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龍神の花嫁 八俣遠呂智編(ヤマタノオロチ)  作者: 霜月 如(リハビリ中)
7章 闇御津羽神(くらみつはのかみ)と伝説の羅盤
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7-10 桃の効果


黄泉(よみ)を出入り禁止にされた龍〕という、名誉なんだか不名誉なんだか分からない、二つ名を頂いた僕は――――――


根の国にある、須佐之男(すさのお)様の館を再度訪れようと、巨大な門の前に立つ。



来た時よ同じように、みんな須佐之男(すさのお)様の処へは行かずに外で待って居るモノと決めつけていたが、意外にも壱郎(いちろう)君たちが――――――


「オレらも行くぜ」


「はい? えっ……ちょっと、本当に行くの?」


「なにを、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してやがる」


「いや、だって壱郎(いちろう)君は八岐大蛇(やまたのおろち)で、須佐之男(すさのお)様に退治されてるじゃないのさ? 巳緒(みお)もだけど……二人とも大丈夫なの?」


「心配するな。大体よく考えたら、なんでオレらが入らずに、外で待ってなきゃならねーんだよ! それじゃ怖くて逃げてるみたいだろ?」


逃げているみたいも何も、その通りだと思うけど……



「本当に、ほんとーに大丈夫なの? 当時の事がトラウマに成ってるとか、当時の光景がフラッシュバックされたりとか……」


「はんっ! 大丈夫だって! まず先制でメンチ切って、(ひる)んだ処へグーパンで終わりよ」


……メンチ?


僕が頭を(ひね)って考えていると、セイが――――――


「メンチカツがあるのか?」


「違げーわ! この水蜥蜴(みずとかげ)! メンチを切るって言うのは(にら)み付けるって意味だ! 知らねーのかよ!?」


「「知らん」」


僕もセイと一緒に声をあげる。



「まぁとにかくだ。ここで逃げたらオロチの名が(すた)るだろ?」


「カッコイイです御先祖様。私が御先祖様の骨を拾います!」


そこは加勢するんじゃないんだ……



「あのさぁ、やる気に成ってる処、申し訳ないんだけど……向こうは対蛇用神器の天羽々斬(あめのはばきり)剣があるからね。そこの処、忘れない様に」


「だから剣を抜く前に先制でグーを……」


「ちょっと待ったぁ! 戦に行くんじゃないんだから。もう一回説明するけど、(あや)さんの魂を戻しに行くんだからね。事を荒立てないで!」


「ちっ、しゃねーな」



本当に頼むよと言いつつ、門の扉を開ける。


なんだか外で待ってて貰った方が、良いような気もするけど


どうしても行きたいって言うので、無闇に殴り掛からないという条件で、一緒に来ることを承諾した。


できれば(あや)さん魂が戻るまで、何事も起きませんように……


最初に来た時と同じように、玉砂利(たまじゃり)を踏み鳴らしながら館の庭から中へ入ると――――――


「王手です」


「待った!!」


須佐之男(すさのお)様、またですか……」


何と言うか……須佐之男(すさのお)様が、将棋で忽那(くつな)さんに負けて居る処へ出くわした。


「いやはや参ったわい。おっ!? 思ったより早かったではないか」


僕らの姿を見ると、将棋盤から顔を上げて視線を向けて来る。


「只今戻りました。桃がいくつ必要だか分からなかったんで、()れてるヤツを見繕(みつくろ)って()って来ました」


「これで(あや)の魂は戻せるんですね?」


忽那(くつな)さんが希望に満ちた目で、そう言って来るが――――――


「鬼之城の鬼兄弟によると、そう言ってましたよね……実際どうするんだろ」


「え? 方法が分からないんですか!?」


さぁ……と全員で肩を(すく)めると、須佐之男(すさのお)様ならば何か知ってるかもと、須佐之男(すさのお)様に視線を集める。


「おいおい、オレを見たって(まじな)い師じゃねーんだぜ」


「でも、誓約(うけい)(宇気比(うけひ))を行って、神様を産んで居るじゃないですか? だったら(まじな)いにも詳しいんじゃ?」


「あれは(まじな)いと言うより、(ちか)いだからな。姉上である天照に口先だけでなく、心から潔白だと言うのを証明しただけの事。(まじな)いとはまた違った、似て非なるモノだぞ」



これは困ったな……せっかく桃を持って帰ったのに、使い方が分からないんじゃねぇ。


「とりあえず額に載せてみるとか、心臓のある胸に載せてみるとか?」


「黄泉からの魂を引く力を断ち切るために、四方を囲うとか?」


なかなか、これだ! と言える意見が出てこない。



ここは一つ、黄泉(よみ)を統べた女神の分霊である、伊邪那美(いざなみ)様に念話で――――――


伊邪那美(いざなみ)様はやり方を知りませんか?』


『知って居ますよ。まず()んで来た水で結界をつくりなさい』


『結界……ですか? それってどうすれば』


『浄化した水を霧状にして人間を包むのです。結界は出来るだけ大きい方が作業がしやすいでしょうから、大き目に』


黄泉(よみ)で浄化した水を汲んで来たので、それを言われた通りに(きり)状のドーム型にして、大きく(おお)う。



『こんな感じでよろしいですか?』


『上出来! 次に、黄泉(よみ)へ飛んで行かない様に縛り付けている魂を自由にして、身体の心の臓がある場所の上に置くのです』


『え? 今魂を放したら、黄泉(よみ)へ飛んで行っちゃいません?』


『その為の結界ですよ。この水の結界を超えては抜けれませんから』


試しに(あや)さんの身体がある結界の中へ、そっと魂を放つと、何処へも飛んで行かずに、その場で青白い光を放ちながら動かずに(たたず)んでいたのだ。


黄泉(よみ)へ引っ張られないって事は、完全に隔離(かくり)された状態って訳ね。


僕は(たたず)んでいる魂に手を添えると、そのまま彩さんの胸元へ魂を移動させる。



『準備整いました。桃はいつ使うんですか?』


『今から使いますよ。桃の実を寝ている彼女に食べさせれば、自然と魂は戻ります』


『…………はい? 確か仮死状態ですよね? どうやって食べさせるんですか?』


『そんなの決まってるでしょ。桃を一口含んで、口移しですよ。ぶちゅーっと』


下品だなぁ。


なんでこう……余計な一言を付け加えるかな?


でもまぁ。彩さんに桃を口移しをするなら、フィアンセの忽那(くつな)さんにやらせた方が、あとあと角が立たないってものだ。



僕は忽那(くつな)さんに、伊邪那美(いざなみ)様から聞いたやり方を説明をすると――――――


「や、やります! やらせてください!!」


「うん。僕もその方が良いと思って、じゃあ桃を剥いて食べやすくカットしてあげる」



本当は熱湯にさらすと、簡単に剥けるんだけど、その必要がないくらい指で簡単に剥けたのだ。


そのまま(かぶ)り付きたくなるぐらい、甘い桃の香りがあたりに広がる。


須佐之男(すさのお)様のナイフで一口大にカットすると、それを御皿に盛りつけたのだが、ついつい手を出したくなるのを我慢するぐらい、甘い匂いが鼻孔を刺激してくる。



「どれどれ……うめぇ桃じゃねーか!」


「こちらにも一つ……う~ん甘いわ」


僕が忽那(くつな)さんの前へ持って行くより早く、あっという間に皿が空になった。



「なにやってんの!? 魂戻すのが先でしょ!! 全部食ってどうするのよ」


「雌龍、そう青筋立てて怒らなくも、まだ剥いてない桃がいっぱいあるから大丈夫だろ?」


「あのな! 桃が足らなくなったら、また黄泉比良坂(よもつひらさか)まで採りに行くんだからな!! 出禁に成ったばかりでまた行けば、今度こそ黄泉(よみ)伊邪那美(いざなみ)様に本気で泣かれるぞ」


「分かった分かった。食べるのは終わってからな」


まったくもう……



新しくもう一個剥いてあげると、また皿に手を伸ばして来るので――――――


「がるる!! 駄目だって言っただろ!!」


「いや、皿に盛られると旨そうでよ」


(しつ)けられた犬だって、もうちょっと我慢するぞ。



また食われる前に、忽那(くつな)さんへ口に入れる様に勧めると、口に入れて咀嚼(そしゃく)し――――――


飲み込んだ。


「アホか!! 食ってどうする食って!! 彼女に口移しすんの!! 聞いてましたか!? 忽那(くつな)さんまで同じ事して、どうすんのさ」


「すみません。口に入れたら美味しくて……つい」


「分かる。(うま)いよなこの桃」


「分からんで良い!! 早く食べさせなさい!!」


「すみません。次は上手くやりますから」


本当に桃が足りなくなっても知らんぞ。


もう一度桃を切って出してやると、それを口に含んで、ゆっくりと(あや)さんに――――――


「あのぅ、見られてると緊張するんですが」


ムカッ!


「良いから早くしなよ! どうせ結婚式では人前でキスするんでしょ!? 今更恥ずかしがらないの!」


「それはそうなんですが……」


「あ~も。僕が代わろうか?」


「いえ、大丈夫です」


これ以上ゴネたら、本当に僕が代わるぞコノヤロウ。


と言ったものの。僕も女性にキスなんて、出来るか分からないけど……脅しにはなっただろう。



頬を赤く染めながら、ゆっくり(あや)さんの唇へ向かう忽那(くつな)さんの顔。


そのまま唇が重なり接吻(せっぷん)を行った。


桃が口移しに(あや)さんの喉を通って食べさせる事に成功すると、胸の上に青白く輝いていた魂が、ゆっくりと身体に吸い込まれていき


魂が完全に(あや)さんの中へ戻ったのだ。


すると(あや)さんはゆっくり目を開けて――――――


「ここは……」


(あや)。目が覚めたかい? 神様達が手を貸してくれたんだよ」


若干神じゃないのも居るけど、みんな手を貸してくれた功労者だ。



「上手く行ったな。じゃあ余った桃はもらうぜ」


「俺にも食わせろ!」


まったく皆、食い意地が張ってるんだから。



「でもまぁ、一時はどうなるかと思ったけど、上手く行って良かったね。どこか痛い処とかある?」


「えっと……少しだけ関節が痛みますけど、大丈夫です」


それを聞いて、桃を食てたセイが――――――


「なーに、軽い死後硬直の影響だろ? 動いて居ればすぐに良くなる」


「死後!?」


「もうデリカシーが無いなぁ。(あや)さんショック受けてるぞ」


「間違ってはいまい?」


「そうか……私死んでたのですね……」


「と言っても、仮死状態だけどね。関節の痛みは、動いてれば硬直が治るそうだから……」


僕も一生懸命フォローするが、こんな時にフィアンセの忽那(くつな)さんが支えないでどうするのさ!


肘で忽那(くつな)さんを突いて、(あや)さんをフォローしろと合図を送る。



(あや)、大丈夫かい? 辛いならボクが背負おうか?」

 

「いえ、大丈夫です。動いた方が治るなら、少しでもリハビリに歩かないと……肩だけ貸して貰えれば大丈夫ですから」


「分かった。立てるかい?」


肩を借りながら立ち上がる(あや)さん。


「この度は、助けていただき、ありがとうございました。私が生還できたのも皆さんのお陰です」


肩を借り(なが)ら深々と頭を下げる(あや)さんに――――――



「実は忽那(くつな)さんも、(あや)さん背負って、ここまで頑張ったんですよ」


「そうなの?」


「え、あ…………うん」


「ありがとう。源登(げんと)さん」


忽那(くつな)さんは頬にキスをして貰い、御満悦の様だ。


やれやれ忽那(くつな)さん、少し鈍い処があるが、お似合いのカップルじゃないのさ。


尻に敷かれなきゃ良いけどね。


返ってその方が上手く行ったりして……


僕は苦笑いをしながら、二人の行く末を案じ



須佐之男(すさのお)様に向き直ると――――――



須佐之男(すさのお)様、(あや)さんの魂の管理と場所を貸していただき、ありがとうございました」


「それは別に構わんのだが……なぁ御主……母者を内包しておるであろう?」


「知ってらしたんですか!?」


「いや何となくな……最初に訪れた時、お主の神氣に別の氣が混ざって居ったので、もしやと思ったが……それも最初は、淤加美神(おかみのかみ)の神氣だと思ったのだ。じゃが、もう1柱の神氣が有るのがどうしても気になってな。帰りに寄る様に言ったのはそれを確かめる為だ」


なるほど、最初に訪れた時に、薄々感づいて居たって事か



「先に断って置きますが、伊邪那美(いざなみ)様の事を隠していた訳では無いんですよ。僕も知ったのは、ついさっきでして、黄泉(よみ)へ行った時に初めて知ったのですからね」


「疑ってはおらぬ。ただ……ただ一度、母者と話をさせてくるぬか?」


須佐之男(すさのお)様は、生まれたのも父親からだし。生まれてこの方、逢ったことがない母の愛に飢えているんだろう。


「少し待ってください。聞いてみますから」


「頼む」



僕は中に居られる伊邪那美(いざなみ)様の分霊(わけみたま)に――――――


伊邪那美(いざなみ)様、今の話を聞いて居られましたか?』


『えぇ。困った子ですね……』


『もし話をするなら、身体を貸しますけど?』


『……そうですね。一度きつく叱って置かないと、駄目みたいですね』


叱るのかよ……須佐之男(すさのお)様が少し不憫(ふびん)に思えて来た。




僕は伊邪那美(いざなみ)様へ身体の主導権を渡すと――――――



須佐之男命(すさのおのみこと)よ。大きくなりましたね」


「母者……」


「しかし、大きくなったのは身体だけ……心は方は、まだ親離れが出来ないのですか? 小さな子供じゃあるまいし、いい加減に親離れなさいっ!!」


「…………でもオレは、一度で良いから母者に逢ってみたくて」


「逢っても、この身体は千尋(ちひろ)に借りたモノで、本物の私ではありません。話をするだけなら黄泉(よみ)の私と岩を(はさ)んで出来るでしょう?」


「それは……そうですが……」


「良いですか? いつまでも過去に囚らわれてはいけません。私が火傷(やけど)黄泉(よみ)行に成ったのは、事故だったのです。これは仕方の無い事……しかし、痛い思いをしただけはあって、加具土(かぐつち)命から沢山の神の子が産まれました。これでこそ我が一生に悔いはないと言うモノです」


「母者は、強いのですね。オレは……母者ほど強く成れません」


「いいえ、そんな事は無いはずです。もっと自信を持ちなさい! 貴方は伊邪那岐(いざなぎ)の息子なんですよ。その名に恥じぬ様、頑張るのです」


「無理だよ母ちゃ……」


そこまで言い掛けて、須佐之男(すさのお)様の巨体が宙を舞った。


伊邪那美(いざなみ)様がアッパーを(あご)に叩き込んだのだ。



『ぎゃあああ、やめてえええ。僕の身体を使って殴らないでよ!』


『おお、これは見事に飛んだのぅ』


『感心してないで、淤加美(おかみ)様も止めてよ』


『大丈夫そうじゃぞ』


僕は淤加美(おかみ)様の言葉を聞いて、外の様子を(うかが)うと――――――



「甘ったれるんじゃありません!! 貴方はあの八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神でしょうが!!」


あぁぁ……伊邪那美(いざなみ)様、それは禁句……


ほら、桃を食べてた壱郎(いちろう)君と巳緒(みお)の手が止まって睨んでるし。


あの二人は人化しているとはいえ、オロチの頭なんですからね。二人からしたら、退治された恨みが残ってるんですから、あまり刺激しない様に!


「でもよ、母ちゃん」


「デモもストもありません!!」



それを聞いて、僕の身体の内側で淤加美(おかみ)様が――――――


『なぁ千尋(ちひろ)や、デモとストって何が違うんじゃ?』


淤加美(おかみ)様。今それを聞くんですか? ストはストライキの略で、主に労働者が雇用主へ行う抗議活動ですよ。デモは同じ思想を持った人が集まって、抗議や主張をする活動です……たぶん』


『ほう。千尋(ちひろ)は物知りじゃのぅ』


淤加美(おかみ)様……僕に、わざとどうでも良い話をさせて、時間を稼いでいますね?』


『そ、その様な事はないぞ、疑問に思ったから聞いたまでじゃ』


『だったら、伊邪那美(いざなみ)様を止めてください。淤加美(おかみ)様なら高淤加美神(たかおかみのかみ)闇淤加美神(くらおかみのかみ)のどちらかを中に残せば、もう片方は外に出れるでしょ!』


『せっかく面白そうなのに、止めるのかや?』


『やぱり面白がってるじゃないですか!! 下っ端の僕の身体が、会社の役員をぶん殴ってる様なモノですよ』


『それは国津神(くにつかみ)として、例えが分かり辛いのじゃが……』


『嘘だ! 分かってて言ってるでしょ!?』


『そんな事……おっ、動きがあるぞ』



伊邪那美(いざなみ)様は僕の身体で、地面に横たわる須佐之男(すさのお)様の頭を抱きしめると――――――


「貴方は他の神々に手本となる存在なのです。私達両親を大事に思ってくれるなら、胸を張って他の神々の道しるべになって貰わねばなりません」


「母ち……いえ、母者……分かりました。オレがこんなだと、母者まで笑われてしまうし。オレ…………頑張るよ」


「辛い思いをさせてごめんなさい。泣きたくなったら、私が居ますから尋ねていらっしゃい」


「じゃあ早速、一緒に行きま……」


「駄目です! 千尋(ちひろ)(やしろ)には、お前の姉である、天照(あまてらす)が居るのですよ。高天ヶ原で暴れた事を、まだ謝ってないでしょ?」


「げげっ、姉上かぁ。確かに今顔を出したら、問答無用で矢を射かけられぬな……」


須佐之男(すさのお)様は、むむむっと唸ると、胡坐(あぐら)をかいて考え込んでしまった。


神話だと本当にやりたい放題だったからな。田畑を荒らしたり、姉の部屋で粗相したりね。



「そう言う事ですから、(しば)らくは黄泉(よみ)の私と話をして、姉の天照(あまてらす)が許すまで我慢なさい」


「う~む、分かりました。来週あたり行っても……」


分かってねぇ!


本当にマザコンだな……まぁ、母親に一度も逢ったことが無ければ、恋しくもなるのは仕方がないのかな?


その後も、伊邪那美(いざなみ)様の小言が長時間に渡り続くが、本当に分かったのかアヤシイ処であった。



「では、私はそろそろ行きますね」


「母者……御達者で……必ず逢いに行きます故」



伊邪那美(いざなみ)様はその言葉を聞いて、最後に大きく溜息をつくと、僕に身体の主導権を返してくれた。


本当に、お疲れ様でした。



「たった今、伊邪那美(いざなみ)様は中へ戻られました。お疲れの御様子なので、そっとしてあげてください」


「うむ、分かった。余程黄泉(よみ)で消耗されたのであろうな……お(いたわ)しや」


いや違うと思いますよ。須佐之男(すさのお)様の会話での疲れかと……まぁ言った処で、聞いて貰えなそうだけどね。



「さて、御暇(おいとま)しましょうか」


「うむ。帰えって寝よう」


須佐之男(すさのお)様も一緒に来たそうだったが、やっぱり姉の天照(あまてらす)様が怖いのか、根の国の出口で躊躇(ちゅうちょ)していた。


まぁその方が、こちらも平和だし。須佐之男(すさのお)様がオロチ達と喧嘩に成ると、それこそ町が壊れるし。


北関東にはもう一人のオロチ、鴻上(こうがみ)さんが居るからね。余計こじれるわ


僕達は須佐之男(すさのお)様にお礼を言うと、来た時とは逆に木の根を潜り、現世に戻った。



「…………なにこれ……辺りが明るいんですけど」


須佐之男命(すさのおのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)が話し込んでいたからな、(むしろ)ろこのぐらいの時間で済んだのは、良かったんじゃねえか?」


良くねえし


壱郎(いちろう)君、仕事用にスマホ持ってたよね? 今何時かな?」


「えっとな……午前6時だな」


もう寝ている時間も勉強の時間も無いわ……


帰って支度すれば、学園へ出る時間じゃんか!



忽那(くつな)さん達はどうします? 龍脈でO山県まで送って行きますけど?」


ここまで遅く成れば、送って行く数分やそこらぐらい、何て事も無いしね。



「あ、いえ。折角の御厚意ですが、(あや)のリハビリも兼ねて少し歩きたいので……それにここ、W歌山県ですよね? もう朝だしバスと電車が動いていれば、それで帰ります。あのワープみたいなのは、酔って気持ち悪く成ってしまうので……」


「そっか、龍脈は氣酔(きよい)いが凄いんでしたね」


「はい。それに(あや)と二人なら、何処へでも行ける気がするから」


出たよ……惚気(のろけ)ちゃってもう……秋の早朝なのに熱いねぇ。


もう御馳走さまって感じです。



二人は何度も頭を下げながら、街の方へ歩いて行った。


街まで出れば、バスも電車も動いてるだろうし。大丈夫でしょう。


タクシーなんて手もあるしね。



二人の背中を見送った後で――――――


「さて僕らも北関東へ帰ろうか」


「そうだな。帰って朝飯も食わねばならんし」


「その前に、帰ったら全員浄化な」


「「「「 ええ!? 」」」」


「決まってるだろ! 神話であの伊邪那岐(いざなぎ)様も、黄泉(よみ)から逃げ帰って(みそぎ)したんだぞ。僕らだって(みそぎ)しないと、(けが)れを持ち込む事になるから絶対駄目です」


「横暴だ!」


「そうだ! そうだ!」


「嫌なら良いんだ……ウチの敷居を(また)がせないから」


「「「「 そんな!? 」」」」


「だって神聖な神社へ、(けが)れを持ち込めないだろ? だから(みそぎ)をしないなら出入り禁止」


その言葉に観念したのか、みんな渋々承諾をした。



さて忙しいぞ。


禊に、着替えに、朝ご飯。


はぁ……何時に成ったら、慌ただしい日々から解放されるのやら……



大きく溜息をつきながら、北関東への龍脈を開くのだった。




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