌程度にしか思わないオロチと、神の名を抹消された弓矢の名手なのだから、人間を護る国津神とは考えが真逆なのだ。
だからと言って、無暗に人間を葬るわけでは無いのだが、自分達へ害を成すと判断した場合は容赦がない。
そんな巳緒に念話で――――――
『今日はやけに殺気立ってたね』
『千尋は気が付かないの? あの刀は嫌な予感がする』
巳緒にそう言われて刀身をよく観察すると、何やら黒い瘴気の様なものが立ち上っていた。
『刃に術でも掛けてるのかな?』
それならそれで話は早い、いくら刀身に纏わせたモノが何かの術だとしても、術であるに事には違いはない。
だったら僕に常時発動している術反射が効くから、生粋の刀より楽勝なのだ。
そう僕が考えて居ると淤加美様から――――――
『いや妾の見た処、あれは製造時に練り込んだモノらしいな』
『それじゃあ術反射は?』
『練り込んであるなら反射は出来まい。前に人間の造った変な弾丸があったじゃろ? あれは後から梵字を書き込んだモノじゃから、反射が効いたのであろうが、素材として入っているなら神器である海神の槍と同じ原理じゃ。まぁ強度は神器に遠く及ばぬがの。そう言う事で、御主も龍神ならば神器以外では致命傷にはならぬ、良くて傷が付く程度じゃ』
傷が付く程度ねぇ。実際斬られるのは僕なのだから、淤加美様は簡単に言ってくれる。
すぐに再生が効くとしても、痛みが消える訳では無いのだ。
とりあえず、避けられる戦闘なら無理に戦いたくないので、黒い男に――――――
「前回トンネルで戦った時は居なかったけど、パーカー男の仲間ですか?」
「……知らんな。我々は龍を退治しに来た」
我々? まだ仲間が居るってことか!?
僕はすぐに、黒い男の仲間を探るべく、周りの氣を読もうとするが――――――
「かの者達を、捕縛せよ……」
そう唱える声がして、香住や尊さんなど全員が魔法陣の様なモノで拘束された。
当然僕の足元にも五芒星が出るが、反射が効いたのか直ぐに掻き消え
「おやおや、術反射ですか? 厄介なモノを持っていますね」
大木の裏側から顔を出す、40代後半ぐらいのスーツを着た男は、ずり落ちた眼鏡を指で上げながら答えた。
その男に向かって、絶賛拘束中の西園寺さんが――――――
「貴方は!? 西日本の祓い屋協会副会長、加藤 清!?」
「元神社本庁の西園寺 兼仁……貴方も今回の龍脈騒動に、一枚噛んでるのですか?」
「龍脈騒動? 我々は羅盤の件で動いてるのです」
「白を切っても無駄ですよ。龍脈を弄れるのは龍以外にありませんから」
「そんな固定観念に囚われてどうするんですか? 人間でも動かせます!」
「確かに、熟練の風水師なら多少向きは変えられるでしょう……それだって、一時的に向きを変える程度。これだけの本数の龍脈を操れるとなると話は別です」
つまり、この人達は僕ら龍族が龍脈を曲げたと思ってるんだな?
「僕らは本当に、龍脈にはノータッチです!」
「それは龍脈を滅茶苦茶にした龍を倒してみれば、元に戻るので分かる事。仙道くん!」
副会長さんの言葉に、今まで傍観していた黒い服の男が、刀を構え直すと――――――
「仙道 疾風……参る!!」
そう叫ぶと、視界から消えた。
どうやら姿勢を低くして疾走している為、消えたように見えたらしい。
僕は迎え撃つべく構えるのだが、仙道さんは刀の間合いより遥か手前……間合いの外から真横に振り抜いた。
刃の形の衝撃波が、僕に向かって飛んで来る。
衝撃波は横に長く伸びているため、避けるなら上か下しかない。
上は、一度跳んでしまうと、地面への着地までは回避できない為。普通なら衝撃波の下へ潜り込む。
だがそれは罠だろう。あえて空中へと跳び出し、仙道さんの遥か後ろまで跳躍する。
龍の跳躍力を舐めて貰っては困る! と高を括っていると――――――
着地地点に、何やら大きな蜘蛛の化け物が現れたのだ。
「式神の召喚術!?」
「土蜘蛛よ……その爪で龍を斬り裂け!」
宅配便のトラックほどの蜘蛛が上半身を反らし、鋭い爪をもって待ち受ける。
僕は咄嗟に、水で背中に固定してある天之尾羽張を掴むと、刃に巻いてあった水をはらって剣を開放した。
剣は豆腐でも斬るように土蜘蛛の爪を飛ばす。すごい切れ味……さすが神器である。
そんな凄い剣なのに、鞘は月読様の目を誤魔化す為、高天ヶ原の宝物殿へ置いて来たという天照様。
抜き身では危なくて持ち運べないっての。
だが土蜘蛛も、最初こそ痛みで藻掻いていたが、すぐに斬られた爪が再生し、尻から粘り気のある糸を飛ばしてきた。
僕はすかさず、天之尾羽張で糸を切り裂いたが、背後に――――――
「オレを忘れて貰っては困る」
しまった! 土蜘蛛に気を取られて過ぎて、仙道さんの事を忘れていた。
とっさに跳んで距離をとろうとした処を蜘蛛の糸に捕まる。
傷付けられる刀より、糸なら粘つくだけだから、と軽く考えてしまった。
糸に絡めとられる身体だが、すぐ水で洗い糸の粘着だけ無効化してやればいい。
だが考えが甘かった。
土蜘蛛は糸を尻から切ると、顔を糸に向け炎を吐いたのだ。
まるで導火線に着けた火のように、糸を燃やしながら向かってくる炎。
このままじゃ龍の丸焼きだ。
すぐに手元の天之尾羽張で糸を切ろうとするも、糸で簀巻きにされてて腕が動かせない。
龍の力でも千切れないとは丈夫な糸だ。
こうなったら、ペットボトルの水で……水を操る為に念を送ろうとしていると
丁度真上に、大きな岩が浮いているのが目に入った。
仙道さんの使う土氣の術らしい。
普通なら術反射で返してやるのだが、向こうも戦い慣れているのか? 途中で大岩の術を切り自由落下させてきたのだ。
これでは自然の岩が、山の上から落石しているのと変わりがないので、反射できない。
岩でハンバーグか……火で焼かれるかの2択。もしかすると両方かも?
どっちと言われれば火の方が良い。水神であるが為に、火には強いのだ。
逆に岩だと、土氣は水氣の相剋になる為。ダメージは倍になってしまう。
僕は直ぐに火に向かって転がろうとするが、鋭く尖った岩の矢が地面から生えて飛び出し、大岩を刺し貫いて粉々にしたのだ。
土氣の術で、こんな事ができるのは――――――
『巳緒、助かったよ』
『お礼は美味しいご飯で』
さすがオロチ、こんな時でも食い意地が張っている。
更に巳緒は、鋭い岩をもう一本出して、土蜘蛛の糸を切ってくれたので降り注ぐ岩の細かい残骸に紛れて、距離をとった。
にゃろ~。どうやら、こちらが水神と知ってか? 仙道さんは僕の弱点である、土氣ばかりに絞ってきている。
式神もちゃっかり土蜘蛛だしね。
人間は黄泉送りに出来ないけど、召喚された式神は別だ。
どうせ紙切れに戻るだけだろうし、まずはあの式神の土蜘蛛から何とかしよう。
僕は天之尾羽張を構えて、土埃の中から飛び出すと、そのまま土蜘蛛に突進する。
が――――――土蜘蛛と僕の間に仙道さんが飛び込んできて、刀を振り翳してきたのだ。
金属と金属がぶつかる音が、樹海に木霊する。
刀と両刃の剣とのぶつかり合い。だが――――――こちらは神器なのだ。ちょっとした名工の刀など、斬り飛ばして終わるはずが、その刃を受け止めたのだ。
仙道さんまで真っ二つにする訳には行かない為、加減をして振ったのだが、それでも刃が折れないのは納得がいかなかった。
「どうして?」
「この刀は、元々龍の角から造られた物……そう簡単には折れる事はない」
龍の角? その硬さは僕が一番よく知っていた。
何しろ、僕の頭に生えたての頃は、角が邪魔で邪魔で仕方がなく、鉄鋸で切ろうと頑張ったが、鋸の刃が全部とんでしまったのだ。
よくもまあ、こんな硬い角を刀に加工したな……その方が吃驚だわ。
でも、今打ち合ってみて分かったが、淤加美様の言う通り神器ほどの硬さはない。
おそらく、こちらの剣に氣を通して全開で振れば、龍の角で出来た刀は折れてしまうだろう。
それが出来たらの話だが……そう、僕は国津神である以上。刀ごと仙道さんをも真っ二つにするほどの氣は込められないのだ。
そこまで計算ずくか?
氣を通さず、剣を打ち合うだけなら問題なく龍角刀でも捌き切るだろう。
しかも厄介なのは、仙道さんは剣術がかなりできる。
僕に龍神の高い身体能力が無ければ、とっくに真っ二つにされているだろう。
速い太刀筋を龍眼の動体視力で見極めて、天之尾羽張を打ち付けて刃を止める。
少しでも見誤れば、僕の身体が裂き烏賊の様にされるだろう……なんだか数時間前に、科学の先生とセイがアルコールランプで焼いていた烏賊が脳裏に浮かんだ。
縁起でもない。旨そうだったけど――――――
あれが最後の記憶とかにならぬよう、必死に刃を止める。
技術がない分は、根性で補うのだが――――――あまりに龍角刀に気を取られ、土蜘蛛の存在を忘れていた。
くっ。土氣には木氣で対抗するしか無いのに、今は木氣を使える者が、副会長さんの拘束の術で動けずにいる。
セイの水ブレスでは、土氣を貫通出来ないし。
仕方がない。
『巳緒、落とし穴!』
『了解』
僕を含めた仙道さんの真下にある地面が無くなり、そのまま自由落下して土蜘蛛の爪を避ける。
落下しながらも動じることなく、仙道さんは龍角刀を繰り出すが
何も馬鹿正直に打ち合わずとも、落とし穴の側面の壁に足を掛けると三角跳びの要領で、そのまま落ちて来た入口へ向かって跳躍した。
穴から飛び出す瞬間に、覗き込もうとしていた土蜘蛛を、天之尾羽張で切り裂いて倒して置く。
これで戦えるのは仙道さん一人、祓い屋の協会副会長さんは、拘束術の持続に念を送っているためか、直接戦闘に参加していない。
よって仙道さんさえ抑え込めれば、こちらの勝ちなのだ。
落とし穴が結構深かったので、上がって来れないのかな?
そう思って覗き込もうとすると――――――
「油断とは、舐められたものだ」
なぜか背後からの声に、反射的に飛び退いた。
「いつの間に!?」
「祓い屋ナンバー1のこのオレが、土氣しか使えないと思ったのか?」
いつもなら氣を読むことができるのだが、ここら辺一帯の龍脈を羅盤によって狂わされている為、気を読むのが困難になっている。
どうやった? 僕がやる様に、空気中の水分で視覚光を曲げたか? 木氣の風術で姿を隠したのか?
色々考えて見たものの、相手が妖でない以上修業次第で、五行全部の属性を修める事も可能だ。
仙道さんは、ポケットから札を3枚出すと――――――
「そら、追加の土蜘蛛だ」
土蜘蛛が3匹に増えたし……
「あの人間。見事に水氣の弱点である、土氣で攻めて来るな」
「しかも、術反射できない糸を使った特殊攻撃とか、龍角刀による物理攻撃で攻めて来るんだから……」
厄介な事この上ない。
「自称1番を名乗るだけあって、戦い慣れしてるな。どうするんだ千尋?」
「人間の黄泉送りだけは避けたいので、無力化するのが一番いい」
「無力化って言ったってよぉ、あの刀……打ち合うだけじゃ折れねえぜ」
それは実際に打ち合った僕が分かってる。
だが氣を込めたら仙道さんまで……
仙道さんは考えて居る時間を与えてくれず、土蜘蛛3匹に僕への攻撃を命じた。
取りあえず、土蜘蛛を何とかしようと思っていると――――――
「因陀羅耶 莎訶!!」
樹海に聞き慣れた声が木霊して、雷が土蜘蛛を貫いた! 土氣の土蜘蛛に対し、木氣の雷は効果が抜群に発揮されるので、土蜘蛛は一瞬で札へ戻された。
この声――――――
「小鳥遊先輩!?」
四国から帰って、すっかり顔を見せなくなった小鳥遊先輩が、帝釈天の印を結んで立っていたのだ。
「あら? 千尋ちゃん? 奇妙な処で逢うのね」
ゆっくりと木々の間から出て来る小鳥遊先輩に、仙道さんが――――――
「小鳥遊緑!? 何でお前が!?」
「何でって……西の祓い屋協会が妙な動きをしているって聞いたから、密かに調査してたのよ。それにしても……式神も碌に使えないなんて、ナンバーワンと言えるのかしらね?」
小鳥遊先輩は、先程まで土蜘蛛だった札をわざと踏んで、仙道さんを煽った。
「巫戯けるな! 東のナンバーワンがオレ達を邪魔をするとは、東の祓い屋協会は龍脈を滅茶苦茶にした龍を擁護するのか!?」
仙道さんのその言葉を聞いて、小鳥遊先輩は僕の顔を見ながら――――――
「千尋ちゃんを良く知っているけど、そんな事をするような人じゃ無いわ」
「待ちたまえ、小鳥遊さん。私の事は知っているでしょう? 西の協会副会長の……」
「加藤さんですよね? 存じております。しかし、よく調査もしないで、犯人を千尋ちゃんと決めつけるやり方には同意できません」
「それは龍の仕業に決まっています。実際に龍脈を動かせるのは、龍脈管理者の龍だけですから」
「失礼ですが、龍脈は龍しか動かせないと言う先入観で、龍の仕業だと?」
「こんな大それたことが、人間に出来るわけ無いでしょう」
「それが出来るんですよ。私の掴んだ情報だと、安倍晴明が考案した羅盤があれば、それも容易くできるとか」
「本当かね?」
「ええ、確かです。なのでその羅盤を使った者を捕らえに行く途中で、こうして戦闘に鉢合わせた訳ですよ」
副会長の加藤さんに説明する小鳥遊先輩。
僕もさっき同じことを言ってたのに、聞いてくれなかったし。
だが面白くないのは、呼び出した土蜘蛛を、一瞬で紙切れに戻された仙道さんだろう。
「そんな情報は貰ってないぞ! 東はそうやって手柄を独り占めに……」
「独り占めも何も、貴方が情報不足なのは、噂を鵜呑みにして、真実の情報を探らなかっただけでしょう? それから東だ西だの言ってますけど、私には関係ないですから。私は東の会長さんに頼まれたので、仕方なく仮で所属しているだけです。私の本分は学生なので」
そこまで言われると、ぐうの音も出ないのか、仙道さんは黙ってしまった。
はぁ。先輩のお陰で、どうにか誤解を解く事が出来たけど
まだ本命が残ってるんだよな。
僕は風穴の入口へ目を向けると、大きく溜息をついたのだった。