7-15 パーカー男
武器といても、僕の場合は水だけど
尊さんは相変わらず壇ノ浦から引き上げた草薙剣を遣っている。
これは本来、皇族の方か神族しか遣えないのだけど、櫛名田比売の櫛を髪に挿し、疑似神格を創り出すことにより使用を可能にしているのだ。
代わりに櫛で女体化するけどね。
闇御津羽神の娘と自称する水葉の武器は、何でも融かす漆黒の水である。僕が使う術の猿真似ではあるが、攻守共に揃った万能の術とも言える。
水葉は僕と違って術反射がない為、自分が融けないようにするのに、八咫鏡を使って自分が融けぬよう反射をするという感じに、神器を上手く使っている。
そんな僕ら3人に、獲物の大学生を取られたネズミが敵意を剥き出しにして、近場に落ちている作業用の車を掴むと、こちらに向かって投げたのだ。
「はんっ! そんな大振りな攻撃が当たるかよ!」
「なによ!! ネズミの癖に龍族に喧嘩売ろうって言うの!? 買ってやろうじゃない!! 12支の時みたいには行かないわよ!!」
もうちょっと冷静に……言っても聞かないだろうけど
淤加美様もそうだけど、12支でネズミに1位取られたのは、余程悔しいのか?
猫みたいに日付を騙された訳じゃ無いんだし、そこまで青筋立てなくても……
そんな事を思いながら、ネズミが投げて来る色々なモノをバックステップで避けると尊さんが――――――
「おい雨女! 作戦は?」
「そうよ! 早く弱点教えなさいよ! 瑞樹千尋」
「あのさ……僕にばかり作戦立てさせないで、たまには自分らでどうにか出来ないの?」
「出来るぜ! ぶちかます!!」
それが当たらないから、困ってるんでしょうが……
案の定、尊さんの神器から出た衝撃波は、小さいネズミ達が移動して身体に穴を開け、そこを素通りした。
「なっ? 当たらねーだろ」
「な……じゃありませんよ!! 当たらないの分かってたら、やらないでください!!」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「もう……尊さんは雷って出せます?」
「ん? 出せるぜ。もっとも今夜は建のオッサン抜きだからよ。仏道系である帝釈天の雷になるが……まぁ最近そっち系の修業サボってるから、威力はお察し程度だけどよ」
なるほど、建御雷様との連携技である雷神剣草薙程の威力は無いと……
何とかなるかな? 威力があり過ぎてトンネル崩しても困るし。
「じゃあ尊さんは帝釈天の真言をお願いします。水葉は僕の用意が出来るまで敵の気を逸らして置いて」
「何で私が囮役なのよ!?」
その後も、水葉はぐちぐち文句を言ってくるが、仕方がないのだ。
なぜなら彼女は僕と同じく水の龍。
そのため彼女に出来る事は、大概僕自身も出来てしまうので、他人にやらせるより自分でやった方が早いとなってしまう。
僕は腰に付けたペットボトルの水を大盤振る舞いで全部開けると――――――
「水って言うのは変化するんだ。1気圧で0度以下に成れば固体になるし、逆に1気圧100度を超えると気体になる」
「状態変化だろ? 小学校だか中学の理科で習ったぜ」
「そうです。それは水から取り出した、水素だけにしても同じです。常温では気体、マイナス253度で液体……さらに温度を下げると個体にもなります」
「雨女……お前何が言いたいんだ?」
尊さんの問いに構わず続ける。
「もう一つ、状態が変わる方法があります」
僕はペットボトルの水を操り水素を抜き取ると、高圧力をかけていく。
「なによあれ……水が……金属みたいに」
「そう……これを金属水素と呼びます。木星などの中心に近い高圧力状態で発生するんですが、これを個人で圧力を掛ける場合、上手く圧力かけないと超新星爆発します」
「ちょっ!! 今さらっと怖い事言ったなオイ!!」
「冗談です。水素だけじゃそこまで行きませんから御心配なく。ヘリウムとか色々足りませんし、質量自体も全然不足ですからね。あっと! 水葉は直接触らぬ様に。圧縮時に高温になってますから火傷じゃ済みませんよ」
手を伸ばそうとしていた水葉に釘をさす。
だが、さすが黒ネズミ。高圧縮の金属水素の中でまだ生きているって事は、普通のネズミじゃない事を物語っていた。
金属水素から抜け出そうと藻掻いているので――――――
「じゃあ尊さん。一思いに雷をやっちゃってください」
「お、おぅ……」
尊さんが帝釈天の雷をチャージし放とうとして居たら、突然金属水素がタダの水素へと戻されたのだ。
「米大学でも2017年に至ったばかりの金属水素とは……やってくれたな。属性で言えば、金氣と水氣を合わせるとは流石としか言うしかない」
いつ現れたのか? パーカーのフードを目深に被り、手には板の様なモノを持つ男がそう答える。
え? 今、何がどうなった……術がキャンセルされた!?
「えっと貴方は?」
僕の問いなど聞いていないかのように、男は自問自答を続ける。
「その頭の角……鬼? いや龍か? この地下水脈の変化に気が付く、闇御津羽は穢れで動けないはず……ならば一体……」
「闇御津羽は私の母よ!」
「成る程、娘がいたか……だが、金属水素を創り出す様な龍は居ないはず……」
そこへ淤加美様が僕の中から出て来て――――――
「貴様が我が妹の闇御津羽を……赦せぬ!」
「妹……そうか……闇御津羽には双子の姉が居たな……確か、淤加美神……」
「妾がその淤加美神じゃ!!」
「ふむ。淤加美神が憑いている龍……北関東の瑞樹の龍神か!? なるほど、瑞樹の龍神に気を付けろか……あの男の言った通りになった訳だ」
先程から、ぼそぼそと喋り、自分自身を納得させる為に自問自答を繰り返す男に――――――
「どうでも良いですけど、一連の騒ぎが貴方の仕業なら、すぐに止めて投降してください」
「投降? 必要はないな……どうせ、お前達には何もできない。この試作の羅盤がある限り」
そう言って左手に持った木の板? を此方に見せる。
「ふんっ! そんなモノ……ただの占いの道具ではないか」
「普通の羅盤なら占いの道具でしかない。だが、コイツは普通の羅盤じゃない」
「普通じゃないじゃと?」
「知っての通り風水と言うヤツは、紀元前……周の時代に大陸で使われていた占いが基礎となって、そこへ陰と陽、五行が組み込まれたモノを、遣唐使が日本へ持ち帰り。それらを扱う者が風水師と呼ばれ重宝されたという」
「ふむ。風水師か……確かにそんな輩が彼方此方に居ったのぅ。それに星の動きなど色々組み込み精度を上げたのが、当時の陰陽師なのじゃろうて」
「さすが淤加美神。良く御存じで」
「当時、安倍晴明とも懇意にして居ったからのぅ。じゃが、いくら洗練されたとは言え、占いの道具である事にはかわらぬ」
「それがそうでは無いのですよ。当時、噴火や地震……疫病や飢饉などが頻発して起こり、それらをどうにかせよと帝より命を受けた安倍晴明は、ある結論に至った……未来を占うのではなく。占いに未来を合わせたらどうかと」
は? この男、今なんて言った?
占いに未来を合わせるとか……そんな事、神でもやらないぞ。
「つまり、未来の出来事を好きに変えられると?」
「少し違いますね。占いにより流れを変えるんです。星の位置が悪いなら良い位置へ……悪い氣が入り込むなら、良い氣に変えれば良い。森羅万象を操り、良い結果を呼び込む。それが安倍晴明の考案した羅盤」
「まさに神にでもなったかの様じゃな」
「ええ。一つの難点を除けばね。この羅盤を使うには大量の氣が必要になるんです」
それを聞いて僕の脳裏には、龍脈の流れが富士に向かってる姿を思い出し念話を送る。
『セイ! あの龍脈の流れ……』
『あぁ、ヤツの羅盤を運用するのに使われてたんだろうな』
『霊峰富士の噴火じゃ無かったのか!? 未来を変えるのに、あれだけ沢山の氣を必要としているなんて……日本中の氣だぞ』
『それだけ凄いことをしてるって事だろ。まるで日本を創り出した天沼矛並の神器運用だ。しかも、作成者は神々でなく人間の陰陽師だからな。外からの氣を使わねばならないのは、仕方あるまい』
未来変換……もし本当にそうなら、神器以上かもしれない。
「未来? まだ来ていないモノなんかどうでも良いわ。私は母を助けて今この時を生きたいだけなの! 母の穢れを治さないなら……アンタを倒して地下水を浄化するまでよ!!」
浄化をするのは、たぶん僕でしょうけどね。
「ふんっ! 来るが良い。御津羽神の娘よ! 晴明が考案した羅盤の恐ろしさを見せてくれる!!」
水葉は構わずに、水ブレスを男に叩き込む――――――が、寸前に
「場の水氣を拒絶する!!」
ブレスが男に当たる手前1メートルほどの場所で、水が掻き消されたのだ。
「だったら! 因陀羅耶 莎訶……破!」
すかさず尊さんの帝釈天の真言で、追い打ちをかける
「場の木氣を拒絶する!!」
水葉の水ブレスの時と同様に、手前で掻き消される帝釈天の雷撃。
なるほど、五行属性を好きに出来るのか……だったら――――――
僕はパーカー男によって金属水素がキャンセルされた、水素を集めて酸素と結合させて水を創り出す。
量はだいぶ減ったが、その水を使って闇の玉に変換する。
「セイ! 久々のダークブレスだ!!」
「おぅよ!!」
僕が掲げた闇の玉をセイの水ブレスが打ち抜くと、水に闇が纏わりついてダークブレスになる。
闇の水なら行けるか!?
「甘いな……闇の水を拒絶!!」
「「 な!? 」」
ダークブレスも手前1メートルほどで掻き消された。
「安倍晴明が考案した羅盤は、五行属性だけでなく、陰と陽の2つも入ってるんだぜ」
「つまり、闇も光も駄目って事か……」
洒落にならねえ。
何か突破口は……そう考えて居ると、尊さんが――――――
「だったら属性無しで叩き斬ってやるよ!!」
「尊さん! 駄目!!」
僕の静止もむなしく、尊さんは草薙剣を振りかざし突っ込んでいく
「ふっ……何かと思えば……金氣を拒絶する!!」
そうパーカー男が唱えると、斬りかかったはずの草薙剣が、男の服の上で止まっていたのだ。
まるで斬れないオモチャの剣で、服の上を撫でているような……そんな感じ。
しかし、その辺の鈍らじゃなく、草薙剣は神器なのだ。その神器なら僕ら硬い龍族でも傷が付くぐらいなのに、神器すら拒絶するなんて。
こりゃあ、神生みの剣である天之尾羽張でも同じだろうな。
剣が切れなくて驚愕している尊さんの腹部に、男の蹴りが深々と刺さり、尊さんが吹っ飛ばされてくる。
「くっそがぁ!!」
「尊さん。それは無属性じゃない! 五行には金属という属性があるんだよ」
僕は尊さんの背中を受け止めると、悔しがって地団駄を踏む尊さんにそう伝えた。
「じゃあ、どうするって言うんだよ!?」
「もちろん!」
僕はこぶしを握り締めて、尊さんにボクシングの真似事を見せる。
「拳か……なるほどねえ。じゃあ第3ラウンドと行くか!!」
拳で殴り掛かる尊さんの一挙一動を見守ると、相手のパーカー男は華麗なステップで尊さんの拳を避けながら、羅盤を持たない右手でカウンターを入れる。
うあ痛そう……
だが……あの足の運び……間違いなく有段者だ。
それも、東北で戦った執事の拳法とは違い、ボクシングのステップだった。
蹴りがあったから、キックボクシングかも知れないけどね。
「てめぇ雨女!! 駄目じゃねーか!!」
「今のは羅盤を使われて無いですよ。ただ単に、尊さんが拳の実戦で弱いだけです」
剣なら強いのにねぇ。
「全く、期待だけさせといて、駄目な人間よね」
「くそ! 言いたい放題いいやがって……アイツ無敵じゃねーか! 雨女、何か策を考えろよ」
「策と言うほどじゃないけど、この氣が集まってる富士周辺から戦場を他所に移す……例えば、幽世とかね。そうすれば大量の氣を必要とする羅盤は使えないから」
「移動させられると思うか?」
「無理だろうね。幽世側への穴を開けても、そこへ蹴り落とす人が居ないし」
一番接近戦が出来る人が、避けられてるんだモノ、この作戦も無理だわ。
「他の策は?」
「拒絶しきれない程のエネルギーで吹っ飛ばす。対消滅とか」
「西側の山脈が無くなっちまわねーか?」
「残らないだろうねぇ」
「だあぁ! 他にいい策は無いのかよ?」
「ありますよ」
僕はカチューシャに化けている巳緒に念話を送り――――――
『巳緒、頼める?』
『うん。ただし、この人間の施設にも、多少損害が出る』
『対消滅で山ごと無くなるより良いでしょう。やっちゃって』
『了解』
巳緒のカチューシャに土氣が集まって行くのが分かる。
『落盤!!』
その言葉に反応し、トンネル内が揺れると、天井の一部が落下してくるのが分かった。
「くっ! 土氣を拒絶する!」
今だ!!
僕はそのまま土煙が上がる中を駆け抜け、パーカー男の前に出ると拳を繰り出す。
人間咄嗟な時は、防衛本能で持っているモノをつき出してでも、身体を護ろうとしてしまう。
落盤の瓦礫で、足場が悪く回避ステップが踏めないのでは、尚更だ。
本来、格闘技の有段者であれば、素人の拳など上半身の捻りだけでも避けれるだろうが、それは人間の素人の場合である。
こちらは成り立てとは言え、国津神の龍神なのだ。格闘は素人でも拳速はプロ顔負けである為、パーカー男の格闘経験上、ひと目見ただけで上半身だけの回避は無理と判断したのだろう。
それこそ、こちらの思う壺だ。
パーカー男は羅盤を反射的に突き出してから、しまった!! という顔をするがもう遅い。
僕の拳は、パーカー男によってつき出された羅盤を、正確に打ち抜いた。
ピシッと木が割れる音がして、バラバラに砕ける羅盤をスローモーションで見て居る感じになり、パーカー男は――――――
自分の手の上にあった羅盤の欠片を見ながら、瓦礫の上に尻もちをついた。
首謀者討ち取ったり……
これで全部片付いたかのように思えたのだが、パーカー男はポケットから札を取り出すと――――――
「瑞樹の龍神め……これで勝ったと思うなよ! 晴明の羅盤の話には続きがある。晴明は落雷で折れた神木で試作品を作ったのだが、あまりの恐ろしさに叩き壊してしまった。だが……それから4~5百年後の戦国の世で、信玄が金山からとれた黄金を使って晴明の羅盤を再現したのだ」
「なんだって!? じゃあ今叩き割ったのは?」
「あんなのは、オレが古文書や文献を漁って普通の羅盤をベースに組んだ贋作品よ。本物はここ富士の風穴にある。しかも先程のとは比べ物にならぬ程もっと効力の高い完全な羅盤がな! オレはもう場所が分かってる」
捕まえようと手を伸ばすが、その手は何もない空間を掴んだだけで、一枚の札がヒラヒラと舞って居た。
東北で執事が逃げる時に使ったのと同じ護符。
その護符は、使用されて役目を終えたのか? 地面に落ちると火を上げて燃え始めたのだ。
そして――――――
『富士の風穴で待つ』とどこからか声がして、去って行ったのだ。
「あんにゃろ~。富士に風穴が、いくつあると思ってんだ!!」
僕の怒鳴り声に、パーカー男からの返答はなく
ただトンネルに内に響くだけであった。