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龍神の花嫁 八俣遠呂智編(ヤマタノオロチ)  作者: 霜月 如(リハビリ中)
7章 闇御津羽神(くらみつはのかみ)と伝説の羅盤
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7-12 天宇受賣命(あめのうずめのみこと)


時刻は、千尋(ちひろ)達がテストを受けに、学園へ通学している最中



S岡県とY梨県とN野県の3県の県境少し手前にて、少し前に話題になったリニア新幹線のトンネルを掘って居たのだが――――――


そこで奇妙な事が起こり始める。



最初は黒く、ヘドロのような臭いのする水が噴き出し。すぐにポンプで汲み出たので、事なきを得たのだが――――――


やがて黒い水から死臭がしてくると、大量の黒いネズミが、どこからともなく湧いて出たのだ。


死者や怪我人こそ出なかったものの、黒ネズミの多さに工事はストップし。


死臭を嗅いだ者が次々に体調崩すので、学者に調査を依頼した所――――――


「この悪臭は、ネズミ達が食い散らかしたモノが原因でしょう。ネズミを駆除すればやがて収まりますよ」


とのこと。


早速ネズミ駆除業者を呼んで、殺鼠剤(さっそざい)を使うも全然効果をなさないので、工事関係者や地質学者、生物学者も頭を抱えてしまう。



ついに困った工事関係者は、付近の神社へ助けを求め、祈祷(きとう)を行って貰う事になるのだが……宮司(ぐうじ)殿から得られた答えは――――――


「氣の流れがおかしく成っておりますゆえ。私一人では手に負えませぬ、神社本庁の方へ連絡を取って見ますので、少しお待ちを……」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





場面はかわり首都T京


時刻は、宮司(ぐうじ)さんから神社本庁へ連絡が行った後の、数時間後の事である。



その首都のT京駅で新幹線を降りる、糸目でスーツ姿の男が居た。


糸目というので、察しのいい人は分かったかも知れないが、西園寺 兼仁(さいおんじ かねひと)である。


すぐに北関東へ戻ろうと思っていたので、手荷物はノートパソコン1つという軽装であった。



本来なら午後から千尋(ちひろ)君と約束していた、目を覚まさぬ行方不明者の搬送があったのだが


急な呼び出しの為、それらの段取りも後回しにして、こうして新幹線でT京へ降り立ったのだ。



「それにしても、人が多いな……」


つい数時間前まで、北関東の山の裾にある旅館に居たのだから無理もない。


この街には、一昨年まで住んでいたはずなのに、人の多さに驚くなんて何だかおかしなモノだ。



ボクはホームを見わたすと、あまり逢いたくない人物が手を振っているのに気が付く。


無視って訳にもいかないので、仕方は無しに近付いて行くと、嘗ての部下であった若者が、うえるかむTOIKIOと書かれたメッセージボードを持って手を振っていた。


そこはTOIKIOじゃなくTOKYOなのでは? と思わずツッコミを入れたくなったが、それこそ相手の思う壺である。


彼の名は、嗣永(つぐなが)(わたる)。確か今年32歳に成ったはずである。


何と言うか……先ほどのメッセージボードもそうだが、わざと間違いをしては、ツッコミ待ちをすると言う厄介な性格で


それも軽い案件ならば笑って済ませられるのだが、重要案件でツッコミの為にわざと間違えられると、死にも繋がりかねないので、とても危険な性格なのだ。


そんな巫戯(ふざ)けた性格も、親が海外で企業をいくつも抱える自称大富豪なためか? 人事担当じゃなかったので、家庭事情まで良く分からんが、何不自由なく育てられたのは確かだろう。



そんな嗣永(つぐなが)君は、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げると――――――


西園寺(さいおんじ)さ~ん。お久しぶりでっす!」


「はぁ……ボクも暇じゃ無いんですがね。いくら神社本庁が古巣とはいえ、いきなり呼び出されては対応に困りますよ。たまたま北関東に居たから良いモノを、九州や北海道に居たら、どうするつもりだったんですか?」


「もちろんその場合は、飛行機のチケットを御取しますよ。ファーストクラスで」


そんな予算が出る訳も無いので、おそらく彼流に巫戯(ふざ)けているか? もしくは彼の上限の無いカードとやらで支払うのか? どちらにせよ、あまり嬉しくない冗談である。



ボクは彼に着いて歩きながら、今回の事に探りを入れてみようと――――――


「しかし、急に呼び出すなんて……電話で済まない案件って事かい?」


「いや~オレも内容は聞かされてないんすよ。とにかく、元上司を迎えに行け! としか言われなかったので……あっ飯食いました?」


「結構。腹は空いてませんから」


例え、お腹が空いていても、一緒に食べるなんて言えば――――――


一回の食事で十数万を払うような、高級レストランへ連れて行かれるのが目に見えているので、ここは絶対に譲ってはいけない部分である。


そもそも金銭的感覚が、ボクとは合わなすぎるのだ。


急な呼び出しで、旅館の朝ご飯も食べずに、チェックアウトして来たボクとしては、朝は軽めに蕎麦辺りで済ませたい。


すでに10時少し前なので、朝ご飯というより、ブランチに近いかも知れないがね。



T京駅の改札を出て直ぐに、一台の車がレッカーされ掛けているのが目にとまった。


もしや……


「ちょっとちょっと! それオレの車っすよ」


「はああ? 駅のロータリーを超えて、構内へ乗り入れて置いて、あんた正気か?」


「すぐ戻るから大丈夫だと思ったんすよ」


「ナンバー照会したら、警察の覆面車両でもないって言うし、駄目に決まってんだろ!」


「ほんと、次から気を付けるんで、今回は見逃してくださいよ」


「駄目ったら駄目! 後日ここの保管所に取りに来なさい」



更にしつこくレッカー移動を止めようとする嗣永(つぐなが)君を――――――


嗣永(つぐなが)君……もう諦めてタクシーにしよう。こんな駅構内にまで車を乗り入れて、駐車した君が悪いんだから」


彼の代わりに頭を下げると、保管場所が書いた紙と預かり書を渡して来るので、それもボクが受け取った。


何かエライ出費である。



これなら最初から、新宿まで電車で行けば良かったのだが、新幹線乗降ホームまで迎えに来ている元部下を置き去りにする訳にも行かず。結果、貧乏くじを引かされる事となった。



タクシーに乗り込むと、神社本庁までと行先を告げ。


車内はそれっきり沈黙が続く。


本当なら、ボクが辞めた後の事を聞きたかったが、彼からまともな話が聞ける気がしなかったので、そのまま何も話さずに黙ってタクシーに乗っていた。



しかし、そんな沈黙を破ったのは彼であった――――――


「なんで……何で辞めたんすか? オレが原因すか?」


「いや、内容は詳しく話せないが、キミのせいでは無いよ。新しく立ち上げられた機関へ移動するのに、辞める形をとっただけですよ」


まさか新設した組織を率いて、国津神(くにつかみ)に成った元少年と一緒に、(あやかし)達や家督争いの陰陽師(おんみょうじ)達と死闘を繰り広げているなんて極秘事項を話すわけに行かず。


その辺は上手く伏せながら話す。



「オレも一緒に、そこで働きたかったす」


「来なくて正解かも知れませんよ。何度も死に掛けましたしね」


実際、沼田(ぬまた)教授の裏切りで死に掛けたり、逆さハルカスでは、崩れる逆さまの空間に冷や汗ものでしたから。


千尋君はその何倍も危ない橋を渡ってるので、最初に依頼を持ち込んだボクが、弱音を吐くわけにはいかないのだ。



西園寺(さいおんじ)さんは、何でそんな危険な機関に……」


「そうですねぇ……同級生で、一人道を踏み外そうとしてる奴を、助けたかったから……とでも言っておきましょうか? そういった私事もあるので、キミを巻き込め無いんですよ」


そうは言ったものの、千尋(ちひろ)君を巻き込んでしまっているが、彼女は国津神(くにつかみ)ですからね。


時には彼女の頼みを聞いたりして、持ちつ持たれつな関係で上手くやっている。



西園寺(さいおんじ)さんはいつも、そうやって独りで背負い込むんですね」


「ふふっ。損な性分です」


そう言って苦笑いをするが、生まれつきの糸目のせいで、嗣永(つぐなが)君に表情が読めたかどうかは謎である。


やがて、昔の古巣である神社本庁の前で止まるので、代金を払って降りると迎えが着いて来るようにと催促する。わざわざ迎えまで寄こすとは……


どうやら、緊急事態であることには間違いないようだ。


「さて…………鬼が出るか蛇が出るか」


誰にも気付かれないよう小声で漏らす言葉を残し、お偉いさん方のいる部屋をノックするのだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





所変わって、北関東。時刻はお昼過ぎ


学園からの帰り道を、肩を落として歩く千尋(ちひろ)の姿があった。


「元気出しなさいよ千尋(ちひろ)。答え合わせでは、なんとか赤点は逃れたじゃないの」


「はぁ……そうかなぁ? 大丈夫かなぁ?」


自分の回答なのに、あまり自信が無い。


言い訳になるが、幽世との時差ボケもあるせいで、頭がうまく働いて無いんだ。


そんな人の気も知らず、セイが――――――


「だから俺の言った通り、設問3の〔忌憚〕は〔いたん〕だったんじゃねーか?}


「いやいや、あれは〔いはばかる〕でしょ」


「それじゃ、送りがなが無いだろ! だから俺が隣の奴の答えを見てやるって言ったのに」


「セイ、お前ってヤツは……それカンニングだからな。だいたい念話で横槍入れて、五月蠅いんだよ」


「なに!? 寝るとイビキが五月蠅いって言うから、千尋を起きて手伝ってたのに」



「ちょっと!! お二人さん!! 言い合いしてる処悪いんだけど、両方とも違うわよ。それ〔きたん〕だから」


「「…………」」


「ちょっと待て香住。設問5の〔令い〕は、令和(れいわ)の令だし〔れいい〕だよね?」


「待て千尋(ちひろ)律令(りつりょう)とかで、りょうとも読むだろ? 〔りょうい〕じゃないのか?」



「はい、二人とも間違え! 〔よい〕って読むのよ」


「……ヤバイ、赤点が近づいて来る」


「ちゃんと勉強しないのが悪いのよ」


色んな事に巻き込まれて、勉強してる時間があると思いますか?


「これから勉強頑張ろ……」


「テスト終わってから頑張ってもねぇ、それこそ泥縄じゃない」


ことわざを略すな。コンニャロメ



「まぁほら。明日は千尋の得意な理数系でしょ。寝てても合格点間違いなしね」


「寝てたら答案用紙が真っ白じゃないのさ! 名前すら書いてなきゃ0点だよ!」



「そう言えば、今朝一緒だった神木先輩は?」


「帰りはバスで帰るって。先日のムカデに襲われた時に、窓が割れたり色々壊れてるんで、その片付けもあるから早めに帰るんだってさ」


「あらそう。大変ね」


そう言えば、いつもは絡んで来る小鳥遊先輩の方は見なかったな……


最後に見たのは、昨晩に雅楽堂のマヤさん処で別々に帰るって分かれたのが最後だ。


まぁ、先輩もテスト期間中ぐらいは、実家に帰って真面目に勉強してるのかな?


そんな事を考えながら、瑞樹神社の石段の下まで来ると、何やら争っているような声が――――――


「あの声……天照様じゃないの?」


香住の指摘で、僕は石段を駆け上がると――――――


「放すのじゃぁ。妾を誰だと思うておる! 高天ヶ原を治める天照大御神じゃぞ!」


「よ~く存じております。しかし放す訳には参りません。やっと見つけたんですから」


何事?


えっと、何と言うか……ウチの境内で、凄くプロポーションの良いお姉さんが、小さい天照様の頭を鷲掴みにしていたのだ。


元々、天照様は本体が地上へ降臨なさると夜が来なくなると言う事で、一部だけが地上へ降りてきている状態な為。身体が小さく成ってしまっている。


そんな天照様を片手で鷲掴みにしているモノだから、天照様の足が何もない宙を掻くだけで、最早なすすべもないって感じだ。


「おのれ~天宇受賣(あめのうずめ)。月読の手先に成り下がるとは……」


「手先も何も、凄くお怒りに成られてましたよ」


「ええい、もはやこれまで、出会え~出会え~。この者を斬って捨てよ!」


それ追い詰められた悪役の台詞ですから。



「天照様……時代劇ごっこですか? ここは神聖な神社ですので殺生はお控えください」


「おおっ! 千尋良い処に帰って来た。この狼藉者を何とかせい」


「誰が狼藉者ですか!」


「痛たたたた頭が割れる。ま、待つのじゃ天宇受賣(あめのうずめ)。落ち着いて話し合おうではないか」


天宇受賣(あめのうずめ)様?」


天宇受賣(あめのうずめ)と呼ばれたお姉さんは、天照様の頭を放すと衣服を整えてお辞儀をした後に話を始めた。


礼儀正しい方だ。


「国津神の就任式で拝見いたしました。龍神千尋殿ですね?」


こんな綺麗な方、あの場に居たっけ?


でも、このお姉さんが天宇受賣(あめのうずめ)様だと言うのなら、天津神なんだし、式には居たはずだよなぁ。



「えっと、大変失礼ですが……」


「あっ、ごめんなさい。会話はした事ありませんでしたね。就任式が終わったらすぐに、天照様が抱き着いてグダグダに成ってましたもの」


確かに。


解放された天照様が僕の背後に隠れる様にして、べぇ~と舌を出している。


身体が小さく成って、精神まで子供になってるのか?



「僕は、この社の管理と瑞樹の神佑地の管理を仰せつかった、瑞樹千尋です」


「わたくし、月読様の命により、天照様を連れ戻しに参った天宇受賣(あめのうずめ)です」


「帰る訳なかろう。まだ時代劇シリーズを観終わってないのじゃからな」


「何を訳の分からん事を……」


僕の周りを逃げ回る天照様に、それを追い駆ける天宇受賣(あめのうずめ)様。


いきなり巻き込まれてるし。



そこへ、神社の石段を上がり切った香住が近寄って来て――――――


「もの凄い美人さん。もしかして此方も神様? ちょっと露出度多めだけど……」


香住の言いたい事は分かる。どー見ても下着付けてないし、布一枚だし……良く途中で、警察に止められなかったな。



僕達が目のやり場に困っていると、セイが――――――


「俺が説明してやろう。西洋の女性用下着が日本に入って来たのは、大正末期から昭和初期にかけてだからな、神話の時代の女神が、下着を付けてないのは仕方がないのだ」


「やけに詳しいな……」


「半年前、龍の雌に成った千尋の下着を買ったのは俺だぞ。その時ちゃんと調べたのさ」


そう言えば、そうでした。


自分の欲望を満たす為には、手間を惜しまない奴め。



僕はまた一つ、神話とは関係ない知識をつけられて、溜息をついてから香住に――――――


「えっとこの方は、天宇受賣(あめのうずめ)様だそうだ」


天宇受賣(あめのうずめ)様って言うと……神話で天岩戸を開かせた方だよね」


「そそ。天照様が岩戸の中へ引きこもって……」


「待つのじゃ千尋。そこは引き籠るじゃなく、閉じ籠るって言わぬか!」


どっちも同じなんじゃ……


「分かりました。訂正します。閉じ籠ってしまったのを、岩戸の外で踊って、楽しそうな曲と笑い声を聞かせたんですよ」


「その通り!! その楽しそうな声に騙されて、外の様子を覗く為に、岩戸をちょこっと開けてしまったんじゃ」


「騙されただなんて、人聞き……いや、神聞きが悪いですね」


「あの……御二方。どーでも良いですけど、僕を軸にして回るの止めてください」



その様子を見兼ねた香住(かすみ)が――――――


千尋(ちひろ)、立ち話も何だし、中へ入って貰ったら? 私は先に行って、お昼の用意手伝ってくる」



香住(かすみ)淵名(ふちな)の龍神さんを肩にのせ(なが)ら、先に走って行く姿を見送り。


天宇受賣(あめのうずめ)様に向き直ると――――――


香住(かすみ)の言う通り。丁度占いの儀式を踊れる方を、捜していたんですよ」


「儀式?」


中で御茶でも飲みながら、ご説明しますと中へ入る様に勧める。


丁度お昼だし、美味しい食べ物を食べていれば、冷静さを取り戻すだろう。


どのみち天照(あまてらす)様は、八咫鏡(やたのかがみ)が戻るまで帰る気なさそうだしね。



今日ぐらいは、ちゃんと寝れる事を祈って……寝れるかなぁ。



御二方を御通した後、僕は玄関を閉めるのだった。




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