7-13 持ち込まれた依頼
「なるほど……そう言う事ですか」
食事を食べ終わり、御茶を啜りながら呟く天宇受賣様。
僕らは、今までの経緯を説明したのだが、本当に分かってくれたのか? 無表情な彼女からは読み取れない。
どのみち占いには、舞が舞える方が必要になるので、天宇受賣様の協力は必要不可欠なのだ。
万事上手く終われば八咫鏡が戻って来るので、そうなれば天照様は自然と帰る事になるし、天宇受賣様にとっても、悪い事ではないと思う。
大皿の上に残ったハムカツをを摘まみながら天照様が――――――
「まぁそういう事じゃな。御主が舞って手伝ってくれれば、すべて丸く収まるのじゃよ」
とハムカツを一口で頬張りながら言ってくる。
このハムは、今朝がた赤城の龍神さんから頂いたハムを、衣をつけ油で揚げたものだ。
他にも、近所の方が舞茸や椎茸をくださったので、そちらも天ぷらにして頂いた。
更に僕の畑から掘って暗冷所に置いてあった、家庭菜園の芋とかも揚げて……まぁ……そちらは殆ど淤加美様行だけど。
ポテトサラダを作ったりと重宝されている。
氣が通る龍脈の上なので、かなり美味しく出来上がっている為か、まず畑で採れた野菜が残こる事はない。白菜を浅漬けにしたモノも、氣を含んで美味しいのか? 即無くなってしまう。
他のオカズが残ったとしても、大山咋神様が酒の肴にする為。瑞樹神社で廃棄ロスはあり得ないのだ。
さて、献立に会話がズレてしまったが
天宇受賣様の返答は如何に――――――
「……この話、お断りします」
え? なんで……
「天宇受賣よ聞いてなかったのか? 御主の協力が……」
「それは、わたくしには関係ない事。わたくしが月読様に仰せつかったのは、天照様の一部を連れ戻す事であり、協力して舞を舞う事ではありません」
「あのだな……お主が踊るだけで良いのじゃぞ。それだけで皆が幸せに」
「わたくしは、幸せじゃありません」
「なら申してみよ。たいていの願いは叶えてやる」
「わたくしの願いは、天照様の泣き顔とか困った顔です」
余りに斜め上の返答に、全員の思考が着いて行けず、居間が完全に固まる。
「天宇受賣……お主、今なんて?」
「あの岩戸での一件……騙されたぁと泣き叫びながら、岩戸の中から引きずり出された天照様の御顔が……今でも忘れられません」
うぁ……サディストだ!
天宇受賣様は、うっとりした顔で、岩戸での思い出に浸るが
それとは対照的に、青い顔でドン引きしてる天照様。
居間の全員が、固まってるのを見て――――――
「おほほほほ、冗談です」
と自分で自分にフォローを入れるが、全然冗談に聞こえない。
そこへ、あの水葉が頭を下げると――――――
「天宇受賣様、私からもお願いいたします。今回の事は、私の母である闇御津羽神の命がかかった事でございます。母の命が助かるなら……私は、なんでも致します。だから……だから、御願です。母を……闇御津羽神を助けて……」
少女の涙と悲痛な叫びに、先程までの巫戯けた空気が一変していた。
あ~泣かせた。という周りのプレッシャーに耐えられなくなったのか? 天宇受賣様が――――――
「大丈夫よ。これだけ名だたる神々が居るんだもの。貴女のお母さんは黄泉へ行かせないわ」
「そうじゃな。ここには黄泉を出入り禁止になった者も居るしな」
「天照様! 僕だって、好きで出禁になった訳じゃありませんよ。まぁ行きたい訳でもないですけど」
「ほら、泣かないの。せっかくの美人が台無しよ」
天宇受賣様は、テーブルの上にあった布巾を水葉に渡すが
それ台拭きなんだけどなぁ。
香住もハンカチを出そうとしていたが、間に合わなかったようだ。
「天宇受賣様。布巾、ありがとうございます」
台拭きを畳んで返す水葉だが、拭く前より顔が汚れた気がするけれど……まぁ気のせいという事にして置こう。
そんな水葉を慰める様に、天宇受賣様が――――――
「わたくしも、ちゃんと手伝いますから。直ぐにでも原因を占いましょう」
「お嬢さん方、やる気の処申し訳ないが、まだ神酒が出来ておらぬ」
「大山咋神!? まだ出来ていないとは?」
「そうか、天宇受賣は来たばかりで知らぬのか……千尋殿と神酒を手造りしておるのじゃが、1週間かかる工程を3日に圧縮しておる。その3日目が明日なのじゃ」
「もう1日ぐらい短縮できないの?」
「無理じゃ。御主らには米麹菌が見えておらぬから、そんな事が言えるのじゃろうて。儂にはバテて弱っている菌の姿が見えて居るからのぅ。これ以上工程を縮めろとは流石に言えぬわい」
へぇ、菌の姿が見えるのか……さすが醸造神。
菌達がバテて居る処に、もっと頑張れなんて言った日には、ストライキを起こしそうだ。
僕は大山咋神様のフォローにまわり
「こればかりは仕方ありませんよ。あまり急がせて御酒の質が低下したら、その分占いの精度にも響いて来るでしょうし」
「それじゃあ仕方が無いわね。神楽殿を貸して貰えるかしら? 舞いを少し練習したいのです」
「芸能と神事の神様でも練習をなさるのですか?」
「もちろんです。毎日の練習の積み重ねが、完璧な舞いを成すのですよ」
天宇受賣様は努力家なんだ。
「あの! もし宜しかったら、私の神楽舞いも見て頂けないでしょうか?」
「あら、貴女……確か、こちらの社で神使の……」
「はい。桔梗と申します。今度の日曜日にある、秋の収穫祭で神楽舞を舞わねばなりません。その収穫祭の神楽舞を練習をしているのですが、少し御指導を頂きたく……お時間があれば、お願いいたします」
「良いわ。どうせ神酒が出来るまでは、やる事ないし。わたくしで良ければ見て差し上げましょう」
「本当でございますか? ありがとうございます。直ぐに支度をしてまいりますので」
嬉しそうに、支度をしに部屋へ戻る桔梗さんを見送ると、空に浮いている淤加美様が――――――
「なんじゃ、千尋が舞うのでは無いのか?」
「今度の日曜は10月も第四週で、出雲へ向かわないとと思ってましたからね。なにせ八百万の神々と言うだけあって、八百万もの神様が居れば、いくら出雲広しと言えども入るのに何週間かかる事やら分かりませんし。少し早めに行こうと思ってたんですよ」
どうせ国津神に成りたてである新参者の僕は、最後に入る事になるんだろうし。相当待たされる覚悟はしていたのだが
天照様の鶴の一声で、急いで行く必要が無くなっちゃったけどね。
「オレはこれから配達があるんで、これで失礼するぜ。噛まれた処も完全に治ったしな」
オロチの壱郎君が、ゴチになったなと立ち上がりながらそう言った。
「今日ぐらい安静にすればいいのに」
「そうもいかねーのよ。飲食店のオッチャン達が連絡寄越してな。配達だけで良いから、やってくれって電話で泣きつかれてよ。色々世話にもなってるし、無下にもできねーだろ」
オロチの癖に結構義理堅いな。良い事だけどね
「ご先祖様! 私も一緒に行きます!」
酒呑童子は酒呑童子で、行動にブレがないな。
「お前も来るのかよ、バイクに荷物が載らなくて配達の邪魔だ」
「ご先祖様の意地悪。でも私は走って着いて行きますから邪魔には成りません」
酒呑童子の脚力だと、本当にバイクと並走しそうだな……
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、外へ出て行く二人を見送る。
「他の神様方は、毎度お馴染みの時代劇とゲームをするとして、香住はどうするの?」
「そうねぇ。一度ウチへ戻って着替えてから考えるわ。どうせ千尋は仮眠でしょ?」
「さすがに3日寝てないし……いや、もっとかな? 時差ボケのせいで日にちが曖昧で……何時から寝てないっけ?」
「私が知る訳ないでしょ。少なくも京で鬼ごっこした時は、貴船川で寝てたじゃないの」
あれは寝てたうちに入るのか? ジャイアントスイングで放り投げられて、気を失ってたと言うべきなんじゃ……
しかも京での鬼ごっこは、先週の土曜日の事だし。
桔梗さんが神楽舞の練習をするなら、婆ちゃんが一人で社務所をやらねばならないので、大丈夫? と聞いたら平日なので大丈夫との事。
西園寺さん遅くなりますと、パソコンにメールが着てたし。
少し仮眠をとらせてもらうかな?
オロチの巳緒に、西園寺さんが来たら起こしてとお願いして、少しだけ仮眠をとる。
ずっと起きていたせいか、急に寝ようと思っても寝れなくて、目を瞑るだけの睡眠と呼べないモノが続く。
だが、いつの間にやら寝ていたらしく。わずかな時間とはいえ、久々に布団の上で睡眠をとる事が出来たのだ。
おそらく数時間後――――――
それも自分の悲鳴で起きる事になるとは思わなかった。
「ぎゃああああー」
尻尾の根元に激痛が走る。
何事かと、涙目で尻尾を持ち上げると、赤い酸漿の目をした黒い蛇が噛み付いていた。
「やっと起きたか……」
巳緒が僕の尻尾に刺さった鋭い牙を引き抜きながら答えた。
「巳緒さん痛すぎ! もっと優しく起こしてよ」
「何度も呼んだのに起きない千尋が悪い。そもそも、あれだけ尾撃をしてるから、もっと硬いのかと思ったら、それほどでも無かった」
「足と同じなの。蹴る時は痛くないけど、箪笥の角に足の指をぶつけると痛いでしょ? 身構えてない無防備の時に、思いがけない一撃が来ると痛いのよ」
タンスの角は分かっていても痛いけどね。
「確かにタンスの角は凶器。人化の2足歩行に慣れてないと、歩く幅の目測を誤って足先がやられる。蛇足というだけあって、ウチら蛇には要らないモノ」
と言う事は、巳緒もタンスの角にぶつけた事があるな?
蛇は元々が地を這う生き物だしね。2足歩行には向いていないのだろう。
「僕を起こしたって事は、西園寺さんが来てるの?」
「うん。糸目の人間が居間で待つって」
自室の時計は、18時少し前を指していたが、窓の外はすっかり暗くなっていた。
ずいぶんと日が短くなったものだ。
僕は部屋着から、作務衣に着替える。ジャージは夏に淤加美様が酸性雨で融かしてしまったので、亡くなった父のモノである作務衣を着ているのだ。
巳緒は、僕の首に巻き付くとカチューシャになってしまう。
御飯以外で人化することはあまり無いので、殆どがカチューシャに化けるか、蛇のまま寝て居るかである。
僕はいつもの事なので気にせず、居間へ向かうと――――――
「やあ千尋君、お邪魔しているよ。仮眠中なのに済まないね」
「いえいえ、起こして貰わなければ、朝まで寝て居る処でしたよ。それじゃあ、奥で寝ている人をT取県まで連れて行きましょう」
「それが申し訳ない事なのだけど……そう言う訳にも行かなくなったんだよ。実は今朝方、首都のT京へ呼び出されたんですがね。そこで緊急の案件を頼まれまして」
「行方不明者を、家族の元へ帰す事より重要な案件なのですね?」
「まぁそうなんですが……千尋君はリニア新幹線って知ってます?」
「えっと、確か各国でリニアモーターカーとして開発が進められていて、日本では次世代新幹線として開発が行われている時速500キロを超える夢の新幹線ですよね?」
「そう。元々はY梨県で実験が行われていて、世界遺産に登録された富士山の北側を西に抜けるトンネルを掘っているんだ」
「凄いですよね。完成したら是非乗ってみたいです」
「今回ボクが呼び出されたのは、そのトンネルについてなんだ……工事中に黒い水と黒いネズミが湧いて出ていてね。工事がストップしているので、何とかして欲しいと言う事なんだ」
「あのぅ、また管轄外なんですが……その地方に神佑地を持つ神様に頼むって事は?」
「もちろんそれも上に進言しましたが、みんな怖いんですよ」
「怖い?」
「神様ですよ? 人知を超えている存在なんです。みんな罰が怖いんです」
「ん~そうかなぁ、みんな良い神様ですよ」
「そう思えるのは、成りたてとは言え、千尋君も国津神だからですよ」
別に人間だった時でも、怖いと思ったことは無いけど。
「怖さで言ったら、婆ちゃんの方が怖いですよ」
「いやまぁ……怖さも人それぞれですが、未知なる存在だからこそ怖いんですよ。夏のクローンオロチ戦も見られてましたしね。あれだけ強い元人間の千尋君を、色んな国が欲しがっているけど、神罰が怖くて手が出せないんです」
僕に神罰なんて大そうな事、出来ないってば。
「他国も僕の事を知ってるんですか?」
「まぁ軌道上には衛星がありますからね。つい先日起こった瀬戸内海での戦いも、途中までですがバッチリ映像がありましたよ」
鵺戦の事が、バレてるし。
途中までと言うのは、2匹目の鵺との戦闘では、天照様に幽世側の穴を開けて貰い、そっちに落したんで、衛星には記録が無いんだろう。
でも神罰が怖いねぇ。そう思わせておく方が逆に良いのかも? だって怖ければ僕に手を出されないし。
あまり手の内を見せるのも嫌だから、次からは衛星対策で雲を呼ぶ事を心掛けるかな?
「じゃあ、僕が現地でその土地神様に頼めばいいって事でしょうか?」
「申し訳ないけど、そうして貰えれば助かりますよ。なにせ神と対話の出来る人間なんて、歴史上には卑弥呼ぐらいでしょう」
「あぁ、邪馬台国でしたっけ? そこで神の声を届けて国の指針を決めたと言う巫女ですよね。いまだに、邪馬台国がどこにあったか不明とか言うヤツ」
「不明と言うか、候補地があり過ぎるんですよ。それで決まらないのが現状です」
それはそれで、ロマンがあって良いと思う。
祭りも用意してる時が一番楽しいって言うし。場所が分かってしまうより、ここかな? あっちかな? と言ってる内が楽しくて良いと思うのは、僕だけだろうか?
学者さんは僕とは違って、真実を求めなければ、ならないんだろうけどね。
話がだいぶズレたので、元に戻して――――――
「僕が頼むのは良いとして、どちらの土地神様に頼むんです?」
「ん~事の発端が、地下を流れる黒い水なので、地下水を汲み上げるのに使う、井戸の神様である闇御津羽神様に御願できたら……」
なんか変な処で、闇御津羽神様と繋がったぞ。
それを聞いていた淤加美様が――――――
「妹の御津羽は無理じゃな……なにせ、妾の姪である水葉の話じゃと、病に臥せって居るらしいからのぅ」
「ええっ!? それは困ったなぁ」
相変わらず糸目なので、本当に困っているのか良く分からない。
しかし、その話……
「淤加美様。もしかしたら、御津羽様の病も、その黒い水が原因かもしれませんよ? もしくはネズミ……西洋では昔、伝染病を運ぶ媒介元に成りましたしね」
「どちらも推測の域を出ぬが、一理あるな。千尋は御津羽の水浄化能力を超えてしまって、黒い水により穢れにやられて居ると言うのじゃろ? ネズミ説の方は伝染病……人間へのウイルスが龍に効くか? という処じゃな」
「どちらも可能性というだけで、断定は出来ません。ウイルスは色んな動物を媒介する度に、近い遺伝子を持つモノへ効くよう進化しますしね」
「可能性は無いとは言えぬが、御津羽が龍神だと考えると、限りなく零に近いな」
確かに龍神に近い生物が居なければ、龍神に効くように進化できないのだからね。
「黒い水の方は、つい先日に僕らは黄泉へ行ったじゃないですか?あの時は、僕の水浄化の熟練度が上がってて助かりましたが、そうじゃなかったらと思うと……」
「そうは言うがな。御津羽とて、水神の中でも5本の指には入るのじゃぞ。妾には及ばぬがの」
さらっと、淤加美様の方が上だと言うあたりが、負けず嫌いというか……なんとも淤加美様らしい。
とりあえず、現地へ行ってみない事には、何も分からないままなのだ。
「病に臥せってるなら、我々でやっちゃいますか?」
「まぁ、妾にとっては妹であり、身内の事じゃしな。代わりに解決してやろう」
「淤加美叔母様、お待ちください! 身内と言うなら娘であるこの私、水葉がやります」
「じゃあ任せた」
正直明日もテストだし、やってくれると言うのなら、僕には言う事なしである。
「ちょっと! 瑞樹千尋も来るのよ!」
「あのね。僕が担当する神佑地は、ここ瑞樹の地なの」
「この糸目人間が、依頼を持って来たのはアンタにでしょ!? 依頼を受けたんだからアンタも来なさいよね」
「い、糸目人間……」
「お前な、もう少し言い方を考えろよ。ほら見ろ! 西園寺さんがショック受けてるぞ」
「とにかく、千尋アンタも来る! 良いわね!? もし来なかったら、八咫鏡の分身を叩き割るわよ」
「ちょっ、そんな国宝を乱暴に扱うなよな」
ベースが緋緋色金で出来ている鏡が、そう易々と割れる訳ないだろ。
何でも融かす闇の水でも融けないんだしね。
それでも、もしって事もあり得るので、ここは乗せられた振りをして一緒に行ってあげるか。
鹿島神宮で水葉と戦った時は、戦闘経験がかなり浅いっみたいだし、鵺級の妖が出た場合、まず生きて戻れぬだろう。あんなのが出ない事を僕も望むけどね。
淤加美様の姪っ子を、見殺しにしたなんて言うのも、目覚めが悪いし。
仕方がない。乗り掛かった舟だ、一緒に行くか
「じゃあ、用意してくるから境内で待ってて。この時間なら参拝者も居ないだろうし」
「4秒で支度してよ」
「出来ねえよ! アニメの変身シーンでさえ15秒は掛かるわ!」
居間を出て、部屋で巫女装束に着替えると、セイが――――――
「話は聞かせて貰った。俺も行くぜ」
「着替え中に入るなよ」
「もう終わったじゃねーか」
着替え終わって、出て来るタイミングが良すぎるんだよ。ずっと見てたなコンニャロメ。
いつもの様に小さく成ったセイを頭にのせて
僕は水葉と西園寺さんの待つ、境内へ向かうのだった。