7-17 再戦に向けて
翌日
瑞樹千尋達が学園に行っている時間
懐中電灯を片手に、富士の風穴内を歩くパーカー男の姿があった。
時刻は朝だと言うのに、日の光は風穴の奥まで届かない為、コンビニで弁当と懐中電灯を買って来たのだ。
「くそっ、歩きづらいな」
羅盤を壊されるまで、氣の線がだいたい見通せていた筈の暗闇が、急に見通せなくなり。足を取られながら奥へ進むと――――――
「キミは苛々してくると、言葉遣いが悪く成るな」
空中に浮いた札から声が出ているのだが、滑った地面を歩くこちらの気も知らず、暢気な事を言うモノだから、余計に苛々する。
「アンタは空中に浮いてるから分からねーだろが、歩きづらくて仕方ないんだぞ」
「そうか、それは悪かったな……で? 首尾はどうだ?」
言葉に悪びれた素振りが無いので、さらに苛つくが――――――
「この先に黄金の羅盤があるはずだ……けど、良いのか?」
「なにがだ?」
「この黄金の羅盤の事も、試作で作った羅盤の文献も教えてくれたのに、オレが貰っちまってよ」
「キミに使いこなせない時は、こちらが貰うと言う約束だからな。使いこなせるなら別に構わんさ」
さらっと言ってのける札の声だが、こんな未来すら変えられるようなモノを、簡単に譲ろうとするとか、絶対におかしいだろ。その辺り、なにか魂胆があるようで怪しすぎる。
「なぁアンタ。オレになんか教えずに、自分で取りに来ようとは思わなかったのか? オレがアンタなら誰にも教えたりせず、自分で取りに来るがな」
「……普通なら……な。だが些か京で起こった、陰陽師達の後継者騒ぎに巻き込まれ、色々と顔バレしていてな。表立って動けないのだよ」
「そうかよ。この声が出る札もそうだが、アンタほどの陰陽道の使い手が動けないなんて、何を敵に回したんだ?」
「キミも先日、工事中のトンネル内で戦っただろう? 北関東の龍神だ」
「あぁ、あの尻尾女か……しかし北関東の龍神が、なんで富士まで出張って来るんだか……管轄とかないのかよ?」
「そいつはキミが淤加美神の妹、闇御津羽神に手を出したからであろう。他には、人間側に西園寺と言うヤツが居て、龍神とは持ちつ持たれつな関係らしい」
「アンタその人間にも、追われてるのか? とんでもねえ悪党だな」
「天国とか言うモノがあるとしたら、入れてもらえんだろうな……」
「ふっ違げえねぇ……まっ闇御津羽の姉が出て来るのは誤算だったが、ああでもしないと風穴も見つからないし、龍脈の氣も使えねえからな。これぐらいのリスクは仕方がねえ」
そう強がってはみるが、相手は国津神……黄金の羅盤があっても勝てるとは言い切れない。
「要らぬお世話かも知れぬが、少しばかり策を弄して置いた」
「策だと?」
「祓い屋の関西支部に、龍脈を滅茶苦茶にした、祟り神の龍神が居ると噂を流して置いたのだ」
「おいおい、オレまで巻き込まれないだろうな?」
「そうならぬよう、風穴の外で龍神と上手く鉢合わせする感じに、未来を改変して置け。その程度の未来改変なら半日もあれば可能だろう?」
「まぁ、元々やって来るのが決まってる2つのグループを、同じ時間に合わせるだけなら……」
「上手く行けば、瑞樹千尋の持つ水を削れる。それと、危なく成ったら実験中の和製合成獣を送ってやるから心配は無い。教授がデータを元に改良したからな」
「ちょっと待て、アンタの助けが必要なほど、オレは弱くねえぞ!」
「龍神を甘く見るな! 奴らは自然現象を起こす国津神なのだぞ。しかも瑞樹千尋は、その中でも群を抜いている。あの雌の龍が本気を出せば、対消滅で星だって壊せるはずだ」
「そんな化け物が居て、よく地球が無事だな」
「国津神には、人間を護ると言う使命があるからな。おいそれと力を全開出来ないのさ。だが、そこが奴らの弱点でもある。伝説の羅盤と和製合成獣が居れば、いい勝負ができるかも知れぬ」
「……アンタ本当に、どうしてそこまで肩入れしてくれるんだ?」
「ふっ、先程も言っただろう? 使いこなせなければ、その羅盤は頂くと。そこまで手助けをして戦いで負けたなら、キミに羅盤運用の力が無かったとして、こちらで回収させてもらう」
「負けたなら好きにすればいいさ。だが勝った場合、羅盤はオレの物だぜ、そうなっても文句言うなよ」
「もちろん、国津神を退けたのなら、羅盤はキミの物で異論はないさ」
龍神を甘く見て足元をすくわれぬよう、精々頑張りたまえと言い残し、札は火を上げて燃えて灰になった。
危なく成ったら助けを寄こすなんて言っていたし、どうせ遠見か何かの術で見ているのだろう?
それならそれで構わない。契約上、負けなければ羅盤はオレの物なんだからな。
足元の悪い地面をしばらく歩いて行くと、風穴の奥で黄金色に光る部屋が見えて来る。
「黄金の羅盤……」
自然と呟いたそれは、見えないワイヤーで吊り上げているかのように、空中に静止していた。
かつて、安倍晴明が考案し、そこから五百年の後に、信玄が黄金を使って再現させた伝説の羅盤。
さらに風穴に隠され五百年後、こうしてお目に掛かるとは……
「ついに見つけたぞ!」
オレは宙に浮いた羅盤を手で掴むと、そう叫ぶのだった。
触れただけで分かる、これは先日壊された物とは、比べ物にならない力を秘めていると
瑞樹の龍よ来るなら来てみろ。この羅盤があれば、国津神など恐れるに足らずだ!
自然と溢れるオレの笑い声が、風穴の中に木霊すのだった。
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そのころ、学園での瑞樹千尋は
テスト前だと言うのに、教科書も開かず雑誌に釘付けであった。
「おっす! 朝からテスト勉強か? 千尋も往生際が悪いな」
正哉が僕の机に腰かけると、新商品のレモンヨーグルトジュースを飲み始めた。
美味いのかな? ネットに新商品レビューでも書けるんじゃないか? と思うぐらい新商品は必ず買っている。
「おう正哉か」
「その声、セイさん?」
「学園では姿隠しの術を掛けているからな、姿が見たければ俺が前にやった片眼鏡を掛けてみろ」
「いや、声だけ聞こえれば良いっす。それより、千尋お得意の数学で、朝からテスト勉強なんて珍しい」
「あぁこれ? 雑誌だよ」
「雑誌ぃ? えっと……なになに……今週の双子座のあなたは運気上昇。告白も上手くいくでしょう? こっちのページは蟹座か……なんだこれ?」
「何って、見ての通り占いだよ。今度の相手は占い師の上級版みたいなものだから、占いを調べたら何か分かるかなぁって思ってさ」
「ふ~ん。で? 何か分かったのか?」
「ぜーんぜん。珍紛漢紛だわ」
椅子の背もたれに寄りかかりながら、肩を竦めて見せると――――――
「そうか……なぁ千尋。その雑誌、もう読まないなら貸してくれよ」
「ん? 別に構わないよ。僕の知りたい事は何も分からなかったし。なんなら雑誌あげるから、読み終わったら処分しておいて」
「了解。紗香の誕生月はっと……」
飲み終わったジュースのパックをゴミ箱へ投げ入れて、雑誌を片手に自分の席に戻って行く正哉の背中を見ながら、セイが――――――
「正哉もマメな奴だな」
「妹さんの事なら命を賭けるからね」
例え占いが、どんな結果を書いていようとも、妹さんの為なら全力でサポートに行くだろう。
コンビニで簡単に手に入る雑誌だから買ってしまったが、西洋占星術では何も分からなかった。
無理もないか……元々、風水は大陸から伝わったモノだ。
それを西洋占星術で読み解こうとしたのが間違っている。
本当に知ろうとするなら、町立図書館や、隣の市まで出て市立図書館で道教とか卜占の本を漁った方が良い。
まぁ今夜再戦なのに、図書館へ行ってる時間は無いけどね。
「やっぱり対抗手段を用意して置くか……」
僕はそう呟いた。
放課後、僕は科学室に寄って担当教員の許可を貰い、調合を行っていたのだが
何やら美味しそうな匂いがしてくるので、振り返ると――――――
科学教員とセイが、アルコールランプで烏賊を焼いていた。
「いやぁ、私までご馳走になって、済まないねえ」
「まだまだ沢山あるから、先生もどんどん食ってくれ」
「セイ! その烏賊どうしたんだよ」
「ん? さっき家庭科部の香住嬢ちゃんの処へ行ったら、廃棄寸前だからと冷蔵庫の烏賊をくれたんだ」
どうせなら、家庭科室で調理してもらえよな。
それと、科学の先生に見つかってるし! 角は見えて無いだろうけど、セイは部外者だぞ。
「いやぁ、瑞樹君。わざわざ婚約者が迎えに来てくれるなんて、キミは幸せ者だなぁ」
「そこまで話したんかい!」
「婚約者は本当の事だろ?」
こんにゃろ~
「だいたい、先生も先生です! 実験用のアルコールランプで、食べ物を焼かないでください!」
「瑞樹君、そんなに硬いこと言わなくも……どうせアルコールランプは今あるだけで廃棄なんだし」
「あぁそっか、ニュースになってましたね。零れた時に炎が見づらくて危険とか、長時間の使用で熱を持つと危険とか」
「そうそう、なのでアルコールランプは使用できなく成るんだな。う~ん、酒が飲みたくなる」
「駄目ですよ。先生はまだ仕事中でしょ?」
「残念ながらね。仕方がない、御茶でも淹れよう」
そう言って、御茶葉を軽く火で煎ると三角フラスコへ……
「先生待って! 何で三角フラスコ!?」
「瑞樹君は丸型フラスコが好みなのかい?」
そうじゃねえ!! あ~もう、色々とツッコミどころが
「お湯が沸いたぞ!」
セイはセイでお構いなしに、他のアルコールランプでお湯を沸かしてきた。
しかもビーカーで……
「よしよし、茶葉が入ったフラスコにお湯を注ぎたまえ」
「こんな感じか?」
駄目だコイツ等
熱々のお湯をゆっくり注ぐセイだが、フラスコを素手で持っている先生が――――――
「おあちゃあああ!」
アクションスターのジャッキ何とかさんかよ!!
だいたいフラスコに注ぐより、ビーカーに茶葉を入れた方が早いし、注ぎ口が広いから注ぎやすいと思う。
それ以前に、実験道具を何だと思てるんだ!
僕の視線に気が付いたのか――――――
「心配するな瑞樹君。これは学園の備品じゃなく、私が買った私物だ」
「私物でも使い方が間違ってます!」
「固いなぁ瑞樹君は」
「先生、もっと言ってやってください」
調子に乗ってるな、コノヤロウめ
「それより瑞樹君は、上手く出来そうなのかね?」
「烏賊焼きですか?」
「いやいやいや、調合の方さ」
「粗方できました」
あとは水神の力を使わなきゃならないので、学園ではここまでで終わりだ。
「なぁ、結局千尋は何をつくったんだ? 爆弾か?」
「そんなの許可されないってば、警察にも捕まるし」
「じゃあ毒薬?」
「違いまーす。人体には何の影響もありません」
そもそも毒薬だって許可されないっちゅうに
「爆発もしない、人体に影響もない……そんな意味の無いモノ作ってどうするんだよ」
「それは内緒」
術系が一切キャンセルされるからね。ここは科学の力でどうにかするしかない。
僕は出来たモノを小瓶に移し、水の膜で包み込むと、そっと鞄にしまった。
丁度いい具合に香住が科学室に入ってきて――――――
「なにこの臭い? 烏賊焼き?」
「先ほど嬢ちゃんに貰った烏賊を焼いてるんだ」
「おう高月。美味しく頂いてるぞ! 高月も食ってくだろ?」
香住はアルコールランプや、ビーカーで御茶を飲む先生の姿を見て、引き攣った笑顔になり
「えっと……遠慮します。すみません」
なんだ美味いのになぁと烏賊を飴のように噛んで味わっている教員から目を背けると
香住は僕に――――――
「まだ終わらないの?」
「いや、今終わったところ」
僕は鞄を持つと、先程から烏賊を食べたがっている巳緒の分を頂いて退散した。
背後で先生が、今度御酒も用意して置くかと呟いていたけれど、呑むなら時間外にしてくださいね。
セイは科学教諭の前で小さく成れず、人化した大人の姿で一緒に歩いて帰る事になったのだが
何と言うか……見た目はイケメンな為。人目を集める集める。
「今夜よね?」
「神酒? パーカー男?」
「両方よ」
「神酒は儀式に使う分だけで、残りは日曜まで時間を掛けるってさ。パーカー男の方は……天宇受賣様の占い結果次第かな?」
そこに、淤加美様が現れて――――――
「占いなんじゃが……厄介な事になってのぅ」
「どうしたんです?」
「元々占いの儀式会場を、京にある貴船でやるはずじゃったが……」
「そっか……龍脈が曲がってて富士から西へ行けないのか!」
「うむ。こればかりは仕方がない。ここの頂上にある龍神湖でやるしかないのぅ」
「龍神湖!? 大丈夫なんですか?」
「我ら水神が棲んでいるぐらいじゃから、水質は大丈夫じゃろう。問題は観光地なので人間が居るかも知れぬ」
夜空や夜景を見ながらデートするカップルが多いからなぁ
「瑞樹神社の裏にある滝壺じゃ駄目でしょうか? 源流は頂上の龍神湖なので、水質は同じですよ」
「う~む。天宇受賣殿に聞いてみるか……」
そう言って空を飛んで先に行こうとする淤加美様だが、人間に見付からないようにしてくださいね。
僕達もできるだけ急ぎ足で後を追った。
鳥居をくぐると――――――
参道にはダンボールの山が!!
「あっ、千尋様お帰りなさい」
「桔梗さんただいま。このダンボールどうしたの?」
「それが、先程届いたので中身は見てないのです……」
僕はダンボールに着けられた伝票を見てみると、そこには隠神刑部と書かれていた。
「四国の狸さんからだ。中身は……蜜柑?」
セイが待ちきれずにダンボールを開けて中身を取り出している。
「ん? 手紙が入ってるぞ……ダンボールの1つは、ポン吉にあげてください。だとさ」
「なるほど、ポン吉君が住み込みで働いてる雅楽堂の住所を知らないから、お礼も兼ねてウチに来たのか。香住の処にも一箱持ってってよ」
「ありがたく貰ってくわ」
蜜柑のダンボールの山より、もう一回り大き目のダンボールがあった。
そこの伝票に書かれた送り主は……忽那さん!?
中にはやはり手紙が入って居り、そこには――――――
「なになに……近々結婚式をあげます。へぇ結婚式ね……結婚!?」
「忽那さんって千尋達と黄泉へ行った?」
正確には、その手前にある根の国だが……帰ってすぐ結婚式を段取るとは、早いなあ。
「どうやら、根の国から帰った後に、命の儚さを痛感し。生きている内に式を挙げようと、両家の両親に許可を貰った。と書いてあるよ。追記、ダンボールの中身はO山県の名産品です。皆さんで召し上がってください。だそうだ」
近々ちゃんとお礼に参りいます。とも書いてあるけど、出来れば瑞樹神社で式を挙げてくれれば、今なら神様が沢山いるし、御神徳マックスで祝福しちゃうのに。
でも、そればかりは個人の好みもあるからね、西洋式のウェディングドレスが着たい女性が多いだろうから、強制は出来ない。
さて、忽那さんから届いたダンボールの中身は……桃のゼリーとか桃のヨーグルトとか、桃製品が多い。
「こっちは吉備団子に地酒か……白桃カレーなんて言うのもあるな」
「セイさん。昨日の夕ご飯、カレーだったでしょ? またカレーにする気?」
「うむ。香住嬢ちゃんのカレーは、まことに美味いから飽きぬよ。今朝も鍋に残ったカレーを食ったぞ」
みんなカレー好きだよなぁ。新しい神様が遊びに来ると、必ず瑞樹神社ではカレーを出す。
あの天照様でさえ、最初皿に盛られたカレーの見た目に、たじろいだので、初見で普通に食べれた神様は、今の処居ない。
ちなみに天神様は、カレーが日本に伝わった時に食べに行ったというので、初見でなくノーカウントだ。
天宇受賣様は、最初はカレーに躊躇していたが、天照様が食べているのを見て、試しに一口食べてからイケると思ったのか、珍しくお代わりをしていた。
大人の女性らしく、がっつく事はしなかったけど、終始笑顔で食べていたのが印象的だった。
そしてもう1柱……まだ神じゃないから、もう1龍か?
「カレーで思い出したけど、水葉は食べれたの? 今朝もカレーの皿を睨んでたけど」
僕らが学園に行った後の事は分からないので、神使の桔梗さんに聞いてみると――――――
「9時ごろまでカレーを睨んでましたが、お腹が限界だったらしく。一口召しあがり、その後は鍋に残ったカレーまで全部平らげて居られました」
一晩経ったから、余計に美味しかっただろう。
「カレーの美味しさを知ったのでは、次回から取り合いになるな」
「鍋を1つ増やさなきゃね」
作り手の香住も、残さずに食べてくれて満足そうな笑顔だ。
そんな時、玄関を開けて淤加美様が出て来ると――――――
「天宇受賣殿と話が付いたぞ、これから神社裏の滝壺でやる事になった!」
いよいよ、天宇受賣様が踊って占いをし。パーカー男の居る風穴の場所を探る事になる。
上手く行きますように、そう願いながらダンボールを片付け、制服から巫女装束へ着替える為に部屋へ戻るのだった。