7-14 リニア実験場の奥で
すっかり暗く成った、Y梨県のリニア実験場近くで
人の居なそうな場所へ龍脈移動をする。
「神社仏閣でもないのに、狙った場所へ出るなんて、なかなかやるじゃない」
「そりゃどうも、それより水葉は気が付いた?」
「なにがよ」
やっぱり気が付いて無いか……
「俺は気が付いたぜ。龍脈の氣がおかしな方向へ曲がってたな」
「セイは気が付いたんだ?」
「まあな、千尋と何度も西へ行くのに通ったからな。あの龍脈の方向……霊峰富士へ向かってたぞ」
「日本中の氣が富士に集まってる……まさか……」
「噴火? か……しないよな?」
まだ噴火とは断定は出来ないけど、集まってるのは相当なエネルギーだ。
「ちょっと! さっきから二人で話を進めないでよ。勝手に着いて来た人間が気持ち悪そうなんだけど?」
「あ~尊さんは、龍脈内の氣に酔っただけだから、いつもの事なので少し休めば大丈夫」
そう瑞樹神社の境内で、龍脈を開け飛び込もうとして居たら、尊さんが民俗学の資料集めに行くと、勝手について来たのだ。
久しぶりに同行する尊さんは、小鳥遊緑先輩のお兄さんであり、父親の御住職と喧嘩中で、現在家出の真っ最中なのである。
その為、瑞樹神社から大学へ通っているのだが……尊さん、氣あたりするんだよね。
龍脈内の氣にあてられてると、車酔いとか船酔いみたいに陥って暫らく気持ち悪くて動けないらしい。僕は成った事ないので分からないが、尊さん本人からの体験談である。
乗り物酔いと同じで、しばらく治るまで放置するしかないのが現状だ。
他にも氣酔いした人と言えば、フィアンセを鬼に攫われた忽那さんがそうだった。帰りはバスや電車で帰ると言っていたので、相当辛かったのだろう。
忽那さんと同じ様に氣酔いした、尊さんの背中をさすりながら、話を聞いていた西園寺さんが――――――
「富士の噴火とは、穏やかじゃありませんね。どうにか成りませんか?」
「そう言われましても……ねぇ……富士に向かってる龍脈を1度切って、他に流す作業を永遠としなきゃならないし……」
「うむ。あの龍脈の本数だと、日本中の龍が総出で作業しても、1ヵ月近くは掛かるぜ。しかも新規で龍脈を引き直す、なんて離れ業が出来るのは千尋だけだしな」
「確かに他の龍だと、既存の龍脈が切れたのを繋ぎ直せるってだけで、新規に引き直すのは僕一人の作業となるし……一人の作業だと更に月日が掛かる。時間が掛かれば、噴火エネルギーが溜まって……」
「ドカーンか……非常食でも買っておくか」
「セイ。まだ噴火と決まった訳じゃないから、無駄遣いしないように!」
どうせ非常食と言っても、取って置かずに食べちゃうくせに
「やれやれ、まったく縁起でもありませんね」
「元々こんな龍脈の流れじゃなかったので、原因が分かれば繋ぎ直すなんて面倒なやり方でなく、もっと簡単に戻せるかもしれません」
「どうせ色々調査してぐんだろ? だったら龍脈の方も、色々分かるかも知れねーぜ。おい! 緑嬢ちゃんの兄貴。そろそろ行けそうか?」
「あぁ……だいぶ落ち着いた」
それを聞いてから、リニア実験場の中へ入って行く。
本来なら、とっくに閉館している時間なのだが、西園寺さんが連絡をして置いてくれたらしく
担当の職員さんが残っていてくれた。
「遅くなりましてすみません。神社本庁の方から連絡いただいて駆け付けました、西園寺兼仁と申します」
「どうも、私は副館長の三浦 博です。お忙しい処、急に御呼び立てしてすみません」
二人して、名刺を交換している。
「えっと、後ろの者達は……」
「館長から伺っております。神社関係の方々ですね? 巫女装束なので、すぐに分かりましたよ」
ほっ、巫女装束で来て正解だった。昼間の街を歩くのでなければ、大概巫女装束姿でいる事のが多い。
しばらく副館長の後ろに着いて歩きながら、館内に飾られた写真を見て歩く。
もっぱら、副館長との会話は、西園寺さんに任せっきりだ。
リニアの歴史を収めた写真を見ながらセイが念話で――――――
『格好が良いな。これがロボットに変形するんだろ?』
『変形はしないよ! だいたいロボットの方が、技術が要るじゃないか』
『少し前のアニメでは、巨大ロボットに変形してたぞ』
『それはアニメ! 現実じゃ巨大ロボットなんて、まだ夢物語だよ』
まぁ元男子としては、セイの気持ちも分からんでもないが、技術があったとしても予算が降りないだろう。
現在では良くて医療ロボット止まりかな? 巨大ロボも必要な環境下になれば、予算が出るだろうけどね。
それでも技術は日進月歩。いつかは他の惑星域の様な、過酷な環境下での作業を、ロボットを使って代わりにやらせたりとか……そんな日が来るかもしれない。
僕とセイが念話でそんな話をしている間も、館内を歩きながら西園寺さんと三浦さんの話は続く。
「しかし、沢山リニアの写真があるんですね」
「ええ。今迄の実験記録を写真で納めています」
「だから副所長でなく副館長なのですね?」
「そうです。技術者は別に居ますからね。その技術者も黒いネズミ騒ぎで仕事にならないので、今ここには私しか残って居ません」
「館長はどうなさったんです? もう帰られたとか?」
「いえ、館長は工事関係者と神社へ行ったままです。皆さん、そちらには寄って来られなかったんですか?」
「これと言って指示は受けませんでしたので、黒いネズミが出たという、トンネルのある此方の実験場の方へ直接来てしまいました」
「そうですか、ならば折角ですし。現場を見に行ってみますか?」
「いいんですか?」
「はい。こちらは1日でも早い解決を望んでいますから。皆さんさえ差し支えなければ……」
西園寺さんは僕の方を振り返り、どうします? といった表情で此方を見て来る。
僕としては明日も学園で、理数系のテストを受けなばならないから、今見せて貰った方がありがたいのだ。なので西園寺さんに、オッケーと言う意味で頷いて見せる。
「では、御願できますか?」
「構いませんよ。ヘルメットと懐中電灯は、そこの壁に掛かっているゲスト用のを使ってください」
本来龍族なら暗闇を見通せる龍眼がある為、懐中電灯は要らないのだが、それをやると三浦さんに1から説明しなければならないので、他の人間と同じように借りておく。
水葉は少し不満そうであったが、念話で説明したら渋々持ってくれた。
しかし――――――
ヘルメットだけは、どうにもならなかった。角があるせいで頭へ被る事が出来ないし。
試しに被ろうとしたが、角の上に引っ掛かりどうしてもダメだった。
角が見えない三浦さんからは、ヘルメットが浮いてるように見えるだろう。
駄目だこりゃ、ヘルメットに角用の穴を開けて良いなら何とかなるが、さすがに借り物だし。
僕は西園寺さんに、残念そうな顔で頭を横に振ると。それを察したのか――――――
「えっと、三浦さん。すみませんが彼女らには、ヘルメットを免除させて頂いても宜しいでしょうか?」
「何かご不便でも?」
「それが……不要なモノを身に着けると、その……色々と、支障が出るんですよ」
「……えっと、それは御祓いとか、そう言うモノの障害になると?」
「そ、そうなんです」
「ならば仕方ありません。本来なら、ヘルメット着用は絶対なのですが……そう言う事なら、今回だけは特別という事で」
「ありがとうございます」
まぁ嘘も方便と言うヤツで、今回は許して貰おう。角が見えない人に角の存在を説明するよりも早いしね。
むしろ、角の説明の方が嘘だと思われそうだ。
三浦さんの案内で、作業用の車に乗ってトンネルへ向かって行く。
トンネルの外にある実験場の長さだけでも相当あるので、こういった作業車も必要になるのであろう。
そんな作業車を運転しながら三浦さんの説明は続く
「初期の実験場は、ここY梨県だけでなくM崎県にもありまして。時速500キロで走らせる事より、浮かせて移動が出来るか? というのが当初の目標だったんです」
「浮かせる? 磁力か何かでしょうか?」
「ええ正式名称は、超電導磁気浮上式リニアモーターカーという名の通り、浮かせることで摩擦を無くし超スピードを実現したわけです。まさに翔ぶ鉄道という名にふさわしい…………ん?」
意気揚々とリニアを熱弁していた三浦さんが、作業車のスピードを落とす。
すると、奥から何やら蠢くモノが近づいてくるのだ。
僕はすぐさま、龍眼の暗視モードを入れてトンネルの奥へ目をやると――――――
「人だ!」
「え? 作業員はネズミ騒ぎが納まるまで、休んで貰ってるはずですが……」
三浦さんは完全に作業車を停車させると、持って来た懐中電灯を点けて奥を照らそうとするのだが、光量が足りないせいか、奥まで照らす事が出来ない。
だが僕の龍眼には、ハッキリと人間の姿を捕らえていた。
歳は20代前半の大学生ぐらいだろうか? 4人の男女が此方に向かって駆けて来るのが見えていたのだ。
「だれか!! 助けて!!」
「なんだよあれ!! あんな化け物が居るんて聞いてねーぞ!!」
「誰だよ!! 工事が止まってる間に、信玄の埋蔵金を掘り当てようとか言ったの!!」
「俺のせいだって言うのかよ!? お前らだって賛成した癖に!!」
「ちょっと!! 喧嘩してる場合じゃないでしょ!! ミユリとタカヒロ君が逃げくれてるのよ!!」
「だけど、あんな化け物どうしろと……」
トンネルなので、声が良く響いて聞こえて来る。
会話の内容から察するに、ここが甲斐の国であることから、武田信玄の埋蔵金を掘り当てようと、工事がストップしているのを良い事に、トンネル内へ入り込んだらしい。
工事がストップになった理由までは知らなかったのかな?
差し詰め、工事休止になった理由である、件の黒ネズミと出くわして驚いて逃げ的って処か……
工事休止中とはいえ、完全な不法侵入だ。
それにしても埋蔵金ねぇ。見つけても文化遺産として国に没収されるのが関の山なのに……
埋蔵物は本来、拾得物……つまり道に落ちている財布とかと同じ扱いになる。
持ち主がハッキリしなければ、全部が拾得者の物になるが、文化財の場合は文化財保護法により国に持って行かれるのだ。
なので、心ばかりの謝礼が出る程度と聞くが……実際に埋蔵金が出たという話が無いので、どのくらい謝礼が出るかは分からない。
やがてトンネルの奥から響いていた、息も絶え絶えの声が近くなってくると――――――
「灯りが見えるぞ!」
「誰かいるの!? 御願、助けて!!」
そう言って駆けよって来る20代前半の男性2名に女性2名。
しばらくすると、僕の暗視だけでなく、作業車のライトの届く処まで近寄って来て――――――
「奥にまだ2人……2人居るの! 御願助けて……お願いよぉ」
「化け物が……ちくしょう!! あんなのが居るなんて分かってれば、来なかったぜ!!」
そんな若者達に西園寺さんが――――――
「落ち着いて! 逃げ遅れたのは2名だけかね? その化け物とは?」
「は、はい。2人……ミユリとタカヒロが奥に……」
「化け物は……思い出すのも嫌なんだが……黒いネズミだかイタチだか……とにかく大きいヤツ」
大きい? 聞いていた話っ違うぞ。
黒色と言うのは、僕が聞いていたのと同じだが、大きい? 僕が聞いたのは小さいネズミが大量に出たって聞いたのに……何が起こった?
僕は三浦さん達に大学生を任せて、トンネルの奥へ駆け出した。
「おい! ちょっと待てよ雨女!」
「あっ! 抜け駆けしないでよ!! 私も行くんだから!!」
どうやら尊さんと水葉の2人が、僕の後を追ってくるようだが、今は奥に残された2人の大学生が心配だ。
後ろを振り返らず、しばらく何もないトンネルを駆けると
奥に、天井まで届く様な大きな黒い塊……背景の黒色と保護色になって良く分からないが、おそらく件のネズミだろう。その足元に転がる人影。そして壁側にはグッタリと背を預けて座る長い髪の人影。おそらく其方がミユリさんと言われていた女性だと思う。
となると、今にでも襲われそうな床に転がってる人はタカヒロさんか?
僕はすぐさま腰のペットボトルに手を掛けるが、それより早くセイが水ブレスを収束して吹き出す。
だが――――――水ブレスが当たる直前に、黒いネズミは身体に丸く穴が開き、ブレスを回避したのだ。
「あんな回避方法があるのかよ!! 狡賢いネズミめ!」
「いや、あれは……小さいネズミが集合して、大きなネズミに見せてるだけだ」
「だから俺のブレスも避けられたのか?」
避けたというより、部分的に集合を解いたと言うべきか?
これは思ったより厄介かも知れない。数匹程度削ったぐらいでは、本体の形もほとんど変わらないからだ。
かと言って大術を使えば、せっかくのリニア路線が滅茶苦茶になって、完成が何年も先延ばしに成ってしまうだろう。
西園寺さんの顔もあるし、それだけは出来ない。
何より、要救助者の人間も居るしね。あまり大きな術だと巻き込んじゃう。
「はぁはぁ……やっと……はぁ……追いついたぜ……」
「本当に……はぁはぁ……足……早いわね」
「運動が得意じゃない僕に追い付けないとか、二人共運動不足だよ」
「最近レポート作りばっかだったしな……」
「普段は飛んでるんだけど……トンネル内だと狭くて……久しぶりに足で走ったわ」
二人とも呼吸を整えようと、是是言ってる。
「お疲れの処悪いんだけど、要救助者が2名ほど居るんでよろしくね」
「おいおい、せっかく駆け付けたのに、戦いもしないで撤退かよ?」
「そうよ! 人間なんか助けるのは私の仕事じゃ無いわよ」
「はいはい。水葉は正式な国津神じゃないから、人間を助ける義務も発生しないモノね。じゃあ僕が要救助者を連れてくから、ネズミの方はよろしく」
言い合いしていても埒が明かないので、床に倒れているタカヒロさんを抱えると、そのまま壁際までダッシュする。
こういう時、龍の力は便利だ。
成人男性ぐらいだと楽々に担いで行ける。
リッターマシンのバイクを空中でキャッチし、落下速度もプラスされたバイクを持って楽々と着地するような酒呑童子には負けるけどね。
とりあえず、気を失っている二人の大学生の体内水分を操り、内臓の裂傷や外傷をスキャンする。
……肉体的なダメージは無いらしい。骨の方はスキャンできないので、病院でのレントゲン検査が必要だ。
それでも強いて言えば、男性の方はコレステロールが多めなので、食生活改善が必要である。
医師じゃないので、そこまで言う必要はないけどね。
僕は戦闘に巻き込まれない程の距離をとって、大学生の二人を寝かせると
ネズミの集合体へと向き直る。
「このネズミ、器用な避け方するぞ!」
「闇の術で突っ込んだら、そこだけ穴が開いて回避されたわ! どうなってるのよ!」
二人の話を聞いていると、どうやらセイの水ブレスを避けたのと同じやり方で避けられたらしい。
「それは小さいネズミの集合体なの。海の中で小魚が集まり、魚影を大きくして大きな魚の姿に見せるようなのと同じだよ」
「なるほど、食われたくねえって事か?」
いや、言いたい処は其処じゃないんだけど……身体を大きく見せる事で、相手を怯ませようと言うのは、あるのかも知れない。
「そう言えば尊さんは、暗闇が見えてるの? 僕とセイと水葉は龍眼があるから暗視できるけど、さっきから懐中電灯持って無いし」
「見えてるか見えて無いかで言えば、見えてるぜ。実はつい先日、櫛名田比売の櫛をアップデートされてよ。暗視効果付与と水耐性が強化されたんだ。とはいえ、暗視は完全には見えないがな。仲間か敵かの区別がつく程度なんでよ。小さいネズミの集合体って雨女に言われなきゃ、気が付かなかったぜ」
なるほど、眼が暗闇に慣れたという感じを、さらに良くした程度かな?
それでも懐中電灯を使わないってだけで、闇夜の戦闘では、かなりのアドバンテージになる。
なぜなら、光が的になる事があるからだ。
相手を見つける為の光が、自分の位置を知らせてしまうので、使わないに越したことはない。
懐中電灯も要らないという事が分かったし。大学生2名も安全域に寝せて来た。
「それじゃあ、第2戦目と行きますか?」
「おうよ!」
「次は葬ってあげるんだから」
僕らはネズミの集合体へと向き直ると、各々の武器を構え直すのだった。