7-16 本当にあった埋蔵金
「……また派手にやりましたね」
あとから駆け付けた西園寺さんが、惨状を見ながら嘆いている。
その後ろで、崩れたトンネルの天井を見て腰を抜かし、コンクリートの床にへたり込む副館長の三浦さん。
そんな二人からの労いの言葉も無く、着いて早々の小言に腹がっ立ったのか尊さんが――――――
「安全になってから駆け付けて置いて、文句言うなや!」
「いや、尊君の気持ちは分かりますがね……首謀者も逃がしたとなっては……」
何も得られたものが無く損害だけ出たのでは、上が納得しないのだろう。
西園寺さんも、どうしたものかと頭を書きながら、不貞腐れる尊さんに困っているようだ。
無理もない。尊さんは結構殴られて痛い思いをしてるんだしね。
「西園寺さんすみません。天井の一部壊しちゃって……」
「だいぶ苦戦を強いられたのは、作業車の潰れ具合などの惨状を見れば分かりますが」
やはり西園寺の歯切れが悪い。
「なるほど……人間の言いたい事も分かるぞ。何か良い報告があれば、御主の面目も立つのであろう?」
宙に浮いている淤加美様はそう言うと、崩落した天井を指でツンツン押し始めた。
すると――――――
崩れた処から黄金色の雨が降り始めたのだ。
「おわぁ! 大判小判……じゃないのか? 金の刀とか金の兜とか金細工が色々降って来た!?」
「おいおい……マジで埋蔵金があったのかよ」
「人間はこんなの、どこが良いのかしら」
僕ら3名が口を開けたまま、降り注ぐ黄金を見詰める。
「信玄の埋蔵金……畑から見つかった金などで下諏訪に埋まってるって噂でしたが……まさかこんな処に……」
相変わらずの糸目で、驚いているのか表情が分からない西園寺さん。
淤加美様が――――――
「たぶん一部じゃろうて……金鉱をいくつも持って居ったからのぅ。この時は戦国の世じゃ、一部が見つかっても全額盗られるより良いと、数ヵ所へ分散してるはずじゃ」
なるほど、リスク分散型か……平和な時代でないからこその知恵だ。
「信玄と話した事があるんですか?」
「これでも降雨神じゃからな、日照りが続いた時などは、宮司と部下の武将を連れて雨乞いに来ておったわい。その時の供え物に、金を持って来おったのでな。そんな食えぬモノ埋めてしまえ!! と龍の姿で追い返した事がある」
淤加美様にかかっては、戦国武将も形無しだな。
まぁでも金がいくらあったとしても、兵や民が飢えたのでは生きていけないしね。金で腹は膨れないもの。
戦国の世において、日照りによる不作は、その国全体が兵糧攻めにあってるのと同じ。だからこそ昔の人は水神を大事にしたんだろうね。
水は生命の源だもの、水なしでは生命は生きていけない。貯水の少ない昔の世では、なおさら貴重なモノだったのだろう。
甲州と信州は、他の地域からすれば水が山脈に蓄えられているので、雪解け水には恵まれていた筈である。
水はあっても、斜面が多く平地が少なかったため、昔の作付面積は芳しくなかった。
その為、農業四柱は得に重宝されて来たのだ。
まず淤加美様が雨を降らし、井戸と灌漑の神である御津羽様が川の氾濫を防ぎ田畑まで水を水路にて届け、天照様が日光で作物を育て、実った作物を宇迦之御霊様が害虫や害獣から護る。
四柱の連携で豊作を成しているのだから、昔の農家さんは大事にするわなぁ。
その内1柱でもおかしな事に成れば、その年は不作に終わり。飢饉で大騒ぎになるのだから、人間側も必死だ。
それが平和となった今の世では、斜面を利用して葡萄や桃、林檎などの果樹園を主とした農業に切り替えている。
○○萬石などと言って、米の石高で国の力を示していた戦国の世では、到底考えられない事だろうけどね。
果樹園のおかげで、今の世では美味しい葡萄が食べれるのだから、消費者側としては、良い事である。
そうこうしている間に、天井の穴から降っていた財宝は止まり。それは全部落ちきったと言う事を示していた。
西園寺さん達が乗ってきた作業車のライトに照らされ、長年土中にあった埋蔵金は、鈍い光を放っている。
降って湧いた財宝に飛び付いた副館長が、手で掬い上げ喜んでいるのだが
先程までの呆けた表情は、どこに行ったのやら……
文字通りの、現金な人だ。
「あはははは! これで開通資金は心配要らないぞ!」
尊さんが僕の耳元に口を近付けて、小声で――――――
「あれって国に没収されるんだよな?」
「金の造形物が多いからね。歴史的価値が高いとして、国に安く買い取られると思うよ」
「んじゃあ糠喜びか……」
「良いんじゃない? 今だけでも幸せなら……西園寺さんも手柄があって上に報告できるだろうし」
「千尋君……そう身も蓋も無く言われると、素直に喜べないんですが……」
複雑そうに言い淀む西園寺さんと、僕達のやり取りにはお構いなしで、埋蔵金を前に幸せそうな副館長。
幸いトンネルの掘削機であるシールドマシーンは無傷な様なので、僅かに崩れた天井さえ直せれば、工事は即再開できるだろう。
僕は足元に散らばった羅盤の破片を拾い上げると――――――
「こんなものが未来改変の力になる……ねぇ」
確かに、五行と陰陽は操っていたが……未来まで変えられるのか?
そんな僕の考えを読んだのか、淤加美様が――――――
「いきなりの未来変換は無理じゃろう。例えば三日先まで晴れなのを雪に変えるとすれば、まずは霧雨にして雨……そして三日目に雪と言った感じで、徐々に雪へ寄せて変えていく感じじゃと思うぞ」
「なるほど……いきなりの雪は出来ないので、徐々に温度を下げて雪の結晶を創って行く感じか」
「うむ。未来改変の規模が大きければ大きいほど、その未来へ寄せていく日数も掛かるはずじゃ。まぁあの男がどんな未来改変を望むのかが分からぬがの」
「確かに、付き合いが長ければ、どんな未来を望むとか分かるんですがね。先程逢ったばかりででは……」
あのパーカー男が、世界征服を望むのか? それとも、億万長者?
そこの処は、情報が少なすぎる。
何はともあれ、改変する未来が大きければ大きいほど、日数がかかると言う淤加美様の話だし。一旦戻って対策を考えねば……
風穴の場所も分からないしね。
改変する未来が、他愛もない未来なら良いんだけど……朝食べる卵かけご飯の卵が、双子の卵だったら幸せだとか……
「お主の未来は簡単に叶いそうじゃな」
「え? お得な感じしません? というか淤加美様、勝手に思考読まないでください」
「仕方あるまい。御主の中に顕現して居るのじゃ。嫌でも考えが聞こえて来る」
嫌でもって部分で、本当に嫌そうに言わなくても良いのに……四六時中変な事を考えてる訳でもないんですからね。淤加美様にとっては、神の御業に科学を絡めてる僕の術は、意味不明なんだろうけど、何の考えも無しに天候操ったり、大渦を出したりするより、合理的だと思う。
そんな事言ってるから、希少種なんて言われちゃうんだろうけどね。
僕と淤加美様の話が終わるのを見計らい、尊さんが――――――
「なあ雨女、あのヘンテコな板を使うには、膨大なエネルギーが必要なんだろ?」
「エネルギーというか、龍脈を流れる氣ですよ」
「とにかく、その氣とやらの行く先に、あの野郎が居るって事になるんじゃねーか?」
「尊さんの言いたい事は分かりますよ。龍脈の流れが読める龍ならば、流れる氣の先に居るパーカー男の処へ行けるって言うんでしょ?」
「あぁ。こっちから乗り込んでぶっ叩いて……」
「で? また手も足も出ずにやられるわけ?」
「オメーには聞いてねーよ、ツインテール雨女」
「だから変なあだ名付けないでよ! 女だか男だかハッキリしない人間!」
「あだ名が長げーよ!! それに好きで女になってるんじゃねえ! 櫛のせいなんだから仕方ねえだろ!」
「どーだか……」
「だぁあああ! 何ですぐ喧嘩に成るの? 喧嘩しないと生きてけないの? 話が進まないんですけど!!」
「「 こいつが! 」」
変な処で二人の言葉が重なり。それが気に入らなかったのか、ふんっ! とお互いそっぽを向いて黙ってしまう。
気が合うんだか合わないんだか、訳が分からん。
僕は大きく溜息をついてから――――――
「先ほどの尊さんの話ですが、残念ながら却下です」
「あんでだよ」
「龍脈の先が富士の中央で丸くなってて、氣溜まりになってるんです」
「それって、マグマの中か?」
「ええ。そこから使う分だけ氣を引き出して使ってるらしく、富士の周り数キロぐらいまでなら離れていても届くみたいなんですよ。先程の戦闘時に、氣の流れを追ってて分かりました」
「なんだか、スマホの電波基地局みたいだな」
「まさにそんな感じです。ですから氣の届く範囲に富士全体がはいるので、龍脈から追うのは広すぎます」
「となると、探す手が無いな……」
「実は、そうでもないんですよ。こちらも占いで見付ければ良いんです。折角、天宇受賣様が居られるのですしね」
本来、闇御津羽様の病の元凶を占う目的で御願していたが、元凶はパーカー男と分かったので、占う必要が無くなっていた。
だったら今度は、パーカー男のいる風穴の場所を占ってもらえば良い。
どんな方法なのかは知らないが、恐らく人間の使う占いよりは精度が高いはず。
なにせ天津神が占うんですからね。これ以上は無いはずです。
「そうか、占いには占いをってか? じゃあさっそく帰って占いを……」
「尊さん、やっぱり聞いてませんね。神酒が明日じゃないと出来ないって、醸造神の大山咋神様が言ってたでしょ?」
「そうだっけ?」
「ええ。急がせすぎて麹菌が弱ってるとも仰ってました」
「どの道明日か……じれったいな」
「こればかりは仕方ありませんって、帰って遅い夕ご飯にしましょう。気を失ってる大学生二名も搬送しなないとですしね」
外傷はないけど、病院で精密検査を受けた方が良いのは確かだ。
僕らは帰る準備に入り、大学生を作業車に乗せていると西園寺さんが――――――
「ちょっと、みなさん。依頼内容は覚えてますよね?」
「ん? あのパーカー野郎を倒す事だろ?」
「違いますよ尊さん。黒い水と黒ネズミをどうにかする……じゃありません?」
「そうです。千尋君だけでも覚えて居てくれて良かったです」
とはいえ、あのパーカー男が居なくなったと同時に、黒ネズミの方も消えてしまったので、たぶん式神か何かだったのだろう。
「この工事現場には、もうネズミが居なそうだし。依頼完了って事では?」
「確かにネズミはいませんが、黒い水はどうするんです?」
西園寺さんが指さす亀裂からは黒い水が流れ出ており。ポンプが常に作動し、黒い水を外へ汲み出している様だった。
とりあえず僕はその水に触れてみると――――――
「あれ? この感じ……黄泉で湧いて出てたのと同じかも」
あの時と同じモノなら浄化もできる。
僕は亀裂に指を突っ込み、浄化を最大で掛けたら――――――
『きゃ……あ。ま……泉が……』
くぐもった声だが、つい先日聞いたような……まさか
「あの? もしかして伊邪那美様ですか?」
『その声……また千尋かや!! 黄泉に何の恨みがある!?』
今度はハッキリと聞こえたので、亀裂に近付いて喋ったのだろう。
「恨みはありませんが、こちらにも穢れた水が出ているので浄化をしようと」
『待ちなさい!! 瑞樹千尋。貴女の力では黄泉まで浄化される! そんな事になったら住民が住めなくなるでしょ!! これ以上やったら黄泉への宣戦布告ととりますよ』
「宣戦布告って、そんな大袈裟な……黄泉に対して、どうにかするとか考えて居ませんから。でも、このまま放置って訳にも……」
『とにかく浄化するなら、穴を塞いでから浄化しなさい!』
う~ん、どうやって塞ぐんだろ?
コンクリートでも流し込むとかかな?
「その穴、どうやら黄泉と繋がっておるらしいのぅ」
「黄泉ですか!?」
淤加美様の言葉に西園寺さんが困ったなあと呟きながら頭を掻いている。
「黄泉と繋がったまま浄化してしまうと、伊邪那美様の恨みを買いそうですよね」
「間違いなく、あの黄泉の住民が、お礼参りに来るじゃろうて」
それは嫌だなぁ。瑞樹神社が黄泉の穢れで、誰も住めなくなりそうだ。
「この黒い水……富士の地下水に黄泉の瘴気とか穢れが混じってるみたいですね。先程触って分かりました」
黄泉に出ている黒い水は、現世側の穴の大きさに、地下水量が間に合わず逆流してるのかも
触った時に感じた水の成分は同じだし、たぶんそんな所だろう。
「やはり、どうやって塞いで浄化するか……そこへ考えが戻りますね」
「それはあの妖しい人間を倒す他あるまい。お灸を据えてから、羅盤を使って戻させればよい。どうせ妾の妹、御津羽を弱らせるために、御津羽の地下水浄化力を超えた穢れを利用しようと考えたのじゃろうて」
なるほど、井戸と地下水は御津羽様の管轄。それを逆手にとって穢れで弱らせ、龍脈を曲げることを邪魔されないようにしたって事か……晴明の羅盤を使うのに、大量の氣が必要だから
龍は龍脈の管理もしているので、自分の管轄で龍脈が弄られれば、すぐに分かるからね。
「小狡い人間め……そんな事で私の母を……」
水葉が悔しそうに、拳を震わせている。
「水葉……」
なんて声を掛けて良いか分からない。何を言っても、陳腐な慰めにしか聞こえないだろうから。
これ程の犠牲を払ってでも変えたい未来って……いったい……
とりあえず、依頼を持って来た西園寺さんに指示を仰ぐと――――――
「そうですね……無理やり塞いでも、また開けられたら同じですし……ボクが駆け付けた時には居なかったので見ていませんが、その男を倒すしかないですね」
「前に西園寺さんが言っていた、風水に必要な道具を買い漁ってるって男と、同一人物かも知れませんよ。なにせ、羅盤は買った既存のモノをベースにしたと言ってましたし」
「本当ですか!? それなら明日神酒が出来るまでの時間は、その辺の情報を集めて回ってみます」
お願いしますと打ち合わせしていると――――――
「早く帰ろうぜ。夕飯食い損ねちまう」
「またセイは、ご飯のことばかり……でももう夜9時になるんだね」
西園寺さんの腕時計をチラ見しながらそう答える。
まだ残ってるかなぁと夕ご飯の心配ばかりするセイを他所に
西園寺さんは、三浦さんに訳を話してからオッケーサインを出す。
どうやら帰って良いとの事。
「埋蔵金が効いたな」
「置き土産には丁度良いんじゃないですかね」
その喜びも、いつまでもつ事やら……
僕らはトンネルから出て、救急車に大学生を乗せて見送ると、北関東への龍脈を開いた。
「おい雨女、さっき龍脈が曲がってるって言ってたけど、大丈夫なんだろうな?」
「富士から西には行けないけど、東側へ向かうのは無事みたいだし大丈夫でしょ」
「お前雨女! 絶対大丈夫なんだろうな?」
あまりに尊さんがしつこいので、龍脈の穴に向かって蹴り入れた。
うあああっと悲鳴が聞こえるが、聞かなかったことにして……
僕は富士を振り返り、明日必ず再戦に来るからと呟いてから、北関東への龍脈に飛び込むのだった。