16 修行の方針
「ようこそ御参りくださいました。御守りですね。五百円お納めください」
先日の雨で、夕方以降が潰れてしまったせいか、その皺寄せが祭り最終日にきてしまい
凄い参拝者の多さで、目が回りそうだ。
しかも、今年は龍神に就任した為に、拝殿での願い事も聞こえて来て、頭の処理が追い付かない
願い事の方だけでも、セイか淤加美様にお任せしたい位だ。
『宝くじ……7億が当たりますように……』
うん、僕も当たって欲しいわ
『今年こそ、いい人と巡り逢えますように……』
いい人と見付けて来たら、神在月の出雲で、集まった神々が書く、縁結びの『夫婦札』に書いてあげるよ。
「ちょっと、千尋? 何書いてるのよ」
そう香住に指摘され、帳簿を見ると、『7億のいい人』と書いてしまっていた
さっきの願い事を、混ぜて書いちゃったよ……
「あーもー、僕は聖徳太子じゃ無いんだから、幾つもいっぺんに聞けないってば!」
「厩戸の皇子じゃない事ぐらい、見れば分かるわよ」
たぶん、香住が思ってるのは見た目だろうけど、そうじゃ無い……そうじゃ無いんだよ……
勿論、願い事の声をカットも出来るんだけど、それは折角御参りしてくれた人達に失礼だし
叶えられるかどうかは別として、参拝者の手前で耳を塞ぎ、『あーあー聞こえないー』って言うのも同じだらね
しかし、社務所の方に支障が出てもいけないし……正直困ったモノだ
『妾が願い事の方だけでも、引き受けてやろうか?』
思念体の淤加美様が、人前に姿を現す訳にいかないので、念話だけ飛んでくる
『正直、その方が助かります。僕よりご利益ありそうだし』
神話の古龍神だものね、就任して間もない僕とは、桁違いだし
ただ、気分屋だから。気に入った願い事しか叶えてくれなそうだけど……
僕は、願い事のチャンネルを淤加美様へ切り替えると、やっと落ち着いて社務所の方に専念できた。
━━━━━━と、思いきや
「おい、さっき願い事したら、頭の中へ直接、神様からお小言貰ったぞ」
「俺もだよ……彼女欲しいって言ったら『戯け! 先ず服装と髪を整えろ』って言われたわ」
「マジかよ。神様パネエな」
「でも、鏡見ろとか言われなくて良かったじゃん」
「「「 それなっ!! 」」」
境内で御参りを済ませた、20歳前半位の男性達が、神様の声で盛り上がりを見せている
…………おいおい。淤加美様、そりゃあマズイっしょ
ちゃんと願い事を聞いてるよってアピールには成ってるけど
噂を聞いて、テレビ局でも取材に来ると、厄介だよ
いや、テレビに取り上げられるのは、参拝者が増えて良いのだけど、時期がマズイ
せめて、オロチの一件が、全部片付いてからにして欲しいな。
「さて、お昼はどうしようか?」
お昼ちょっと手前で、隣の香住に切り出してみた
「私は何でも良いわよ。桔梗さんは?」
「私も蟹以外なら、好き嫌いはありません」
「婆ちゃんは……」
「龍神様が食べられるモノなら、何でもええわ」
言うと思った。本当に龍神第一主義なんだから……セイに甘過ぎるよ
「じゃあ、私が作くろうか? 社務所抜けちゃって大丈夫?」
━━━━━━無理だわ
4人がかりの今でも、社務所の前に行列出来てるし
やっぱり御朱印が大量に出るなぁ
ウチの居間で、元龍神のセイが暇そうだったので、御朱印を作らせているが、直ぐに足らなくなりそう
僕は念話でセイヘ呼び掛ける
『御朱印作成班どうぞ』
『作成班って、俺1人じゃねーか!』
『文句言わな~い。早くしないと、御朱印待ちの参拝者が増える一方ですよ』
『無茶言うな! 朱印以外の日付とか、筆で書いてるんだから、間違ったら書き直しなん…………ああぁっ! 仕損じた…………なぁ、修正液使っても良い?』
『ダメに決まってるだろ。ほら、とっとと書き直して。お昼はセイの好きな、出前のリクエストにするから』
『じゃあ、ピザ!!』
セイ……お前本当にピザ好きだな……
こんな暑い日は、素麺とか冷たい蕎麦なんかのが、良いんだけどね
名物で言ったら、『沢うどん』かなぁ
まぁ、セイのリクエストでって言ってしまった手前。違う出前を頼んで臍曲げられて、御朱印作成に支障が出るのもマズイ。
『書き損じたヤツ、まだ乾き切って無いうちなら…………ふんっ!』
『え!? セイ、お前何を……』
『いや、書き損じた文字の墨汁を動かした』
『そんな事出来んの!?』
『出来るさ、墨汁だって墨を溶いた水なんだし、水であれば我々の領域だろ』
そうなんだ……僕は今まで透明な水だけしか操れないと思ってた
成る程、水であれば色が着いてようが関係無いのか
『じゃあさ、血液なんかも操れたりする?』
『血液かぁ……やった事ないが、水が含まれている以上出来んじゃね?』
ほう……傷口の止血とか良いかもね
と言っても、多少の傷は龍の再生で治っちゃうから、余程の大事じゃ無いと、使う機会は無さそうだ
僕は社務所のメンバーに、ピザで良いか確認し、香住のスマホを借りて注文する
「ちょっと、電話位持ちなさいよね。連絡とれなくて不便なんだから」
「ここの処忙しくて、買いに行ってる間が無いんだってば」
んー、夏休みに入ってからは、殆ど使わなかったし
神様達とは念話があるんで、不便に思うこともなく放置していたのだ
「だいたい、今まで使ってたスマホはどうしたのよ」
「……融けた」
「とけたぁ!?」
漆黒に融けて消えたんだもの、戻って来ないよね
今頃、水に変換されて碓氷湖の一部に成ってると思う
兎に角、このままじゃ不便だから、来週一緒に買いに行くわよ! と強引に約束させられてしまった
漆黒に融けないスマホってあるんだろうか?
そんな事を考えながら、参拝者を相手に御朱印を捌いていくと
鳥居の処に壱頭目のオロチ事、壱郎君が、此方を伺うように覗いていた
きっとピザ屋の配達だろう
僕はそっと背後に周り込むと、壱郎君の肩を叩く
「ねえ、ピザの出前?」
「わああぁ! 氷漬けは勘弁してくれ!」
「淤加美様じゃあるまいし、そんな事しないってば」
「……お前……雌龍か?」
恐る恐る涙目で聞いてくる壱郎君が、ちょっと可愛い
まぁ、参頭目のオロチのように、氷の像に成り掛けてたんだし、仕方がないか
「お前ん処の古龍はヤバイからな……」
『聞こえて居るぞ』
そう淤加美様から念話が飛んでくる
参拝者が一杯居るから、姿は現さないが、僕の中に高淤加美(光)か闇淤加美(闇)の、どちらか片方が常に残ってるから、筒抜けだわなぁ
「冗談ですって……」
そういって誤魔化そうとする壱郎君に
淤加美様は、お勧めの揚芋菓子が美味しかったんで赦す! と言って引っ込んでしまった
本来なら、淤加美様と同じ神話時代の化け蛇なんだし、互角の勝負が出来そうなものだが
如何せん、オロチは八つの首を落とされており、力も8分割されている為
八本揃った状態の全力とは、程遠いのである
「配達お疲れ様。丁度お昼だし、一緒に食べて行きなよ」
ピザを受け取りながら、誘ってみるが、やっぱり淤加美様が怖いらしい
どんだけ、トラウマに成ってるんだよ……
まあ、荒神狼のハロちゃんも、巻き込まれただけで、怯えていたし
狙われた当事者なら、尚更だろう
強制するのも可哀想なので、代金を払って帰って貰おうとしたら━━━━━━
『待て! 昼休みと言ったな?』
「ああ、店に戻って飯だな」
『ならば、少し千尋の代わりに社務所を手伝ってくれぬか、礼金は出す故』
ちょっ! 勝手な事すると婆ちゃんに怒られるんですけど
「何やら訳ありそうだな、少しなら良いぜ」
『うむ、任せた。千尋や、ちょっと裏の滝壺へ顔を貸せ』
僕もお昼御飯、まだなんだけどなぁ
まっ、仕方がないか。淤加美様が、ゲーム以外で僕を呼ぶときは、何か重要な事を伝えようとしている時だけだし━━━━
言われるまま、滝壺へやってきたが、誰も居ないことを確認すると、淤加美様が姿を現す。
「千尋、今朝の建御雷と妾の話、覚えておるじゃろ?」
「えっと、火之迦具土の復活……でしたよね」
「うむ、もし戦うことに成れば……御主では、瞬滅させられる」
恐ろしいことを言うなぁ、淤加美様は……
でも、否定はできない。かつて、ハロちゃんの炎でさえ、ギリギリだったし
それが、火之迦具土は火神で有りながら、神話クラスなのだ
あの国産み神産みのイザナミをも、焼いて火傷で黄泉送りにする程の、炎を持っているのだから、僕程度なんて即消し炭だろう
「良いか千尋、火と水の戦いにおいては、水の方が有利になる。それは『五行』にて『相剋』に値するからじゃ」
「木、火、土、金、水で、1つ跳びってヤツですね」
「そうじゃ。『水』は次の『木』を育てるが、1つ跳びの『火』に対して相剋になり、『火』に対して有利に消せるんじゃ」
でもそれは、互角の力だった場合に属性が効いて来るのであって
僕と火之迦具土神では、元々レベル差がありすぎて、問題にすらならない
「じゃがの。御主には『術反射』があるじゃろう」
「ありますね……この反射のせいで、男に戻れ無いわけですから……」
約半年前まで男だった事を思いだし、懐かしい気分になる
「術反射があれば術だけは、何とかできよう……問題は、ブレスや奴の神剣による物理攻撃じゃな」
「はい! 質問です先生! ちょっと疑問に思ったのですが、戦うこと前提で話が進んでいるのは、気のせいでしょうか?」
淤加美様は、何を今更と言うような顔で、僕をみる
「絶対戦闘になるとは断言できぬ。が……戦闘になってから慌てても、刹那で灰になるぞ」
それは、遠慮願いたい。
だいたいオロチの心臓を護るだけなのに、わざわざ西日本まで出向いて、寝ている子を起こすように、カグツチへ手を出す必要ないし。
人間に被害でも出るなら別だけど、今現時点においては、手を出した方が被害が出そうだしね。
「ふん、ならば洞窟の奥に来るがよい」
「淤加美様? もしかして怒りました?」
僕の呼び掛けを無視して奥へ進む淤加美様に着いていく
ここは嘗て、元龍神のセイが住んで居た洞窟であるが、タブレットPCの充電が面倒だと出てしまい
今では、無人の……いや、無神の洞窟になっている
セイの前任者である龍神も住んで居たらしいので、『龍窟』として神聖な場所なのだ
ここで無線Wi-Fiを使い、アニメを見ていたセイを思い出すと、とても神聖とは程遠い気がするけどね
洞窟の1番奥まで来ると
「さて、御主の力量……測るらせて貰うぞ」
「はい? 力量って何でですか!?」
「突然襲われても、生き残れる位には、してやろうと言うのじゃ」
そう言って、水を出すと力任せに投げてきた
さすが、筋力は人間と違って龍なので、大リーグの選手も真っ青な球速である。
僕は、最小限の動きで避け、次弾に備えるが、既に3つの水球が迫っていた
淤加美様……術反射対策で、『水刃』は使わない気だな
水の球にしたって、手から放たれる瞬間に水操術を切っているから
単純に水の球を、龍の膂力で投げているだけに成り、ただの物理攻撃として術反射は発動しない
だが、淤加美様は1つ忘れている。
僕も水神の龍であると言うことを━━━━━━
3つの水球を避けずに突っ込む、さすがに衝撃は来るけど、触れた途端に水を僕の支配下へ操り返す
「ほう、遣るではないか。しかし、御主が支配下に置き換えた水も、妾に触れた瞬間に妾の支配下に戻るぞよ、どうするのじゃ?」
僕は、水をある物質に変換し、更に剣の形にすると淤加美様へ切り掛かる
淤加美様は、油断しきっていて、そのまま僕の創った水の刃へ触れた
「なんじゃ此れは!?」
「淤加美様の時代には無かったモノです」
「水の構成が出鱈目じゃ!」
そう、僕が創ったのはH2Oでなく、D2O……
『重水』である
自然界には存在しない水なのだから、淤加美様が吃驚するのも仕方がない。
見た目は水と変わらない癖に、人体には毒性のある物質であり
主に原子炉の減速材として使われる
原子炉以外にも、医療の現場で放射線治療の威力軽減材として使われるなど、人命救助の方面でも活躍している水なのだ
原子炉なんて無かった、神世の時代に存在しない物質だもの、驚くよね
でも、淤加美様とて水神である。時間が経てば、重水を解析してしまい、乗っ取られてしまうだろう
つまりは、時間との勝負!
淤加美様が、重水の解析を終わらせる前に、そのまま淤加美様の首元へ重水の刃を寸止めし
「チェックメイトです。王手のが良かったのかな?」
「どちらも知らんわ!」
僕に、してやられたので、面白く無さそうに言う淤加美様。
そうか……大陸から、将棋が伝わったとされるのが、6世紀頃と言われているけど
神世世代の淤加美様の生まれは、もっと古いものね。知らなくて当然か
「でも、一本取りましたよ」
「むううぅ、なんじゃその水は!」
「重水って言うんですよ。創るのは良いんですが、元の無害なモノに戻すのが、少しばかり大変なんですよ」
そういって、水神の力で重水を還元していく
「御主は本当に小細工が得意じゃのう」
「淤加美様が力押しばかり、し過ぎなんです」
そう言って笑うと
「……どうやら、修行の方針は決まりじゃな」
そうボソッと呟くと、拝殿の方へ飛んで戻って行った。
修行って……また岩を背負わされて、今度は海でも渡らされたりして……
重水剣なんて、出さずに負けとけば良かったかなぁ
そう思うが、後の祭りである
祭り━━━━━━
「そうだ! まだ祭りの最中じゃないか」
僕は慌てて社務所へ向かうのだった。